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京都大学 大学院情報学研究科
社会情報学専攻
辻 高明
Copyright(C) 2009 Field Informatics Research Group, Kyoto University. All rights reserved.
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エスノグラフィとは
 エスノグラフィの定義
 ethnography


「ethno」:「民族の」
「graphy」:「~を書いたもの,~を記録したもの」
 2つの意味


「調査の結果を記述した成果物」
「成果物を生み出すための調査法」
*方法論という点では後者の意味.
 定義

フィールドで生起している現象を記述しモデル化する手法
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エスノグラフィのプロセス
 エスノグラフィの特徴
 フィールドの人々とかかわり合いながら進行する。
 データの収集と分析は往還的に行われる。
問いの
設定
フィールドへ
の参入
データ収集
データ分析
:参与観察
:モデルの生成
・フィールドノー
ツ
・ボトムアップ
的な分析
・インタビュー
・理論の参照
成果をま
とめる
・内省報告日誌
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エスノグラフィと学問分野
 社会科学分野で生まれ発展
 文化人類学

未開の民族の調査
 社会学

逸脱集団や閉鎖集団の生活様式の調査
 例)暴走族のエスノグラフィ
 教育学 ・心理学,看護学


学校文化の解明、クラスでの教師‐生徒間のコミュニケー
ションの分析
医療現場における対人関係の分析
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情報学におけるエスノグラフィへのニーズ
(1/2)
 背景
 情報技術の革新

開発された人工物が様々なフィールドに導入。
 人々は、フィールドで人工物を利用し、人工物から影響を受け
ながら活動。
 情報学におけるフィールド
 人工物(情報機器など)と人間の関係、人工物を媒介した人
間と人間の関係が問題。
 ニーズ
 人々の行為や振る舞いが人工物と複雑に絡み合いながら
構成されている様子を記述しモデル化する。
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情報学におけるエスノグラフィへのニーズ
(2/2)
 情報学におけるエスノグラフィ
 デザインのための道具


人工物のデザイン
 エンジニアやデザイナが意図したとおりに人々が人工物を使
用しているかどうかを検証するためにエスノグラフィを使用。
現場のデザイン
 人工物を使用している人間の活動のパターンや状況を記述し
モデル化することにより、フィールドにおける人間、人工物、
他者といった多様な構成要素を諸関係を効果的にデザインす
るためにエスノグラフィを使用。
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問いの設定 / フィールドへの参入
 問い(リサーチクエスチョン)の設定
 「調査によって何を明らかにしようとするか」を調査
の前あるいは初期段階に明確化しておく。
 インフォーマントの設定
 調査対象とする人々
 インフォーマント:情報提供者
 キー・インフォーマント(特に重要なインフォーマント)
 調査者の立場
 完全な部外者でもなければ、全くの内部者でもない。
 インフォーマントおよび彼・彼女らを取り巻く周辺環
境を観察。
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データ収集の方法(1/5)
 参与観察
 フィールドに参入し,そこで起きている現象の意味や
潜在的構造をインフォーマントへの観察や聞き取りに
よって発見する.

五感を駆使し,フィールドで「反復して出現する現象のパ
ターン」を発見する.
 参与観察による具体的なデータ収集活動
 フィールドノーツをとる
 インタビューをする
 内省報告日誌を書いてもらう
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データ収集の方法(2/5)
 フィールドノーツをとる
 参与観察を通して発見された現象のパターンをメモや文
書ファイルに記述し蓄積する。


手順
 インフォーマントらの実践、および彼・彼女らを取り巻く周辺
環境を詳細に観察し、気づいたことを走り書きでメモする。
 メモを5W1H(いつ、誰が、どこで、なぜ、何を、どのよう
に)を意識して整理する。
 現象についてのパターンを発見し、図や文章で表現する。
 それらを文書ファイルとして電子化し蓄積する。
視聴覚機器の使用
 デジタルビデオカメラやICレコーダによって記録を補助する。
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データ収集の方法(3/5)
 インタビューをする
 インフォーマントへの聞き取り
 構造化インタビュー


