経済産業省 地域金融人材育成システム開発事業
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Transcript 経済産業省 地域金融人材育成システム開発事業
財務に関する課題認識とソリューション抽出
目次
Page
Ⅰ 財務上の課題認識の重要性
1
2
中小企業の現状
3
•
本コースの問題意識
3
•
企業法人の経営状況
5
•
中小企業の倒産件数
6
•
倒産が中小企業に与える影響
7
<C/B>資金調達が困難になった経験
8
事業セクターの財務分析
•
3
3
事業セクターのリターン推移
中小企業と銀行の融資姿勢
9
9
11
•
融資のための企業評価
11
•
銀行の融資の姿勢
12
Ⅱ 課題認識の体系
13
1
13
財務上の課題の体系
•
2
財務上の課題の体系
課題認識に対するアプローチ
15
•
課題認識に対するアプローチ
15
•
経営上の事象からのアプローチ
16
•
財務分析からのアプローチ
17
<C/B>ROEと営業ROIC
3
13
主要な財務ソリューション
•
課題ごとのソリューション体系
18
19
19
Page
Ⅲ 課題に対するソリューションとソリューション紹介
1
2
3
事業ポートフォリオの最適化のアプローチ
事業ポートフォリオの最適化のアプローチ
21
•
事業ポートフォリオの最適化に関するソリューション
22
事業運営の効率化のアプローチ
25
•
事業運営の効率化のアプローチ
25
•
事業運営の効率化に関するソリューション
27
資本構成の最適化のアプローチ
29
•
資本構成の最適化のアプローチ
29
•
資本構成の最適化に関するソリューション
31
不要投融資の処分のアプローチ
•
不要投融資の処分のアプローチとソリューション
Ⅳ キャッシュフローに着眼した財務上の課題認識体系
1.
21
•
<C/B>成長ステージと資金調達
4
21
キャッシュフローをもとにした財務上の課題認識
•
キャッシュフローをもとにした財務上の課題認識
34
35
35
37
37
37
Ⅰ 財務上の課題認識の重要性
1 中小企業の現状
財務上の課題を体系的・網羅的に認識することの重要性について考え、合わせて
中堅/中小企業の状況を踏まえることでイントロダクションとします。
本コースの問題意識
今日では中堅/中小企業を巡る財務環境は決して好ましいものとは言いがたく、日々の運転資金の確
保および金融機関・株主等への事業状況の説明など企業の財務活動に多くの労力が費やされていま
す。
事業が順調なときであれ苦しいときであれ、会社にとって取組むべき真の課題は何であるのかを体系
的・網羅的に把握することなくしては、的確なソリューションを抽出することはできず誤った方向に経営
の舵を取ることにすらなりかねません。
しかしながら経営が苦しい状況にあるときには、そうした建設的な思考をするよりも目の前の問題に追わ
れる余り、今までの経営で用いてきたソリューションを無批判に繰り返して対応するということが起こりが
ちです。
例えば、ある企業では従来から資金調達の大部分を短期借入に依存してきました。この会社の財務部
長が仰るには、中長期の資金ニーズがあっても借入金の金利イールドを考えれば短期融資を毎年繰り
返した方が有利であるということでした。(イールドと言うのは負債による資金調達の期間と金利の関係
のことで、通常の順イールドの場合は調達期間が長くなるほど金利は高くなります。当地域金融人材育
成事業の「資本構成の最適化」コースにてこのことは学習します)。そして従来は、殆ど毎年のように借り
換え(ロールオーバー)をすることに銀行は同意していました。そこで今回も1年前に銀行から借りた借
入金を返済するために、今まで通り銀行に借り換えを依頼するつもりのようです。
この場合、果たして借り換えが最善のソリューションでしょうか。借り換えをすることで一時的に資金をつ
なぐことは出来るかもしれませんが、借り換えに伴い金利が上昇し、金利負担が重くなるかもしれません。
次回の借り換え時に、自社の経営状況が悪化していたり金融機関の貸出態度が自社にとって好ましく
ない状況になっているかもしれません。そうした場合に、銀行が次回も借り換えに応じてくれる保証は必
ずしもありません。もしこの短期借入が、長期の設備投資案件のための資金調達として行なわれていた
としたらどうでしょうか。金利上昇の可能性や投資設備が安定的なキャッシュフローを生むまでに最初の
数回の返済時期が来ること等を考えますと、例えば社債などの長期の資金調達方法を検討する方が良
いかもしれません。
3
Ⅰ 財務上の課題認識の重要性
これはほんの一例ですが、単なる従来からの延長線上の狭い範囲での経営施策の選択や場当たり的
な課題認識では、必ずしも正しいソリューションの抽出ができないことは認識するべきです。特に事業環
境の変化が激しいうえに経営環境も厳しい中では、今まで問題がなかったソリューションですら、今後も
正しいとは限らないのです。
一方で、新聞・雑誌・テレビ等のマス・メディアでは新しい資金調達方法や財務上の課題を解決する方
法が紹介されています。これらは世の中のニーズに応えるべく登場したのであり、当地域金融人材育成
事業の他のコースで紹介することになるものもあります。
しかし、そうした新種の施策の活用を検討するときでも重要なことは、先ず自社の直面している課題は
何かを正しく認識したうえで、当該施策を実施するための条件を明らかにして、その施策が本当に自社
の課題の解決に有効に寄与するものなのか着実に判断することです。
例えば、売掛債権証券化というソリューションがあります。これは簡単に言うと企業が保有する売掛債権
を金融会社等に譲渡して資金化する、金融会社側では売掛債権のキャッシュフローをもとに証券を発
行して投資家に転売するとするという仕組みです(実際のスキームはもう少し複雑であり、「事業運営の
効率化」コースで学習します)。売掛債権証券化自体は適切に活用されれば有意義なものですが、こう
した新しい施策があると知ってとりあえず実施するというのは危険です。どんな患者にも効く薬など無い
ように、どんな企業が活用しても効果があるソリューションというのも考えにくいのです。
この場合も、銀行以外の調達先から運転資金の調達が出来るということで売掛債権証券化が魅力的に
見えるかもしれません。しかし、証券化には手数料としてそれなりのコストが発生するものです。それに、
必要な売掛債権のデータを揃え対抗要件を具備するのに時間がかかり、当初予定していた期日に運
転資金が調達できない場合もあるかもしれません。自社の状況を総合的に判断すると、例えば同じ売
掛債権を活用するにしても売掛債権担保融資の方が相応しいという場合もあるかもしれません。
企業財務に関する手法がこれまで以上に多様になっている中で、企業価値は何から創出されるかを正
しく認識できる財務的な考え方を身に付けて、それによって正しい経営判断をすることが今こそ求めら
れているのです。不適切なソリューションの抽出を導くことは、財務上の問題をより深刻にする可能性を
意味します。
当「財務に関する課題認識とソリューション抽出」コースでは、こうした企業が抱える財務的な課題を認
識する体系的な考え方を学び、合わせて各課題に対応するソリューションの概要について紹介します。
ソリューションのより詳しい説明は、当プログラムの以降のコースにおいて行います。
4
企業法人の経営状況
不況と言いますが、現実の日本企業の経営状況はどうなのでしょうか。
図表1-1は、国税庁が発表している「利益法人と欠損法人」のデータです。2001年分では実に約7割の
法人が利益を計上していないという状況にあります。1990年以降、欠損法人数は上昇傾向にあり、
1992年に半数を超えました。1998年以降を見ても、6割台後半に高止まっています。
これは長引く景気の低迷、企業収益の悪化の影響が明らかです。
例えば「中小企業白書 2002年版」によりますと、製造業経常利益は、1999年1~3月期以降回復を見せ
ていたのが、2000年後半から急速に伸びが悪化し2001年7~9月期には前年同期比▲53.4%となって
います。
また、97年以降の中小企業の業況判断DIをみてもこの間一度もプラスに転ずることなく、2000年
4~6月期以降悪化しています。
このように企業の経営状況が非常に厳しいなかで、事業および投融資活動からなる企業価値について、
価値を創造している要因と価値を破壊している要因を明らかにして、正しい経営判断をすることが企業
の生き残りの上で重要です。
図表 1-1
欠損法人割合の推移
利 益 計 上 法 人 と欠 損 法 人 数
区分
法人数
欠損法人割合
(A ) / (B )
利益計上法人
欠 損 法 人 (A )
合 計 (B )
1,072,334
1,005,936
2,078,270
48.4%
1991
1,114,191
1,102,689
2.216,880
49.7
1992
1,075,728
