現代人口学の射程 ー少子高齢化からエイズまでー

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Transcript 現代人口学の射程 ー少子高齢化からエイズまでー

現代人口学の射程
ー少子高齢化からエイズまでー
稲葉 寿
(東京大学大学院数理科学研究科)
2008年11月10日
日本アクチュアリー会
平成20年度年次大会
経団連ホール
内容
 目的:日本の人口問題と感染症流行を例
として人口学, Population Dynamicsの基
礎概念と応用を示す。
 はじめに:日本の人口学(demography)の
現状
 Part I: 日本の少子化・高齢化・人口減少
の要因と帰結 ー人口学的アプローチー
 Part II: 感染症の数理モデル
保険科学と人口学
 17世紀における起源(生
命表、確率論など)
 アルフレッド・ロトカ
(Alfred J. Lotka 18801949)は、数理生物学、
数理人口学の基礎を築
いた。実生活においては
後半生をアクチュアリーと
して過ごした。
 寿命学、生命表研究など
の死亡研究から、人間の
ライフサイクル全般の問
題へ
日本の人口学・人口研究の現状
 大学に博士課程が無い。入門レヴェル以上の専
門教育は例外的にしか存在しない。
→ 研究者の再生産が保証されない。
 人口研究機関は、国立社会保障・人口問題研究
所,日本大学人口研究所以外無い。
 学会: 日本人口学会(会員数300~400)
 欧米との違い:アメリカの学会規模は10倍、欧州
各国は国立人口研究機関が充実。最近は教育面
でも連携している。
人口問題の変遷
(再生産力)過剰の問題
(1) 生存資源(食料、エネルギー等)に対する人口過剰
→ マルサス的問題
(2) 資源配分・経済システムの矛盾(失業、貧困)
→ マルクス的問題
(3) 環境に対する人口(activity)の過剰
→ 環境問題
過小の問題
(4) 第二の人口転換(出産革命)
→ 少子化・高齢化・人口減少・家族の衰退の世界的拡散
Demographic Transition
 第一の転換:多産多死か
ら少産少死へ(低い成長
率の準定常状態から、高
成長率の過渡期をへて定
常状態へ。日本では戦後
の10年程度で達成)
 第二の転換:単純再生産
から縮小再生産へ。日本
では70年代半ばから現
在に至る。どこへ向かう
かは不明。
 世界全体で、2つの転換
が進行してきている。
http://www.ined.fr/englishversion/publications/pop_et_soc/pesa405.pdf
世界のTFRの推移(国連推計)
http://www.un.org/esa/population/publications/
WPP2004/World_Population_2004_chart.pdf
Nature, Vol. 412, 2, pp.543-545, 2001
現代日本の人口問題
ー超高齢化・人口減少・家族の解体ー
 少子化=個体あたりの平均出生児数の臨界水
準以下への持続的減少(TFR<2.1)
→家族形成が困難化、家族機能・親族資源の縮小
 高齢化=人口集団における高齢人口割合の増
加
→社会保障負担の増加、創造性、生産性、労働力
の相対的減少、限界集落化
 人口減少=出生、死亡、移動の総合的な帰結
→市場・経済の縮小、地域社会の維持困難、国際
的プレゼンス低下
注意:高齢化と長寿化の違い
 長寿化は死亡率低下による個体の平均寿命の延伸
(長寿化は頭打ちにはなっていない)
 高齢化は人口構造における高齢人口の相対的増加
 死亡率低下(長寿化)は人口増加に大きく寄与したが、人
口の年齢構造への影響は複雑で一様ではない:
乳幼児死亡率の改善 → 人口構造を若年化
高齢期の死亡率改善 → 人口高齢化を促進
一様な死亡率変化は安定人口構造を変えない
 最大の人口高齢化要因は少子化!
