フェーズ4 宣言 - 長崎大学熱帯医学研究所

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Transcript フェーズ4 宣言 - 長崎大学熱帯医学研究所

生態学的感染症理解
-適応、進化、共生への道
山本太郎
長崎大学熱帯医学研究所
国際保健学分野
本日の話の流れ
• 自己紹介
• 研究所・研究室の紹介
• 生態学的感染症理解について
• 歴史
• 適応
• 進化
– 共生への道
山本 太郎
•プロフィール:医師
•長期海外赴任:ジンバブエ,アメリカ,ハイチ(得がたい体験をした)
•こんなところで勉強してきました:
–長崎大学医学部
–長崎大学医学部大学院(ウイルス学専攻)
–東京大学大学院(国際保健学専攻)
–ハーバード公衆衛生大学院(武見フェロー)
(長崎)
(東京)
(ボストン)
•こんなところで働いてきました:
–市立札幌病院救急部
(札幌)
–長崎大学熱帯医学研究所・助手
(長崎)
–ジンバブエ国保健省・チーフアドバイザー
(アフリカ)
–京都大学大学院医学研究科・助教授
(京都)
–コーネル大学・ベイル医学校・准教授
(ニューヨーク)
–WHO(世界保健機関)・コンサルタント
(マニラ)
–ハイチ・カポジ肉腫・日和見感染症研究所・上席研究員
(ハイチ)
–外務省・国際協力局・課長補佐
(東京)
–長崎大学熱帯医学研究所国際保健学分野・主任教授
(長崎)
長崎大学熱帯医学研究所
• 1943(S17)年3月:長崎医科大学附属東亜風土病研究所発足
同仁会漢口診療防疫班医院
概観(写真上)と班員(写真下)
新京訪問時の長崎医科大学長
長崎大学熱帯医学研究所
• 1946(S21)年4月:長崎医科大学風土病研究所へ改組
• 1949(S24)年5月:新制長崎大学へ移行
長崎大学附置風土病研究所
五島列島における寄生虫症の研究
天草における肺吸虫症の疫学的研究
長崎大学熱帯医学研究所
• 1943(S17)年3月:長崎医科大学附属東亜風土病研究所発足
• 1946(S21)年4月:長崎医科大学風土病研究所へ改組
• 1949(S24)年5月:新制長崎大学へ移行
長崎大学附置風土病研究所
• 1964 Dr. K. Hayashi
• 1965 Prof. D. Katamine
• 1966 Prof. H. Fukumi
Viral diseases in East Africa
Parasitic diseases in Tanzania
Viral and parasitic diseases in East Africa
• 1967(S42)年6月:風土病研究所を「熱帯医学研究所」へ改組
熱帯医学研究所以降
1973:天然痘根絶計画への参加 (エチオピア)
1974-1976:住血吸虫症対策に関する研究 (ケニア)
1977-2001:カポジ肉腫及び関連疾病研究 (ケニア)
1990-2005:エイズに関する研究 (ウガンダ)
1995-1999:住血吸虫症対策に関する研究 (タンザニア)
1996-2001:マラリアと住血吸虫症対策 (ジンバブエ)
2006-:ナイロビ拠点、ハノイ拠点の設置
熱帯医学研究所
環境医学部門
「国際保健学」分野
• 研究
(感染分子の進化・適応、環境医学、医療生態学)
• 教育
(博士課程、医学部、修士課程、研修コース)
• 社会貢献(国際貢献)
• 公共政策への提言
• 開発現場での活動
• 人づくり
Social responsibility
• Policy development through
• G8 summit
• TICAD
• International
collaboration through
• MOFA
• JICA
• NGO/NPO
on the ground and at the
national level
Research activities
There are three major units in our
dept.
• Environment and health
• Climate change
• Land usage/Deforestation
• Asian (Yellow) dust
• Medical ecology
• Malaria
• Dengue fever
• HIV
• Evolution biology and
molecular evolution
• HTLV-1
• Tuberculosis
• Leprosy
Umbrella Concept of Our Interests
Our interest in research in infectious disease is to understand natural history of
infectious diseases over both time and space, through the appreciation to interaction
between infectious agents and hosts, or human being in this case, as well as
environment.
Agents and hosts are creatures in nature, have its own strategy to survive,
affect each other, and evolve in the surrounding environments.
