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第8課: 電離平衡と解離平衡
平成16年12月6日
講義のファイルは
http//www.ioa.s.u-tokyo.ac.jp/kisohp/STAFF/nakada/intro-j.html
に置いてあります。質問は
[email protected]
レポート提出は出題の次の授業が原則ですが、それ以降でも構いま
せん。単位が欲しい人は5つ以上のレポートを提出して下さい。とにか
く全部のレポートを頑張って出した人には良い点が与えられます。
M2、B4で単位認定を急ぐ人は申し出て下さい。
8.1.化学平衡
反応 a1A1+a2A2+ a3A3+ ….= ΣajAj=0
例
H2-2H=0
(1)
水素の解離
HーH+-e=0
水素の電離
CO-C-O=0
一酸化炭素の形成
化学平衡は熱平衡の一種である。
孤立系(エネルギーU、体積V、粒子数Nが一定)ではエントロピー極大が平衡に対応
する。
温度T,圧力Pが一定の環境では、
ギブスの自由エネルギー G=U-TS+PV =ΣμjNj
が 極値をとる。(μjは j-種粒子の化学ポテンシャル)
上の(1)式の反応では、1回の反応でΔNj=ajの変化が起きるから、dR回では、
dNj=ajdR。そこで、T,P一定下での化学反応(Niが変化)を考えると、
dG=-SdT+VdP+ΣμjdNj= ΣμjdNj= (Σμjaj)dR=0
したがって、 Σμjaj=0 が化学平衡の条件となる。
8.2.質量作用の法則
  kT ln
一般に、化学ポテンシャルμは、
と書ける。
n
nQ Z in
ここに、
n=N/V= 数密度(個/cm3)、 nQ=(2πmkT/h2)3/2=量子密度(個/cm3)、
Zin=Σexp (-Ein/kT)= 気体原子内部状態の分配関数
である。
前節の平衡条件、
 a j  j   a j kT ln
nj
0
を書き換えると、
n Q Z in
j
j


 a j ln n j   a j ln  n Q Z in j 
j


nj
aj
  nQ
j
aj
Z in j
aj
 K T

(質量作用の法則)
粒子の内部自由エネルギー Fin は、内部分配関数 Zin
と
Fin=-kT ln Zin =-kT ln[Σexp (-Ein/kT)] で結ばれているから、
Πnjaj=Π[nQjνj exp(-aj Finj/kT)] と書く場合もある。
例1 2つの準位
Ai-Aj=0
下図のような、j 準位と i 準位の間の遷移を反応の一つと見なす。
a i =1, Zi=gi exp(-Ei/kT),
aj =-1, Zj=gj exp(-Ej/kT)
この場合、 Zi ,、 Zj の表式に∑記号がないことに注意。
さらに、 nQ=(2πmkT/h2)3/2=共通なので、質量作用の法則を書き下すと、
Πnjaj= ni1nj-1
Π[nQjaj Zinjaj ]= [nQi1 Zini1 ] [nQj-1 Zinj-1 ] = Zini1 Zinj-1 ]

exp  
ni
g

 i
nj
gj

exp  


Ei 

 Ei  E j 
gi
kT 


exp  


Ej 
gj
kT



kT 
特にj=0(基底状態)の時、
ni=no (gi/go)exp(‐Ei / kT)
=励起原子の数密度
(ボルツマン分布)
統計重み
gi
Ei
gj
Ej
go
例2 水素原子の電離
H++e-H=0 (I=inization energy)
内部エネルギーの相対的な値の決め方には注意がいる。
自由電子と陽子の内部エネルギーをそれぞれ0とする。 すると、中性水素
原子の内部エネルギーは ‐Ⅰ となる(基底状態のみ考えている)。Ⅰは電離
エネルギーで水素では13.6eVである。
電子のスピン上向き、下向きの2状態を考えるので、(原子核の方は無視)
電子とH原子のZinには2が入ってくる。
H
E :
+
+
e
0
0
g : 1
2
Zin : 1
2
ー
nQ : (2πmHkT/h2)3/2 (2πmekT/h2)3/2
H
= 0
-I
2
2 exp(I/kT)
(2πmHkT/h2)3/2
a(H+)=1, a(e)=1, a(H)=‐1 だから、質量作用の法則は、
n( H+)n(e)/n(H)
=[nQ(H+)nQ(e)/nQ(H)][Zin(H+)Zin(e)/Zin(H)]
=[(2πmHkT/h2)3/2 ・(2πmekT/h2)3/2 / (2πmHkT/h2)3/2][2 / 2 exp(I/kT)]
=(2πmekT/h2)3/2 exp(‐I/kT)
この関係は、
サハの電離式 (Saha equation)と呼ばれる。
例3 水素分子の解離 2H-H2=0
電離の時とは違って、今度は水素原子の内部エネルギーを0とする。すると、
水素分子基底状態の内部エネルギーは-Dである。Dは解離エネルギー
(Disociation Energy)で、水素ではD=4.47eVである。
2H
ー
H
= 0
E :
0
g :
2
4(S=0 ortho,1 para)
Zin :
2
4 exp(D/kT)
nQ : (2πmHkT/h2)3/2
a(H)=2、
-D(-4.476eV)
(2π2mHkT/h2)3/2
a(H2)=-1 であるから、質量作用の法則は、
n(H)2/n(H2)= [(2πmHkT/h2)3 /(2π2mHkT/h2)3/2][ 22 / 4exp(D/kT)]
= (πmHkT/h2)3/2 exp(‐D/kT)
8.3.ボルツマンの式 (Boltzmann’s formula)
ある原子の総数密度を n とし、うち基底状態にno、第1励起状態にn1、第
2励起状態にn2,...あるとする。 n=no+n1 +n2 +...である。
前節の例1で示したように
 Ei 
ni  n o
exp  

