第9回講義の内容 - 東京医科歯科大学

Download Report

Transcript 第9回講義の内容 - 東京医科歯科大学

多様性の生物学
第9回 多様性を促す内的要因
和田 勝
東京医科歯科大学教養部
自然選択による進化
1)生物の集団に変異(variations)が
存在すること
2)変異は親から子に伝わること
3)環境の収容力が繁殖力よりも小さ
いこと
4)その環境のもとでは、変異に応じて
次世代に子を残す期待値に差が生
じること
形質と変異
メンデル遺伝学では形質(表現型)と
遺伝子の対応を一意に考えていた。
遺伝子型
(genotype)
DNA
→
表現型
(phenotype)
→
タンパク質
形質と変異
実際には、一つの形質が一つの遺伝子
に支配されている例ばかりではない。
複数の遺伝子の働きで一つの形質が
決まる場合、量的は変異が生じる。
たとえば皮膚の色にはいろいろな段階
がある。3つの遺伝子座が関係すると
考えると、、、
個体群内の変異
個体群内の変異
ヒトの場合、背の高さ、体重、皮膚や髪
の毛の色など複数の遺伝子がかかわ
る。
変異、自然選択、進化
変異はDNAのレベルで起こる。
自然選択は個体のレベルで起こる。決
して遺伝子のレベルでは起こらない。
進化は個体群で起こる。決して個体の
レベルでは起こらない。
集団遺伝学
そこで個体群(集団、population)を対象
とした、集団遺伝学の考えが重要にな
る。
集団遺伝学では、次のように考える。
集団遺伝学
個体群を構成している各個体は、すべ
ての遺伝子座について、全く同一な対
立遺伝子(allele)を持つのではない。
個体群を構成する各個体の持っている
すべての遺伝子座の対立遺伝子を合
わせたものを、その個体群の遺伝子プ
ール(gene pool)と呼ぶ。
遺伝子プール内の変異は、それぞれの
遺伝子座に対応する対立遺伝子の相
対的な比率で表すことができる。
これを、対立遺伝子頻度あるいは単に
遺伝子頻度(gene frequency)と呼んで
いる。
この遺伝子頻度を取り扱うのが集団遺
伝学。
ハーディ-・ワインベルグの法則
「一定の理想的な状況のもとでは、有性
生殖をおこなう集団における対立遺伝
子の頻度は、一世代で一定となり、その
後、世代を越えて一定に保たれる。また
、遺伝子型の頻度は、この遺伝子型を
構成する遺伝子の頻度の積で表すこと
ができる。」
1908年に標記2人が独立に発見。
成立の条件
1)新しい対立遺伝子が生じない
2)離脱・流入個体がなく、新しい対立遺
伝子が入ることも、出て行くこともない
3)個体群は十分大きく、頻度の有意な
変化が偶然におこることはない
4)すべての個体が繁殖可能になるまで
生き残って同等に繁殖する
5)有性生殖によってランダムに混ぜ合
わせられる
具体的に
ある個体群の遺伝子プールが次のよう
な対立遺伝子を持つとすると、
Aとa
遺伝子型は
AA、Aa、aa
となる。
具体的に
それぞれの遺伝子型を持つ個体が同
数いるとすると、
AA=Aa=aa=0.3333
したがってAとaの
頻度は
A=a=0.5
これが親の代。それではF1は?
組み合わせは9通り
AA
AA
AA
Aa
Aa
Aa
aa
aa
aa
x
x
x
x
x
x
x
x
x
AA
Aa
aa
AA
Aa
aa
AA
Aa
aa
F1世代は?
AAx AA
AAx Aa
AAx aa
Aa x AA
Aa x Aa
Aa x aa
aa x AA
aa x Aa
aa x aa
4 x AA
AAxAA
雄の配偶子
雌の配偶子
A
A
A
AA
AA
A
AA
AA
F1世代は?
AAx AA
AAx Aa
AAx aa
Aa x AA
Aa x Aa
Aa x aa
aa x AA
aa x Aa
aa x aa
4 x AA
2 x AA 2 x AA
4 x Aa
2 x AA 2 x Aa
1 x AA 2 x Aa 1 x aa
2 x Aa 2 x aa
4 x Aa
2 x Aa 2 x aa
4 x aa
F1世代は?
