プレゼンテーションファイル

Download Report

Transcript プレゼンテーションファイル

鳥インフルエンザの
獣医経済疫学的研究
山口 道利
(京都大学大学院農学研究科)
背景


高病原性鳥インフルエンザの発生

通報の遅れ

経営の縮小
個別経営の損失と社会的損失

外部経済/不経済の存在
社会的に最適な疾病コントロール
疾病による経済損失と,疾病制御にともな
う経済便益が
 どのような場合
 どこで(誰に)
 どのくらい
発生するかを知る必要がある
獣医経済疫学の必要性

獣医経済疫学
対象:家畜,ペット,野生動物
 範囲:仮定,経営,地域,国,国際的地域

それぞれの範囲における疾病対策の代替
案を,経済学の枠組みで評価し,獣医公
衆衛生上の意思決定を支援する
獣医公衆衛生と経済効率性

経済効率性が求められる背景(Otte and
Chilonda)
 先進国では被害の甚大な感染症の多くがす
でに制圧された
 畜産製品の自給率が下がり,国内の防疫対
策の優先度が下がった
 一次産業の衰退により,家畜疾病対策への公
的資金配分が縮小した
 疾病コントロールの責任が官から民へ移った
獣医経済疫学の新たな局面

人獣共通感染症の発生による畜産物消費
への悪影響(小澤)
 O157:H7,BSE,高病原性鳥インフルエ
ンザ・・・
獣医経済疫学的アプローチ

ある疾病に関して,適切な防疫措置によっ
て防ぐことができたはずの経済損失額を算
定する

ある疾病に関して,ひとつ以上の処方を比
較し,費用対効果という基準から見て最良
の選択肢を提示する
旧来のアプローチの限界
まん延防止のための買上措置
 悪用
 家畜伝染病予防法による届出義務
 閉鎖型鶏舎,ブラックボックス
 ワクチンを利用した防疫
 科学的知見レベルでの対立
 やみワクチン

新たなアプローチの必要性

地域や国における防疫措置の履行には,
モニタリング費用がともなう
 フードシステムの構成主体それぞれの
意思決定に際して,社会的な費用と便
益が内部化されている必要がある
 内部化とそのモニタリングのためのメカ
ニズムは一意ではない
 罰則(課税),補助金,統合,契約・・・
高病原性鳥インフルエンザ

獣医経済疫学的課題
 適切な淘汰範囲の設定
 適切な移動制限措置の設定
 ワクチン利用の費用対効果
 通報の遅れにともなう社会的損失の内
部化
課題の限定
高病原性鳥インフルエンザに関して,通報
の遅れが発生したことに着目する
 社会的費用とその分担を整理する
 対象を採卵鶏経営に限定し,さらに発生す
る損失を殺処分と移動制限による直接の
損失に限定して,個別経営の負担につい
て考察する

採卵鶏経営をとりまく取引関係
原種鶏供給
集出荷団体・業者
孵卵場
育雛経営
採卵鶏経営
飼料会社
廃鶏処理業者
輸入
飼料の流れ
生体の流れ
鶏卵の流れ
GPセンター
需要者
鶏卵問屋
発生経営を中心とした損失
発生経営の 周辺経営の
損失
損失
社会的
損失
採卵鶏の淘汰
●
●
鶏舎の消毒
●
従業員の健康
●
製品回収
●
発生経営の出荷停止にともな
う鶏卵/鶏ふんの処理(保管)
●
●
発生経営の出荷停止にともな
う飼料代
▲
▲
●
●
●
▲
●
周辺経営を中心とした損失
発生経営の
損失
周辺経営の
損失
社会的
損失
移動制限にともなう鶏卵/鶏ふ
んの処理,保管
●
●
廃棄卵分の飼料代
●
●
鶏卵/廃鶏の価値の低下
●
●
その他操業停止にともなう損失
●
●
おもに自治体が負担する損失
発生経営の
損失
周辺経営
の損失
社会的
損失
清浄性確認検査費用
●
水質/臭気調査費用
●
その他モニタリング費用
●
緊急融資など経営対策
●
京都府の場合,上記に加えて埋却費用の肩代
わりや価格補てん事業,風評被害の啓発活動
などで,合計約8億円の予算を計上した
社会的損失とならないもの
操業再開時の取引喪失
発生経営の
損失
周辺経営の
損失
●
●
社会的
損失
操業再開時にもとの取引を他社に奪
われたままの場合,社会的な損失は
発生しないが,個別経営にとっては少
なからぬ損失が発生する場合がある
殺処分による損失