1,215,647
2,291,375
53.1
1993
958,640
1,385,491
2,344,131
59.1
1994
882,713
1,486,569
2,369,282
72.7
1995
853,980
1,550,047
2,404,027
64.5
1996
859,649
1,576,110
2,435,749
64.7
1997
867,184
1,598,163
2,465,347
64.8
1998
820,302
1,688,550
2,508,853
67.3
1999
760,187
1,767,037
2,527,224
69.9
2000
802,434
1,734,444
2,536,878
68.4
2001
806,867
1,742,136
2,549,003
68.3%
1990 年 分
注)「利益法人と欠損法人」データについて2001年分データは、
2001年2月1日から2002年1月末に決算を迎えた標本企業
の決算データをもとに統計的に算出したものを示します。
5
出所:「利益法人と欠損法人」 国税庁
2000年版、2001年版をもとに作成
Ⅰ 財務上の課題認識の重要性
中小企業の倒産件数
欠損法人よりも更なる状況の悪化である中小企業の倒産件数を見てみましょう。
企業の経営状況および企業を取り巻く状況が厳しい中、残念ながら企業活動を存続できなくなる、もし
くは企業活動を停止するケースが増大しています。
東京商工リサーチの「全国企業倒産白書」によると、2002年において中小企業の倒産件数は18,687件
で倒産時の負債金額は7.8兆円でした。景気の長期低迷と企業収益の悪化を背景に、倒産件数は3年
連続で18,000件台、負債総額も6~8兆円の水準で高止まっています。(図表1-2)
なお同白書によると、倒産に至った原因は「販売不振」が最も多く、全体の57.9%を占めています。
なお、同白書では、倒産件数は負債総額が1千万円以上のもののみが集計されていることに注意が必
要です。それに倒産によらない自主的な廃業の数は含まれていません。負債総額が1千万円未満の倒
産および自主的な廃業までを含めると、上記の倒産件数を更に大きく上回ることと思われます。
図表 1-2
中小企業の倒産件数と負債総額
倒産件数と負債総額の推移
(件)
(兆円)
25,000
14
倒産件数
負債金額(右目盛)
20,000
18,497 18,819 18,687 12
18,749
14,970 14,731
13,960 14,440 13,965
15,000
16,293
10
15,135
8.1
10,649
6.4
10,000
6.8
6.4
7.8 8
7.3
6.6
6
5.8
4.7
6,441
5
4.7
4.1
4
5,000
2
1.6
0
0
90
91
92
93
94
95
96
97
98
99
00
01
資料:㈱東京商工リサーチ「全国企業倒産白書」
注:倒産件数は負債金額1,000万円以上のものを集計。中小企業とは、資本金1億円未満の法人および個人企業をさす。
6
02
(年)
倒産が中小企業に与える影響
それでは実際に企業が倒産した場合、どのようなことが起こるのでしょうか。
図表1-3の左の円グラフは、倒産企業の経営者に「倒産するにあたって最も心配したこと」を調査した結
果です。中小企業の経営者は倒産の危機を感じたときに、多くの心配事を抱えると考えられますが、
「従業員の失業」を挙げたものが23.8%と最も多く、次いで「保証人への影響」が21.3%、「家族への影
響」と答えたものが19.5%を占めました。このことから、中小企業の経営者が従業員や家族の生活を支
えている状況が伺われます。
実際に倒産した場合には、経営者は企業の債務をいかに整理するかという問題に直面します。企業が
金融機関から借入を受けるにあたっては、保証や担保を提供することが一般的です。経営者本人が借
入を保証し、個人財産を担保として提供している例に加え、経営者の家族・親族の保証や個人財産を
提供している例が54.9%もあることから、倒産は経営者およびその家族・親族の生活に深刻な影響を与
えることが予想されます。(図表1-3 個人保証や個人財産を担保に提供していた範囲)
更に倒産直後に経営者個人が負った負債額については、57.4%が1億円を超えるという回答をしていま
す。このことも含めて考慮すると、一度倒産をしてしまうと再起は相当難しいという状況が浮かび上がっ
てきます。
図表 1-3
倒産が及ぼす影響
倒産するにあたって最 も心配したこと
個人保証や個人財産を
担保に提供していた範囲
(%)
100
0 .8
1 .7
2 .5
2 .2
80
5 .7
79.3
該当する保証や担保を提供していたと
回答した経営者の割合
2 3 .8
従業員の失業
7 .4
60
保証人への影響
54.9
家族への影響
債権者への影響
経営者の個人資産の喪失
40
32.1
販 売 ・受 注 先 へ の 影 響
1 5 .2
金融機関への影響
経営者個人の失業
2 1 .3
20
独 自 技 術 ・技 能 の 喪 失
出 資 者 ・株 主 へ の 影 響
0
経営者本人の
保証や個人財産
1 9 .5
出 所 :「中 小 企 業 白 書 2003 年 版 」
7
経営者の家族・
親族の保証や
個人財産
経営者の家族・
親 族 以 外 の 第 3者 の
保証や個人財産
資 料 : (社 )中 小 企 業 研 究 所 「事 業 再 挑 戦 に 関 す る 実 態 調 査 」
(2002 年 )
Ⅰ 財務上の課題認識の重要性
Coffee Break
資金調達が困難になった経験
野村総合研究所が行なった調査で中小企業を対象に「資金調達が困難になった経験」につ
いて尋ねたデータが下に示されています。その結果、回答企業1254社のうち37.4%、470社の
企業が何らかの形で実際に資金調達上の困難に直面した経験があると回答しています。また、
資金調達の困難の経験の具体的な内容については「最近1年間で一段と金融機関の審査基
準が厳しくなった」と回答した企業が351あり、これは資金調達が困難になった企業の約75%に
上ります。この理由の1つとして、後述する銀行側の事情による融資姿勢の変化の影響が考え
られます。
何 らか の 形 で資 金 調 達 困 難 の 経 験 が あると応 えた
470社 の 具 体 的 な 内 容 (複 数 回 答 一 部 抜 粋 )
資金調達が困難になった経験
社
4 5 0
何らかの形で
資金調達困難の
経験がある
4 0 0
37.4
3 5 1
3 5 0
3 0 0
2 5 0
資金調達困難の
経験はない
2 0 0
49.0
1 5 0
1 0 4
1 0 0
8 5
7 9
5 0
0
13.6
無回答
0
20
40
60
最 近 の 1年 間 で
金融機関から
金融機関から
一段と金融機関の
ロールオーバーを 返済要求が
審査基準が
強まる一方で、
断られた
厳 しくな った
新たな
借入申し込みを
断られた。
既存の借入れ
について追加担
保を要求された
企業構成比(%)
回 答 企 業 数 1,254 社
出 所 :「企 業 金 融 の 新 た な 担 い 手 の 創 出 に 関 す る 調 査 」 野 村 総 合 研 究 所 2003 年 5月
<まとめ>
企業が抱える財務上の課題を体系的・網羅的に認識して、ソリューションの中か
ら適切なものを抽出・実行することで企業価値を向上させる必要があります。
長期の景気低迷による企業収益の悪化を受け、利益を上げていない企業が全
体の約7割を占めるなど企業の現状は非常に厳しいものとなっています。
こうした状況にて、中小企業の倒産件数・負債総額も高止まっています。倒産は
経営者のみならず経営者の家族の生活に大きな影響を与えるうえ、倒産で経営
者にかかる負担は事業再起を困難なものにしています。
8
2 事業セクターの財務分析
日本の事業セクターにおける財務状況を、事業および金融資産のリターンと負債
利回りの3つに分けて構造分析します。
事業セクターのリターン推移
日本企業の事業セクターの財務状況の構造について検討します。期間としてはバブルの前と後では大
きく条件が変わっているので、バブル崩壊後の推移を追って見るため1990年以降のデータを取りました。
企業の財務状況をみるのに、ROEの様な指標は株主価値の創造を示すものとして重要です。ただし
結果としてのROEの水準だけを測定するのではなくて、ROEを構成する各要素の動向を個別に評価
することで有意義な考察が得られます。
純営業資産および投融資の利回りと有利子負債の利率が、ROEの水準に影響します。そこで、図表
2-1では、これら3者に対応する、事業リターン、有利子金融資産リターン、利子支出/有利子負債のそ
れぞれについて1990年以降の推移を示しています。
図表 2-1
事業リターンと金利推移
事 業 リターンと金 利 推 移
7.0%
事 業 リターン