「われわれはどこから来たのか
われわれは何者か
われわれはどこへ行くのか」
(ポール・ゴーギャン)
“D'où Venons Nous / Que Sommes Nous / Où Allons Nous “ P. Gauguin / 1897(!)
「健康と病気は、生物学的、文化的資源を持
つ人間の集団が、その環境にいかに適応し
たかという有効性の尺度である」
リチャード・リーバン(医療人類学者)
生態学的感染症理解
われわれはどこから来たのか
農耕以前の人類の健康
を推測させる二つの研究
• 一つの研究は、イェール大学感染症疫学教
室教授であったブラックらは、アマゾン先住民
を対象として行った研究。
• ブラックらは、まず、感染症を二つに分類し
た。一つは結核のような慢性の感染症。もう一
つは、感染した後、短期間で免疫を獲得して回
復するか死亡する急性感染症。麻疹や風疹、
おたふく風邪、インフルエンザなど。
• 二つ異なる種類の感染症について流行状況
を調べた結果、ブラックらは、アマゾン先住民
社会において、急性感染症は、流行を維持でき
ないことがわかったという。一方で、長期間持
続感染する感染症は社会に風土病的に根付い
ていることも明らかとなった。
• ブラックらはこうした結果から、麻疹や風疹、
おたふく風邪といった急性感染症は、人類があ
る一定以上の人口規模を持つようになって始
めて、流行を繰り返すようになったと考えた。
• 二つ目の研究は、1846年に行われたフェロー
諸島の麻疹流行についての研究。
• 1846年、フェロー諸島において、麻疹が流行
し、7800人の住人のうち6000人近くが感染した。
• 当時、現場で調査を行ったパナムは、二つの
事実に気づいた。第1に、65歳以上の住人の発
症がほとんどなかったこと。第2に、直近の麻疹
流行が65年前の1781年であったこと。1781年以
降、フェロー諸島において麻疹流行はなく、麻疹
に対する集団免疫がフェロー諸島住民の間で低
下していたと推測した。一方、1846年の流行につ
いていえば、外部から麻疹が持ち込まれた可能
性が高いと報告した。
• 後に有名になるこの報告書は、本人の意図と
は別に、感染症と人類史について多くの示唆を与
えるものとなった。パナムの報告書が与えた示唆
とは、数千人規模の人口では、麻疹は流行を維
持できないということに他ならなかった。後の研究
によって麻疹の恒常的流行には、25万人規模の
人口が必要だということが明らかになるが、そうし
た人口規模は、農耕・定住が始まって始めて可能
となったのである。
(フェロー諸島)
ブラックとパナム、二つの研究が示唆するもの
• 農耕・定住以前の人間社会では、麻疹、風疹、おたふく風邪といった
急性感染症の流行は、極めて稀であったに違いないこと。
• この事実は、二つのことを示唆するものとなっている。
• 第一の示唆は、急性感染症が、人類進化に対する淘汰圧として働い
た可能性が低いということ。
• 第二の示唆は、急性感染症は乳幼児期の感染症であることから、農
耕・定住以前の人類は、妊娠・出産に関わる病気を除けば、比較的健
康な乳幼児期を送っていた可能性が高いということ。
• 農耕以前の社会において、癌や循環器病を引き起す環境要因が、現
代社会と比較して少なかったに違いないことを考えれば、当時の人類
の健康状態は、私たちが想像するよりはるかに「健康」だったかもしれ
ない。「健康」が環境への適応の尺度だと考えれば、人類は環境に対
しある種の適応を果たしていたのかもしれないということになる。
家畜からの贈り物
人間の病気
麻疹
天然痘
インフルエンザ
百日咳
最も近い病原体を持つ動物
ウシ、イヌ
ウシ
水禽(アヒル)、ブタ
ブタ、イヌ
農耕の開始
食料増産
定住
人口増加
(感染症流行の土壌を提供)
(促進)
野生動物の家畜化
(麻疹・天然痘・百日咳・インフルエンザなど)
ヒト社会に
ある種の感染症
が根付いた
ウイルスのヒトへの適応段階
代表例
第1段階
適応準備段階ともいえる段階であり、感染症
は家畜や獣から引っかき傷やかみ傷を通して
直接感染するが、ヒトからヒトへの感染はみら
れない。感染は単発的な発生のみで終息する
l
l
レプトスピラ症
猫引っかき病
第2段階
適応初期段階ともいえる段階であり、ヒトから
ヒトへの感染が起こる。ただし、この段階は適
応の初期段階に過ぎず、感染効率が低いた