堀内四郎「老化と寿命の人口学」より
なぜ少子化が高齢化を決定するの
か?ー安定人口モデルー
 一定の年齢別出生率、死亡率のもとで、封鎖人
口の年齢構造は初期分布に無関係に動態率だ
けに依存して決まる安定年齢分布に収束して、
内的自然成長率で指数関数的に増加ないし減
少する(人口学の基本定理)。
 人口学的指標がもつ意味を考える際に、基本定
理の理解が不可欠。静態的な社会統計指標と人
口学的指標の違いは、後者がPopulation
Dynamicsを背景としている点にある。
安定人口モデル
(stable population model)
人口学の基本定理
年齢分布の強エルゴード性
安定人口構造は内的成長率の正
負で大きく異なる
出所:国立社会保障・人口問題研究所作成
歳
90
85
80
男
男
女
女
歳
100
95
90
85
80
75
70
65
60
55
50
45
40
35
30
25
20
15
10
5
0
75
70
65
60
55
50
45
40
35
30
25
20
15
10
構成比率 (%)
5
0
1.5
1.0
0.5
0.0
0.0
0.5
1.0
図6. 日本の実際人口と安定人口
1.5
1930年
0.8
0.6
0.4
0.2
0.0
女
構成比率 (%)
0.0
0.2
0.4
図7. 日本の実際人口と安定人口
0.6
0.8
2000年
少子化・高齢化・人口減少の関係
 人口減少の主因が死亡率上昇(戦争、疫病、飢
饉など)あれば、高齢化は必ずしも伴わない。
 少子化(人口置き換え水準以下への出生率低
下)により内的成長率が負となり、人口減少がお
きる場合は、高齢化を必然的に伴う。
 少子化による高齢化が進むと人口モメンタムは
小さくなり、たとえ出生率が上昇に転じても人口
規模の回復は困難となり、より時間もかかる。
Ex: 死亡が90歳で一斉におきるという単純な仮定のもとで、プラス
1%成長なら高齢化率は19%だが、マイナス1%では37%に達す
る。賦課方式の年金では、マイナス成長下では戻り率が1を下回る。
少子化を測る
 Total Fertility Rate(合計特殊出生率):TFR
=一人の女性が死亡による中断なしに生涯に生む平
均子供数。
 人口置き換え水準(臨界出生率):CFR
=与えられた死亡率のもとで、母親世代と娘世代の
サイズが等しくなるようなTFRの値
(現在の日本ではおよそ2.08)
 純再生産率(基本再生産数):R0
=一人の女性が生涯に生む平均女児数
(R0=1が人口増減の臨界条件)
 CFR=TFR/R0
合計特殊出生率(TFR)と人口置換水準(臨界出生
率)、純再生産率R0の関係
戦後日本のTFRと出生数の変化
http://www.ipss.go.jp/syoushika/seisaku/html/111b1.htm
年齢別出生率の変化
http://www.ipss.go.jp/syoushika/seisaku/html/111b2.htm
期間的見方とコーホート的見方
○ 期間(period)TFR
=ある時刻に観測された年齢別出生率の和
=仮説コーホートの平均出生児数
→ 各年の女子人口とともに出生数を決める。
出産年齢の高齢化[若年化]が進行している場合は
個体のTFRを過小[過大]評価(テンポ効果)
○ コーホート(cohort:同時出生集団)TFR
=一つの現実のコーホートの年齢別出生率の和
→ 継続する世代のサイズ比をきめる
=[女児数/親世代女性数]×(1+出生性比)
http://www8.cao.go.jp/shoushi/whitepaper
/w-2004/html-h/html/g1130030.html
Period vs Cohort
 コーホート的に見たライフサイクルパラメータは
現実の同時出生集団の観測に基礎をもち、比較
的安定していて、漸進的にしか変化しない。
 コーホート的変化(個体のライフサイクル)の結果
として、コーホートの集合としての人口の変動を
とらえたいと考えるのが人口学の主流。
 しかし、期間的な変動の累積としてコーホート変
化をとらえる見方も有力。ただしその場合でも、
期間データをコーホートに組み替えた場合、統計
的・生物的に妥当なものでなければならないだろ
う。
コーホートの年齢別出生率
http://www.ishii-futoshi.com/Profile/HON002.pdf
コーホートの累積出生率
http://www.ishii-futoshi.com/Profile/HON002.pdf
期間TFRとコーホートTFRの推移
ーテンポ効果とその消失ー
晩婚化から未婚化へ:
日本の出生率低下の最大の要因
 出産の98パーセントは法律婚夫婦から生まれて
いる。そのなかでも初婚夫婦からの出産が大部
分である。
 日本では婚姻が出産の前提になっているが、晩
婚化・未婚化が進んで婚姻がへっている。
 夫婦あたりの出生数も減りだしている
構成的変化=晩婚夫婦割合の上昇
実体的変化=同じ結婚年齢・持続時間でも夫婦
出生力の低下
結婚年齢の上昇
(平均世代間隔の延伸を導く)
晩婚は結婚出生力の低下を導く
結婚力の低下(1):未婚化(ストック
の増加)
http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/1540.html
結婚力の低下(2):初婚確率は半減
社人研 岩澤美帆氏の研究から
見合いの絶滅・恋愛結婚も難しい
結婚も同棲も交際も少ない
婚外子は抑制されている
http://www2.ttcn.ne.jp/~honkaw
a/1520.html
http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin
/hw/jinkou/tokusyu/syussyo05/index.html
離婚も増えている
未婚化・結婚出生力低下の背景
 当初は「豊かな社会」における伝統的結婚の魅力・地位
の低下、高学歴化等による先送り(晩婚化)として始まる。
しかし日本では代替的パートナーシップがでてこないうち
に、機会の喪失(未婚化)に至る。
 経済的環境の変化・悪化
親世代に比較して相対的な低下、特に過去10年では非
正規職従事者の急拡大。収入と結婚確率は強い相関が
ある。
 子供をもつコストの増加
子育て直接コストの高さ、女性の高学歴労働力化の
進展による機会費用の増加
 文化的背景・家族制度の伝統(東アジア、地中海諸国な
ど)
http://www8.cao.go.jp/shoushi/whitepaper/w-2005/17WebHonpen/html/h1420214.html
同床異夢?