半構造化インタビュー


あらかじめ質問項目が設定されており、フィールドとは別の場所で、聞
き取り調査に近い形で実施される。
ある程度質問項目が設定されており、フィールドとは別の場所で、イン
フォーマントにも比較的自由に話してもらうタイプのもの。
非構造化インタビュー

質問項目を設定せず、フィールドで実践の流れの中で実施される。日常
的な会話に近い。
 インタビューの目的
 フィールドノーツをとりながら発見した現象のパターンの妥当性
を聞き取りにより検証すること。
 別の現象を発見する手がかりを得ること。

繰り返し出てくる出来事や言葉に着目する。
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データ収集の方法(4/5)
 内省報告日誌を書いてもらう
 インフォーマントが自己の実践について気づいたこと
を記述する。

インフォーマントらに日誌を渡し、日々の実践を振り返って、
記憶に残っている「エピソード」を書くよう求める。
 繰り返して記述するエピソードに着目する。
 インフォーマントらの内在的視点を獲得する。
 外在的視点から発見した現象のパターンの妥当性を検証す
る。
 新しい現象のパターンを発見する手がかりを得る。
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データ収集の方法(5/5)
 理論的サンプリング
 生成されつつあるモデルや理論の妥当性を高めるよう
な調査対象(フィールド、インフォーマント)を選択
し、データを収集していく手続きのこと。


フィールドという次元における例
 あるエスノグラフィの研究において大学Rの学生文化の類型
が提出されたとすると、それとは異なる特性を有する別の大
学Sを選択し、その類型の妥当性を検証すること。
インフォーマントという次元における例
 あるインフォーマントTがメンバと円滑にコミュニケーショ
ンをし、その結果、既存の行動を変化させていくパターンが
導出されたとすると、メンバとうまくいっていない他のイン
フォーマントUを選択し、そのパターンの妥当性を検証する
こと。
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データ分析の方法(1/5)
 データ分析
 現象の記述とモデル化


モデルとは
 現象を包括的にまとめ、そこに一つのまとまったイメージを与
えるシステム[1].
 実際に調査対象としたローカルなフィールドの現象をわかり
やすく具体的に説明するもの.
 他のフィールドの事例にも応用可能な抽象性を備えたもの.
モデル化とは
 反復して出現するパターンを発見、蓄積し、それらを概念レベ
ルで把握して体系的に関連づけること。
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データ分析の方法(2/5)
- ボトムアップ的な分析(1/3)  ステップ①
 反復して出現する現象のパターンを発見し、蓄積する。

マーカーを用いた色づけによるパターンの発見方法[2]
 文書データを何度も読み返しながら、目を引く箇所をマーク
していく。
 マークした箇所の中で似ていると思う箇所を上から同じ色で
マークする。
 はじめは薄い色を使ってマークし、徐々に濃い色を使ってい
く。
 色をつけた箇所の共通性や差異性が明示的になり、意味のあ
るまとまりが浮き彫りになる。
 直感的把握ができる点、薄い色から濃い色へ塗り重ねられ
る点が長所。
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データ分析の方法(3/5)
- ボトムアップ的な分析(2/3)  ステップ②
 発見したパターンを概念レベルで把握し、カテゴリーを生成
する。

グラウンデッドセオリー・アプローチ[3]
 データに基づいて分析を進め,データから概念を抽出し,概念同
士の関係付けによって理論を生成する方法.
 データに根ざした理論

カテゴリー


諸特性



分析者が考察の対象となる現象を概念レベルで把握するために,現象もし
くはその一部に名前をつけたもの.
カテゴリーを構成する概念的諸要素をさし,カテゴリーが指し示す内容を
その頻度や強度,性質といったレベルなどで説明するもの.
ラベリング
 発見、蓄積された現象のパターンを概念レベルで把握するために、
パターンに名称をつける。
カテゴリ
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 Copyright(C)
ラベリングされた現象のパターン
データ分析の方法(4/5)
- ボトムアップ的な分析(3/3)  ステップ③
 カテゴリー同士を体系的に関連づけ、現象の構造とプロセ
スを記述する。


カテゴリーを統合し、現象を包括するモデルをつくる。
 カテゴリー同士の関係の図解化
 カードや付箋、ホワイトボードの利用
KJ法[4]
 KJ法は野外調査のデータをまとめるためのツールとして,川喜
田二郎により提唱された方法.
 野外調査で得られたデータの山の中から意味のあるまとまり
を見つけ,新しい仮説の生成を目指すもの.

