開発とローカリズム講義 「貧困」

Download Report

Transcript 開発とローカリズム講義 「貧困」

開発とローカリズム講義
「貧困」
2006年10月12日
後期博士課程 広川幸花
[email protected]
1
本日の講義の流れ
1.「貧困」から連想されるもの
 2. 概念の変遷、測定、ラーネマの視点
 3.「貧困」の現場・・・事例3つ
 4.まとめ

2
1. 「貧困」から連想されるもの

「貧困」という言葉から連想されるもの・・・
 食べ物がない
 仕事がない、お金がない
 住む家がない
 教育を受けられない
 病気になっても治療が出来ない
 きれいな飲み水がない → 子供が病気で亡くなる
 無力である、発言権がない、自由がない、孤独
 将来が不安

皆さんは「貧困」からどんな生活を思い描きます
か?
3
2-1. 「貧困」概念の変遷
(開発分野・国連)

測定不能な「貧困」を特定の視点で切り取る
 所得、ベーシックニーズ、機能すべき能力・機会の欠如・・・

1.経済的貧困
 「所得貧困」

(第二次世界大戦直後~)
2.人間の本質的要求が満たされない貧困
 「BHN論」・・・衣食住、保健・教育・上下水道(1970年代~)

3.人間の潜在的能力を生かす自由がない貧困
 アマルティア・セン「エンタイトルメント=ケイパビリティ論」
 「人間発展論」・・・人間の選択肢を拡大する過程(1990年代~)
 構成要素・・・長寿、教育、資源アクセス (UNDP,1997)
4
2-2. 測定 (開発分野・国連)


絶対的貧困・・・ある最低必要条件の絶対的基準を示す
1)一人当たり所得
2)貧困線
①1人1日1ドル【世界銀行】、②各国政府の貧困線(カロ
リー+最低限の生活費)
3)人間開発指標
平均余命、教育(識字率、就学人口)、一人当たり所得
(HDI: Human Development Index)
4)人間貧困指標
40歳まで生きる確率、15歳以上の非識字率、きれいな水にアクセ
スできない人口比率、5歳以下の乳幼児で平均体重以下の人口比
率、貧困線以下の人口比率 (HPI: Human Poverty Index)
相対的貧困
 ローレンツ・カーブ、ジニ係数、タイル指標など・・(国
民間の所得/購買力の格差、所得分配の不平等さ)
5
3. ラーネマの視点:
単一尺度とニーズ査定への疑問

単一尺度への疑問
 経済発展の度合いが「貧困」度を最終的に決める(p227)
⇒「開発する側」に偏った判断基準

ニーズ査定への疑問
 誰にとっての「ニーズ」か、誰が決める「ニーズ」か
 地域・国家を単位とした「ニーズ」=当事者の「ニーズ」?

世界の圧倒的多数の人々、村社会の住民
 「彼らが苦境を乗りきることができるのは、経済力のおか
げではなく、彼らの営みが持つ他の特質による場合が多
い」(p237)
6
4-1. 実際の「貧困」を事例から考える
「生活に満足」

「生活は苦しい」
事例1・2の比較
 所得だけでは計れない「貧困」
事例1のAさん
事例2のBさん
 村内の多様な資源に支えられる暮らし
⇒ラーネマの「単一尺度」・「主体の感覚」と関連

事例3
 急激な環境変化や病災害に対する「貧者」の脆弱性
 ⇒「苦境を乗りきること・・・営みが持つ他の特質による場合
が多い」(ラーネマ,p237)の理解
 BHN論の限界を検討
7
4-2.事例の舞台
〈タイ〉
〈東北部〉
〈コンケン県〉
Khon
Kaen
City
N.W. Village
N.P. Village
事例1・2
事例3
8
4-3. 事例の地域が抱える状況(背景)
国内で、東北部の地域は、最も経済指標(生
産高、失業率、給与所得)が低い
 降雨量が不安定な地域
 大規模な森林伐採に伴う干ばつ・塩害
 岩塩層を有する土壌 ⇒灌漑不可

9
事例1 低い所得、「生活に満足」

Aさん、女性、54歳、学歴(小4)、家族6人同居
夫(53歳)
本人(54歳)
長男【別居】
次男(31歳)
嫁(30歳)
孫娘(6歳)
孫娘(1歳)
10
事例1 Aさん世帯の複数の収入源

労働カレンダー

Aさん世帯の現金収入: 年間約25,000B(NW村平均)
 本人の日雇い賃金・・・年間約2,000B
(有機肥料づくり等)
 夫の他村での農業指導・・・年間約20,000B
 長男からの送金・・・年間3000B程度

