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行動療法とは … 事例
Aさん 女性 20代前半 養護教諭 強迫性障害
AさんはX中学に勤めて2年目の新人養護教諭です。1年目は
先輩の指導のもと,安定した働きを見せていました。しかし2年
目になり,先輩の指導が無くなった辺りから,処置の後どれだ
け手を洗えばいいのか分からなくなりました。もし生徒に感染症
が出たらと思うと不安でたまらず,生徒の処置をした後だけでな
く,例えば湯のみに触った後や,ボールペンに触った後などに
も,念入りに手洗いと消毒をするようになりました(一回5分,一
日に80回)
長時間を手洗いに費やすうちに,仕事は滞り,消毒機材は自
腹購入のため経済的に苦しくなってきました。Aさんは,どこか
で手洗いが馬鹿げた事だと思いながらも止められず,ついには
うつ状態になり,S心療内科に来院。行動療法を受けることにな
りました。
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行動療法とは … 事例
Aさんの問題は,強迫性障害と呼ばれる不安障害であると診断
されました。強迫性障害には「曝露反応妨害法」と呼ばれる行動
療法が効果的だということが分かっています。そこで心理士Kは,
この方法を試してみることにしました。
Kは,まずAさんの主訴を詳しく聴取し,どのような状況で手洗い
が出やすいか,手洗いはどういう方法で行われるか,手洗いを止
めようと試してみたことはあるか,といった内容についてAさんと
一緒に調べていきました。
手洗いの回数表
午前
午後
夜間
回数
30
40
10
その結果,学校に居る午前と午後は手洗いが多く,家に居る夜
間はさほどでないことが分かりました。Aさんも自宅ではさほど強
い不安を感じていないようでした。
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行動療法とは … 事例
そこで,まずAさんに夜間の手洗いを減らすよう提案しました。
手洗いがしたくなると不安になるが,そのまま手洗いをしないでお
くと,自然と不安は下がることを知らせ,Aさんもおそるおそるこれ
を試してみたところ,2週間後,夜間の手洗いは劇的に減りました。
次に,午前中の手洗いを減らすことを提案しました。まずは学校
内の物で触ると不安になるものをリストアップし,不安の強さ順に
並び替えた不安階層表を作成しました。
曝露反応妨害法とは
100
学生の血
トイレ
強い不安を喚起する状
80
ぞうきん ほうき
況に自分を置き,長時
60
服 新聞紙 プリント
間強い不安に曝露しな
40
やかん 湯のみ
20
ティッシュペーパー がら,不安を下げるような行動を抑制・
ハンカチ
妨害することで,不安に馴れる方法です
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行動療法とは … 事例
Aさんには,最も強い不安を喚起するトイレに触れることを提案し
ましたが,これには抵抗があるとのことで,まずは「雑巾に触って手
を洗わない」を1時間続けてみることで同意しました。これを試す前
と最中と後とで,自分が今主観的に感じている苦痛感を100点満点
で評価する,SUDと呼ばれる方法で記録してもらうことになりました。
前
最中
後
6/6
80
100
90
6/7
78
98
80
6/8
70
90
70
6/9
60
80
60
AさんのSUDは次第に下がり,2週間後にはほとんど我慢できる
程度のレベルの不安に下がったのでした。これを受けて,トイレに
挑戦し,同じように不安が改善しました。
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行動療法とは … 事例
これと並行して,午前中の手洗いを減らすことで同意し,Aさん
には午前中の手洗い回数を数えてもらいました。洗いたくなっ
たら「不安は自然と下がる」「汚れているような気がするだけだ」
と自分に言い聞かせ,乗り切ることが出来ました。これは自己
教示法と呼ばれる方法でした。
手洗い回数
40
30
20
10
0
1週目
2週目
3週目
残った10回は,職務上妥当な手洗いでした。
4週目
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行動療法とは … 事例
不安そのものに馴れ,多くの時間を費やしていた手洗いと消毒