手順


データの文書化 → データの中に見られる動的構造の把握 → カードへの
書き出し →カードの分類(見出しをつけて意味のあるまとまりの生
成) →まとまり間の関連性を図解化
現象の構造とプロセスをストーリーとして文章で記述する。
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データ分析の方法(5/5)
- 理論の参照  理論の参照
 既存の理論を用いてデータを効果的に分析する

理論
 多くの現象に適用できる抽象度の高い一般理論
 個別の現象を具体的に説明するローカル理論
 手順

データからボトムアップ的に浮上しつつあるカテゴリー
(概念)を、理論から論理演繹的に導き出される概念と参
照することで、概念に名称をつけやすくなり、概念同士も
関連づけやすくなる。
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データ分析プロセスの整理
モデル化
ス
テ
ッ
プ
②
ステップ③
カテゴリーⅠ
ラベリング
概念化
現象のパターンⅠ
ス
テ
ッ
プ
①
発見
現象の構造とプロセスの記述
体系的な関連づけ
カテゴリーⅡ
ラベリング
概念化
現象のパターンⅡ
カテゴリーⅢ
ラベリング
概念化
現象のパターンⅢ
発見
理論概念
の参照
• 一般理論
• ローカルな
理論
発見
データ
データ
データ
データ収集活動
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エスノグラフィにおいて重要なこと
 繰り返し出現する現象のパターンを発見できるよう
になること.
 論理的感受性,骨太な思考力が重要.
 「理論」に触れ,現象を見るレンズを磨くことが重要.
 物事を抽象的なレベルで理解できるようになること.
 眼前の現象から一旦距離を置き,それを対象化して抽
象的なレベルで理解することが重要.
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成果をまとめる
 トライアンギュレーション(三角測量的方法)
 分析結果を読者に示す際には,一つの情報だけでなく,複数
の情報を重ね合わせて提示することが重要.

解釈の信頼性,了解性を高める.
 事例研究
 ケースの伝達(第6章を参照)
 どのような言語を用いるか


研究者コミュニティへの伝達
 理論の言葉を用いつつ論文という形式でまとめる。
フィールドの人々への伝達
 現場の人々が理解できるような言語でまとめる。
 デザイナやエンジニア、フィールドそのものをデザインする立場
の人々が成果を活かせるようにまとめる。
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イノベーションのためのエスノグラ
フィ
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利用者参加のもの作り
•2007年度:モノ=京大生が欲しい傘
•2008年度:モノ=京大生が欲しい自転車
利用者
モノが使われ
ている日常世
界
エスノグラフィ
空間
人間
学
生
学
生
製造現場
製造への参加
中小企業集積
(長野県諏訪
市の中小企業
集積)
学
生
モ
ノ
人々
他の人工物
5名程度
・モノの使用状
況の理解
ニーズを反映
したモノ作り
・利用者ニーズの把握
• モノへの潜在的ニーズの発見のためのエスノグラフィ
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利用者参加のもの作りにおける
エスノグラフィ (1/2)
付
箋
や
携
帯
カ
メ
ラ
を
用
い
た
気
づ
き
の
記
録
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利用者参加のもの作りにおける
エスノグラフィ (2/2)
ホ
ワ
イ
ト
ボ
ー
ド
に
よ
る
ニ
ー
ズ
や
気
づ
き
の
整
理
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ニーズやアイデアの具現化
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産業エスノグラフィの国際会議
 EPIC (Ethnographic Praxis in Industry Conference)
 産業エスノグラフィの国際会議