めやがて流行は終息に向かう
l オニョン・ニョン熱 (1959,東アフリカ)
l 新型レプトスピラ症 (第二次大戦中,アメリカ)
第3段階
適応後期段階というべき段階であり、以前は
動物のあいだで流行していた感染症がヒトへ
の適応を果たし、定期的な流行を引き起こす
l
l
l
ラッサ熱(1969,ナイジェリア)
ライム病(1962,アメリカ)
エボラ出血熱 (1976,スーダン南部)
第4段階
ヒトに対し適応したため、もはやヒトのなかでし
か存在できない感染症がこの段階の感染症
l
l
天然痘, エイズ,
梅毒
最終段階
ヒトという種のなかから消えていく感染症
成人T細胞白血病
感染症が広がるということ
その生物現象への社会学的関与
R0 =β×κ×D
基本再生産数
• 基本再生産数( R0 )は以下の式で与えられる:
定義:「基本再生産数」とは,ある1人の感染者が完全な感受性集団に入って
きたとき、その感染者から平均で何人が感染するかという数
論理的には以下の3つのシナリオが考えられる
R0 < 1: 流行は起こらない
R0 = 1: 流行は終息もしないが拡大もしない
R0 > 1: 流行は拡大する
R0 =β×κ×D
-β=1回の接触あたりの感染確率
- κ=単位時間あたりの接触頻度
-D=感染力を有する期間
(1+2+0+1+3+2+1+1+2+1+2)/10=1.5
HIVを例として、基本再生産数を考える
• R0 =β×κ×D
– β=1回の接触あたりの感染確率
– κ=一定時間あたりの接触頻度
– D=感染力を有する期間
• β は、1回の性的接触あたりの感染確率。
性感染症の合併がない場合(0.01ー 0.001)
• Dは、感染力を有する期間
感染直後から死亡までの期間
(治療が行われない状況では平均で約15年)
• κ は、接触頻度を現すパラメータ。この場合は、ある時間単位
の中での新たなパートナーの数となる。
→ 新たなパートナーの数は、別な言葉でいえば、誰と誰がどのように性的交
流をしているかによって規定される。
→ そして、この交流パターンは、所属する社会グループによって異なると同
時に、時代や社会によって大きく異なる。例えば、農耕の開始以前と以降
でも異なる。日本社会とパプア・ニュギニア社会でも異なる。性産業従事者
とそうでない人の間でも異なる。
フリースケール・ネットワーク
定義:一部のノードが膨大なリンクを持つ一方で、大多数のノードは僅かなリ
ンクしか持たないネットワーク構造
(ランダムグラフとスケールフリーグラフ)
人々の暮らし、社会を知ることの重要性
-基本再生産数が教えてくれること
• 繰り返しになるが、このことは、感染症の流行は、
人々の交流パターン、つまり、社会構造のあり方、
人々の暮らしぶりによって規定されていることを示し
ており、
• そうしたことの理解が重要であることを示している。
• ここまでは、ある感染症が流行するか否かに、社会
のあり方が影響していると述べてきたが、
• 実は最近、どのような感染症が流行するかは、その
ときの社会構造を含めた社会のあり方が規定して
いるのではないかとさえ思うことがある。
感染症が社会に与えたインパクト
-スペイン風邪(1918年)
-中世ヨーロッパのペスト
-コロンブス以降の新世界
人のインフルエンザの原因
• インフルエンザウイルスの感染によるが、自然宿主は水鳥
A型
B型
C型
流行する
(時に世界的流行を引き起こす)
流行する
流行的発生ではない
• A型インフルエンザウイルスは
144種類の亜型 (HA16種類、NA9種類)が存在する
20世紀における新型インフルエンザ登場の歴史
1968年 香港型
100-400万人死亡
Credit: US National Museum of Health and
Medicine
1918年 スペイン型
4000万-1億人死亡
A(H1N1)
1957年 アジア型
100-400万人死亡
A(H2N2)
A(H3N2)
20世紀に出現した
新型インフルエンザウイルス亜型の系譜
スペイン風邪
アジア風邪
H1N1
ソ連風邪(H1N1 in 1950)
H2N2
H3N2
H5N1
香港風邪
1918
1957
1968
1977
????
History of Influenza Pandemic
1781
49 yrs
1830
59 yrs
1889
1918
1957
1968
20??
