Transcript 第7,8回講義の内容
個体と多様性の 生物学 第5回 突然変異とDNA修復機構 和田 勝 東京医科歯科大学教養部 個体、細胞、タンパク質 個体の活動=∑(細胞の働き) 細胞の活動=∑(タンパク質の働き) タンパク質の機能はその構造に依存 構造=アミノ酸の配列 アミノ酸の配列←遺伝子DNAの塩基配列 遺伝子突然変異 したがって、設計図であるDNAの塩 基ATGCが変わってしまうと、アミノ酸 が変わり、機能を失う可能性がある。 これを遺伝子突然変異という。 遺伝子突然変異には、いくつかの種 類がある。 遺伝子突然変異 一塩基置換による点突然変異 DNAの塩基ATGCの1つが別のものに 置換しておこる点突然変異 1)変わったコドンが指定するアミノ酸 は変わらない(silent mutation) 2)変わったコドンは別のアミノ酸を指 定するが、機能は変わらない (synonymous mutation) 3)変わったコドンは別のアミノ酸を指 定し、タンパク質は機能を果たさない (missense mutation) 4)変わったコドンが終止コドンになる (nonsense mutation) 影響大きい 点突然変異であっても Promotor X X Exon1 X X X Exon2 X Exon3 プロモーターだと転写不能になる エクソンだと上の1)から4)に述 べた影響が出る可能性 イントロンだと影響は出ない たとえばキモトリプシン キモトリプシンは、セリンプロテアーゼの 一つで、膵臓から不活性型のキモトリプ シノーゲンとして十二指腸へ分泌される ウシのキモトリプシンの一次構造 1 61 121 181 241 10 CGVPAIQPVL TTSDVVVAGE VCLPSASDDF ICAGASGVSS TLAAN 20 SGLSRIVNGE FDQGSSSEKI AAGTTCVTTG CMGDSGGPLV 30 EAVPGSWPWQ QKLKIAKVFK WGLTRYTNAN CKKNGAWTLV 40 VSLQDKTGFH NSKYNSLTIN TPDRLQQASL GIVSWGSSTC 50 FCGGSLINEN NDITLLKLST PLLSNTNCKK STSTPGVYAR 60 WVVTAAHCGV 60 AASFSQTVSA 120 YWGTKIKDAM 180 VTALVNWVQQ 240 突然変異の位置 一塩基置換による疾病例 この関係がもっとも直線的で明瞭な 例は鎌状赤血球貧血症(sickle cell anemia)だろう 一塩基置換による疾病例 鎌状赤血球貧血症のヘモグロビン は、正常のヒトのヘモグロビンと異な るヘモグロビンSで、溶解しにくく、繊 維状となるために赤血球が変形する この遺伝子は相互(共)優性で、ホモ だと溶血や血栓などが起こり、長く は生きられない。 一塩基置換による疾病例 ヘモグロビンSの一次構造を調べる と6番目のアミノ酸グルタミン酸がバ リンに変わっていることが明らかに なった VHLTPEEKSAV… 11p15.5 ヘモグロビン 遺伝子に 突然変異 VHLTPVEKSAV… ヘモグロビンS 鎌状 赤血球 ATG/GTG/CAC/CTG/ACT/CCT/GAG/GAG/AAG/TCT/GCC/GTT/... ATG/GTG/CAC/CTG/ACT/CCT/GTG/GAG/AAG/TCT/GCC/GTT/... 遺伝子型と表現型の関係 しかしながら、それほど単純では無い 分子A 分子B 酵素A 分子C 酵素B 分子D 酵素C 酵素AからCはタンパク質で、対応する 遺伝子がある。この遺伝子のどれかに 突然変異が起こっても、この代謝経路 は止まってしまう。 遺伝子型と表現型の関係 前のスライドの例のように一つの形質 の発現には多くのたんぱく質が関与 する。 遺伝子 遺伝子 遺伝子 遺伝子 タンパク質 タンパク質 タンパク質 タンパク質 形質 たとえば花の色(紫かピンクか白か) 遺伝子型と表現型の関係 反対に、1つの遺伝子が多くの形質の 発現に関与する場合もある。 遺伝子 タンパク質 形質1 形質2 形質3 形質4 たとえばアルビニズム(albinism) メラニンの代謝 人の体色は、黒色素細胞(melanocyte )中の黒色素顆粒(melanin granule)に よっている。 