有 利 子 金 融 資 産 リターン
6.0%
利 子 支 出 /有 利 子 負 債
5.0%
4.0%
3.0%
2.0%
1.0%
0.0%
1990
1991
1992
1993
1994
1995
9
1996
1997
1998
1999
2000 年
Ⅰ 財務上の課題認識の重要性
事業リターンとは、事業活動に利用する純営業資産に対する事業活動から得た利益の割合を示すもの
です。つまり、運転資本と営業用固定資産の合計額に対する営業利益の割合としてリターンが測定さ
れます。事業リターンは90年代当初は5%台でしたが、その後は4%台で推移しています。
投融資のうち有利子金融資産は90年代初頭は4%前後のリターンをもたらしていたものの、96年に
0.8%と1%を切り、99年・2000年には0.3%とまるでリターンをもたらさない資産に変わってしまいました。
銀行借入・社債等を中心とした有利子負債に対する支払金利は90年代初頭は6%台の高率でしたが、
継続した不況に対応した低金利政策のもとに97年以降の2.3%程度まで下がってきました。
90年代初頭は、負債利回り(利子支出/有利子負債)が事業リターンを上回っていました。こうした状況
下では、損失が出たり負債が増加しがちになります。93年までは、過剰投資や自己資本喪失とあいまっ
て、レバレッジが急速に悪化しました。94年以降は事業リターンが負債利回りを上回っており、この意味
での財務悪化の構造はとまっています。
有利子金融資産リターンは低いうえに、有利子金融資産リターンと有利子負債の間の利鞘は、常に金
利収入より金利支出の方が2~3%上回って推移してきており、事業会社にとって過剰な有利子金融資
産は余り持つべきものではないということになります。
<まとめ>
1990年代の事業リターンと金利推移を見ると、
・事業リターンは4%台で推移
・負債利回りは91年の6%台をピークに97年以降の2.3%程度の水準まで低下
・90年代初頭は事業リターンが負債利回りを下回っていたが、94年以降は逆転し
ており財務悪化の構造には歯止めがかかっている
・有利子金融資産のリターンは非常に低く、事業会社は過剰に保有すべきでない
といったことが観察されます。
10
3 中小企業と銀行の融資姿勢
中小企業にとって主要な資金調達先である、銀行の融資姿勢を検討します。
融資のための企業評価
銀行等の金融機関の企業に対する貸し付ける際の考え方として、従前は担保重視の姿勢が強くありま
したが、最近ではスプレッド融資という言葉を耳にするようになりました。これは金融機関内部で融資先
の会社の信用リスクについての審査を行うことで格付けをして、格付けに応じたスプレッドを定めます。
スプレッドというのは、その会社の格付けに対応して課される金利の上乗せ分のことです。ですから、
格付けは融資先企業に対する一種のランキング評価とも言えます。そして、金融市場の動向を参照し
て決めた基準金利にスプレッド分を加算して、その会社に対する貸出金利が決まるという仕組みです。
格付けが高い方がリスクが小さい訳ですから、スプレッドは小さくなり結果として貸出金利は低くなります。
格付けが低いと、融資の返済に関する高いリスクを補うために、スプレッドが大きくなることを通じて貸出
金利が高くなるうえ、融資を受けられなくなることもあります。
格付けの方法には、貸し手のノウハウが反映されており、金融機関によって違いはあります。しかし基本
的には、各種の財務分析などを行ったうえで企業の財務状況を評価する定量分析を基本に経営者の
姿勢など諸々の要素に関する定性分析の内容を加味して格付けが為されます。図表3-1はこうした格
付けによる審査の例を示しています。
従来の審査においても勿論こうした財務状況は検討要因になっていましたが、担保重視の姿勢が強く
あったうえ、貸出の実績・他行のシェア・地元業界評判といった要因も相当重視されていました。
図表 3-1
銀行における行内格付け
格付けによる審査要因
貸出実績
担保
地元業界評判
他 行 シェア
参
考
要
因
業績
定
量
分
析
・
財
務
分
析
(1次 評 価 )
自己資本比率
ギアリング比 率 *
売上高経常利益率
自己資本額
売上高
債務償還年数
イ ン タ レ ス ト・カ ハ ゙レ ッシ ゙・レ シ オ
償却前業利益
その他
(2次 評 価 )
定 性 分 析 、将 来 返 済 力
(3 次 評 価 )
潜 在 返 済 力 、実 質 同 一 体
実 態 B/ S、他 行 支 援
信
用
格
付
算
定
要
因
特
に
重
視
積
み
上
げ
評
定
ス
コ
ア
リ
ン
グ
形
式
の
「金 融 検 査 マ ニ ュ ア ル (別 冊 )」
重視項目
信
用
格
付
け
決
定
信
用
格
付
け
を
も
と
に
融
資
の
可
否
、
貸
出
金
利
を
決
定
その他総合判断要因
*ギアリング比率:会社の自己資本に対する負債の割合
11
中村中「中小企業経営者のための格付けアップ作戦」
週刊東洋経済2003年8月23日号をもとに作成
Ⅰ 財務上の課題認識の重要性
銀行の融資の姿勢
図表3-2は、内閣府が2002年5月に民間金融機関に行なったアンケートの結果の一部です。
図表中、上のグラフは、企業からの貸付申請に対して、結果的に「貸せない」・「貸付を継続
できない」・「与信総額を減額する」といった判断をしたケースについて近年の増減傾向を尋
ねた結果です。「近年増えている」と回答した金融機関が48%と約半数に達しています*。
*更に同調査では45%が「特に変化がない」としており、これも含めると93%の金融機関が借り手
企業に対してスムーズに融資を続けられないことがあるとしていることになります
図表中、下のグラフは、結果的に上記の「貸せない」他の判断をした金融機関に主な要因を尋
ねたものです。その中で注目すべきは「自己査定の適用範囲拡大と厳格化により、当該企業の
与信基準・条件が引き締めになった」と企業に対する審査の厳格化を理由にしている金融機関
が6割強あることです。これは、企業の業績や資金繰り状況は従前と変化がなくとも、取引し
ている金融機関が内部の事情から企業の評価基準を変更したことで、結果として借入れによる
資金調達の困難に陥る可能性があることを示しています。
こういった状況に対応するためには、先に紹介した金融機関が行なっている格付けの考え方を
理解して格付けの維持・向上のための対策を講じることや、金融機関からの借入以外に例えば
自己資本の充実など幅広い資金調達方法を検討し、自社にとって何が可能か検討しておくこと
が重要です。
図表 3-2
銀行の融資の姿勢
金融機関における企業に対する貸付の実態
質問
結果的に「貸せない」、「貸付を継続できない」、
「与信総額を減額する」といった判断になるケース
について、近年の増減傾向を教えてください。
質問
結果的に「貸せない」、「貸付を継続できない」、
「与信総額を減額する」といった判断になるケース
の主な要因について、実態をお聞かせください。
本質問への回答銀行数
(174行)
増えている 48%
自己査定の適用拡大や厳格化等により、
当該企業の与信基準・条件が引き締めになった。
62%
本質問への回答銀行数
(168行)
内閣府実施アンケート「民間金融機関アンケート結果」 2002年5月 をもとに作成
<まとめ>
金融機関内部の融資方針変更により、たとえ自社の状況が不変でも資金調達
が困難な状況に陥ることがないとも限らず、格付け向上の努力や資金調達手段
の多様化の検討も重要です。
12
Ⅱ 課題認識の体系
1 財務上の課題の体系
企業価値向上のための財務上の課題の体系について解説します。
財務上の課題の体系
前章では中堅/中小企業が置かれている経営状況について改めて外部データを参照しながら、検討
しました。こういう経営環境の中で、適切な行動を選択し、生き残りを図るためには、財務上の課題を体
系的・網羅的に認識することが重要です。本章では、そうした財務上の課題認識についての体系とその
ためのアプローチについて解説します。
ここでは財務上の課題認識体系について説明します。図表1-1に示されているように「企業価値の向
上」という目的を達成するための財務上の課題は、「事業ポートフォリオの最適化」、「事業運営の効率
化」、「資本構成の最適化」、「不要投融資の処分」の4つに分類することができます。
企業価値は、営業部分の事業価値と投融資の価値の総和として表されます。したがって、企業価値を
向上させるためには、事業部分および投融資のそれぞれにおいて最適化を図る必要があります。
このうち「事業部分の最適化」に関する課題は、「事業ポートフォリオの最適化」と「事業運営の効率化」
から成り立ちます。
「事業ポートフォリオの最適化」とは、財務パフォーマンス・競合状況・戦略上の重要性等を踏まえた評
価軸に基づき自社事業を評価し、経営資源を集中させる事業や縮小・撤退する事業を決定します。
「事業運営の効率化」とは、各個別の事業について方針見直しや効率化を図ることで収益性の増大を
