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21世紀最初の薬理学演習・プレゼンテーション 3班 Acute myocardial infarction 2001年(平成13年)9月5日 症例 59歳の男性が広範囲の前壁急性心筋梗塞を患った。彼は CCUで、electromechanical dissociationに続いて、心停 止をおこした。まず初めに、この患者は、鎖骨下カテーテル を通して、1万倍に希釈したエピネフリン0.5mg(5ml)を投 与された。彼は次に、8.4%の炭酸水素ナトリウム(重炭酸 ナトリウム)50mEq(50ml)を投与された。最後にレジデント は、同じ静脈内ラインを通して、10%の塩化カルシウム 0.5mg(5ml)を“おしこみ”はじめた。 症例 この最後の処置の間、レジデントは、静脈内カテーテルが つまりはじめたことに気づいた。液体はラインを全く流れな かった。この透明なカテーテルは、それまで存在しなかった 不透明な白い物質でふさがれているように見えた。強く押 しこむことで、レジデントは10mlの生食(生理食塩水)を注 入してラインをふさいでいた物質を除去することができた。 レジデントとは、医学部を卒業後、さらに病院で 彼は、レジデント医。 臨床の実習をするという、アメリカの制度で、 日本の研修医制度と似ていますが― 朝8時に始まると、終わるのは次の日の夜8時。 40時間近く、まさにレジデント(住みこみ)で、 患者さんの応対に当たらなければいけません。 今回彼が担当した患者さんです。 急性心筋梗塞で病院に運ばれてきました。 右冠状動脈 → ← 左回旋枝 ← 左前下行枝 左冠動脈の、前下行枝がつまり ― 前壁が虚血におちいってしまいました。 洞房結節 → 房室結節 → ← ヒス束 右脚 → ← 左脚 ← プルキンエ線維 まず、この患者さんが心筋梗塞になる前の、 正常な心臓の様子をみてみましょう。 心電図 心臓の動き 心臓は、洞房結節でみずから活動電位を発し、 房室結節・ヒス束・プルキンエ線維へと伝えます。 これが心筋を動かすスイッチになります。 Electromechanical coupling ところが、虚血で心筋の酸素が不足し、 筋を動かすエネルギーが補えなくなった この患者さんの場合は― 心電図には記録される、つまり、自発的な電気は これが、electromechanical dissociation です。 発生するものの、心筋を動かすだけのエネルギーが 足りず、拍動は起きない― それからまもなく・・・ 患者さんは、心停止状態に さあ、どうしよう!? なってしまいました!! もちろん、このままでは血液が流れず、体じゅうの 臓器が酸素不足になります。とくに脳は早く何とか しないと、取り返しがつきません。 彼は・・・ 鎖骨下静脈カテーテルを通して、 エピネフリンを投与することにしました。 内頚静脈 ↑ 外頚静脈 腕頭静脈 ← 鎖骨下静脈 (注)鎖骨下静脈にカテーテルを挿入するときは、鎖骨の内側1/3のと ころより1cm下の部分に針を刺す。あらかじめ針にカテーテルをかぶ せておき、いっしょに差し込んでから針だけ抜くやり方と、注射針のよう に中に細い穴が通っている針の中からカテーテルを流しこむやり方と がある。 ← カ ↑ テ ー extension tube テ ル (注)鎖骨下静脈にカテーテルを挿入するときは、鎖骨の内側1/3のと ころより1cm下の部分に針を刺す。あらかじめ針にカテーテルをかぶ せておき、いっしょに差し込んでから針だけ抜くやり方と、注射針のよう に中に細い穴が通っている針の中からカテーテルを流しこむやり方と がある。 エピネフリン5ml → もちろん彼のねらいは、心臓のβ1受容体を 刺激して、心筋を収縮させることです。 心筋梗塞で、全身への酸素の供給が絶たれると、 ここで彼は、患者さんがアシドーシスに そこで・・・ 血液中の乳酸が増え、血液のpH(通常は7.42)が おちいっていることに気づきました。 