2008年はコペンハーゲン大学@デンマークで開催された.
 日本からは企業の人々が15名ほど参加
 博報堂やIDEO(アメリカのデザイン会社)などの人々が
参加
 製品開発におけるエスノグラフィについての研究発表
がなされている.
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ICTを活用した遠隔協同学習の事
例
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遠隔協同学習とは
 遠隔協同学習
 ICTを活用した新しい教
育実践

大学教育の可能性を広げる
実践として注目されている.
 ICTによって構成された
学習環境における人間同
士の相互作用を通した学
びの分析が重要.
 大学における遠隔協同学
習
 2つの大学の集団を結ぶ実
践.


国内の大学を結ぶ実践
海外の大学を結ぶ実践
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日米間の遠隔協同学習の事例(1/2)
 実践の概要[5]
 日本のA大学と米国のB大学をインターネットを介して
結ぶ実践.


日米の学習者が電子掲示板(インターネット上の学習管理
システム:米国Black Board System社製のコースウエア)上
で生命倫理のテーマについて議論.
使用言語は英語.
 日米混合グループの編成
 1グループにつき日本側学習者2名,米国側学習者5名の構成.
 合計3グループ編成
 実施期間
 約2か月間
 毎週1回授業あり.
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日米間の遠隔協同学習の事例(2/2)
 実践の概要(続き)
 キーインフォーマント


3つのグループにおいて日本側学習者1名(学習者J,学習者
K,学習者L)を設定.
留意点
 実践についての十分な説明を行い,研究の協力に同意を得る.
 結果の公表に関しては匿名(学習者○などの表記)を用いる.
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一つのグループの構成
対象
調査者
対象
日本側
学習者
(キー・イン
フォーマント)
日本側
学習者
電子掲示板
米国側
学習者
生命倫理の
テーマを議論
米国側
学習者
「英語」を使用
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米国側
学習者
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研究目的
 電子ネットワークを利用した学習環境における日本
側学習者の英語学習の解明
 3名のキーインフォーマントの英語学習過程をエスノ
グラフィにより明らかにする.

それらの事例をもとに,電子ネットワークを利用した学習
環境における日本人大学生の英語学習についての知見を得
る.
 上記のエスノグラフィの結果から学習環境デザインに
ついての示唆を得る.
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データの収集方法(1/2)
 3名のキーインフォーマントについて以下の通りデー
タを収集.
 フィールドノーツ
 キーインフォーマントの授業時間中の活動を観察し,気づ
いたことや言動について記録.
 内省報告日誌
 キーインフォーマントに日誌を提供し,授業時間内外を問
わず,行った作業の内容や種類,その際の意識について可
能な限り詳細に記述するよう求める.
 日誌は1週間分(1日につきA4版1枚の合計7枚)をまとめて
ファイルに綴じて提供.
 授業が実施される前日(木曜)にそれを回収し,さらに
その際に新たに1週間分のファイルを渡した.

上記の循環を毎週(全9週:72日間)繰り返した.
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データの収集方法(2/2)
 インタビュー

キー・インフォーマントから回収した内省報告日誌に,毎
週木曜の授業時間前までに目を通し,それをもとに授業時
間終了後,個室に場所を移し,彼・彼女らに対してインタ
ビューを実施(全9回)
 半構造化タイプの形式で30分~60分実施.
 毎回デジタルマイクロレコーダーで録音し,それを文字
に起こし電子化して蓄積.
 日米間の通信ログ

電子掲示板上のやり取りの記録を収集.
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データの分析
 実践の[初期]・[中期]・[後期]という時間的プロセス
に分けて解説.
 各プロセスで発見した「反復して出現していたパター
ン」と,それをもとに生成した「カテゴリー」につい
て説明.


反復して出現していたパターン①~⑤
カテゴリ①~⑤
 データの表記
 内省報告日誌(1日目から72日目)は以下のように表記.