目指します。
「財務部分の最適化」に関する課題は、「資本構成の最適化」と「不要投融資の処分」から成り立ちます。
「資本構成の最適化」とは、負債比率の最適化、投資の回収期間と負債の返済期間の適正な対応を図
ることで、企業の資本構成を望ましい状態に設定することをいいます。「不要投融資の処分」では、リスク
に見合うだけのリターンを生み出していない投融資を処分して、創出したキャッシュの有効活用を目指
します。
13
Ⅱ 課題認識の体系
これまでの日本企業では、QCサークルやジャスト・イン・タイム・システムなど事業運営の効率化を実現
するための手法は数多く考えられ実施されてきましたが、事業ポートフォリオの最適化など他の課題に
対する解決手法については、あまり考えられていなかったといえます。
激しい企業間競争に勝ち残り企業価値を向上させるためには、事業運営上の効率化を追求するのみ
ならず、事業ポートフォリオの最適化、資本構成の最適化、不要投融資の処分も合わせて実施すること
が重要です。
例えば激化する競争の中で事業価値を増大させるためには、そもそもどの事業に注力すべきでどの事
業から手を引くべきかといった判断が必要であり、今まで行ってきた事業であるというだけで継続するこ
とは正当とは限りません。そのためにはM&A他の事業ポートフォリオ組替えによる最適化の手法を活
用することも要求されます。
事業ポートフォリオの最適化、事業運営の効率化、資本構成の最適化、不要投融資の処分からなる
4つの課題に対して適切な取組みをすることで、単位当りのストックが生み出すフローを大きくすることが
可能になり、更に投資家の要求するリターンを反映した資本コストも低下することから、企業価値向上と
いう目的を達成できます。
図表 1-1
財務上の課題の体系
事業ポートフォリオ
の最適化
事業部分の最適化
事業運営上の問題
事業運営の効率化
企業価値
向上
資本構成の最適化
財務部分の最適化
不要な投融資
不要投融資の処分
<まとめ>
企業価値向上のための財務上の課題は、「事業部分の最適化」と「財務部分の
最適化」に大別されます。
「事業部分の最適化」は「事業ポートフォリオの最適化」と「事業運営の効率化」
から、「財務部分の最適化」は「資本構成の最適化」と「不要投融資の処分」から、
それぞれ成り立ち、財務上の課題は4つに体系付けられます。
14
2 課題認識に対するアプローチ
財務上の課題を認識し適切なソリューションを抽出するための、2つのアプローチ
について解説します。
課題認識に対するアプローチ
前節では企業価値向上のために財務上の課題を認識するための体系を紹介しました。しかしながら、
どのような状況において4つの課題体系のうちのどれに取組むべきなのかが解らなければ、正しい経営
施策を取ることはできません。
財務上の問題の所在を特定して適切なソリューションを抽出するためのアプローチとして、図表2-1に示
されている2つの方向が考えられます。
まず1つめのアプローチについて説明します。これは、経営上生じている事象を基にして、問題点は何
か、その原因は何かを分析します。そしてその問題に対応する課題を特定し、取るべきソリューションを
明らかにするというものです。
2つめのアプローチでは、課題ごとに対応する財務指標を構造化しておき、その財務指標の体系に
従って財務分析を行い問題がある指標を見出します。そして、発見された問題に対応する課題を特定
し、取るべきソリューションを明らかにします。これは外部のアナリストの立場に近いアプローチとも言え
ます。
ただし、両アプローチは相矛盾するものではありません。第一のアプローチに則り経営事象についての
状況を見ながら、適宜第二のアプローチの財務指標分析を援用するなど、両者は相互に補完すべき性
質のものです。
本章では両アプローチによる課題の抽出と課題ごとのソリューション体系について解説し、各課題ごと
の分析の方法と対応する個別のソリューションの解説は次章で行います。
図表 2-1
課題認識のアプローチ
経営上の事象からのアプローチ
財務分析からのアプローチ
経営事象
業務活動
資金活動
財務課題の特定
15
財務指標
Ⅱ 課題認識の体系
経営上の事象からのアプローチ
それでは、経営上の事象からのアプローチについて説明します。
このアプローチでは、経営上生じている事象を基にして、問題点は何か、その原因は何かを分析して、
対応する課題を特定し取るべきソリューションを明らかにします。
図表2-2のチャートはその一例で、このチャートを活用して問題の所在を特定し、課題を認識することが
出来ます。ここでは観察された経営上の事象を用いて、問題点および問題の原因を業務活動および資
金活動の分野について構造化したうえで対応する課題を特定しています。
最上位の「リスクに見合った経常利益が稼げていない」という問題に対して、原因は「営業利益に問題
がある」ないし「営業外損益に問題がある」に分かれます。そして「営業利益に問題がある」という問題に
対しては、「単一の事業を営んでいる」か「複数の事業を営んでいる」のか場合分けを行なうことで、より
具体的な問題点の抽出へと進みます。「営業外損益に問題がある」とした場合は、具体的にどこに問題
があるのか、さらに3つの原因を挙げています。
そして問題を例えば「標的市場の再定義」といった業務活動・資金活動のレベルまで具体化させた後は、
それぞれの問題に課題を対応させます。こうして経営事象を構造化して全体的な観点から、取組むべ
き課題が認識できます。
図表 2-2
経営上の事象からのアプローチ
課題認識チャート
リス クに 見 合 っ た 経 常 利 益 が
稼げていない
営業利益に問題がある
単一の事業を営んでいる
市場が縮小している
シェアが低下している
複数の事業を営んでいる
標的市場の再定義
相対的な商品価値が
低下している
単 位 当 り利 益 が
価格競争力が
低下している
低下している
研究開発などによる差別化
事業全体の
事 業 ホ ゚ー トフ ォ リ オ の 最 適 化
最適化が必要
個別事業の
事業運営の効率化
最適化が必要
営業外損益に問題がある
借入に問題がある
事業運営の効率化
短期借入に問題がある
長期資産を
短期で調達している
資本構成の最適化
成長に伴って
必要な運転資金が
売上が増加している
大きい
支 払 /回 収 条 件 が
悪い
事業運営の効率化
在 庫 を 多 く抱 え て い る
金利水準が高い
長期借入に問題がある
資本構成の最適化
自己資本が過小である
投資からの収益が
リス クに 見 合 っ て い な い
遊休資産を抱えている
16
不要投融資の処分
財務分析からのアプローチ
一方、課題ごとに構造化された財務指標の体系に従って分析することによって、課題を把握するアプ
ローチもあります。
図表2-3では、先に紹介した「事業ポートフォリオの最適化」、「事業運営の効率化」、「資本構成の最適
化」、「不要投融資の処分」という4つの課題に関連する財務指標を体系的に提示しています。
例えば事業が問題なく運営されているか否かを測定する指標として、ここでは「純営業資産利回り」を採
用しています。その「純営業資産利回り」を「売上高営業利益率」(表中では営業利益÷売上高)と
「純営業資産回転率」(表中では売上高÷純営業資産合計)に分解して、更に下位の指標について分
析を進めることで、具体的な問題点を抽出することが可能になります。
ここでの指標の多くはパーセントや回転数の形式で示されています。それは、絶対額だけでは比較分
析が困難であるからです。他社と比較して勝っているのか劣っているのかわからなければ競争戦略を立
てるのは困難ですし、複数の事業のなかでどれが儲かっているのかわからなければ事業の選択もでき
ません。
従って、例えばある指標の水準が何パーセントであるのかを算定した後に、ライバル会社や業界平均と
の比較や近年の趨勢を分析して、具体的な問題の所在を掴むことが重要です。
図表 2-3
財務分析からのアプローチ
事
事業
業ポ
ポー
ートトフ
フォ
ォリ
リオ
オ
の
の再
再構
構成
成
市
市場
場シ
シェェア
ア
成
成長
長性
性
営
営業
業利
利益
益÷
÷
売
売上
上高
高
事
事業
業部
部分
分の
の最
最適
適化
化
事
事業
業運
運営
営の
の効
効率
率化
化
株
株主
主重
重視
視
売
売上
上高
高÷
÷
純
純営
営業
業資
資産
産合
合計
計
RROOEE
経
経常
常純
純利
利益
益÷
÷
自
自己
己資
資本
本合
合計
計
企
企業
業価
価値
値の
の向
向上
上
格
格付
付け
け重
重視
視
純
純営
営業
業資
資産
産利
利回
回りり
営
営業
業利
利益
益÷
÷
純
純営
営業
業資
資産
産合
合計
計
有
有利
利子
子負
負債
債比
比率
率
純
純有
有利
利子
子負
負債
債÷
÷
自
自己
己資
資本
本合
合計
計
不
不要
要投
投融
融資
資の
の処
処分
分
非
非営
営業
業資
資産