go
 kT 
gi
なので
 E 
 E 
 E 
Z  g o  g1 exp   1   g 2 exp   2   g 3 exp   3   ...
 kT 
 kT 
 kT 
n  n o  n1  n 2  ...

とすると、

no 
no
 E1 
 E2 
g

g
exp


g
exp


...

Z




1
2
 o

go 
go
 kT 
 kT 

したがって、
 Ei 
exp  

 kT 
ni  n  g i 
Z
g2 E2
g1 E1
go E=0
例1 水素の(第1励起/基底)比
n1
8
 10 . 15 eV 
 exp  

no
2
kT


 4  10

log 10 

n1
no

5040
T
10 . 15
g1=8
n1
 4  10

51156
E1=10.15eV
T
n0

51156
  0 . 602 

T

g0=2
log(n1/no)
0
T=10000
T<10000K(A0より晩期型星)
では、(n1/no)<-5で大変小さ -2
いことが分かる。
T=42000
T=85000Kで n1=no となり、 -4
O5型
T∞では n1/no=4 に接近す -6
0
る。
A0型
T=30000
B0型
1
2
3
(51156/T)
4
5
例2 バルマー線 (Balmer lines) 強度
バルマー線は水素原子主量子数 n=2 i への吸収線である。
したがって、星のバルマー線強度はn1が
大きくなるほど強くなる。混乱しやすい慣
用法なので注意しておくが、n1の1は第1
励起状態の1で、主量子数はn=2である。
基底状態の数密度は no 主量子数n=1
である。
Hα線
例1の結果は、最大の数密度を占める基
底状態noに対して、第1励起状態の数n1
が高温の星ほど高くなることを示している。
例えば、B0型のn1/noはA0型の1000
倍も高い。
n3
n2
Hβ線
n1
n0
では、バルマー線は高温度星ほど強いであろうか?
次ページに示すスペクトルの例から、B0型のバルマー線強度が本当にA0
型の1000倍になるか調べてみよう。
Hβ
Hβ
Hα
Hα
8.4.サハの式
(Saha equation)
原子の電離度はサハの式によって決まる。
ni,0= i 回電離イオン基底状態の数密度
ni+1,0= (i+1) 回電離イオン基底状態の数密度
ne= 電子の数密度
Ii,0 = i 回電離イオン基底状態からの電離エネルギー とすると、
ni 1 ,0 n e
ni ,0
 I i ,0
2  2  m e kT 3 2 g i 1 ,0


 exp  
3
g i ,0
 kT
h



ni= i 回電離イオンの数密度(基底状態+励起状態)
ni+1= (i+1) 回電離イオンの数密度(基底状態+励起状態)
に対しては、上式を少し変えた以下の式が成立する。
n i  1n e
ni
 I i ,0
2  2  m e kT 3 2 Z i 1


 exp  
3
Zi
 kT
h



Zi=Σgi・exp(-E/kT)(=i回電離イオンの分配関数) は前出のZinと同じ
水素原子の電離に関しては、
n( H+)n(e)/n(H) =(2πmekT/h2)3/2 exp(‐I/kT)
n(e)が全てHから供給されている必要はない。
実際、低温環境では電子はアルカリ金属(Na,K)の電離が主な
供給源である。
しかし、高温になると水素の電離で作られる電子が圧倒的となる。
すべての電子が水素から供給されている場合、n( H+)=n(e)なので、
n(e)=n(H)1/2(2πmekT/h2)3/4 exp(‐I/2kT)
exp(‐I/2kT)の因子がボルツマン型のexp(‐I/kT)と異なることに注意。
例3 水素のみから成る星の大気
早期型星大気でのガス圧として、 log Pg(erg/cm3)=3.5 と仮定する。
Saha eq. をガス圧 P=nkT で表して、
PII Pe / PI = [(2πme)3/2 (kT)5/2 / h3] [2 ZII(T) / ZI(T)] exp (-E / kT )
Z II  1
 10 . 15 eV 
 12 . 09 eV 
Z I  2  4 exp  
  9 exp  
  ...  2
kT
kT




Pe=PII、Pg=PI+PII+Pe
(励起状態を無
視)
を代入すると、
log10(PII2 / PI) = -13.6(5040/T) + 2.5 logT-0.48 + log [2 ×1 /2]
log
PII
10
2
Pg  2 PII