殺処分にともなう成鶏損失

すでに販売済みの鶏卵や副産物に移転
した原価は除かれる

期中棚卸によって把握するのが原則

ここでは,収益還元価をもとに算出する
計算上の仮定





高病原性鳥インフルエンザの発生日は,冬期(11
月1日~3月31日)に一様分布するものとする
成鶏舎導入日齢を120日齢とし,150日齢以降
365日間採卵を行う(90%採卵)
卵重60g,飼料要求率は2.2とする
飼養中の鶏の損耗は考えない
飼養羽数規模による技術の差は考慮しない
計算上の仮定2

オールイン/オールアウト方式
 オールイン日は,遺失鶏舎稼動延べ日
数でみた期待損失を最小にするように
選択する
鶏舎数と最適な入舎サイクル
鶏舎3棟
4棟
5棟
10棟
11月1日以降最初の
オールイン日
11月13日
12月17日
1月7日
11月26日
遺失稼動日数(平均)
547日
719日
925日
1870日
同(最大)
740日
932日
1121日
2066日
同(最小)
376日
566日
756日
1700日
殺処分による遺失収益
成鶏常時飼養羽数
約1万羽規模の農家
養鶏の場合(1棟4千
羽×3棟を想定)
成鶏常時飼養羽数
20万羽超の企業養
鶏の場合(1棟2万5
千羽×10棟を想定)
平均
850万円
1億8170万円
最大
1520万円
2億2420万円
最小
260万円
1億4470万円
ただし,卵価160円/kgで計算.また,淘汰によって不要となった
飼料代は控除した(飼料代はトン当たり4万円とした).
殺処分による社会的損失
成鶏常時飼養羽数
約1万羽規模の農家
養鶏の場合(1棟4千
羽×3棟を想定)
成鶏常時飼養羽数
20万羽超の企業養
鶏の場合(1棟2万5
千羽×10棟を想定)
平均
700万円
1億4890万円
最大
1310万円
1億8790万円
最小
150万円
1億1490万円
鶏卵原価に占める飼料費の割合を0.6として計算した.上記損失
額は成鶏損失だけでなく減価償却費なども含んでいる.
鳥インフルエンザ生産者互助基金
積立金単価
殺処分等に対
する互助金
年間飼料購入量(配合飼料価格安
定基金との契約数量)トン当たり
100円
経営支援互助金
採卵鶏1羽当たり700円
埋却/焼却費用
互助金
1羽当たり50円
基本契約期間
3年
経営支援互助金は,殺処分による平均的な社会的損失を
ほぼ完全にカバーしている
与件変動の弾力性(殺処分)
対遺失収益
対損失
飼料費原価比率
-
-2.5
卵価
2.2
-
飼料価格
-1.2
(1)
遺失稼働日数
1.0
(1)
損失額の飼料価格および遺失稼働日数弾力性については,計算
式の定義より1であるため括弧つきで記した.また,卵重および産
卵率についても同様であるため省略した.
移動制限による損失
廃棄となる鶏卵の原価と,液卵として出荷
される鶏卵の原価から液卵価を控除したも
の
 清浄性が確認されて以降に採卵された
鶏卵については,(制限解除時にじゅう
ぶんな品質保持期限が残っていれば)
出荷が可能である
 ここでは,収益還元価をもとに算出する

計算上の仮定





殻つき卵として出荷できる卵は,移動制限措置
が解除される5日前までのものと仮定する(店頭
で1週間の品質保持期限)
第一次清浄性検査は陰性であるものとし,検査
日以前に採卵された卵は廃棄
検査日以降に採卵された卵は,61日以内であれ
ば液卵として出荷可能であるとする
鶏卵保管費用は考えない
液卵価格は100円/kgとする
計算上の仮定2
移動制限期間の長さは,おもに発生農場
における防疫措置にかかる時間による
 ここでは,京都府の事例(発生農場の防
疫措置完了まで24日間)を上限とする
 1棟4千羽×3棟=1万2千羽飼養の場合を
考える
 その他の数値については殺処分のときと
同じものを用いる