29 yrs
39 yrs
11 yrs
US mortality data, 1900-90
1918: Worst health event since "black
death" of 14th century
1918
1918年のアメリカ
•
「まず木工職人と家具職人をかき集め、棺作りを始めさせておくこと。次に、街
にたむろする労務者をかき集めて墓穴を掘らせておくこと。そうしておけば、少
なくとも埋葬が間に合わず死体がどんどんたまっていくという事態は避けられ
るはずだ」(アメリカ東海岸の公衆衛生担当者たちが米国内の他地域の担当
者に対して送ったアドバイス)
•
「病院へ運ばれてきた当初、通常のインフルエンザに罹患しているだけのよう
に思われた兵士たちは、しかし数時間のうちにこれまで見たこともないような
急激な肺炎症状を示した。入院数時間後には耳から顔全体にチアノーゼが広
がり、白人と黒人を区別することさえできなくなった」(診察した医師の記録)
•
「何よりもわたしたちを驚かせ、怯えさせた症状は皮下気腫の存在だった。皮
下に空気が溜まり、それが体全体に広がっていく。破裂した肺から漏れでた空
気は、患者が寝返りを打つたびに、プチ、プチと音を立てた」(看護婦の記録)
Pandemic Influenza in 1918
スペイン風邪(1918-19年)による推計死亡者数
世界全体
4880万人-1億人
アジア
2600万人-3600万人
インド
1850万人
中国
400万人-950万人
ヨーロッパ
230万人
アフリカ 238万人
西半球
154万人
米国
68万人
日本
39万人
Johnson & Mueller(2002)改変
感染症が社会に与えたインパクト
-スペイン風邪(1918年)
-中世ヨーロッパのペスト
-コロンブス以降の新世界
モンゴル帝国勃興とペスト
• チンギス・ハーン(在位一二〇六-
一二二七年)が建設したモンゴル
帝国支配下において、ユーラシア
を横断する隊商交通網の発展は頂
点を迎えた。モンゴル帝国の勢力
が絶頂に達した一三世紀後半に
は、その版図は、現在の中国全土
とロシアの大半、中央アジア、イラ
ン、イラクを包含するものであった。
その版図が、一大交通網で結ばれ
た。
• こうした交通の発達は、ヒマラヤ山
麓の風土病であったペストを、ユー
ラシア大陸全体に広げることに貢
献した。
• ヨーロッパにおけるこの時期の人口
急増がペスト流行に格好の土壌を
提供することになった。
(シルクロード)
(モンゴル帝国の最大版図)
文明間における疾病交換と均質化
•
歴史研究家ウィリアム・H・マクニールによれば、文明は感染症を貯
蔵する装置として機能し、感染症の定期的流行は集団に免疫を付
与しているという。それぞれの文明は固有の感染症を貯蔵し、文明
圏に属している人々に固有の免疫を付与する。こうした固有の疾病
構成をもったそれぞれの文明を『疾病文明圏』と呼ぶ。異なる疾病
文明圏の間では、戦争や交易といった異文化接触を通して疾病交
換が行なわれる。それによって、それぞれの『疾病文明圏』を構成す
る疾病数は増加する。と同時にそれぞれの疾病文明圏における疾
病レパートリーは均質化していく。というのがマクニールの主張であ
る。
•
ヒマラヤ山麓地方の風土病であったペスト、その中世ヨーロッパでの
大流行も、疾病文明圏という視点に立てば、ユーラシア大陸での疾
病交換と均質化の過程だったとみることができるのかもしれない。
ペストがもたらした社会変化
•
•
•
•
•
•
•
大きな被害を出したペスト流行は、当時のヨーロッパ社会にさまざま
な影響を与えた。
第一に、労働力の急激な減少は、賃金の上昇をもたらした。農民は