産利
利回
回りり
営
営業
業外
外収
収益
益÷
÷
非
営
業
資
産
合
非 営 業 資 産 合計
計
受
受取
取利
利息
息÷
÷
(現
(現預
預金
金++貸
貸付
付金
金++公
公社
社債
債))
受
受取
取配
配当
当金
金÷
÷
(有
(有価
価証
証券
券++出
出資
資金
金))
(遊
(遊休
休不
不動
動産
産収
収入
入-遊
遊休
休不
不動
動産
産管
管理
理費
費)÷
)÷
遊
遊休
休不
不動
動産
産簿
簿価
価
投
投融
融資
資比
比率
率
(非
(非営
営業
業資
資産
産合
合計
計‐‐現
現預
預金
金))
÷
売
上
高
÷売上高
貸
貸付
付金
金÷
÷
売
売上
上高
高
有
有価
価証
証券
券÷
÷
売
売上
上高
高
流
流動
動性
性比
比率
率
流
流動
動資
資産
産合
合計
計÷
÷
流
流動
動負
負債
債合
合計
計
金
金融
融部
部分
分の
の最
最適
適化
化
平
平均
均資
資本
本ココス
ストトの
の最
最小
小化
化
資
資本
本構
構成
成の
の最
最適
適化
化
金
金利
利カ
カバ
バー
ー比
比率
率
営
営業
業利
利益
益÷
÷
支
支払
払利
利息
息
純
純有
有利
利子
子負
負債
債÷
÷
税
税引
引後
後営
営業
業CCFF
17
有
有利
利子
子負
負債
債利
利率
率
支
支払
払利
利息
息÷
÷
有
有利
利子
子負
負債
債
(営
(営業
業利
利益
益++営
営業
業外
外収
収益
益)÷
)÷
支
支払
払利
利息
息
税
税引
引後
後営
営業
業CCFF÷
÷
支
支払
払利
利息
息
純
純
営
営
業
業
資
資
産
産
回
回
転
転
率
率
売
売上
上原
原価
価÷
÷
売
売上
上高
高
人
人件
件費
費÷
÷
販
販売
売管
管理
理費
費
販
販売
売管
管理
理費
費÷
÷
売
売上
上高
高
事
事務
務委
委託
託料
料÷
÷
販
販売
売管
管理
理費
費
在
在庫
庫回
回転
転日
日数
数
売
売上
上債
債権
権回
回転
転日
日数
数
支
支払
払債
債権
権回
回転
転日
日数
数
固
固定
定資
資産
産効
効率
率
賃
賃借
借料
料÷
÷
販
販売
売管
管理
理費
費
Ⅱ 課題認識の体系
Coffee Break
ROEと営業ROIC
本文中で説明しましたように、「財務分析からのアプローチ」おいては、事業が問題
なく運営されているか否かを測定する指標としては「純営業資産利回り」を採用して
います。 これは営業ROIC(ROICはリターン オン インベスティッド キャピタル)と呼ばれる
もので、(営業利益/純営業資産)として計算されます。事業の収益性をみるときに、
ROEが広く使われていますが、事業価値の向上を図るためにはROICが適してい
ます。
株主価値向上を図るためにはROE(当期純利益/自己資本)を使うのは良いのです
が、これは株主の投下資本に対して事業部分だけでなく投融資のリターンや有利子負
債に対する金利支払などを含めて期間損益としていくら稼いだか測定するものです。
営業ROICによれば、会社として純粋に営業にネットでいくら投資して、それに
よっていくらの営業上の期間損益を稼いだかが測定されますので、事業のパフォーマ
ンスを測るひとつの正しい指標です。(分母となる純営業資産を把握するために資
産・負債の営業・非営業への分離・集計を事前に行っておく必要があります。)
<まとめ>
財務上の問題の所在を特定して適切なソリューションを抽出するアプローチとし
て、「経営上の事象からのアプローチ」と「財務分析からのアプローチ」が考えられ
ます。
経営上の事象からのアプローチでは、経営上生じている事象に基づいて問題点
と原因を分析し、課題とソリューションを明らかにします。
財務分析からのアプローチでは、財務指標の体系に従って分析することで、課題
を把握し、ソリューションを抽出します。
18
3 主要な財務ソリューション
ここでは4つの課題に対応する基本的なソリューションを挙げます。
課題ごとのソリューション体系
前節では、4つの財務上の課題領域のうちで何が自社にとって問題なのかを考えるための切り口を紹介
しました。取組むべき課題が明らかになったならば、その実践のために如何なる手段があるのかが解ら
なければなりません。
「事業ポートフォリオの最適化」・「事業運営の効率化」・「資本構成の最適化」・「不要投融資の処分」と
いう4つの課題に対応する主要なソリューションの一覧を、図表3-1に掲げてあります。
図表 3-1
課題ごとの主要なソリューション
財務の最適化経営に向けた課題認識とソリューション
財務の最適化経営
事業部分の最適化
事業価値の増加
A. 事業ポートフォリオの最適化
① 営業譲渡
② 合併
③ 株式交換
④ 会社分割
⑤ MBO
B. 事業運営の効率化
事業運営上の問題
⑥ 資産・債権の証券化
⑦ セール アンド リースバック
⑧ アウトソーシング
⑨ BPR
⑩ SCM
財務部分の最適化
C. 資本構成の最適化
⑪ 債務の株式化
⑫ 直接金融の活用 *
⑬ 必要な長期借入の確保 **
* : 直接金融の活用には、「ベンチャーキャピタル」、「少人数私募債」、
「株式公開」、「普通社債・新株予約権付社債」が含まれる
** : 必要な長期借入の確保には、「公的融資」、「銀行からの長期借入
(信用保証付)」、「銀行からの長期借入(信用保証無)」
が含まれる
D. 不要投融資の処分
19
⑭ 遊休資産・有価証券の処分
Ⅱ 課題認識の体系
「事業ポートフォリオの最適化」に取組むためには、注力すべき事業および縮小・撤退すべき事業を明
らかにした後に、保有している事業を分離したり外部から事業を取得したりする作業を実際に行うことが
求められます。そのための主なソリューションとしては、「営業譲渡」、「合併」、「株式交換」、「会社分割」、
「MBO」等が挙げられます。
「事業運営の効率化」に取組むためには、保有する資産の有効活用を図ることと事業の運営方法を改
革することが重要です。前者に関する主なソリューションとしては、「資産・債権の証券化」および建物や
機械設備の「セール アンド リースバック」があります。後者の事業の運営方法の改革も生産性向上を通
した企業価値向上のために大変重要ですが、その実現のためのソリューションは財務というよりも業務
面が主要な範囲になります。主なソリューションとしては、「アウトソーシング」、「BPR(ビジネス プロセス
リエンジニアリング)」、「SCM(サプライ チェーン マネジメント)」が挙げられます。
「資本構成の最適化」では、事業運営や投融資のために必要な資金をいかに調達するかが焦点です。
同じ金額を調達するのでも、借入・社債・自己資本など取る手段によって、難易度や経営に及ぼす影響
は違ってきます。主なソリューションとしては、「債務の株式化」、「直接金融の活用」、「必要な長期借入
の確保」があります。
「不要投融資の処分」については、遊休資産・有価証券の処分をいかにして行うか代替案を挙げ、それ
ぞれの効果や条件を検討のうえで、最適施策を取ることがソリューションです。
それぞれの課題に対するアプローチとソリューションの紹介は次章で行いますが、各ソリューションの特
性を理解して企業価値向上のために活用できることが重要です。
<まとめ>
取組むべき課題への対応のためにいかなるソリューションがあるのかを知ること
が必要です。4つの課題に対応する各ソリューションについて、その特性を理解し
て活用するようにします。
20
Ⅲ 課題に対するアプローチとソリューション紹介
1 事業ポートフォリオの最適化のアプローチ
事業ポートフォリオの最適化のアプローチとソリューションについて解説します。
事業ポートフォリオの最適化のアプローチ
事業ポートフォリオの最適化の目的は、様々な事業機会と限られた経営資源のバランスを図りながら、
自社がどの事業に取組むべきかを決めることです。そのために、財務パフォーマンス・競合状況・戦略
上の重要性等を踏まえた評価軸に基づき自社事業を評価して、経営資源を集中させる事業や縮小・撤
退する事業を決定します。
そのために評価軸によるマトリックスを作成して、自社が行っている複数の事業のポジションを明らかに
します。
こうした事業ポートフォリオ・マネジメントの考え方が開発された背景の一つに、製品にライフサイクルが
あるように事業にも成長サイクルがあるなかで、いかに適切な資源配分を行うかという問題意識がありま
した。例えば、企業が成長事業だけを展開していると、やがてそれらの事業が同時に成熟化・衰退化の
時期を迎える可能性もあります。こうした事態を避けるため、持続的に企業を発展させていくためには、
成長または成熟事業から得た資金を今後成長が見込める萌芽期の事業に投資して、常に成長事業を
実施しているような事業構成を実現するといった考え方が戦略的な事業ポートフォリオ構築思考の一例
です。