移動制限による遺失収益と損失
完発
了生
ま農
で場
のに
日お
数け
る
防
疫
措
置
遺失収益
社会的損失
5日
162万円
143万円
10日
208万円
185万円
15日
254万円
227万円
20日
299万円
269万円
24日
335万円
302万円
与件変動の弾力性(移動制限)
対遺失収益
対損失
飼料費原価比率
-
-1.23
卵価
1.22
-
防疫措置の日数
0.65
0.66
液卵価
-0.22
-0.25
検査期間
0.14
0.15
発生農場の防疫措置完了までの日数24日のとき
鶏卵買上事業


高病原性鳥インフルエンザまん延防止緊急対策
事業
 国による事業(実施主体は府県畜産協会な
ど)
 鶏卵の場合,価値減少分の1/2と輸送および
保管経費の1/2を補てん
府県独自事業(京都府の場合)
 平飼い卵の基準額を高く設定
 国と府の基準額の差額の8割と,府の基準額
を超える部分の5割を上乗せ補てん
融資(家畜疾病経営維持資金)
限度額
経営継続資金
経営再開資金
経営維持資金
4万円/100羽
個人2000万円
法人4000万円
4万円/100羽
要件
移動制限/搬出制限/移動自粛
売上2割以上低下
貸付利率
1.425%以内
1.60%以内
償還期限
実施期間
3年(うち据置1
年)
5年(うち据置2
年)
H15.10.1~H17.3.31
3年(うち据置1年)
H16.3.16~H16.8.31
府県単独事業により,末端の貸付利率が0%になるまで利子補給を行う
例もある(京都府,兵庫県)
モデル経営と制度の効果

上述の制度の効果を確認するため,移動制限に
よる損失計算とほぼ同様の規模のモデル経営を
導入する
 目標経営(栃木県農業改良普及センターによ
る)





農業従事者数2.5人規模の家族経営
目標農業所得800万円
成鶏舎3棟,13,800羽飼養可能のうち,年間常時飼養成鶏羽
数12,116羽
鶏卵を高付加価値販売(平均190円/kg)
その他の装備や経営指標については,配布レジュメを参照
遺失収益でみた経営損失
出荷停止日数にともなう経営損失
450
400
経営損失
うち飼料代
(万円)
350
300
250
200
150
100
(39/25)
(44/32)
(出荷停止日数/清浄性確認までの日数)

京都府における出荷停止/清浄性確認までの日数
(右端)では,モデル経営の農業所得の半分近くが
鶏卵販売に関する損失だけで失われる
鶏卵買上事業の効果
卵価(円/kg)
150
160
170
180
190
200
210
国と府による補てん
済み所得
国による補てん済み
所得
農業所得(発生時,
補てんなし)
220
120
90
60
30
0
-30
230
農業所得(通常時)
240
180
150
250
(十万円)
卵価変動時の出荷停止と補てんの影響
鶏卵買上事業の効果2
全損補てんによる出荷停止時の飼料代カバー率
100%
80%
飼料代カバー率(国
による補てん)
飼料代カバー率(府
も補てん)
60%
卵価(円/kg)
150
160
170
180
190
200
210
220
230
240
250
40%
融資(経営継続資金)の効果
借入額
(円)
2,677,248
金利(%)
1.425%
1年目
返済額
(円)
返済後の
収入(円)
2年目
3年目
38,150
1,376,775
1,357,700
6,995,942
6,907,001
6,926,076
移動制限時の飼料代をすべて借入れた場合.移動制限に関わる日数
は京都府の事例を適用した.買上事業による補てん金は含まない.殻
つき卵の卵価は190円/kgで計算.
結論




殺処分による損失は,平均的には互助基金でカ
バーできる額である
移動制限による損失は,卵価が高水準であって
も,移動制限期間の資金不足をもたらすおそれ
がある
とはいえ,融資制度はじゅうぶんに償還可能であ
ると思われる
試算結果は,飼料費原価比率や卵価の想定水
準に大きな影響を受ける
考察



以上の結果からは,採卵鶏経営にとって,高病
原性鳥インフルエンザの通報を怠るインセンティ
ブの存在は明らかでない
試算の範囲では,採卵鶏経営が本病によって資
金繰りに行き詰まるような状況にあるとは結論で
きない
社会的には損失とならないが,個別経営にとって
は損失となる要素(遺失収益,取引機会の喪失
など)がインセンティブに影響を与えている可能
性がある