ー少子化対策と男女共同参画ー
 OECD諸国では、80年代半ば以降、女性の社会進出の
進展とともに、仕事と子育ての両立環境が整備されて、
出生率と女性労働力率が正相関するようになった(ただ
しR0は1以下のレベル)。しかし日本は、女性労働力率
が若干上昇する一方で、出生率は大幅に落ち込んだ。
 家庭生活(人口・労働力再生産活動)と両立する仕事の
あり方が実現されないまま、女性の高学歴労働力化と専
業主婦家庭への保護削減がおきた。結婚の機会費用が
高騰。
 人口置き換え水準から1.2への低下の6割は未婚化、4
割は夫婦出生力の低下による。子育て夫婦の中でも双
方が就業継続をしている人はいまだに一部(正規職夫
婦?)。現状では両立支援は出生力低下要因の2割程度
にしか作用しないのではないか。多様な働き方や家庭の
あり方が不利益なく選択できることが必要。
日本人口の再生産様式
=婚姻による再生産
 婚外子割合は2パーセント以下なので、ほぼ婚
姻によって人口が再生されている。
 コーホートのTFR
=(生涯の女性結婚割合)×(夫婦あたりの平均
子供数)×(行動変化の)調整係数
例: 2006年社人研中位推計の仮定(90年生ま
れの目標コーホート)
(1-0.235)×1.70×0.925=1.20
社人研人口推計の想定する1990年
生まれの女性のライフサイクル
 同世代の23%が生涯未婚
 平均初婚年齢は28歳
 初婚夫婦の平均子供数は1.7、第一子の
平均出産年齢は29歳、二子以上子を持
つ人は同世代の半数以下。
 未婚・既婚とあわせて37%が無子におわ
る。
 高齢期には平均寿命は90歳を超える。
推計結果:縮小再生産軌道上の人口

経済同友会人口一億人時代の日本委員会リポート 2007年4月「日本の未来
は本当に大丈夫かー改めて問う少子化対策ー」より
日本人口の高齢化の特異性
ー少子化国の将来人口構成比較ー

人口問題研究資料319号より
経済同友会レポートが指摘する人口減
少に伴って発生しうるマクロな諸問題
人口減少社会はウェルカムか?
 日本の人口高齢化の速度、程度は欧米諸国に
比べても著しく深刻。出生力の北西欧州諸国な
みへの上昇(TFR=1.7程度)があっても、世紀
半ばまででは老齢人口割合を5パーセント程度
減らせるが、従属人口比率はあまり改善しない。
 生産性をあげればよいというが、年齢構造と生
産性は独立なのか?しかもグローバル経済のも
とで、生産性と賃金は必ずしも比例しない。
 (個体レヴェルでみると)親族資源の枯渇は深刻。
そもそも、家族形成という個体の基本的な願望
が満たされない社会が維持可能か?