これまでも様々な事業評価の基準が提案され、実際に活用されてきました。図表1-1に代表的なものを
挙げてみました。
こうした事業ポートフォリオ分析の先駆となったのは、市場の成長率と相対シェアで事業を位置付ける
PPM(プロダクト・ポートフォリオ・マトリックス)と呼ばれるマトリックスであり、或る米国のコンサルティング
会社によって開発されました(図の「市場重視型」)。このマトリックスにおける4つのセルのネーミングは
「動物園」*とも呼ばれて、世界的に有名になりました。この方式では客観的な算定が容易であり、評価
が明快に行い得るという長所が考えられます。
*各セルの名前については図表に示した訳語が広く使われていますが、英語では
「金のなる木」について“Cash Cow”(乳牛)、「問題児」は“Wildcat”(山猫)と
呼ばれることから、「負け犬」の“Dog”と合わせて「動物園」とされる所以です。
ただし「花形」は英語でも“Star”(星)であり、動物ではありませんが。
別の米国のコンサルティング会社が大手製造会社と共に開発したマトリックスでは、業界の魅力度と事
業の地位で各事業を位置付けます(図の「ポジショニング重視型」)。このマトリックスでは事業を位置付
けるに当って重要な要因は、市場成長率と相対シェアだけに限定しないという考え方を取っています。
業界についての評価には成長率だけでなく、産業収益性など他の要因も加味した業界の魅力度を軸と
します。同様に会社の相対的競争地位を決める要因は市場シェア以外にもあるとの認識から、例えば
品質水準・営業部隊の力などより多くの要因を盛り込んだ評価をして事業単位の地位として評価軸に
用います。この方式は成長率とシェアだけでは把握できない要因を考慮に入れられるのが長所ですが、
用いられ方によってはマトリックスの軸上の位置判断に恣意性が入る可能性を指摘する意見もあります。
21
Ⅲ 課題に対するアプローチとソリューション紹介
資本効率と事業の期待性で評価する、別のコンサルティング会社が提案しているマトリックスもあります
(図の「株主価値指標活用型」)。これは、資本の効率性と戦略的視点から各事業の将来の期待収益性
を評価するために開発されました。軸の一つに近年注目されている企業価値指標を取り入れているの
が特徴ですが、こうした指標は期間による振れが激しいので、用いられ方によっては注意が必要です。
この他にも、多くの学者やコンサルタントが様々なマトリックスを提唱しています。様々な考え方がありま
すが、自社の事業の現実・事業を取り巻く環境に合わせて、適用する評価基準を十分に考えてマトリッ
クスを設定することが重要です。
事業ポートフォリオの最適化に関するソリューション
図表1-2は、事業ポートフォリオの最適化に関するソリューション例の一覧です。こうしたソリューションを
活用することにより、ポートフォリオ分析を活用して決めた事業の選択方針を実行に移します。
ここでは営業譲渡、合併、株式交換、株式分割、MBOを取り上げています。それぞれの内容について
簡単に解説します。
まず営業譲渡ですが、これは企業の営んでいる事業の全部または一部を他の企業に譲り渡すことです。
ここで譲渡されるものは土地・建物などの有形資産のみならず、その事業を行なうのに必要なノウハウな
どの無形資産を含めた全体が含まれ得ます。自社にとって当該事業がコア事業でない、十分な価値を
生み出していない等の事情から撤退する場合でも、他社にとってはコア強化・価値創造の可能性があ
れば営業譲渡は有効な手段となります。譲渡の価格については、企業価値の時価で行われます。従業
員の雇用契約は、当然には移転しません。
図表 1-1
代表的な事業評価マトリックス
22
合併では、複数の会社が統合して1つの会社になります。同じ事業を営む会社同士が競争力を強化す
るために実施する水平合併や、事業の異なる過程(川上と川下の過程等)を担う企業同士が合併する
垂直合併などに分類されます。また合併のスキームとしては、新設合併と吸収合併があります。
合併は業界における寡占化が進む中で、生き残りを図るための選択肢として取られることが多くあります。
合併が経営にもたらす効果として、事業規模拡大による経済効果等が挙げられます。これは決して大
企業だけの話ではなく、今日の激化する競争環境の中で、中小企業においても生き残りのための必要
な規模を確保するためには検討の対象になる手段といえます。自社単独では生き残りが難しい事業で
も、他社との合併で競争上の位置が様変わりすることがありえます。
株式交換では自社の株式を対価として他社の株式を取得します。具体的には買収企業が発行した株
式を被買収売却企業の株式と交換することにより、企業買収が行なわれます。この方法の最大の特徴
は株式を利用するため、基本的に買収資金が不要であるということです。
日本企業の競争力向上のためには柔軟な組織編成が可能な制度が必要であるとの考えから、最適組
織編成の自由を推進するために1999年に商法改正によって当制度が導入されました。
図表 1-2
事業ポートフォリオの最適化のための主要なソリューション
ソリューション
内容
営業譲渡
企業の事業の全部または一部を
他の企業に譲り渡すこと
経営への主なインパクト
実施時の留意点
合併
2つ以上の会社が契約により合
体して1つの会社になること
株式交換
会社分割
MBO
買収企業が発行した株式を、被
買収企業の株式と交換すること
で行われるM&Aの手法
事業の一部を切り離して、新会
社としての独立や他社への吸収
の手段とすること
会社経営者や部門責任者自ら
が資金調達して自社を買収する
こと
再編対象の事業資産を生かしながら事業の選択と集中、企業体質の強
化を図る。
譲渡価格は企業価値の時価で行い、従業員の雇用契約は当然には移
転しない。
業界における寡占化が進む中で、生き残りを図るための選択肢として、
取られる場合が多い。
グループ会社を合併によって再編することで、効率的な事業運営、経営
資源の選択・集中を図る。
株式の交換によってM&Aが成立するので、基本的に買収資金が不要
である。
1999年に最適組織編成の自由を推進することで日本企業の競争力向
上を図るため、商法改正によって導入された。
事業を組織体として分割することで、事業再編に活用できる。(商法改
正および税制改正を待って2001年4月に制度が開始された。)
支配の継続があれば簿価で移転でき、適格分割であれば譲渡損益が
発生せず課税されない。
コアではないが独立して成長する可能性がある事業などについて、元
の会社のスリム化ができ新会社の経営者のインセンティブにもなる 。
新会社の経営者が、株主として財務改善努力をしないと成功しない。
23
Ⅲ 課題に対するアプローチとソリューション紹介
会社分割は既存の会社が保有する事業の一部を組織体として切り離すことで、事業再編に活用する手
法です。商法改正および税制改正を待って、2001年4月に当制度が開始されました。営業譲渡は譲渡
対象資産等の売買であるのに対して、会社分割は組織再編として行われ移転した事業の対価として株
式が交付されます。事業の移転を受けた新設会社あるいは承継会社が発行する株式を、分割元会社
に割り当てる「分社型」と分割元会社の株主に割り当てる「分割型」があります。支配の継続があれば、
簿価で移転できます。適格分割であれば譲渡損益が発生せず、課税されません。
最後にMBOですが、これはManagement Buy-outの略であり、子会社経営者や事業責任者自らが会
社・事業を買収してオーナー経営者として経営にあたることを指します。例えば、コア事業でないが独
立して成長することが可能な事業は、元の会社ではMBOによって事業のスリム化が図れます。新会社
の経営者は、株主として利益を手にする権利があるだけでなく、多くの場合自らの資金でなく負債に
よって事業買収を行いますので、借りた金利を上回る事業リターンを生むことを要求されることからも、
業績向上への強いインセンティブが発生します。
<まとめ>
事業ポートフォリオの最適化では、様々な事業機会と限られた経営資源のバラン
スを図りながら、自社がどの事業に取組むべきかを決めます。そのために、財務
パフォーマンス・競合状況・戦略上の重要性等を踏まえた評価軸に基づき自社事
業を評価して、経営資源を集中させる事業や縮小・撤退する事業を決定します。
事業評価のマトリックスには様々な種類がありますが、自社の事業の現実・事業
を取り巻く環境に合わせて、適用する評価基準を十分に考えてマトリックスを設
定することが重要です。
ソリューションの例として、営業譲渡、合併、株式交換、会社分割、MBOが挙げ
られます。
24
2 事業運営の効率化のアプローチ
事業運営の効率化のアプローチとソリューションについて解説します。
事業運営の効率化のアプローチ
事業運営の効率化においては、各個別の事業について方針見直しや効率化を図ることで収益性を増
大させることを目指します。
事業運営を効率化するためには、QC活動のような現場レベルでの改善活動の積み重ねによる効率化
