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社会保障論2015 第2回講義 社会保障財政危機の背景 1.簡単なたとえ話 • 我が国の社会保障の中心は、公的年金、医 療保険、介護保険という3つの社会保険。 • 近年、この3つが財政危機となっている理由 は何か。 • 景気低迷の影響→(△) • 厚労省や社会保険庁の無駄使い→ (△)。 • 代表例は公的年金におけるサンピア、グリー ンピアといった保養施設。また、社会保障の 特別会計に規制する天下りの特殊法人。 • 少子高齢化→(◎) • 社会保障のモデルとしてもっとも一般的なの は年金。老齢年金とは簡単に言えば、元気に 働いている勤労期に賃金から保険料を支払 い、その代わりに、働けなくなった退職期に年 金として生活費が受け取れるという制度。 • 厚生労働省は、わが国の年金の財政方式を 修正積立方式と呼ぶため、誤解を生んでいる が、実際には賦課方式の財政運営制度と なっている。 • このため、若者が支払った年金は、その瞬間 に煙のごとく消えている。 • 年金の本質がわかる架空の例 • 今、高齢者1人当たりに、毎月10万円の年金 を支給する制度を政府が創設。 • 高齢者の現役世代に対する比率が1対10の 割合だとすると、10人の現役世代で高齢者1 人を支えればよい。現役世代が支払うべき保 険料は1人1ヶ月あたり1万円(10万円÷10人)。 • 1対5のときには、1人1ヶ月あたり(2万円)と 倍増。1対4では(2.5万円)、1対3では約(3.3 万円)、1対2では(5万円)、1対1では(10万 円)。 図表1-1 架空の年金制度における負担の推移 保険料負担 は、月一人当 たり:1万円 2万円 2万5千円 3万3千円 5万円! 10万円!! 2.実際の少子高齢化の状況 • たとえ話は、本当にたとえ話か。いくらなんでも、 ここまで極端な話にはならないだろう? • わが国における15歳から64歳までの現役世代 の年齢の人々(生産年齢人口)に対する65歳以 上の人々(高齢者)の比率、「高齢者/現役比 率」の推移。 • 2013年までは実績値、それ以降は厚生労働省 の研究機関である(国立社会保障・人口問題研 究所)略して(社人研)が公表している最新の人 口予測(「日本の将来推計人口(平成24年1月推 計))から描く。 • 実績値をみると、この間にわが国が少子高齢化 の一途を辿っている。1950年の高齢者/現役比 率は8.3%ですから、当時は約12人の現役世代で 1人の高齢者を支えていた。この比率は1960年 には8.9%(現役約11人対1人の高齢者)、1970年 には10.2%(約10人対1人)と徐々に上昇。 • その後は、加速度的な上昇。 • 1980年には13.5%約7.5人対1人、1994年には 20.2%(約5人対1人)、2000年には25.5%(約4人 対1人)、2007年には33.6%(約3人対1人)。図表 1-1における右から3番目の状態は既に越してお り、2014年度は42.4%(つまり、2.5人対1人)。 図1-2 高齢者/現役比率(高齢人口/生産年齢人口)の推移 90.0% 80.0% 70.0% 60.0% 50.0% 40.0% 30.0% 20.0% 10.0% 実績値 予測値 0.0% 注)2013年度までは実績値(総務省統計局「国勢調査」および10月1日時点の「人口推計」)、それ以降は予測値(国立社会保障・人口 問題研究所「日本の将来推計人口(2012年1月推計)」)を筆者加工。 • 現在は、まだまだわが国が直面しなければなら ない少子高齢化の折り返し地点。高齢者/現役 比率を山に例えるならば、現在は山の5合目付 近。 • 特に今後の10年間はかつてないほどの急勾配 を上らなければならない。これは、団塊の世代が 大量に退職をして高齢者になってゆくから。2022 年には、すでに高齢者/現役比率は50.2%と、2 人の現役で1人の高齢者を支える時代。 • 団塊の世代の退職が社会保障制度の危機の 「正念場」であるという主張は間違いであり、ずっ と正念場が続く。 • その後、2040年には高齢者・現役比率は 66.8%と現役1.5人で高齢者1人を支えるライン を越し、高齢者/現役比率のピーク(頂上)で ある2082年には同比率は83.3%まで達する。 これは、現役1.2人で高齢者1人を支えるとい う割合。現役には失業者や専業主婦がいるこ とを考えれば、実際には、勤労者1人で高齢 者1人を支える時代に到達する。 • しかも、ピークを越えても下山ルートに入らず、 高齢者/現役比率は再び2110年に83.3%の ピークとなる。 • つまり、100年以上、超高齢化社会が続く。 おみこし社会から肩車社会へ 3.