Transcript 事業部制度の登場
2015年春学期 「企業のしくみ」 第14回 事業部制の登場 樋口徹 1 2-2-1 中央集権的組織(p.29) テイラーの科学的管理法(生産現場に関する管理) (テイラーは機械技師出身のコンサルタント) ①課業管理、②差別的出来高制度、③ファンクショナル組織 ※著書『工場管理』(1903)、『科学的管理の原則』(1911) ①課業(タスク)管理:各作業者に公正な 仕事量 の割り当て 「動作研究」(細分化された作業の所要時間を測り、最も能 率的に作業を行える方法を明らかにした)に基づき、その 作業の所要時間を標準時間とし、一日に達成すべき仕事 量を割り当てた。 ②差別的出来高制度:金銭的報酬によって、作業者の 動機づけ を行う制度 課業を達成した人には高い賃率に基づく報酬、達成できな かった人には低い賃率に基づく報酬を支払う。 2 ③ファンクショナル組織:職長の機能を 職能 ごとに分割 • 課業管理と出来高制度を実施すると、 職長 の仕事が仕事の割り 当て、作業手順の設定、作業の指示・監督、作業者の訓練と多岐に渡 り、管理の仕組みを変更する必要が生じた。 • 職長の機能を、現場の監督を行う「 執行 職能」と「 計画 職能」 に分割し、作業者はそれぞれの職長から支持を受けるようになった。 • 末端の作業者(構成員)は複数の職長の指示を受けている。 3 中央集権型の階層組織への変化 • 下図では、ピラミッド型の階層構造を形成し、末端の構成員への指 示命令系統が 一本化 されている。 • 職能(機能)別組織は、権限が組織階層の上層部に集中している 中央集権的な組織である。組織内の指示・命令は上から下に伝わ り、そして下部に位置する構成員が指示・命令されていないことを 行う場合には、 上司 の許可が必要になる。 ※下級の管理者が自主的に行える意思決定の幅は狭く、意思決定の権限が トップ に集中している。権限が集中しているトップを補佐するのが、 \\\\\\\\ 「 ゼネラルスタッフ 」である。彼らの役割は軍隊における 参謀 に類似し、情報収集・分析を通して、戦略や計画立案などのトップの意思決 定を支援することである。通常、ゼネラルスタッフに現場の構成員に直接指 示を与える権限は与えられていない。 4 2-2-2 中央集権的組織の問題点(p.31) 規模拡大にともなう中央集権的な組織への移行 5 中央集権的組織の問題点 構造から生み出されるコミュニケーションに起因する問題 1. トップに状況を報告し、判断を仰がねばならない事態が発生 した場合、トップがその状況を把握し、意思決定を行い、現場 に指示・命令が伝達されるまでには、相当の 時間 や手間 を要する。 2. それによって、情報の鮮度が落ち、さらに、情報の 歪み が 発生・助長されることになる。情報に遅れや歪みがあれば、 トップが適切な意思決定を行うことは困難になる。 3. トップに権限が集中している状態では、現場の構成員やミドル (中間管理職)は、指示・命令通りに、業務を遂行することが 主に求められるようになり、現場での 創意工夫 が減り、 現場からの優れたアイデアが組織内に広まらなくなる。 6 中央集権的組織の問題点 トップに関する問題 1. どんなに優秀なトップでも管理能力と時間の制約が有り、多様か つ大量の業務を適切かつ迅速に処理し続けることには 限界 がある。 2. 中央集権的組織における権限のトップへの集中は、トップの時間 や労力の 配分 を歪め、組織全体に悪い影響を与えることにな る。例えば、トップが日常的な活動の管理や調整に多くの時間が 奪われ、トップの最大の仕事である組織のビジョン作成・提示お よび 戦略 の構築・実施などに十分な時間や労力を割くことが できなくなる。 3. 一握りのトップが責任を伴う重大な意思決定をすべて行っている ので、 後継者 育成の場が限られてしまう。組織が長期的に 存続するためには、 後継者 の育成も不可欠であるからであ る。 7 中央集権的組織の問題点 事業の多角化から発生する問題 • 組織は事業を 多角化 することによっても、成長することは可 能である。中央集権的な 機能別 組織は単一あるいは少数の 事業を抱える組織には有効に機能するかも知れない。しかし、多 様な事業を抱える組織には不向きな構造となる。 • 沢山の種類の事業を行う場合、事業分野によっては、特異な技術 や活動内容を行っているものも含まれるようになり、 画一的 に全事業を管理することに無理が生じるようになる。 • さらに、多角化が進んだ場合、 トップ がすべての事業に精通 し、適切な意思決定を適宜行うことは、困難になる。 ※管理可能な人数と同様に事業の幅にも管理の限界がある。 8 2-2-3 分権的組織(p.33) 組織構造と戦略に関するチャンドラーの命題 • 米国の経営学者であるチャンドラー(Alfred D. Chandler, Jr.)は著書 『Strategy and Structure』(1962)の中で、20世紀前半に出現した米 国の 巨大 企業の比較研究を行った 。 • それらの研究を通じて、経営戦略と組織構造について考察し、 「 組織は戦略に従う 」という命題を提唱した 。 • 19世紀の後半に完成した大陸横断鉄道によって、企業の商圏が 飛躍的に拡大し、巨大企業が多数出現した。 • 企業の中には、 シナジー (相乗)効果を活用するために、複数 事業を展開する 多角化 戦略を採用する企業が増えた 。 ※シナジー(相乗)効果とは、単一企業が複数の事業活動を行うことによって、複 数の企業が個別に行うよりも大きな成果が得られる効果(結合効果とも呼ぶ) • 多角化した組織を適切に運営するには、中央集権的組織から分権 的組織である「 事業部制 組織」への移行が不可欠となった。 多角化戦略を遂行するために、組織構造の変更が必要となった。 9 チャンドラーが考察した4つのビッグビジネス ➀デュポン; フランス革命後に米国に移り住んだエ ルテール・イレネー・デュポン(左写真: 1872年生まれ)が1902年にデラウェア 州に設立した化学会社。 1920年頃には、子会社のRepauno Chemical Company(1880年設立)が世 界最大の ダイナマイト 製造業者と なる。 1935年にデュポン社のウォーレス博士 (Dr. Wallace Carothers)が世界で初め ての合成繊維( ナイロン )を発明し た。ストッキングを商品化し大ヒット。 10 チャンドラーが考察した4つのビッグビジネス ②GM(ゼネラルモーターズ); 1908年にWilliam Billy Durantがミシガン 州Flintに設立。多数の自動車メーカー (Buick、 Chevrolet、Cadillac)を 買収 しながら成長を遂げる。写真(GMのホー ムページより抜粋)は1920年頃のレース の様子。現在でも米国自動車メーカの ビッグ3の一角で、本社はミシガン州デト ロイトにある) 11 チャンドラーが考察した4つのビッグビジネス ③スタンダード・オイル(石油); • 1880年に ロックフェラー がオハイオ 州に設立した石油会社。 • スタンダード・オイル設立以前から石油 精製所の買収を繰り返し、全米で消費さ れる石油の90%を精製した時期(1860 年代~1900年代の初めまで)もあった。 クリーブランドにあった 第1製油所(1899年) Wikipediaより抜粋 • 1890年に連邦議会が シャーマン 法 (不法な制限および独占に対して取引を 保護する法律)を制定したので、本社を ニュージャージに移転するなどによって 一旦回避した。しかし、1911年に連邦最 高裁から解体命令が出され、34の会社 に分割させられた。 12 チャンドラーが考察した4つのビッグビジネス ④シアーズ・ローバック (Sears, Roebuck and Company ); • 1893年シカゴにおいてRichard Warren Sears (左写真:1863年生まれ)がシアーズ・ローバッ ク社(Sears, Roebuck and Company)を設立(リ チャードは元ミネソタ州の駅員で、駅員時代か ら売れ残った時計を買い取って、 通信販売 をしていた)。 • 1896年 カタログ 販売を開始。 • 1925年 百貨店 展開開始。 • 1980年頃までは全米最大の小売業者(百貨店 やカタログ通信販売)本社はシカゴ 13 チャンドラーの分析結果 多角化戦略採用による事業部制の出現 1. 経済発展(ビジネスチャンスの拡大)とともに、 2. 企業の中には、シナジー(相乗)効果やコンプリメント(補 完)効果を活用した 多角化 戦略を採用する企業が増え た(複数事業を展開するようになった)。 