流動的となり、農奴やそれに依存した荘園制の崩壊が加速した。
第二に、教会は、その権威を失い、一方で国家意識が高揚してきた。
第三に、人材の払底は、本来であれば登用されることのない人材の
登用をもたらした。
そうした事態が社会や思想の枠組みを変えた。封建的身分制度は、
実質的に解体へと向かうことになった。それは同時に、新しい価値
への模索へと繋がっていった。
半世紀にわたる黒死病流行の恐怖の後、ヨーロッパは、ある意味で
静謐で平和な時間を迎えた。それが内面的な思索を深めさ、文芸
復興(ルネサンス)へと繋がっていく。新たな技術は、人々を、新大陸
やアフリカといった新たな世界へと押し出した。
それが新たな疫学的均衡の撹乱を引き起こすことになった。
感染症が社会に与えたインパクト
-スペイン風邪(1918年)
-中世ヨーロッパのペスト
-コロンブス以降の新世界
文明間における疾病交換と均質化
• ペストを例として見た、ユーラシア大陸内での疾病交
換と均質化の過程は、新大陸と旧大陸の間でも見ら
れることになった。
• コロンブスの新大陸発見以後の新大陸先住民は、
ヨーロッパ人が、中近東やインド、中国、あるいはそ
の他地域の他文明と接触することによってそれまで
に経験し、乗り越えてきた、 4000年以上にわたって積
み重ねてきた疾病交換の歴史を一気に体験すること
になった。
• 新大陸の住民は、世界史上、例を見ない惨禍に見舞
われた。新大陸住民の人口は10分の1にまで、減少
したという。惨禍の大きさは、ペストの流行や、麻疹の
流行をはるかにしのぐ規模であった。
なぜ、ヨーロッパ人が新大陸を征服できたたか
•
マクニールによれば、当時、疫病が神の怒りだとする解釈は、旧約聖
書を始めとするキリスト教の教えだったという。その点、スペイン人も
新大陸住民も一致していたという。その神の怒りが、新大陸住民にあ
れほど無慈悲な力を振るったにもかかわらず、スペイン人たちには、
ほとんど影響を与えなかった。スペイン人たちは、おそらく幼児期に感
染し免疫を獲得していたからである。この事実が、新大陸住民に大き
な困惑をもたらした。征服者であるスペイン人たちが一方的に神の恩
寵を受けているという事実に、先住民は慄いたに違いない。どれほど
人数が少なく、その行為がどれほど残忍かつ卑劣であったとしても、
それに抗う力は、先住民たちには残っていなかった。
•
「聖なる理法も自然の秩序も、はっきりと原住民の伝統と信仰を非とし
ている以上、抵抗ということにどんな根拠が残っていたというのか。ス
ペインの征服事業が異常なほどの容易さだったこと、また、わずか数
百人の男が広大な地域と数百万人の人間をがっちり支配し得た事実
は、このように考えて始めて理解できる」
(「疾病と世界史」佐々木昭夫訳 中公文庫(下))
生態学的視点から見た「疾病と健康」
「健康と病気は、生物学的、文化的資源を持つ人間の集団が、
その環境にいかに適応したかという有効性の尺度である」
リチャード・リーバン(医療人類学者)
狩猟・採取社会は、私たちが想像するより健康的な社会で
あったかもしれない。
そして奇妙なことだが、人間の罹患する疾病の種類と頻度を
増加させたのは、農業と家畜の発明であった。農業と家畜飼
育により可能となった確実な食糧供給とそれに伴う人口増加、
定住は、感染症の広範な増加をもたらした。
もしかすると私たち人類は、いまだ、農業定住といった環境変
化への適応途上かも知れない。
生態学的感染症理解
われわれはどこにいるのか
野生動物からの贈り物
人間の病気
麻疹
結核
天然痘
インフルエンザ
百日咳
エボラ
エイズ
SARS
最も近い病原体を持つ動物
ウシ、イヌ
ウシ
ウシ
水禽(アヒル)、ブタ
ブタ、イヌ
コウモリ?
アフリカ・ミドリザル
コウモリ??