PheoDOPA melanin tyrosine DOPA quinone Eumelatyrosinase tyrosinase nin TRP1,2 アルビニズム チロシナーゼをコードする遺伝子に突 然変異が起こると、皮膚の色、目の色 、髪の毛など、メラニン形成が関係する 形質すべてに影響が現れる。 これ以外にも 黒色素芽細胞の移動 黒色素芽細胞の分化 黒色素細胞での黒色素顆粒合成速度 黒色素顆粒の大きさ メラニン合成の速度 黒色素細胞の突起の数 顆粒をケラチン層へ送り込む速度 などの因子(遺伝子)が色素顆粒 の形成に関与する 一塩基対の挿入・欠失による DNAの塩基配列中に塩基対が挿入あ るいは欠失によりおこる突然変異 読み取り枠がずれるため、突然変異 が起こった場所以降の意味が変わっ てしまう(frameshift mutation) 影響大きい 遺伝子突然変異の種類 染色体突然変異の種類 切断(breakage) 放射線の影響 欠失(deletion) 重複(duplication) 逆位(inversion) 転座(translocation) 染色体突然変異 体細胞突然変異と 生殖細胞突然変異 突然変異は、体細胞系列の細胞に 生じることも、生殖系列細胞の細胞 に生じることもある。 前者を体細胞突然変異(somatic mutation)、後者を生殖細胞突然変 異(germline mutation)という。 突然変異のおこるとき 自然突然変異(natural mutation) 複製時の誤り 活性酸素による障害 誘発突然変異(induced mutation) 紫外線、放射線、化学物質の 暴露による 突然変異はなぜ起こる ●自然突然変異(natural mutation) DNAの複製過程で、正しくない塩基( 正確にはヌクレオチド)を使ってしまう ことがおこる。 酸素はある意味で、細胞にとって毒に なります。特に細胞の呼吸で発生す る活性酸素がDNAに働いて悪さをす ることがある。 DNAの複製 この過程で 誤りが起こ る。 突然変異はなぜ起こる ●誘発突然変異(induced mutation) 外的な要因で引き起こされる 突然変異で、紫外線、放射線 、化学物質にさらされることで DNAの損傷が起こる。 たとえば、 チミンダイマー 紫外線により 塩基が変化し て複製の障害 になる ベンツピレンがDNAに結合 化学物質 がDNAに 結合すると 、複製の障 害となる。 突然変異は修復される 自然突然変異(natural mutation) 複製時の誤り ←修復機構 活性酸素による障害 ←修復機構 誘発突然変異(induced mutation) 紫外線、放射線、化学物質の 暴露による ←修復機構 修復に失敗すると 体細胞突然変異 癌化につながるが 次世代に影響を及ぼすことは無い 生殖細胞突然変異 次の世代に伝わる 再びDNA polymerase 複製はDNA-dependent DNA polymeraseが行なっているが、哺乳類の この酵素にはたくさんの種類がある。 DNAポリメラーゼα:RNAプライマー合成 DNAポリメラーゼδ:ラギング鎖合成 DNAポリメラーゼε:リーディング鎖合成 DNAポリメラーゼγ:ミトコンドリアで 複製過程における校正 DNAポリメラーゼは、鋳型鎖の塩基と相 補的な塩基を持ったヌクレオチドを取り込 んで、合成を進める。 塩基のミスマッチがおこると、少し戻って その部分をDNAポリメラーゼに同居して いるエクソヌレアーゼが切り取って、正し いヌクレオチドを入れなおす。 DNAポリメラーゼによる校正 この他に修復機構 DNAポリメラーゼη:チミンダイマーを越 えて合成を進める DNAポリメラーゼκ:損傷乗り越え型 DNAポリメラーゼβ:切り取り修復 DNAポリメラーゼλ:修復 DNAポリメラーゼβ DNAポリメラーゼβ DNAポリメラーゼβは、誤り部分を切り 出して、正しい塩基に置き換える。 修復に失敗すると 体細胞突然変異 癌化につながるが 次世代に影響を及ぼすことは無い 生殖細胞突然変異 次の世代に伝わる 修復されなかった突然変異は DNAは複製の過程の誤りを正し、損 傷を修復して、DNAを次の世代に伝え てきたが、 DNAの誤りはすべて修復され、まった く次の世代に伝わらなかったわけでは ない。この伝えられたDNAの誤りが、 後で述べる進化の原動力となるのであ る。