もあれば、BPRやSCMのような事業全体の効率化を図るアプローチもあります。前者は日本企業が得意
としてきたところですが、後者の事業全体の効率化についてはプロセス全体について体系的なアプ
ローチで臨むことが要求され試行錯誤中の会社も見られます。
事業運営の効率化を図ることにより、自社の純営業資産(純営業固定資産および運転資本)から出来る
だけ多くの営業利益を挙げることの追求を意味します。
図表 2-1
事業運営効率化による投下資本利益率の向上
事業運営上の問題点解決のアプローチ
価格
市場規模
当社シェア
売上
製造・仕入原価
営業利益
人件費
売上
営業利益
量
売上
粗利益
売上
販管費
販売費
売上
売上
バランスシート上の
着目点
純営業資産
投融資
一般管理費
有利子
負債
売上
売上
在庫回転率
売上
売掛金回転率
運転資本
買掛金回転率
25
純営業資産
純営業資産
運転資金
運転資本
純営業固定資産
営業利益
売上
純営業
営業
固定
資産
自己
資本
Ⅲ 課題に対するアプローチとソリューション紹介
純営業資産に対する営業利益の割合を高めるには、売上高営業利益率の向上と純営業資産の回転
率の上昇が必要です。売上高営業利益率は、更に売上高粗利益率と売上高販管費率に分解でき、そ
れぞれは更に要素分解できます。純営業資産の回転率は、設備稼働率や生産効率に関わる純営業固
定資産部分回転率と在庫・売掛金等の回転率に関わる運転資本回転率に分解されます。
売上高営業利益率・純営業固定資産回転率・運転資本回転率の状況把握および改善策検討のため
には、最終的な事業の評価指標を営業ROIC(営業利益/純営業資産)に設定したROICツリー上に
要素分解することで体系的に把握することができます。このツリー上に整理した各指標をモニタリングす
ることで、最終的な指標を悪化させている要因を特定できるようになります。(図表2-1)
Ⅱ章の「財務分析からのアプローチ」で解説したとおり、単に数値を測定するだけでは問題の所在がど
こにあるのか特定することはできません。ライバル会社や業界平均と比較したり近年の趨勢を分析して
はじめて、問題の所在が見えてきます。
では、営業ROICツリー分析の実例を見てみたいと思います。図表2-2は、小売業を営むA社の近年の
業績を営業ROICツリーを用いて分析した結果です。この結果をもとにA社の事業運営上の問題点を特
定してみます。
A社には3つの問題があると思われます。 ① 市場規模に大きな変化がないにも関わらずシェア・売上
げとも減少していること、② 売掛金日数がある時期に急激に悪化したまま高止まっていること、③ 売上
が伸びていない中、店舗など固定資産への投資を高めにしたため純営業固定資産回転率が半減して
いることが挙げられます。
図表 2-2
ROICツリーによる体系的分析
小売業A社の営業ROICツリー分析結果
売上高粗利益率
売上
市場の規模
量
売上高販管費率
製 造 ・仕 入 原 価
当 社 シェア
価格
純営業固定
資産回転率
在庫日数
売上高営業利益率
純営業資産
営業利益率
純営業資産回転率
買掛金支払日数
運転資本回転率
売掛金日数
各 グ ラ フ 横 軸 は 「年 」
*安田隆二 「企業再生マネジメント」 (東洋経済新報社 2003年)より作成
26
しかしながら、A社は対策を講じています。売上減少という問題に対しては、売上の減少を上回る率で
仕入原価を削減させ売上高粗利益率を向上させています。売掛金日数の悪化に対しては、在庫日数
を削減することで運転資本回転率を向上させています。これらの結果、純営業資産営業利益率はわず
かながら向上しています。
このように営業ROICツリー分析を用いて問題の所在を特定できるとともに、その問題が経営全体にど
のような影響を及ぼしているかの把握にも役立ちます。さらにA社の例に表れていますように、特定した
問題に直接対策を講じることができなくても関連部分に対策を講じることにより経営全体として効率化を
図る道も開けます。
事業運営の効率化に関するソリューション
図表2-3は、このような事業運営の効率化の実現を図るための代表的なソリューションを挙げています。
資産・債権の証券化とは、基本的に企業が保有する債権や不動産等キャッシュフローを生む資産をSP
Vと呼ばれる特定目的法人に譲渡して対価の資金を受け取り、SPVが譲渡された資産を裏付けとして
証券を投資家向けに発行する一連の仕組みをいいます。
資産および債権を証券化することでオフバランス化ができバランスシート上の資産の圧縮が図れること
で、効率的な事業運営を目指し得ます。さらに証券化で得た資金を用いて有利子負債を削減すること
も可能ですし、その結果資本構成を改善できるという効果もあります。しかしながら、譲渡する資産の額
によっては調達コストが割高になることがあるために注意が必要です。
図表 2-3
事業運営の効率化のための主要なソリューション
ソリューション
内容
経営への主なインパクト
実施時の留意点
資産・債権の
証券化
企業がSPVと呼ばれる特定目的
法人に資産を譲渡する対価とし
て資金を受け取り、SPVが資産
を裏付けに証券を投資家に発行
する一連の仕組み
セール アンド
リースバック
社内資産を売却した後に、 リー
ス資産として使用する
資金調達、資産の圧縮、有利子負債の削減などが図れる。
アウトソーシング
企業活動の一部を外部に委託す
ること
売却後も事業運営に必要な資産を利用継続できる。
BPR
SCM
オフ・バランス化によるバランスシートの圧縮で、効率的な事業運営を
目指すことが出来る。
新たな資金調達の手段として、有利子負債の削減・資本構成改善など
が図れる。
事業の業務そのものを根本的に
見直し、効果的、効率的な業務の
流れを作成すること
調達から販売までの各機能を対
象に、需要と供給の管理を最適
化することで事業運営を効率化
すること
設備投資負担の軽減、自社の資産・人員の圧縮、業務の迅速化などが
図れる。
限られた経営資源を、効率的、重点的に再配置できる。
生産性の向上、人員の削減、製造から納品のリードタイム削減などが
図れる。
自社単独でソリューションを追求するだけではなく、取引先企業と自社と
の業務プロセスを統合して分析し、業務の見直しを行なうことが必要な
場合もある。
欠品回避、在庫削減、在庫などの資本回転率の維持・向上、製造から
納品のリードタイム削減などが図れる。
過剰在庫に関わる運転資金の増加を抑えることができる。
27
Ⅲ 課題に対するアプローチとソリューション紹介
セール アンド リースバックとは、保有する資産を売却すると共に当該資産のリースを受け使用するとい
うものです。先に紹介した証券化同様に資産を譲渡する点では同じですが、リース資産として利用継続
できる点で大きく異なります。
このセール アンド リースバックによって売却によるキャッシュを得ることができます。工場・店舗・自社ビ
ルなど事業運営に必要な資産を継続利用しながら、資金の調達が可能になることが一番の魅力といえ
るでしょう。ただし、売却後にリース契約を結んで活用する資産にはリース料を払う必要が当然出てきま
す。
アウトソーシングとは企業業務の一部を外部に委託することです。アウトソーシングにより、設備投資負
担の軽減や自社の資産・人員の圧縮が図れ、高付加価値業務への集中など限られた経営資源を効果
的に再配置できるうえ、サービス利用実績に応じて費用を負担することから、費用の変動費化を図るこ
とが出来ます。
しかしながら、外部に委託することで自社のコントロールが失われることも考えられ、特に顧客満足に関
わるプロセス等のアウトソーシングには注意が必要です。
BPRは、Business Process Reengineeringの略で、業務そのものを根本的に見直し、効果的・効率的な
プロセス(業務の流れ)を作成することです。これにより生産性の向上、人員の削減、製造から納品まで
のリードタイム削減などを図ることができます。自社単独でソリューションを追求するだけではなく取引企
業と自社との業務を統合して分析し、業務の見直しを行なうことが有効な場合も考えられます。
SCMは、Supply Chain Managementの略で、調達から生産・物流等を経て販売に至るまでの各業務機
能を横断的に対象にして、需要と供給の管理を最適化を目指します。例えば需要情報に合わせ、最適
な時に最適な量だけ生産・供給することにより過剰在庫や欠品を極小化することで、顧客満足度の向上
と事業運営の効率化を共に狙います。
SCMを実行するためには、需要の把握や予測、需要変動に合わせた生産計画の見直し、計画に即し
た調達や生産といった一連の作業を絶えず実施しなくてはなりません。そのためにはITシステムの活用
により情報を即時に共有する仕組みの整備を行うことが決め手になることもあります。
<まとめ>
事業運営の効率化では、自社の純営業資産(純営業固定資産および運転資本)
に対する営業利益の向上を目指します。