人口予測はどこまで信頼できるか • 高齢者/現役比率が今よりも急激に上昇して ゆき、しかも長い間上昇が止まらないという人 口予測はどの程度信頼できるのか • 社人研の人口予測は、「よく外れる」と評判 • 実際には、こと高齢者/現役比率に関する限 り、まず30年から40年程度は、ほとんど外れ ることはない • 人口予測の方法論は、コホート要因法という手 法。 • これは簡単に説明すると、「今年の年齢階級別 の人口」に、「年齢別の死亡率」を乗じて「来年の 年齢階級別の人口」とするという方法。例えば、 今年の64歳となる人々が100万人いて、64歳の 人々の死亡率が5%(生存率は95%)であれば、 来年の「65」歳の人口は、100万×95%=95万人 となる。 • さらに、再来年の66歳の人口を求めたければ、 95万人に65歳の人々の死亡率を掛ければ求め ることができる。 • 将来の年齢別死亡率は安定的なので、信頼性 高く予測が可能である。 • 問題は、新生児の数を予測する部分。 • 社人研が過去5年ごとに常に予測を外し、評 判を悪くしているというのは、この出生数(出 生率)の部分に限ってのこと。 • 現実には出生率が毎年低下してゆく中、不思 議なことですが、社人研は、毎回毎回、出生 率がすぐに回復するというシナリオを描き続 け、少子・高齢化の進行を常に甘く見積もると いう間違いを犯し続けてきた。 • しかし、「高齢者/現役比率」には、はじめの うちは影響しない。 • 新生児たちが生産年齢人口にまで成長し、 「高齢者/現役比率」に現れ始めるのは15年 後の話であり、この期間はほとんど予測が外 れない。その後もはじめのうちは現役世代の わずかな部分を占めるに過ぎないため、全体 として大きな外れにはならない。 • 楽観的な(出生高位(死亡中位)推計)におい ても、基本予測の中位推計と比べ、まずはじ めの20年程度はほとんど重なっていて差が見 えない。その後、差はやや広がるが、2051年 までは両者の比率の差は5%ポイント以下に 過ぎない 図1-2b 高齢者/現役比率の推移(中位推計と高位推計) 90.0% 80.0% 70.0% 60.0% 50.0% 40.0% 30.0% 20.0% 10.0% 実績値 予測値 0.0% 注)2013年度までは実績値(総務省統計局「国勢調査」および10月1日時点の「人口推計」)、それ以降は予測値(国立社会保障・人口 問題研究所「日本の将来推計人口(2012年1月推計)」)を筆者加工。 労働力人口(15-64歳)の推移と予測 千人 90,000 80,000 70,000 60,000 50,000 40,000 30,000 実績値 予測値 20,000 注)2011年度までは実績値(総務省統計局「国勢調査」および「人口推計」)、それ以降は予測値(国立社会保障・人口 問題研究所「日本の将来推計人口(2012年1月推計)」)を筆者加工。 • この高位推計の楽観的な予測でさえ、以下の 深刻な結論である。 • ① 高齢者/現役比率の上昇はピーク時の 2053年まで今後(40年以上)続く • ② ピーク時には同比率は71.0%(現役約1.4 人で1人の高齢者を支える)水準に達する • ③ しかもその後の比率低下も緩やかで高い 位置にとどまる 4. 少子化対策の効果は望めない • 図表1-2bはもうひとつ重要な結果。政府が懸 命に行っている少子化対策は、もしそれが成 功して仮に出生率が上昇したとしても、社会 保障財政への貢献という意味では、40年程度 の間は、あまり効果を持たない。 • 実際、少子化対策で増えた新生児たちが保 険料を支払ってくれるまでには、就職する年 齢まで待たなければならない。少子化対策で 増えた分の若者の財政貢献は、毎年1歳ずつ と徐々にしか増加しない。 • 政治家などが「少子化対策を強化すれば、社 会保障財政の問題が解決できる」といった類 の主張をしているのを至る所で見聞きするが、 それは間違いである。 • 少子対策を強化しても、社会保障問題の解決 は難しい 、間に合わない、という認識に立つ べきである。 • 少子化対策で社会保障問題が解決するとい う主張は幻想に過ぎない。我々には、少子高 齢化社会と正面から向き合い、少子高齢化と 共に生きるしか選択肢はない 5. 医療・介護も年金同様に財政危 機となる理由 • 冒頭(図表1-1)の年金のたとえ話が医療保 険や介護保険にどう関係しているのか。 • 結論から言うと、年金とほとんど同じ仕組み で、医療保険・介護保険とも、現役世代の保 険料負担が大幅に高まることになる。 • 負担と給付の年齢区分が明確な年金に対し て、医療、介護はそれほど明確ではないが、 高齢期に受益、現役期に負担という構造は 同じ。また、現役が高齢者を支えることも同じ。 