Part 1 まとめ:
日本的人口再生産システムの破綻
 日本では法律婚(婚姻)だけが出産を担う家族形
態として認識されてきたが、現在の日本の社会
システムのもとでは、婚姻は出産のための安定
な土台としての機能を失ってきている。この状況
が変わらなければTFRは1.2程度に低迷して、
超高齢化と人口減少の趨勢は反転しない。
 当面の人口減少は不可避なので、それへの対
応は必要だが、人口減少社会は持続不可能で
あり、定常化の努力は必要。対応が遅れれば回
復はより困難になる。
 反転のためには、家族形成に至る多様なライフ
コース(タイミングも含む)が不利益なく選択可能
になることが必要ではないか。
Part II:
感染症の数理モデル
 数理疫学の起源は18世紀のダニエル・ベルヌー
イによる天然痘死亡率の寿命への影響に関する
研究に遡る。
感染症の流行
ー現代社会最大のリスク要因ー
 1918年のパンデミックインフルエンザ(スペイン風邪)は
4000万以上の死者
 2007年のHIV感染者は3320万、新規感染者250万、
エイズによる死者210万
 マラリアは、全世界で年間に3億~5億人の患者、150万
人~270万人の死者(90%はアフリカ熱帯地方)
 新興感染症(SARS,BSE(vCJD),高病原性鳥インフル
エンザなど)、再興感染症(結核、性的感染症、薬剤耐性
の進化 etc.)などによって、感染症撲滅に関する1980
年代までの楽観論は消滅。人口増加、都市集中、環境
破壊などによって、感染症流行リスクはますます増大。
死亡率の増加(不幸な人口レギュレーション)
最もエイズの影響を受けている7ヶ国の人口
http://www.un.org/esa/population/publications/
WPP2004/World_Population_2004_chart.pdf
感染症の流行は感染人口の
Nonlinear Population Dynamics
 感染人口の再生産過程は人口学的モデルでよく
記述される。ただし、初期侵入相を過ぎると変動
する感受性人口との接触という非線形現象が効
果を現す。
 一般の人口問題とは異なり、介入(ワクチン接種、
隔離、接触制限など)によって「感染性」人口を絶
滅させる(感染源にならないようにする)ことが目
標になる。
感染症数理疫学の基本的問題
 侵入条件:感受性集団に感染者が発生した場合
に、流行(感染人口の持続的拡大)が始まるか否
か。
 最終規模:初期人口のどれくらいの割合が罹患
するか。
 常在性条件:感受性人口の補充がある場合、流
行が定着するか否か。
 根絶条件:ワクチン、隔離、接触制限などの政策
によって根絶するにはどうすればよいか。
基本再生産数 R0
 なんらかの病原体(ウイルスや細菌など)に対してすべて
が感受性(susceptible)を有する個体からなるホスト(宿
主)人口(個体群)集団において典型的な1人の感染者
が、その全感染期間において再生産する2次感染者の
期待数を基本再生産数(basic reproduction number)と
よび、R0で表す。
 感染人口を世代毎にみて、1次(初期)感染者(primary
cases)、2次感染者(secondary cases)、3次感染者等を
継続的に考えた場合、R0は等比級数的に変化する各世
代の感染者サイズの公比である。
R0の推定値例
閾値原理:侵入条件と常在性
 ある時点での感染者の人口は重なり合う疫学的な世代
の和であるが、R0>1であれば感染者人口の成長率は正
になり、流行は拡大していくが、R0<1であれば感染者人
口の成長率は負であって流行は自然に消滅すると予期
される。
 閾値原理(Threshold Principle):
「R0>1であれば流行(感染者数の拡大再生産)がおきる
が、R0<1であれば流行はおきない。」
「感受性人口の補充があれば、R0>1のとき、エンデミック
な定常状態がある。」
SIRモデル(Kermack-McKendrick
model)による例題
 S:感受性人口、I:感染(性)人口、R:回復・隔離人
口、β: 伝達係数、γ: 回復・隔離率(1/γ=平均
感染性期間)
侵入のモデル化
 感染人口の初期成長(マルサス法則):
 感染人口の初期成長率:
 世代時間T(二次感染までの平均待機時間):
 侵入条件(invasion threshold)
流行初期の感染人口のマルサス的成長の
例1:(Spanish influenza in Maryland,1918)
流行の開始から終わりまでの例:
ある寄宿学校のインフルエンザ in 1978
流行曲線
ボンベイ(現ムンバイ)のペスト 1905-06
流行の終焉(最終規模方程式)
感受性人口の補充がなければ流行は自然に終わる