2010年6月8日現在:感染者499名・死亡者295名
開発原病と再興感染症
Developo-genic diseases
• 灌漑・ダム→住血吸虫症・オンコセルカ症(河川盲目症)等
– ナセル湖(エジプトースーダン国境)・アコソンボダム(ガーナ)・三峡ダム
(中国)等
• 土地開墾(ゴム農園など)→原生林の伐採→ハマダラ蚊の成育
促進→マラリア等
• 道路建設・港湾建設→トリパノソーマ症(睡眠病)・エイズ等
• 都市化→過密なスラムの誕生→結核・赤痢等
エボラとゴリラ
CREDIT: M. WATSON/
WWW.ARDEA.COM
コンゴ共和国で、エボラ出血熱のためゴリラ(ニ
シローランドゴリラ)が大量死した(独マックスプラ
ンク研究所)。同国のロッシ保護区西部(2700
平方キロ)では、5000頭以上が最近5年間でほ
ぼ全滅したと推定。アフリカ最大のゴリラ生息地
で絶滅の恐れが急激に高まっている。
研究チームは、同国とガボンの国境付近の住
民にエボラが流行した01年以降、人だけでなく
周辺の森でゴリラも相次いで死んだことに注目。
流行地に近いロッシ保護区やその周辺でゴリラ
の感染や生息状況を調べた。 その結果、同保
護区西部では、エボラ流行前に1平方キロ当た
り約2頭生息していたゴリラが、ほとんど観察で
きなくなった。また、02年10月から4カ月間に個
体識別できた143頭中、130頭がエボラのため
死んだとみられ、致死率は90%を超えた。 【毎
日新聞 田中泰義】
▽アフリカの感染症に詳しい山本太郎・外務省
多国間協力課課長補佐(医療生態学)の話。「ゴ
リラやチンパンジーなどの霊長類が絶滅に向か
うと、ウイルスは自らの生き残りをかけ、新たな
宿主を求めることがある。その時、人類が新たな
宿主になる可能性がある」
生態学的視点から見た「疾病と健康」
「健康と病気は、生物学的、文化的資源を持つ人間の集団が、
その環境にいかに適応したかという有効性の尺度である」
リチャード・リーバン(医療人類学者)
狩猟・採取社会は、私たちが想像するより健康的な社会であっ
たかもしれない。そして奇妙なことだが、人間の罹患する疾病の
種類と頻度を増加させたのは、農業と家畜の発明であった。農
業と家畜飼育により可能となった確実な食糧供給とそれに伴う
人口増加、定住は、感染症の広範な増加をもたらした。
もしかすると私たち人類は、いまだ、農業定住といった環境変化
への適応途上かも知れない。
そして、現在の私たちはといえば、農耕社会への適応途上に加
えて、産業化、グローバル化、開発を始めとする環境への急激
な負荷、それが引き起す地球温暖化といった、環境変化に直面
しつつある。
環境変化→疫学的均衡の撹乱→
→疾病の交換と均質化→新たな平衡の模索
例えば、農耕・定住・野生動物の家畜化・人口増加・人口密度の増加
例えば、産業革命・都市人口の増加・密閉された工場
例えば、開発・グローバル化・小さくなる地球
生態学的感染症理解
われわれはどこへ行くのか(向かうべきか)
共生(symbiosis)という考え方
HIV流行のシュミレーション
【性的交流が活発な場合】
【性的交流が穏やかな場合】
8e+4
6.667e+4
8e+4
6e+4
6.667e+4
5e+4
5.333e+4
4e+4
4e+4
3e+4
3e+4
2.667e+4
2e+4
2e+4
1.333e+4
1e+4
1e+4
6e+4
(Y2):弱毒HIV-1株
5e+4
2.667e+4
(Y1):強毒HIV-1株
1.333e+4
Y1
4e+4
Y2
Y2
4e+4
Y1
(Y2):弱毒HIV-1株
5.333e+4
(Y1):強毒HIV-1株
0
0
0
100
200
300
400
500
TIME
600
700
800
900
1000
0
0
0
100
200
300
400
500
TIME
600
700
800
900
1000
ウイルスのヒトへの適応段階
代表例
第1段階
適応準備段階ともいえる段階であり、感染症
は家畜や獣から引っかき傷やかみ傷を通して
直接感染するが、ヒトからヒトへの感染はみら
れない。感染は単発的な発生のみで終息する
l
l
レプトスピラ症
猫引っかき病
第2段階
適応初期段階ともいえる段階であり、ヒトから
ヒトへの感染が起こる。ただし、この段階は適
応の初期段階に過ぎず、感染効率が低いた
めやがて流行は終息に向かう
l オニョン・ニョン熱 (1959,東アフリカ)
l 新型レプトスピラ症 (第二次大戦中,アメリカ
)
第3段階
適応後期段階というべき段階であり、以前は
動物のあいだで流行していた感染症がヒトへ
の適応を果たし、定期的な流行を引き起こす
l
l
l
ラッサ熱(1969,ナイジェリア)
ライム病(1962,アメリカ)
エボラ出血熱 (1976,スーダン南部)
第4段階
ヒトに対し適応したため、もはやヒトのなかでし