68544
T
 2 . 5 log
10
T  0 . 48
B0
B0
T
A0
30500
PI
NII/NI
G0
K0
9500
7500
6300
5350
177.5
1.17
0.0137
1.07E-4
1600
590
60
6.6
0.58
0.0083
1980
3040
3150
3160
1.9×105
0.30
0.020
0.0021
1.8×10-4
1
0.23
0.02
0.0021
1.8×10-4
PII2 / (Pg – 2×PII) 3.0E8
PII (erg/cm3)
F0
NII/(NI+NII)
0
-1
log

N II

10 
 N I  N II



 -2
B0
A0
K0
-3
-4
4.5
4.0
log T
3.5
一般の原子の電離
A++e-A=0 (I=inization energy)
質量作用の法則まで戻ると、
a1=1
a2=1
a3=-1
n(A+)n(e)/n(A)=[nQ(A+)nQ(e)/nQ(A)][Z(A+)Z(e)/Z(A)]
イオンと原子の質量はほぼ等しいので、nQ(A+)=nQ(A)
電子のスピン上向き、下向きの2状態を考えるので、Z(e)=2。
自由電子とイオンの内部エネルギーをそれぞれ0とする。 すると、中性原子
の内部エネルギーは ‐Ⅰ となる(基底状態のみ考えている)。Ⅰは電離
エネルギー。 Z(A+)=u(A+)、Z(A)=u(A)exp(I/kT)
u(A+)=g0+g1 exp(-E1/kT)+g2 exp(-E2/kT)+….
結局、
n( A+)n(e)/n(A) =[u(A+)2/u(A)](2πmekT/h2)3/2 exp(‐I/kT)
天文ではPe(電子圧)を与えて計算する例が多い。
Pe=n(e)kTを使い、数値を入れて
log[n( A+)/n(A) ]
=log[ u(A+)/u(A) ]+log 2 +(5/2) log T -log Pe-Ⅰ(eV)(5040/T)-0.48
(Peの単位は erg/cm3)
Negative Hydrogen H‐(水素負イオン)
H+e - H-=0
Wildt 1939. ApJ, 89, 295.”Electron affinity in Astrophysics”
水素負イオンはⅠ=0.754eVという非常に浅い準位を持つ。したがって、
高温の星の大気には存在しない。G型より晩期の星では非常に重要な
光の吸収源である。
水素負イオンの束縛状態は、二つの電子がスピン上向き、下向きの両方を
占めるので、総スピン=0であり、統計重みg=1である。
自由電子と中性水素の内部エネルギーをそれぞれ0とする。 すると、Negative
Hydrogen H- (陰性水素とは言わない)イオンの内部エネルギーは ‐Ⅰ となる
(基底状態のみ考えている)。
問題8-A
出題平成16年12月6日
8.3例1と8.4例3を合わせて、バルマー線強度変化を考えてみることにしよう。
水素のみからなる大気を仮定する。
NI0=基底状態(n=1)水素原子の数密度
NI1=第1励起状態(n=2)水素原子の数密度
NI = NI0 + NI1 + NI2 + ...= 水素原子の数密度
NII= 水素イオンの数密度
Ne=電子の数密度
NH= NI + NII = 水素(原子+イオン)の数密度
Pg=PI+PII+Pe= NI kT+ NII kT+ Ne kT=総ガス圧(erg/cm3)
バルマー線は n=2 から n= 3, 4,… へのジャンプで生じる吸収線である。し
たがって、( NI1/ NH ) が バルマー線強度の指標として適当である。
(1)主系列星大気の総ガス圧を、log10Pg(erg/cm3)=3.5 と仮定し、星の有効温度
を log10T(K) =3.5、3.6、...、4.5と変化させる。この時に、log10(NI1/NI )、
log10(NI/NH)、 log10( NI1/NH) がどう変わるか表とグラフに示せ。
(2) 8.3例2に見るように、バルマー線の強度がA型星で最強となる理由を
定性的に説明せよ。
問題8-B
ビッグバン宇宙の初期には水素は完全電離の状態にあった。その時期、輻射と物
質とは自由電子の散乱を介して強い結合状態にあった。しかし、その後温度が低
下するにつれて、自由電子と陽子が水素原子になる反応が優勢となり、電離ガス
の中性化が急速に進行した。これを水素の再結合と呼ぶ。
問題8-Aと同様に、
NI = NI0 + NI1 + NI2 + ...= 水素原子の数密度
NII= 水素イオンの数密度
Ne=電子の数密度
NH= NI + NII = 水素(原子+イオン)の数密度
とする。 NHと温度Tは、現在の宇宙背景輻射の温度To, 水素原子数密度Noを、
To=2.7K,
No=5×10-7cm-3
として、T=To/a、 NH = No /a3 と表される。
宇宙の物質が水素のみで電子は全て水素原子の電離から供給されると仮定する。
サハの式を解いて電離度X= NII /( NI + NII )がX=0.99、0.9、0.5、0.1、
0.001となる赤方偏移Zを求めよ。a=1/(1+Z)である。