 Final size equation
流行強度(最終規模)のR0応答
Endemic model (SIR)
感受性人口の補充があると平衡点へ振動しながら収束
人口学的モデルの有効性:
HIV/AIDSの経験
Time course of a HIV infection
HIV/AIDSの流行特性
 潜伏期間が非常に長く、その間に感染性が時間
的に大きく変動する。そこで感染齢(感染からの
経過時間)の導入が必要。非線形効果のない流
行初期は安定人口モデルが適用できる。
 症候期になると治療困難。日和見感染により高
死亡率となる。
 長期の流行に関しては、超過死亡によるホスト
の人口学的構造変動を考慮する必要がある。
 感染は体液の交換によっておきる。感染経路に
よって異なる相互作用を考える必要がある。
流行初期の感染人口のマルサス的成長の
HIV in Japan, 1989-1994
日本のHIV/AIDS 2007
HIV感染規模の推定問題
 通常、感染者数は直接観測で
きない。観測されるのは発症
者数。
 感染期間が短い場合は、発症
者数は感染者数に非常に近い
が、HIVのように10年以上の
潜伏期間があると、両者は全く
違う。
 AIDS患者数から、HIV感染者
数を推定する必要がある。
 AIDS発症は、感染齢が高い
感染者に集中的に発生する。
感染者集団の齢構造が異なれ
ば、エイズの粗発生率は全く
異なりうる。
AIDS発症までの生残率
Back-calculationの原理
 D(t):=累積AIDS患者数
 F(t):=発症待機時間の分布関数
 B(t):=新規HIV感染者数
 A(t):=AIDS発症者数
HIV/AIDS制圧の難しさ
 抗エイズ治療は有効になってきたが、発症遅延
治療が容易に行われるようになると、致命的病
から慢性病に近くなり、R0は大きくなる可能性が
ある。
 いまのところワクチンがない。ウィルス変異が急
速で薬剤耐性も急速に進化しやすい。
 無症候感染が大部分で、症候性患者隔離は、流
行抑止にほとんど役立たない。
 性的接触構造がスケールフリーネットワークに近
く、基本再生産数R0が大きくなりやすい。
アメリカ合衆国でのエイズ初期流行:
異質性の高い人口(べき分布)の例
Scale-free network
実効再生産数R、介入方法
 ホストのすべては感受性とは限らない場合、ある
いは感受性ホストが定常状態ではない場合の特
定の時刻における平均的な1感染者が、その全
感染性期間に再生産する2次感染者総数を実効
再生産数(effective reproduction number)とよ
ぶ(control reproduction numberという呼び方も
ある)。R<1が制御目標
 集団ワクチン → 感受性人口の減少政策
 隔離 → 感染性人口の減少政策
 接触履歴調査 → 感染経路の解明と抑制
集団ワクチンの効果
 ε=乳幼児へのワクチン接種割合
 η=一般人口へのワクチン接種率
 実効再生産数
 εによる集団免疫の条件(臨界免疫化割合)
R<1は根絶の十分条件か?
 No! 劣臨界R<1においても感染人口が定着
する可能性はある。後退分岐の場合、少数例の
侵入はR<1によって防げても安定共存解
(endemic steady state)がある。
 その場合、一度流行がエンデミックになっている
と、R<1としただけでは根絶できない。
 後退分岐は実効再生産数が流行の進展とともに
単調には減少しない場合におきる(HIV/AIDS,
ベクター感染など)。
エンデミック定常解の分岐図
Part II のまとめ
 疫学における基本的概念は数理モデルを抜きに
しては理解できない。感染者動態というものが
Nonlinear Population Dynamicsに従っていて、
単なる静的・統計的対象ではないからである。
 感染症に関しては、いまだにワクチンや有効な
治療方法が無いものが多く、数理モデルによって
様々な介入行為の評価をおこなって、社会的に
防御することが重要。
 実践的な防疫体制と連動して、感染症疫学の教
育・研究体制を根本的に強化する必要がある
(homeland security)
おわりに:持続可能な社会へ
 人口問題はマクロな問題として語られやすいが、
人々の生き方や希望(生物的側面も含む)の集積
として、人口動態が現れている。
 個々人の生き方は自由であっても、集団として存
続可能なジェンダールールやライフコースは任意
ではなく、長期的にはR0≧1となるものでなけれ
ばならない。
 従って長期的には社会政策は多様なライフコース
に対して完全に中立的ではありえない。集団の存
続可能性に配慮しない社会は淘汰されるだけで
あり、R0≧1となる集団によって置き換えられるで
あろう。