例)初日から10日目の日誌 →
日誌10
 インタビュー(合計9回)も以下のように表記する.
 例)第1回目のインタビュー → インタビュー1
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データ分析[初期](1/3)
 反復して出現していたパターン①
 [データ例]:この間米国の学生に送った自己紹介の投稿を読み返
してみた.急いで書いたためか,文法的な誤りや意味が伝わりに
くそうな文があった.大学生になって英文読解の方は,ある程度
勉強する機会があったため力は衰えていないと思うが,英作文の
方はほとんど触れていない.昔は英作も結構力を入れてやったつ
もりなのに.僕はかなり文法・語法(時制,構文)にもこだわっ
て書いていこうと思っている.いわゆる受験英語がどれくらい通
用するものなのか,向こうの反応をみてみたい.(学習者K 日
誌2より)
 [データ例]:毎週1回約3時間,高1生に英語を教えているのだが,
自分も忘れている内容がよく出てきたりして,いい勉強になる.
今日は分詞構文についてであったが,その中でも独立分詞構文な
どは,コミュニケーションでも使うのでは?と思い,熱を入れて
復習した.よく受験英語などと言われ,何かと非難の対象になっ
ている高校英語だが,英語の基礎として重要な要素を多分に含ん
でいると思う.(学習者J
日誌10より).
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データ分析[初期](2/3)
 [データ例]:今日は学校でメールをチェックして,送られてきたものをプリ
ントアウトして持ち帰って読んだ.やはり,まだPCの画面に映された英文を
目で追いながら訳して理解するのは難しい.どうしても手を動かし,英文に
書き込みをしながら,というスタイルが落ち着いて訳に取りかかれる気がす
る.(学習者J 日誌20より)
 [データ例]:米国側の学生が何らかの投稿をし,こちらが返事を出すまで,
僕たちはいつも一連の作業をしている.まず,電子掲示板の投稿文をプリン
タで印刷し,紙の上でその文を読む.それは,英文を読む時,僕たちは下線
を引いたり区切りを入れたりして読むことに慣れているため,その方が頭に
入りやすいからである.そして,それを日本語で要約し,自分たちが考えた
ものと比較して検討する.そして,こちらの意見をまとめて米国側に投稿す
る.つまり,僕たちは思考をする時,英語を日本語モードに切り替えている
し,画面上ではなく紙上で学習している.要するに,僕たちは馴染みのない
学習環境でも,自然と自分たちが慣れている学習形態に換えて学習している
と言える.(学習者K 日誌18より)
 [データ例]:投稿するまでの作業の流れ.① 書き込みたい内容を考える,②
日本語でポイントを箇条書きで書き出す.この時,日本語訳を作るのではな
く,整理しやすいように関係図を描く感じで,③辞書,参考書を使いながら
英文を作る(紙の上で),④その英文を再吟味しながら電子掲示板に書き込
む.②については日本語で全訳せず,ポイントをまとめて構成を考える方が
むしろ英文にしやすい,③ について,今日,参考書で具体的に確認したこと
は,「some~ others・・・」の使い方についてと,仮定法過去について.
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(学習者K
日誌31より)
データ分析[初期](3/3)
 解説
 実践の初期,電子掲示板という文字ベースでやり取りがなされる
状況下で,学習者たちは受験勉強の経験によって習得した英文の
読み書きの方法を本実践にも適用している様子が観察された.す
なわち,誤りのない文法,語法を使うことに価値を置き,また受
験時代と同じようなやり方で英文を読み書きしていた.
 カテゴリーの生成①
 上記のような学習者たちの英語使用の様子を「受験文化の英語使
用」とラベリングした.
 そして,学習者たちが誤りのない文法・語法を使うことや構文を
正しく用いることに価値を置き,それを重んじるような態度を
「受験文化の英語への拘り」とラベリングした.
 同様に,学習者らが落ち着いたスタイル,慣れている学習形態と
表現している英文作成,読解の方法を「受験文化の学習方略」と
ラベリングした.
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データ分析[中期](1/5)
 反復して出現していたパターン②
 [データ例]:今まで(受験時代)の英作文は,問題の
中に「この構文を使え,あの表現を使え」といった出
題者の意図を読み取り,自分の持っている引き出しの
中からそれに適切なものを当てはめることが求められ
ているように思ったが,今回のような場合,文章自体
も自分で考えるため,楽な反面,苦労することもある
と思った.(学習者K 日誌31より)
 [データ例]:例えば,今までは英語の試験の時には,
いつも下に注釈でマニアックな単語はもう載っていま
したよね.生命倫理の専門用語で結構苦労させられそ
うだなってことを今日感じました.(学習者K イン
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タビュー3より)
データ分析[中期](2/5)
 [データ例]:今まで構文とかを覚えるって感じでやっ
てきたから,そうしないと安心できないっていう
か.・・・向こうの米国側の人の投稿も,文法事項に
当てはめて読もうとすると逆に読みづらいというか,
受験時代に読む感覚とはちょっと違うなって.(学習
者K インタビュー4より)
 [データ例]:単語は,難しいものならその都度下に日