3. そして、多角化戦略を適正に実行できる組織形態への変 更が必要となり、命題「 組織は戦略に従う 」を導出 した。 4. デュポン社の事例から、集権的組織(職能部門組織)から 分権的組織( 事業部制組織 )への移行が起こること を論じた。 14 事業部制組織の一例 • 組織を製品別あるいは地域別に事業部を区分けし、 市場 に 近い所で意思決定が行えるような仕組みが整えられている。 • それぞれの事業部の事業部長は、その運営に際して、幅広い権 限が与えられる一方で、自事業部の成果に対して責任を負うよう になる。各事業部が利益責任単位( プロフィット ・センター)と して位置づけられている. 15 各事業部の業績の適切な評価 社内(事業部間)取引の算定 • 各事業部の業績を適切に評価するには、社内(事業部間)の 取引 も売上やコストとして算定することが必要となる。 • 主な算定方式はコスト・プラス方式と完全な市場価格に基づく 方法である。 • コスト・プラス方式では、実際の 原価 に事業部の一定の 利益率 をプラスして価格を計算することによって、社内取引 の費用や売上を算定する。 • 市場価格に基づく方式では、市場価格を基準に 振替 価格 を算定する。 16 職能部門組織から事業部制組織への移行 職能部門組織(中央集権的) → 事業部制組織(分権的) 本社 本社 事業A 事業B 事業A 生 営 購 技 財 産 業 買 術 務 本社 スタッフ 事業B 生営購技財 生営購技財 産業買術務 産業買術務 ※事業部単位で意思決定や 対応ができるようになる。17 事業部制の利点 (1)問題が発生した場合に、当該事業部内で 迅速 に対 応できるようになる。 (2) 独立採算 制採用によって、各事業部が採算を改善 する行動を積極的に行うようになる。 (3)事業部ごとの業績を把握できるようになり、 事業構成 を適宜見直せるようになる。 (4)トップの負担を軽減し、トップが全社的な ビジョン や 戦略作成に専念できるようになる。 (5)事業部長は様々な意思決定を行う権限が与えられるの で、各事業部が 後継者 を養成する場所となる。 18 2-2-4 分権的組織の問題点(p.36) 事業部制(分権的組織)の縦割り構造に起因する問題点 • • • • • 分権的な事業部制組織の最大の問題は、縦割りの弊害など セクショナリズム に陥り易くなることである。 各事業部に責任と権限を委譲しているので、各事業部は自事 業部の業績を最優先に考え、 行動 するようになる。 事業部間の競争意識が悪い方向に働いた場合、予算、人、情 報などの経営資源の 囲い込み が組織内で横行する。 事業部の枠組みが事業部間のコミュニケーションを阻害し、組 織全体としての協力関係を崩壊させる原因となりうる。そのよ うな状況下では、内部資源を十分に活用できない状況が発生 し、 重複 した投資が行われる危険もある。 各事業部が独自に利益の最大化( 部分最適 )を図っても、 その結果が全体利益の最大化(全体最適)につながるとは限 らない。それどころか、同じ社内に複数の事業を抱えることの 意義自体を失うことになる 。 19 事業部制(分権的組織)のその他の問題点 • それは独立採算制であるが故に 短期 志向に陥り易くな ることである。 ※研究開発、人材育成、設備投資などは長期的な視点で行われるべきも のであるが、投資の効果は短期間では現れないことが多い。各事業部 が短期的な業績を向上させるために、長期的な投資を抑制し、短期的 に効果を得やすい経費削減や 値引き 販売などが選択され易くなる。 ※研究開発、人財育成、設備投資などが長期的な視点で行われなけれ ば、将来の事業の運営に支障をきたす恐れがある。さらに、企業が長 期的に安定して存続するためには、現時点で稼ぎ頭として活躍してい る事業だけでなく、 将来有望 な事業を育てていくことも必要である。 • 中央集権的な機能別組織による対応では無理が生じるよう になり、分権的な事業部制組織への移行が行われるように なったが、このような事業部制組織においても更なる組織 規模 の拡大によって、事業部制組織の弊害が無視できな いものとなる(事業の多角化)。その際に、組織の再編によっ て、事業部組織の弊害を打破しようとする動きが活発に試み られるようになる。 20