4 x AA
2 x AA 2 x AA
4 x Aa
2 x AA 2 x Aa
1 x AA 2 x Aa 1 x aa
2 x Aa 2 x aa
4 x Aa
2 x Aa 2 x aa
4 x aa
合計 9 x AA 18 x Aa 9 x aa
F1世代は?
遺伝子型の比は
AA:Aa:aa=9:18:9=1:2:1
表現型の比は
(AA+Aa):aa=3:1
遺伝子頻度はA=9x2+9、
a=9+9x2でともに27で頻度は0.5
F2世代は?
AAx AA
AAx Aa
AAx Aa
AAx aa
Aa x AA
Aa x Aa
Aa x Aa
Aa x aa
Aa x AA
Aa x Aa
Aa x Aa
Aa x aa
aa x AA
aa x Aa
aa x Aa
aa x aa
の16通りの組み合わせ
F2世代は?
AAx AA
AAx Aa
AAx Aa
AAx aa
Aa x AA
Aa x Aa
Aa x Aa
Aa x aa
Aa x AA
Aa x Aa
Aa x Aa
Aa x aa
aa x AA
aa x Aa
aa x Aa
aa x aa
AA
4
2
2
2
1
1
2
1
1
Aa
2
2
4
2
2
2
2
2
2
2
2
4
2
2
aa
1
1
2
1
1
2
2
2
4
F2世代は?
合計 16 x AA 32 x Aa
16 x aa
遺伝子型の比は
AA:Aa:aa=16:32:16=1:2:1
表現型の比は
(AA+Aa):aa=3:1
遺伝子頻度はA=16x2+16、
a=16+16x2でともに48で頻度は0.5
ハーディ-・ワインベルグの法則
「一定の理想的な状況のもとでは、有性
生殖をおこなう集団における対立遺伝
子の頻度は、一世代で一定となり、その
後、世代を越えて一定に保たれる。」
「また、遺伝子型の頻度は、この遺伝子
型を構成する遺伝子の頻度の積で表す
ことができる。」
ハーディ-・ワインベルグの法則
0.5
0.5
0.5
0.25
0.25
0.5
0.25
0.25
(AA+2Aa):aa=0.75:0.25
となる。
法則の一般化
対立遺伝子の頻度を文字を使って表し
て、対立遺伝子のAの頻度をp、aの頻
度をqとする。
当然、p+q=1
法則の一般化
(A) p
(a) q
p
p2
pq
q
pq
q2
(p+q)2=p2+2pq+q2
(pA+qa)2=p2AA+2pqAa+q2aa
法則の応用
ハーディー・ワインベルグの平衡状態に
ある個体群では、対立遺伝子の頻度か
ら遺伝子型の頻度を計算できる。
たとえば、A(p)を0.60、a(q)を0.4としてみ
よう。
AAの頻度=p2 = (0.60)2 = 0.36
aaの頻度=q2 = (0.40)2 = 0.16
Aaの頻度=2pq=2x(0.60)x(0.40)=0.48
法則の応用
上に述べた対立遺伝子の頻度を持った
500頭の個体群がいたとすると、それぞ
れの遺伝子型をもった個体の数はどう
なるだろうか。
AAの個体数=0.36x500=180
Aaの個体数 =0.48x500=240
aaの個体数 =0.16x500= 80
法則の応用
逆に遺伝子型の頻度がわかれば、遺
伝子頻度が計算できる。
集団遺伝学では、このハーディー・ワイ
ンベルグの法則を出発点とする。
日本人全体を一つの近似的に理想的
な個体群とみなして、遺伝子頻度の計
算に数学的な取り扱いを適用する。こ
のような集団をメンデル集団と呼ぶ。
複対立への法則の拡張
ABO式血液型
糖鎖の違いである
ABO式血液型
-・・・-Gal-GlcNAc-Gal(ABO抗原の前駆糖鎖)
フコース転移酵素(酵素H)
-・・・-Gal-GlcNAc-Gal(H(O)型糖鎖)
アセチルガラクトサミン
転移酵素(酵素A)
|
Fuc
ガラクトコース
転移酵素(酵素B)
Gal-GlcNAc-Gal-GalNAc(A型糖鎖)
|
Fuc
Gal-GlcNAc-Gal-Gal(B型糖鎖)
|
Fuc
ABO式血液型
この3種の酵素を遺伝子がコードしてい
る。 血 液 遺 伝 子
赤血球
血清中の
型
型
A型