本語の意味を書き込まなくては意味をピンとは理解で
きない.ひどいものなら二度三度と辞書をひき直して
しまう場合もある.医学用語については特にそうであ
る.(学習者J 日誌20より)
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データ分析[中期](3/5)
 解説
 実践の中期の前半では,受験文化に慣れ親しんできた
学習者たちにとって,実用的な英文の読み書きをする
こと,すなわち,米国側学習者と電子ネットワーク上
で英語によってやり取りすることに戸惑いや不慣れさ
を感じていることが分かる陳述が,各種データから反
復して確認された.
 カテゴリーの生成②
 上記のような学習者たちに生じた戸惑いや不慣れさを
「受験文化と実践文化の間で生じるコンフリクト」と
ラベリングした.
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データ分析[中期](4/5)
 反復して出現していたパターン③
 [データ例]:向こう,やる気っぽいんですよ.最近なんか,
向こうの祭りの話もしていて.コミュニケーションしてる
なっていう感じになりましたね.おお,何かいいなって.
事務的じゃない感じがして.(学習者J インタビュー6よ
り)
 [データ例]:抵抗というか不安がなくなってきているのは
確かだと思います.段々回を重ねていくうちに簡単な文章
でも向こうに分かって貰えるんだなっていうことがわかっ
たんで.(学習者J インタビュー5より)
 [データ例]:今日は米国側から投稿があった.この前送っ
た返事が来ていた.そこには「We’ll going to kind」と書かれ
てあった.この意味はおそらく,私達が英語で送った投稿
があまりにも拙い英語だったので,向こうが私達に合わせ
て簡単な英語を使うということだろう.正直言って,
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データ分析[中期](5/5)
 解説
 実践の中期の後半になると,学習者J,Kは米国側学習
者との良好なコミュニケーションにより,次第に上述
したコンフリクトを乗り越えていく様子が観察された.
一方で,学習者Lは米国側学習者とのコミュニケー
ションがうまくいかず,コンフリクトを抱えたままで
あることが分かった.
 カテゴリーの生成③
 上記のような米国側学習者とのコミュニケーションの
状況を「米国側学習者との関係性」とラベリングした.
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データ分析[後期](1/7)
 反復して出現していたパターン④
 [データ例]:最近の自分の投稿を読んで気付いたことだが,
自分が使っている表現,構文,言い回しがある程度決まっ
てきているように思う.つまり,自分が持っている英語表
現全体の引き出しの中から,引き出す引き出しがある程度
決まってきている.グループのパートナーが「最近,BBに
英文を書くのが以前より早くなった」と言っていたが,そ
れは英語力が上がったということもあるかもしれないが,
それと同時に,先に言ったように,自分の中で使う表現,
構文が固定されてきていることもあると思う.(学習者K
日誌47より)
 [データ例]:相手に何か依頼する時の言い回し,例えば助
動詞を使った言い方ですとCould youで始まる疑問文だとか,
もっと単純にplease~とかっていう文章とか,高校までで
いろいろ教わったと思うんですけど,その中でこれを使う
というのが,ある程度決まっていて.今挙げたのは依頼の
時の例ですが,他にも大体決まってきているんですよね.
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データ分析[後期](2/7)
 [データ例]:今日の授業で米国側に返事を送った.内容を
考えるのに少々時間がかかったが,英訳するのにまた手間
取っている.今日の授業で,初めて翻訳サイトを使ってみ
たが,訳に多少ズレはあるにしても,便利と思った.でも,
もっと正確に訳されて欲しいな.(学習者L 日誌13より)
 [データ例]:英語も翻訳サイトを使えば,前みたいに苦労
しないでできるようになりました.(学習者L インタ
ビュー3より)
 [データ例]:Webページ(の報告書)の内容を作る時に,V
先生の本に載っている日本語の内容を英訳して載せたいと
思ったんですけど,翻訳ソフトが全然当てにならなくて,
戸惑っています.(学習者L インタビュー7より)*V先
生:本の著者
 [データ例]:うーん,英語も難しいですね.でも,今日
ちょっと翻訳サイトを使ってみたら,まあ,何とかなりそ
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データ分析[後期](3/7)
 解説
 実践の後期では,学習者たちが英文を読み書きすると
きの学習方略に変化が見られるようになった.学習者
J,Kの事例では,米国側学習者の語彙パターンを模倣
する,すなわち,相手側の文章表現や言い回しを利用
して英文を作成していく現象が頻繁に観察された.一
方,学習者Lの事例では,Web上の翻訳サイトを利用
して英文を作成する現象が繰り返し観察された.
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データ分析[後期](4/7)
 理論の参照
 学習者が何らかの実践共同体に参加し,身の回りに偏在する道具や資
源を利用して学習活動を構成していくプロセスを説明する理論として
「状況的学習論」[6]がある.