下がって、アシドーシスになりやすいのです。 重炭酸ナトリウム50ml → 血液のpHを上げるため、彼は重炭酸ナトリウムを、 さっきのカテーテルから投与しました。 エピネフリンを投与したにもかかわらず― ところが・・・ 心停止状態のままなのです! 緊急の手段として、塩化カルシウムを投与する 彼は、エピネフリンが効かなかった理由が ことにしました。Ca2+を直接投与して、心筋を 分からないまま― 強引に収縮させようというのです。 塩化カルシウム5ml → ふたたび、さっきのカテーテルから 塩化カルシウムを投与しました。 (注)現在では、この目的で塩化カルシウムを使用することは、ほとんどありません。 この白いもののせいで、液体がカテーテルを すると、なにやら白いものが、カテーテルの 流れなくなってしまいました。こまった彼は・・・ 内部にたまってきました。 生理食塩水10ml → 生理食塩水で・・・ むりやり押し流してしまったのです! → このあと、この白いかたまりは― 肺動脈をつまらせてしまいました・・・。 この患者さんがこの後どうなったかは― 言うまでもないでしょう・・・ では、これまで、この レジデント医がしてきたことを ふりかえってみましょう 心停止状態の患者さんに対して エピネフリン5ml → エピネフリンを投与しました。 彼の考えたように、たしかにエピネフリンなどの カテコールアミンは、β1受容体に作用して、 心筋を収縮させます。 「カテコールアミン」とよばれる薬物は・・・ H O OH HO CH 2 HO H CH2 CH2 N CH3 H CH 3 CH2 CH3 ノルエピネフリン エピネフリン イソプロテレノール ドーパミン ドブタミン カテコールアミンの特徴① H O OH HO CH 2 H CH2 N CH 3 ベンゼン環の3,4位に –OHがあると α,β受容体に高い親和性をもつ。 カテコールアミンの特徴② H3H CO OH HO CH 2 H CH2 N OH CH 3 に代謝 短い時間しか活性化状態を保てない。 経口投与では効果がない。 (COMTやMAOは腸壁や肝臓にも存在) カテコールアミンの特徴③ H O OH HO CH 2 H CH2 N CH 3 中枢神経系への浸透はしない。 極性がある。 カテコールアミンの特徴④ H O OH HO CH 2 H CH2 N CH 3 エピネフリンは、低量ではβ効果、 (血管拡張) -CH3が多いほど、β受容体への 高量ではα効果が優勢になる。 親和性が高まる。 (血管収縮) なお、強心薬としてのエピネフリンは H O OH HO CH 2 H CH2 N CH 3 ちなみに、ふつう急性心筋梗塞の患者には、血栓 心筋をむりに動かす薬物、つまり、心筋に余計に 慢性の心不全のときは、むしろ反対にβ遮断薬 溶解療法(t-PAやウロキナーゼを投与)やPTCA 酸素を使わせてしまうものなので、よほど切迫した など、心筋を休ませる薬を使ったほうがよい場合が (カテーテルを使って狭くなった血管を広げたり、 (心停止など)ときしか使われません。 多いようです。 塞栓を取り除く)などの治療がなされます。 さて、問題は、ここからです。 重炭酸ナトリウム50ml → アシドーシス補正のために投与した、 重炭酸ナトリウムですが・・・ → なんと、カテーテルの中で、はじめに投与した (Extension tube) エピネフリンと、相互作用していたのです! カテコールアミンの特徴① H O OH HO CH 2 H CH2 N CH 3 ベンゼン環の3,4位に –OHがあると α,β受容体に高い親和性をもつ。 キノン体の形成 H O OH H 不活性化状態 HO CH 2 CH2 N CH 3 簡単に水素がとれて(酸化して)しまいます。 もし、まわりの水素イオン濃度が小さいと・・・ こうなると、β受容体に対する効果もありません。 バイアル瓶 → ですから、エピネフリンは、つねに酸性の状態にする 必要があります。エピネフリンの入ったバイアル瓶 内のpHは、2~3になっています。 