も減ってきたAさんは次第に元気さを取り戻してきました。Aさんは
感染を恐れてお風呂にも入れませんでしたが,お風呂を対象とし
た曝露反応妨害法を行うことで,このころにはお風呂でリラックス
出来るようになってきました。そして,午後の手洗い回数を減らす
ことに同意し,午前中と同じように減らすことができました。
Aさんは上司にいろいろ言われると言い返せない,という悩みが
あり,これが引き金となって手洗いが始まることがありました。そ
こでAさんにはうまく自己主張する方法を学習してもらいました。
自己主張訓練と呼ばれる方法を用いました。結果,上司に言うべ
きことが言えました。
治療開始から8ヶ月,Aさんの症状はほぼ消失しました。
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これまで見てきた方法と比べると
・これまでの方法は,ひとまとまりの体系だった
→行動療法は,様々な方法の寄せ集めであり,
その都度有効な方法を選択して用いる
・これまでの方法は,非指示的だった
→行動療法では,必要な指示を行う
・これまでの方法は,もっと遠まわしだった
→行動療法では,直接症状を扱う
☆より治療を念頭に置いた方法であると言える
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行動療法とは
・実験によって裏付けられた学習の諸原理に
基づくすべての行動修正法(アイゼンク H.J.)
・創始者は特に居ない。開発された方法の総体。
・心理療法における3つの主要な方法の内の1つ。
…精神分析・来談者中心療法・行動療法
・人間の精神活動を「行動」として捉える
…行為だけでなく,考えや感情,生理反応まで
…「死人テスト」…行動は死人には出来ない
…「具体性テスト」…行動は他人が観察できる
・行動を理解する技法と,変容する技法からなる
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行動を定義してみよう
☆死人テストを通過可能な表現に変えてみよう
死人テスト:死人にもできることは行動ではない
・雨が降ったら外出しない
・殴られても殴り返さない
・好きな人にしつこく言い寄らない
☆具体性テストを通過可能な表現に変えてみよう
具体性テスト:第三者が観察できないと行動ではない
・勉強を一所懸命に頑張る
・毎日明るく楽しく生活する
・子どもに愛情を持って関わる
☆観察でき,かつ,数えられる言葉で書いてみて下さい。
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行動療法とは
・「行動」は学習されたものである
→学習 … 刺激と反応の連鎖が身につく事
→行動分析 … 刺激と反応の連鎖を分析する
・症状も学習された行動(負の連鎖)と捉える
→例)過食,不安反応,引きこもり,自傷行為
・行動を消去したり,新たに学習することで
直接,症状の改善や生活の質向上を目指す。
→具体的な行動変容が治療の目的となる
・行動療法は高度な面接技術を必要とする
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レスポンデント条件づけ
☆対提示による無条件反射の「条件反射」化
・無条件刺激:US と 無条件反射:UR
→生物が生まれつき持っている刺激と反射の結びつき
・条件刺激:CS と 条件反射:CR
→生物が後天的に身につけた刺激と反射の結びつき
対
提
示
US
美味しいお肉
唾液の分泌
UR
CS
ベルの音
唾液の分泌
CR
→事前の刺激によって,反射(反応)が制御される
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事例:電車でパニックになるCさん
まただ…心臓がおかしい…息が苦しい…
やばい…まだ次の駅まで10分はかかる!
このまま心臓が止まって死ぬ!怖い!
Cさんは電車やバスに乗ると
激しい動悸と息切れに襲われ,
このまま死んでしまうのでは
と怖くなります。その結果,
それらの利用を避け,生活の
範囲がとても狭くなりました
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事例で見てみよう
☆電車に乗るのが不安になったCさん
対
提
示
US
身体の不快感
不安感
UR
CS
電車の風景
不安感
CR
Cさんの不安感・恐怖感は刺激から刺激に拡がっていく
☆Cさんの不安感・恐怖感を和らげるには?