実践共同体
 集団への参加を通して知識と技能の習得を可能にするような社会的実践が展
開されている場のこと.状況的学習論では「学習場面に応じてその都度利用
され,参照される資源」のことを「リソース」という.
リソース
 実践共同体の社会的,文化的な資源とされる.それらリソースの利用を通し
て学習者は実践共同体に内在する社会的,文化的な価値や信念システムを獲
得していく.
 近年の研究では,実空間だけでなく,CSCL(Computer Supported
Cooperative Learning)など,電子ネットワーク上の協同学習の場も実
践共同体として捉えられつつある.

本実践における日米混合の学習者グループもある種の実践共同体と見做すことが
可能.
 本事例
 学習者らに米国側学習者の「語彙パターン」,「翻訳サイト」といっ
たリソースの利用が見られた.
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データ分析[後期](5/7)
 カテゴリーの生成④
 「リソース」の概念を参照しつつ,上記の学習者J,K
の学習方略を「米国側学習者の語彙パターンというリ
ソースの利用」,学習者Lの学習方略を「翻訳サイト
というリソースの利用」とラベリングした.
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データ分析[後期](6/7)
 反復して出現していたパターン⑤
 [データ例]:今の学校教育がいろいろ細かい文法を必要以
上に覚えさせ過ぎているのかもしれない.現にそんなに使
わなくてもCWRUの学生とやり取りはできている.(学習
者K 日誌47より)
 [データ例]:僕は第1週目の日誌に,このプロジェクトでは
受験英語にこだわっていきたいと書いたと思う.ところが,
やっていく中で,特に意識したのは,相手との信頼関係を
築いていけるよう気を使ったことである.思ったよりも柔
軟にコミュニケーション英語に慣れていけた気がする.
(学習者K 日誌65より)
 [データ例]:とにかく英訳に時間がかかった.一貫した文
章を書くのは意外と難しかった.できるだけ間違わずに書
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データ分析[後期](7/7)
 解説
 上述した状況的学習論の視点に導かれる形で,学習者らの
英語使用に関連する範囲での価値,信念システムに着目し
データを分析した.その結果,米国側学習者の語彙パター
ンというリソースを利用した学習者J,Kは,実践文化に近
い英語使用への価値,信念システムを持つようになったこ
とが窺われた.一方,翻訳サイトを利用した学習者Lは
「一貫した文章を書く,間違わずに書く」といった陳述か
ら分かるように,受験文化に近い英語使用への価値,信念
システムを持ったままであることが見て取れた.
 カテゴリーの生成⑤
 学習者らの英語使用への価値,信念システムを「英語観」
とラベリングし,それが変容することを「英語観の再構
成」と呼ぶことにした.そして,カテゴリー①の「受験文
化の英語への拘り」についても「受験文化の英語観」と再
度ラベリングを行った.
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本事例のまとめ
 カテゴリーの関連づけ
 生成したカテゴリー①~⑤を体系的に関連づけ,日本側学習者の
英語学習の構造とプロセスをまとめると以下のように記述される.