実は、エピネフリン5mlを投与したとき― → → 実際に血管中に流れた量は、 ちなみに、カテーテル内の容積は、 カテーテルの、このスペースに、 わずか2mlほどだったことになります。 3ml程度ですから・・・・ エピネフリンがたまっていたのです。 O OH O →CH H 2 CH2 N CH 3 そして、このときカテーテル内のエピネフリンは、 アルカリ性の状態におかれたので不活性化 してしまいました。 これでは、心筋が収縮するはずが さらに ありません。 塩化カルシウム5ml → → また同じカテーテルから、 もちろん、ここには、さっきの 塩化カルシウムを投与しました。 重炭酸ナトリウムがたまっています。 CaCl2 + NaHCO3 → CaCO3↓ + NaCl + HCl 炭酸カルシウムができたのです。 CaCl2 + NaHCO3 → CaCO3↓ + NaCl + HCl 炭酸カルシウムといえば・・・ 彼は、そのことがまったくわからずに― 生理食塩水10ml → 生理食塩水で・・・ 適切な処置をしていれば、 助かったかも知れない患者さんでした… では、どうすれば よかったのでしょう? 問題は・・・ → カテーテルの、このスペースに、 エピネフリンがたまったまま― すぐさま同じところから重炭酸ナトリウムを 投与してしまい・・・ さらに同じところから、塩化カルシウムを 投与してしまったことです。 ですから、エピネフリンを投与してから― 重炭酸ナトリウムを投与する前に― 5%グルコース溶液 → 5%グルコース溶液で― この操作を「フラッシュ」といいます。 エピネフリンを流してやればよかったのです。 フラッシュにより、カテーテル内での相互作用は おこらず、また、エピネフリンも、きちんと5ml 血管内に送り出すことができます。 5%グルコース溶液 → 重炭酸ナトリウムを投与した後も同様です。 フラッシュがしやすいように、「三方活栓」と いう器具が使われることもあります。 (注)三方活栓は、取り外しのときなどに細菌がついて院内 三方活栓は、複数の液体を流すときの「T字路」の役 感染をおこしたり、あやまって血液が流出したりという事故 目を果たします。ハンドルをひねると、液体の流れる が報告されており、最近ではなるべく使わないようになって 方向を変えることができます(信号機に似ている)。 います。 ほかにも、こうした相互作用を防ぐ手段として、 エピネフリンのとは別にもう1つカテーテルを 挿入する、などという方法もあるでしょう。 最大の問題は、このレジデント医が、相互作用を まったく予知できず、気づきもしなかったこと なのです。 相互作用はあなどれない 薬物相互作用 この話は、先週の 金曜日に特別講義で 説明があったので、 省略! ◎薬物動態学的作用 *吸収過程 *代謝過程 →シトクロムP450 *分布過程 *排泄過程 ◎薬力学的作用 ○協力作用 ○拮抗作用 相互作用はあなどれない こんな相互作用は予測できるでしょうか? 予測できなければ、あのレジデント医のように なりかねません。 実は、この男性の使っていた目薬は、β遮断薬の 緑内障の治療のため、ふだんから目薬を使って たしかに、β遮断薬とCa拮抗薬のベラパミルとを併 チモロールであった。目薬との相互作用だとさとっ いた男性。ある日、彼は「慢性安定性狭心症」と 用すると徐脈がおこる、とされています。目薬だか た医師は、すぐにベラパミルをやめさせ、ニフェジ 診断され、ベラパミルを服用していたところ、顕著 らといって目だけに効くとは限りません。油断はで ピンに変えたところ、徐脈はおこらなくなった。 な徐脈(心拍数の低下)がおこった。 きないのです。 ちなみに、彼がこの後、どうなったのかは メンバー 99MB1004 阿部 恵子 99MB1028 木村 武司 99MB1050 鈴木 秀幸(スライド制作) 終 99MB1072 新妻 展近 99MB1096 吉田さやか 97MB1064 辰巳晴規 想像におまかせします・・・ 監修 柳澤 輝行 教授