図表 1-3 年金の受益と負担の年齢別分布 (厚生年金加入者男性、有配偶者がいるケース) 3,000 単位:千円(年額) 2,6782,639 2,539 2,244 2,068 2,035 2,500 2,000 1,500 1,000 500 510 615 1,045 917 966 1,001 929 851 744 273 20 ~ 2 25 4歳 ~ 2 30 9歳 ~ 3 35 4歳 ~ 3 40 9歳 ~ 4 45 4歳 ~ 4 50 9歳 ~ 5 55 4歳 ~ 5 60 9歳 ~ 6 65 4歳 ~ 69 70 歳 ~ 7 75 4歳 ~ 7 80 9歳 ~ 8 85 4歳 ~ 8 90 9歳 歳 以 上 0 受益 負担 図表 1-4 医療保険の受益と負担の年齢別分布 (組合健保加入者男性、被扶養者分を考慮) 500 450 400 350 300 単位:千円(年額) 434 449 318 345 370 394 383 404 310 293 278 248 222 90歳以上 85~89歳 80~84歳 75~79歳 70~74歳 65~69歳 60~64歳 55~59歳 50~54歳 45~49歳 40~44歳 35~39歳 30~34歳 25~29歳 20~24歳 15~19歳 10~14歳 5~9歳 0~4歳 250 194 179 200 149 147 145 134 150 118 103 94 90 79 77 73 100 69 55 47 53 67 51 30 15 50 5 0 0 0 0 受給 負担 図表 1-5 介護保険の受益と負担の年齢別分布 (組合健保加入者男性、被扶養者分を考慮) 単位:千円(年額) 300 275 250 220 200 156 150 130 100 68 63 59 70 66 50 4 4 4 4 4 25 3334 27 24 19 12 4 上 以 90 歳 89 歳 85 ~ 84 歳 80 ~ 79 歳 75 ~ 74 歳 70 ~ 69 歳 65 ~ 64 歳 60 ~ 59 歳 55 ~ 54 歳 50 ~ 49 歳 45 ~ 40 ~ 44 歳 0 受益 負担 6.社会保障純債務からみる実態 • 若いころ保険料が非常に低かった世代は、自 分が老後受け取る社会保障にはるかに満た ない金額しか支払っていない。 • しかし、日本政府は現在の高齢者に最後まで 社会保障を支払うことを約束している。 • つまり、日本政府が暗黙の債務を背負ってい る。その総額は1600兆円。 • この債務は、現在の政府債務とは別に存在。 • オフバラの債務だが、どんどんオンバラに。 社会保障純債務(暗黙の純債務)とその内訳 年金(厚生、共済、国民) 約1000兆円 医療保険 約400兆円 介護保険 約200兆円 社会保障純債務合計 約1600兆円 <参考>政府債務(14年度末見込) 約1144兆円 社会保障純債務は筆者推計。 26 7.社会保障全体の世代間不公平 • 図表1-7は社会保障制度における(世代別損 得計算) • その世代にとって、個別の社会保障分野で いったいいくらの「損得」をしているかという金 額 • 「生涯に受け取る給付費の総額(生涯受給 額)」から「生涯に支払う保険料の総額(生涯 保険料額)」を差し引いた金額であり、「(生涯 純受給額)」と呼ぶ。 • 経済学では、これを「財政的幼児虐待」(Fiscal Child Abuse)と呼ぶ。 社会保障全体の世代間損得勘定(生年別の 生涯純受給額) 単位:万円 1940年生まれ 1945年生まれ 1950年生まれ 1955年生まれ 1960年生まれ 1965年生まれ 1970年生まれ 1975年生まれ 1980年生まれ 1985年生まれ 1990年生まれ 1995年生まれ 2000年生まれ 2005年生まれ 2010年生まれ 年金 3,170 1,930 1,030 470 40 -380 -790 -1,160 -1,510 -1,790 -2,030 -2,230 -2,390 -2,500 -2,550 医療 1,450 1,180 930 670 520 380 260 130 -40 -240 -410 -480 -620 -720 -830 介護 300 260 190 130 50 0 -40 -80 -120 -150 -180 -210 -230 -250 -270 全体 4,930 3,370 2,150 1,260 610 0 -570 -1,120 -1,680 -2,180 -2,620 -2,920 -3,240 -3,470 -3,650 1940年生まれと 2010年生まれの差 額は、8,580万円 注)厚生年金、健保組合に40年加入の男性、専業主婦の有配偶者のいるケース。厚生年金は、現状では100年後までの財政均 衡は達成されていないため、保険料率は2017年度に18.3%に達して以降も引上げ続け、2032年度に23.8%まで引き上げてそ の後固定する改革を行なうと想定した(それに伴って、マクロ経済スライドも2041年度まで適用)。生涯賃金を3億円として 計算している。 28