IAIA, IAi
B型
酵素
表面糖鎖
抗体
"H", "A"
A, H
anti-B
IBIB, IBi
"H", "B"
B, H
anti-A
AB
型
IAIB
"H", "A", "B" A, B, H
なし
O型
ii
"H"
anti-A, anti-B
H
ABO式血液型
AとBの間には優劣関係がなく、AとBは
Oに対して優性である。
ABO遺伝子は、第9染色体上にある
(9q34)。A遺伝子はA酵素を、B遺伝子
はB酵素をコードしている。354アミノ酸。
O遺伝子は、A遺伝子の88番目のコドン
のG 塩基が欠失しフレームシフトが起こり
117個のアミノ酸、酵素活性ない。
法則の拡張
(pA+qB+rO)2=
p2AA+2prAO+
q2BB+2qrBO+
2pqAB+
r2OO
表現型A
表現型B
表現型AB
表現型O
具体例
日本人の献血者の全国資料によると、
A型は1,725,950人、B型は988,996人、
AB型は444,979人、O型は1,305,924人
(合計4,465,349人)
A型 =0.386521(p2+2pr)
B型 =0.221482(q2+2qr)
AB型=0.099540(2pq)
O型 =0.292457(r2)
具体例
ここからrはすぐに求められる。
r2 =0.292457なのだから
r =SQRT(0.292457)
=0.540793
具体例
pとqはチョット工夫をして
q =1-(p+r)=1-SQRT((p+r)2)
=1-SQRT(p2+2pr+r2)
=1-SQRT(0.386521+0.292457)
=0.175999
p =1-(q+r)=1-SQRT((q+r)2)
=1-SQRT(q2+2qr+r2)
=1-SQRT(0.221482+0.292457)
=0.283104
具体例
したがって、日本人というメンデル集団
のABO式血液型を支配する遺伝子A
(IA)、B(IB)、O(i)の頻度は、それぞれ
0.283、0.176、0.541である。
この遺伝子頻度は、民族によってそれ
ぞれ異なっている。
集団遺伝学
集団遺伝学では、遺伝子型頻度でなく
遺伝子頻度を基本の数量とする。
これは、遺伝子頻度のほうが不連続性
がない、集団の中の遺伝子頻度は変化
しにくいので数量化モデルをあてはめや
すい、ためである。
集団遺伝学は、交配実験が行なえない
集団に対して有効。
実際には
ハーディー・ワインベルグの法則が成り
立つのは、5つの条件を備えた理想的
な個体群においてである。
しかし、実際にはこのような個体群はり
えない。
突然変異によって新たな対立遺伝子が
生じ、個体群間の個体の移動によって
遺伝子の流入や離脱が起こる。
実際には
また、すべての個体が繁殖に参加でき
るとは限らないし、個体群の大きさによ
っては、偶然的は変動が起こることがあ
る。
すなわち、遺伝子頻度に変化が起こる。
これは、進化が起こるということである。
進化は
1)新しい対立遺伝子が生じない
突然変異(mutation)
2)離脱・流入個体がなく、新しい対立遺
遺伝子流(gene flow)
伝子が入ることも、出て行くこともない
3)個体群は十分大きく、頻度の有意な
遺伝的浮動(genetic drift)
変化が偶然におこることはない
4)すべての個体が繁殖可能になるまで
自然選択(natural selection)
生き残って同等に繁殖する
5)有性生殖によってランダムに混ぜ合
非ランダム交配(non-random mating)
わせられる
進化は
「進化」を集団遺伝学の立場から見ると
これらの5つの要因が、単独あるいは
複合して個体群にはたらき、遺伝子頻
度に変更を加えることだと定義すること
ができる。
遺伝子頻度変化の要因は
新しい対立遺伝子が生じるのは
突然変異、遺伝子流
遺伝子が世代を受け渡されるとき変更
が生じるのは
自然選択、遺伝子浮動
非ランダム交配
変異、自然選択、進化
変異はDNAのレベルで起こる。
自然選択は個体のレベルで起こる。決
して遺伝子のレベルでは起こらない。
進化は個体群で起こる。決して個体の
レベルでは起こらない。