注意) 為替レート: 1バーツ=約3円
11
事例1 Aさんの食糧調達

「ほとんどの食べ物をその辺から見つけたり
もらったりする。滅多に購入しない」
雨水
所有農地 1ha
共有森
精米グループ
米(安く購入)
野菜・果物・鶏
庭 4a
池
村の小売店
注)黄色矢印は無料、紫矢印は現金で購入
12
事例1 Aさんと村の住民組織
村にある全てのグループに参加、各種サービスを利用
コミュニティ・マーケットのグループ
健康ボランティアグループ
有機肥料グループ
農業グループ
村基金グループ
貯金グループ
祭事用調理グループ
サービス例:
○有機肥料づくりの仕事
○有機肥料を安く購入
織物グループ
13
事例2 高い所得、「苦しい生活」
女性、34歳、学歴(小6)、家族5人
 年間所得:85,800B
夫(32歳)
本人(34歳)
 土地・家無し
(兄の家に同居)
 保障のない仕事
娘(中学生)
息子(高校生)

兄(44歳)
6年前から失業中
兄の家
14
事例2 Bさんの高い所得、高い支出
村の資源を使えていないため、支出が高い(特に食費)
資
源
フ
ロ
|
図
注)赤矢印は金銭の流れを示す。赤星は家賃と食費に関連することを示す。
15
事例1・2の対比
事例1 Aさん
所得・・・低い(25,000B)
生活・・・村内の多様な資源を利用、支出を抑える
⇒「生活に満足」
事例2 Bさん
所得・・・高い(85,800B)
生活・・・所得のみに依存、支出が多い
⇒「生活が苦しい」
16
事例1・2の対比

「貧困」を所得だけから計ることはできない

「客観的に定義される貧困」と「主体の感覚」
は一致しないことがある
17
事例3

「貧困」が抱える脆弱性
 急激な環境変化や病災害に対する「貧者」の脆弱性
 ラーネマ(p237)との関連

「村社会の住民は、何らかの理由、(干ばつをはじめとする自然災
害・・・等)で、天然資源の自由な使用を妨げられるときには、かなら
ず物不足に苦しむことになる。だが、それでも住民は、彼らが苦境
を乗りきることができるのは、経済力のおかげではなく、彼らの営み
が持つ他の特質による場合が多い」 (p237)
 BHN論の検討
18
事例3 Cさんの通常の生活

Cさん、男性、52歳、学歴(小4)、5人家族
義母(80歳)
本人(52歳)

普段の生計
妻(39歳)
機織り
 農業(農地6ha)

米、果物、魚(池)、鶏10羽
 日雇い(建設、農作業)

130B/日を月10日程度
息子(21歳)
娘(13歳)
専門学校生
中学生
19
事例3 Cさんの干ばつ被害

労働カレンダー(労働形態の変化)

生産量(もち米・香り米)
もち米
80袋
香り米
320袋
干ばつ
もち米
9袋
干ばつ
香り米
9袋
20
事例3 Cさんの干ばつ対策

収入源の変化
 例年・・・余剰の米を売ったお金、日雇い賃金
 干ばつ年・・・日雇い賃金のみ(米は食べ尽くす)
⇒地縁ネットワークを利用し、仕事を紹介してもらう

溜め池
 農業用水の確保
 池の周囲に自家消費用の果樹を植える

低金利の借金
 農業銀行、村基金グループから約70,000B
⇒低金利で借りれる機関を選んでいる
(普段からグループに参加して金利の情報を得ている)
21
事例3の分析

多様な資源を活用し不測の事態に対応

Basic Human Needs・・・誰が決定するのか?
 外的に規定される基本的な財・サービスのセット
 ⇔農村部での生活安定化には、それぞれの状況
に応じて各個人が必要な財・サービスを選択し、手
に入れる必要がある
22
最後に

「客観的な測定」と「当人の感覚」の間にはギャップがある

個人の「ニーズ」を、国家・地域単位の尺度で査定するには限界
がある (所得貧困、BHN貧困、人間発展論に共通)


人間発展の程度は一人当たりGNPの水準と直結するものでは
ない ⇒多側面から見ることの必要性


「人間個人を基点にした議論においてどうして国家単位のデータを用いた
評価が可能なのか」(佐藤元彦,2002.)
地域の共有資源・人的ネットワーク、環境条件、支出・借金等々…
「貧困」の定義、測定、判断・・・特定の視点から測られたものな
ので、「何が見えていて、何が見えていないのか」という点に自
覚的になる必要がある
23