本研究では,電子ネットワークを利用した第二言語学習環境における
日本人大学生の学習過程をエスノグラフィにより分析した.その結果,
日本人大学生について次のことが明らかになった.




1)文字ベースの学習状況では,過去の英語使用経験に基づき「受験文
化」の学習方略を用いる.
2)「受験文化」と「実践文化」の英語使用の差異からコンフリクトを
覚える.
3)「実践文化」への適応過程において,語彙パターンや翻訳サイトと
いった「リソース」を利用する.米国人大学生とコミュニケーションが
うまくいっている者はパートナーである米国人大学生の語彙パターンと
いうリソースを利用し,うまくいっていない者はインターネット上の翻
訳サイトというリソースを利用する.
4)それら「リソース」の利用を通して,受験文化に規定された「学習
方略」,さらには「英語観」を再構成する.
 以上,1)~4)より,情報技術を利用した第二言語学習環境における学
習は,用いたテクノロジーの影響を受けつつ,さらに,「過去-現
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在の通時的文脈」,「他者やリソースといった状況要因との関係
学習環境デザインへの示唆
 学習環境におけるリソースの偏在
 今回の結果から,リソースの利用が学習の軌道に大きな影
響を与えることが示された.また,学習者たちは,コンフ
リクト状況に直面しても,利用可能なリソースを用いて状
況を乗り越えていることが分かった.したがって,電子
ネットワーク上の学習環境の設計において,学習者らがア
クセスが可能なリソースを予め偏在させ,学習者の能動的
な行動を促進させることが重要である.
 教師やTAによる介入
 本研究で,学習者たちの英語使用の軌道は2通り観察された.
今回のエスノグラフィから得られた結果を,学習者の状況
のモニタリングに利用し,彼・彼女らの軌道を把握して,
その軌道によい影響を与えるよう教師やTA(Teaching
Assistant)は支援を行うことが重要である.とりわけ,両
国の学習者間のコミュニケーションにおける齟齬の有無が
その後の軌道を分けた.したがって,そうした齟齬を回避
できるよう,教師やTAは適切に学習者らの実践に介入し,
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学習の軌道を一定の範囲で制御することが必要である.
参考文献
 1. やまだようこ:現場心理学における質的データからのモデ





ル構成プロセス,質的心理学研究,1巻,107-128,2002
2. 西條剛央:仮説と理論の生成,無籐隆ほか(編)質的心理
学―創造的に活用するコツ,新曜社,184-191,2004.
3. グレイザー,B.G.・ストラウス,A.L(後藤隆ほか(訳))デー
タ対話型理論の発見,新曜社,1996.
4. 川喜田二郎:発想法―創造性開発のために,中央公論新社,
1967.
5. 辻 高明・西村昭治・野嶋栄一郎:日米間の遠隔協同授業に
おける日本側学習者の英語学習への状況論的アプローチ,日
本教育工学会論文誌,30巻4号,397-407,2007
6. Lave, J., Wenger , E.: Situated Learning: Legitimate Peripheral
Participation. Cambridge University Press, New York.(佐伯胖監
訳:状況に埋め込まれた学習-正統的周辺参加.産業図書,
東京,1991.)
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