か存在できない感染症がこの段階の感染症
l
l
天然痘, エイズ,
梅毒
最終段階
ヒトという種のなかから消えていく感染症
成人T細胞白血病
HTLV-1(成人T細胞白血病ウイルス)
• HTLV-1は、HIVと同様ヒトレトロウイルスである。ゲノムの構
造は類似しているが、疫学的特性に幾つかの違いがある:
• 1)HTLV-1は過去数万年から数千年の間にサルT細胞白血病ウイルス
から分化したと推定されているが、HIVの起源は それよりもはるかに新
しいと考えられる。
• 2)HTLV-1の主要な感染経路は母乳を介した(垂直)感染であるのに対
し、HIVの主要な感染経路は性的接触を介した(水平)感染である。
HTLV-1は、母から子へ伝わるという性質によって、ヒトの移動や民族の
起源に関する研究に貢献している。
• 3)HTLV-1陽性者は、生涯において数パーセントが、感染から50年以
上の時間を経て白血病(ATL)を発症するのに対し、HIV陽性者は、95
パーセント以上が(治療を行わなかった場合)感染から10年以内にエイ
ズを発症する。
• これらのことは、HTLV-1とヒトとの共進化がHIVとヒトとの共
進化よりも進んだ段階に達していることを示唆しているのか
もしれない。
No. tested
HTLV-1
Positive
rate (%)
1987
458/5510
8.89
1988
808/8851
9.13
1989
732/14432
5.07
1990
628/13680
4.59
1991
559/12847
4.35
1992
499/11301
4.42
1993
470/9664
4.86
8
1994
448/9003
4.98
6
1995
401/11045
3.63
4
1996
326/12181
2.68
2
1997
329/11480
2.87
0
1998
266/11534
2.31
1999
259/11227
2.31
2000
224/10603
2.11
2001
219/10337
2.12
2002
196/9997
1.96
2003
165/9783
1.69
2004
164/8891
1.84
2005
118/7999
1.48
2006
124/8448
1.47
各検査年におけるHTLV-1抗体陽性率
Seroprevalence of HTLV-1 (%)
Seroprevalence of HTLV-1 in each birth cohort from 1955 to 1989
12
10
18-19 20-21 22-23 24-25 26-27 28-29 30-31 32-33 34-35 36-37 38-39 40Age (years)
55-59
60-64
65-69
今後、
感染数理モデルの構築
70-74
75-79
80-84
85-89
研究の方向
こうした課題にチャレンジするために
• 「われわれはどこから来たか」という課題に対しては、進化系統樹
を応用した研究からチャレンジしている
• 「われわれは何者か」という課題に対しては、疫学や生態学的研
究から迫りたいと考えている
• 「われわれはどこに行くのか」という課題に対しては、シュミレー
ションや生物進化からの知見を総合して考えていきたい
21世紀の公衆衛生学的課題
• 「共生」という概念を中心に置いた新たな感染症対策の構築
– その場合、個の利益の最大化と集団の利益の最大化を
どのように考えるかという問題
– 別な言葉でいえば「共生のコスト」といえるかもしれない
– を、どのように考えていくかといった問題は残る
杞憂のような話として、どこかに引っかかっている問題
• それは化石学的時間軸の話。例えば、40億年にわたる生物進化の歴
史のなかで、特に目覚しい生物の出現と呼ぶべき事象が幾度かあっ
た。著名な例として、前カンブリア紀における多細胞生物の出現と、新
生代とともに始まった哺乳類の適応放散。前者の例では、海洋が巨大
な実験場となり、後者の例では、鳥類の祖先となった恐竜を除く恐竜の
絶滅によって、それまで恐竜に占められていた生態学的ニッチ(「場」)
が開放され、生き残った哺乳類が爆発的に広がった。新たな生態学的
ニッチの出現あるいは開放が、大進化の引き金となった。
• 大きな進化的変化が起きるには「場の開放」と、「競争のない環境」の
二つの環境が必要・前提条件となる。ダーウィンのいうところの進化
が、生存競争によってもたらされたとする考え方と少し異なる。おそら
く、小進化には、ダーウィンの生存競争、大進化には、「場の開放」と
「競争のない環境」がその前提条件となるのかもしれない。
• こうした考えと、先ほどの「共生に基づく21世紀的感染症対策」に矛盾
はないのか・・・このあたりは、全く整理されていないが、何か、重要な
ものが隠されているような気もするという話。
感染症から考古学、歴史学へ