・不安曲線:不安は回避しなければ1時間程度で下がる
・消去:CSだけを繰り返し提示するとCRが弱まる
Cさんは不安を回避するので,CSへの不安感が消去されない
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レスポンデント条件づけとしての恐怖症
・例:ねずみ恐怖症
→ねずみを見るだけで怖いDさん
ねずみを見ると大慌てで逃げる
・もともとはねずみを怖がっていなかった
→ねずみと恐怖感は連鎖していなかった
・ねずみに耳をかじられた時に強い恐怖を感じた
→ねずみを見るだけでも恐怖を感じるように…
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レスポンデント条件づけとしての恐怖症
・ねずみを見るだけで怖いDさん
対
呈
示
耳を
かじる
怖い!
かわいい
元々:耳をかじる(無条件刺激) & 恐怖反応(無条件反応)
対呈示:耳をかじる(無条件刺激)とねずみの姿(条件刺激)
結果:ねずみの姿(条件刺激) & 恐怖反応(条件反応)
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行動療法の方法
・ねずみを見るだけで怖いDさんの行動療法1
恐怖が消える
まで続ける
漸進的筋弛緩訓練
リラクゼーション法
怖い!
リラックス
恐怖反応と拮抗する(反対の)反応を恐怖反応と
同時に発生させること恐怖反応を消去する
→拮抗条件付け →系統的脱感作法
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行動療法の方法
・ねずみを見るだけで怖いDさんの行動療法2
100
80
60
40
20
0
馴化
不安曲線
逃げずに
その場に
とどまる
不安に曝露するし自然な馴化を発生させる:エクスポージャー
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オペラント条件づけ
☆行動がその後,続くか消えるかは,結果次第
☆強化:次の機会に同じ行動を取る頻度が高くなる
先行状況
行動
結果
先生に怒られている
ごめんなさいと言う
怒られていない
・正の強化:プラスの結果が得られた場合
・負の強化:マイナスの状況が無くなった場合
☆弱化:次の機会に同じ行動を取る頻度が低くなる
先行状況
行動
結果
先生に怒られている
言い返す
もっと怒られた
・正の弱化:マイナスの結果が生じた場合
・負の弱化:プラスの状況が無くなった場合
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不安曲線と回避行動
予測
不
安
実際の不安曲線
回避行動により
不安は下がる
回避
時間
回避行動でしか
下がらないと
誤解してしまう
Cさんの事例では…
先行状況
行動
結果
不安である
回避する
不安ではない
負の強化によって,回避行動が習慣化・増強されてしまう
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オペラント条件づけとしての回避
・例:ねずみ恐怖症
→ねずみを見るだけで怖いDさん
ねずみを見ると大慌てで逃げる
・大慌てで逃げると,ひとまずは安心する
→逃げる行動が,負の強化で増えている
…回避行動:恐怖の対象を避ける事
・逃げてしまうせいで,ねずみが本当は安全な
場合もあることが,分からなくなっている
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行動療法の方法
・ねずみを見るだけで怖いDさんの行動療法3
回避行動
オペラント条件づけされた
回避行動によって,自然な
馴化が損なわれている
逃げずに
その場に
とどまる
回避しなくても不安が下がる → 回避行動の消去
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今日のまとめ
• 行動療法は精神活動を「行動」として捉える
• 行動を,刺激と反応の連鎖として捉え,刺激と反応の連鎖が
•
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身につくことを,学習と呼んでいる
学習は,条件づけのメカニズムによって成立している
行動療法では,条件づけのメカニズムで治療する
ある刺激に対する自然な反応が,その刺激と対呈示された他
の刺激に対しても生じるようになることをレスポンデント条件づ
けという
行動の結果によって,その行動の生起頻度が変化することを
オペラント条件づけという
行動によって刺激が生じることで起こる強化を正の強化
刺激が消えることで生じる強化を負の強化と呼ぶ
曝露反応妨害法とは,わざと強い感情に曝して馴化を促すと
ともに,回避行動の消去を狙う治療法である。