成人T細胞白血病ウイルスを例として
HTLV-1(成人T細胞白血病ウイルス)
• HTLV-1は、HIVと同様ヒトレトロウイルスである。ゲノムの構
造は類似しているが、疫学的特性に幾つかの違いがある:
• 1)HTLV-1は過去数万年から数千年の間にサルT細胞白血病ウイルス
から分化したと推定されているが、HIVの起源は それよりもはるかに新
しいと考えられる。
• 2)HTLV-1の主要な感染経路は母乳を介した(垂直)感染であるのに対
し、HIVの主要な感染経路は性的接触を介した(水平)感染である。
HTLV-1は、母から子へ伝わるという性質によって、ヒトの移動や民族の
起源に関する研究に貢献している。
• 3)HTLV-1陽性者は、生涯において数パーセントが、感染から50年以
上の時間を経て白血病(ATL)を発症するのに対し、HIV陽性者は、95
パーセント以上が(治療を行わなかった場合)感染から10年以内にエイ
ズを発症する。
• これらのことは、HTLV-1とヒトとの共進化がHIVとヒトとの共
進化よりも進んだ段階に達していることを示唆しているのか
もしれない。
• 地理的に見ると、非常にユニークな分布をしている。
TC:大陸横断亜群
JPN:日本亜群
旧石器時代後期~
縄文時代早期
この時期,北方および韓半島経由で
C3系,南方からC1系のヒト集団が日
本に渡来した. C3系,C1系ともにア
フリカに起源を持つC系の分流である.
このヒト集団により大陸横断亜型の
ウイルス株が持ち込まれ,列島内に
薄く広められた.
Y染色体DNA多型に基づくヒトの移動誌(崎谷,2008)
縄文時代早期
この時期,韓半島経由でD2系ヒト集団が日本
に渡来した.この集団は C3系,C1系ともに日
本人の原型を形作った. D2系もアフリカに起
源を持つDE* 系の分流である.このヒト集団に
より日本亜型のウイルス株が持ち込まれ,九
州,本州,四国広められた.
なお,D*系ヒト集団はインドを経由して東アジア
に到達している.日本亜型のウイルス株は今
のところ日本以外ではインドからの見知られて
いる.
Y染色体DNA多型に基づくヒトの移動誌(崎谷,2008)
弥生時代以降
弥生時代,韓半島経由でO2b系ヒト集団(渡来
系弥生人)が日本に渡来し,九州北部から本州
に広がった.また弥生以降,O3系ヒト集団が渡
来し,本州,四国,九州に広がった.これらのヒ
ト集団はHTLV-1陰性であり,既存のヒト集団
(縄文人)と交じり合う過程で,HTLV-1陽性率を
押し下げていった.
With Tuberculosis?
Y染色体DNA多型に基づくヒトの移動誌(崎谷,2008)
亜群の分布パターン.
 大陸横断亜群(TC)と日本亜群(JPN)はドーナツ型の分布パターンを示す.
STLV-1とPTLV感染症理解
京都大学霊長類研究所との共同研究
Age
sex
STLV-1 status
positive
negative
inconclusive
F
6/10 (60)
2/10 (20)
2/10 (20)
1
F
0/5 (0)
5/5 (100)
0/5 (0)
2
F
1/4 (25)
3/4 (75)
0/4 (0)
3
F
1/3 (33.3)
1/3 (33.3)
1/3 (33.3)
4
F
1/1 (100)
0/1 (0)
0/1 (0)
1-4
F
3/13 (23.1)
9/13 (69.2)
1/13 (7.7)
5
F
4/4 (100)
0/4 (0)
0/4 (0)
6
F
4/4 (100)
0/4 (0)
0/4 (0)
5-6
F
8/8 (100)
0/8 (0)
0/8 (0)
F
27/27 (100)
0/27 (0)
0/27 (0)
F
44/58 (75.9)
11/58 (19.0)
3/58 (5.2)
infant
Epidemiological Evidence for
Horizontal Transmission of Simian
T-lymphotropic Virus Type 1 in a
Natural Colony of Macaca fuscata
K. Eguchi, K. Ohsawa, J. Suzuki,
K. Kurokawa and T. Yamamoto
0
juvenile
youngster
• 感染経路の推定
• 臨床症状の推定
• 種を越えた感染で異なる
感染経路は異なる臨床症状を
もたらすか。そうだとすれば、
その意味は何か
adult
7<
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Kengo Oshima, Hidefumi Fujii, Katsuyuki Eguchi, Masashi Otani,
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