そのためには営業ROICツリーの体系に従って、売上高営業利益率と純営業資
産回転率を要素分解して問題点を見つけ出す方法があります。
ソリューションの例としては、資産・債権の流動化、セール アンド リースバック、
アウトソーシング゙、BPR、SCMが挙げられます。
28
3 資本構成の最適化のアプローチ
資本構成の最適化のアプローチとソリューションについて解説します。
資本構成の最適化のアプローチ
資本構成の最適化は負債比率の最適化と、資金需要と調達期間との適切な対応を図ることで企業の
資本構成をあるべき範囲内に設定することをいいます。
まず、負債比率の最適化とは、負債比率と平均資本コストとの関係から導き出される「あるべき資本構成
の範囲」内の負債比率にシフトさせることをいいます。(図表3-1参照)
過度に負債比率が高い会社の場合、格付けが低下して金利すなわち負債コストが上昇します。一方こ
の状況ではレバレッジリスクの増大で自己資本リスクが高まることから、自己資本コストも上昇します。そ
の結果として平均資本コストが急激に上昇することになるため、負債比率を低下させて、平均資本コスト
の低下を図る必要があります。
図表 3-1
負債比率と資本コスト
29
Ⅲ 課題に対するアプローチとソリューション紹介
逆に負債比率が余りにも低すぎますと、負債コストが低いのに自己資本コストの方が高いことの影響か
ら、平均資本コストも高くなります。これは、負債のリスクが自己資本より低いためリターンも低くて済む上、
金利は損金になるので、課税所得から控除されて税金削減効果があるという便益を活かせないからで
す。したがって、無借金経営は安全性が高いにしても、平均資本コストは最低にならないということにな
ります。
負債活用によって生じる平均資本コスト削減効果とリスクの増大による負債コスト・自己資本コストの上
昇効果が同じになる点が図表3-1の星印にあたりますが、この点が平均資本コストが最低になるポイント
です。理論上、事業価値を最大にする株主にとっての最適資本構成のポイントです。
しかしながら、あるべき資本構成をピンポイントで決めるのは現実的ではありません。平均資本コストが
事業リターンを下回っている限り、その事業は価値を創出することができることから、平均資本コストが事
業リターンを下回り、かつ株主にとって同じリターンなら安全性を好む社債投資家の利害をも満たし得る
範囲(図3-1の網掛け部分)に負債比率をシフトさせることが現実的と考えられます。
自己資本と負債の比率をあるべき資本構成の範囲内にシフトした後では、負債と資産の期間構成の適
正な対応を行ないます。(図表3-2)
具体的には、企業財務の基本バランスシートでの借方の投融資および純営業資産を組み替えて期間
別のニーズを明らかにし、ニーズに対応した資金調達方法を検討します。
図表 3-2
投資回収と調達資金返済のタイミング
< 調 達 と 返 済 (B )>
投 資 と 回 収 (A )
* 3期 で 回 収 と す る
調達
回収期間と返済期間を
+)
マッチングす る場 合
CF
調 達 と 返 済 (B )
回収
=- )
1期
2期
3期
( A + B )
投資
2期
3期
1期
2期
3期
回 収 期 間 と返 済 期 間 が マ ッチして い るた め 、資 産
が 生 み 出 す 収 益 を返 済 に 充 て ることが で き、負 債
が “自 己 清 算 的 ”で あ る
+)
CF
1期
+)
CF
-)
返済
-)
< A +B >
調達
+)
CF
1期
2期
3期
+)
CF
回 収 期 間 よりも
-)
返済期間が短い場合
1期
2期
3期
-)
返済
30
回 収 よりも返 済 額 が 大 きい た め 、再 調 達 が 必 要 と
な り、借 り換 え を拒 絶 され て しま った り、借 り換 え 時
に当初見込んでいたリターンよりも高い金利を要求
さ れ る (逆 鞘 の 発 生 )と い っ た 、 再 調 達 の リ ス ク が 生
じる
ここでの基本原則は、資金需要と調達期間のマッチングを図るべきということです。
短期の資金需要に対して長期の資金調達を行うことは、無用に高い金利を負担することになりがちです。
これは通常は長期の調達の方が、金利が高くなるためです。
逆に、長期の資金需要に対して短期の資金調達を行うことも、やはり望ましくありません。このことは
図表3-2で説明します。図の上段の例が示すように、投資の回収期間と負債の返済期間がマッチングさ
れていれば、投資が生み出す収益を負債の返済に充てることが可能です。別の言葉でいうと負債が
「自己清算的」であるといえます。しかし、図の下段のように、投資の回収期間よりも負債の返済期間の
方が短い場合は、投資の初期は得られる収益よりも負債の返済額の方が大きいことが多いことから、負
債の返済のために新たに負債を調達する必要が生じます。
このような場合には、借り換えの拒否や金利の引き上げ要求などで、自社の資金繰りが更に厳しい状況
におかれてしまうリスクがある上、金利上昇の局面では投資から上がる収益に変化がないのに、負債コ
ストが上がるため、逆鞘になりかねないので注意が必要です。
従って投資回収期間よりも短い資金調達はするべきではありませんが、仮にそのような事態になってし
まった場合は、株式・社債発行などの手段を通じて早期に是正する必要があります。
資本構成の最適化に関するソリューション
資本構成の最適化のソリューション領域としてはⅡ章の「主要な財務ソリューション」で触れたように、
「債務の株式化」、「直接金融の活用」、「必要な長期借入の確保」がありました。ここでは、具体的なソ
リューション例として、借入の長期化(「必要な長期借入の確保」)、少人数私募債・新株予約権付社債
(以上「直接金融の活用」)、債務の株式化(「債務の株式化」)を紹介します。(図表3-3)
借入の長期化は、短期の借入金の長期への借り換えを実行します。これは、金利上昇時に長期資産
上のフローが変わらないのに、借入金利が変わってしまというミスマッチリスクを回避するための施策とし
て重要です。正に図表3-2を使った先程説明した問題に対応するソリューションです。
少人数私募債とは、経営者の知人や親戚、社員取引先などの縁故者50人未満を対象に発行される社
債をいいます。届出の必要がなく簡易な手続きで資金調達ができるというメリットがあります。
この他にも少人数私募債には、担保の必要がない、償還期間や利率を自由に設定できる、銀行などが
設定する適債基準を満たす必要がないなどの幾つかメリットがありますが、そのメリットを享受するため
に社債発行に伴う責任を果すのは当然です。特に社債を引き受けるのは縁故者であるからこそ、社債
発行に関する事業計画等は責任を持って説明しなくてはなりません。
31
Ⅲ 課題に対するアプローチとソリューション紹介
新株予約権付社債は、新株の発行を優先的に受けられる権利を付与された社債をいいます。2002年
の商法改正以前は、新株引受権付社債(ワラント債)と転換社債の2種類に分かれていました。
新株予約権付社債を引き受けた投資家は、株価が発行時に定められた行使価格を超えた段階で行使
価格により新株を購入することができます。投資家は予約権の行使により新株を購入して売却すること
により、行使価格と売却時の時価との差額をキャピタルゲインとして受け取ることができます。ただし、実
際にそうした株価上昇および売却の機会が現実に与えられなければ投資家にとって魅力はありません
ので、主として株式公開を予定している企業が用い得る方策です。
新株予約権付社債はこうしたキャピタルゲインの可能性が付与されているため、普通社債より低利で発
行することができます。(ただし、新株予約権付の部分はオプションとしての価値を企業として提供して
いるので、一概に利率のみで無条件に有利とは言い切れない部分があります。)
また転換型の場合は、予約権が行使され株式に転換された分は、償還が不要になります。しかしながら、
新株予約権の行使前後で株主構成が変わることから、権利行使後の株主構成を予め考慮に入れた上
で、発行数などを決める必要があります。
図表 3-3
資本構成の最適化のための主要なソリューション
ソ リュ ー シ ョン
内容
主な経営へのインパクト
実施時の留意点
借入の長期化
短期借入から長期借入へと借り
換えを行う
金 利 上 昇 時 に 、長 期 資 産 上 の フロー が 変 わ らな い の に 、借 入 金 利 が
変 わ って しま うミス マ ッチ リス クを回 避 す る
少人数
私募債
経 営 者 の 知 人 や 親 戚 、社 員 、取
引 先 な ど の 縁 故 者 だ け 50人 未 満
を対象に発行される社債のこと
届 出 が 必 要 な い 簡 易 な 手 続 き で 資 金 が 調 達 で き る 。
新株予約権付
社債
新株の発行を優先的に受けられ
る権利を付与された社債のこと
予約権の分だけ低金利での発行が可能である。
(転 換 型 の 場 合 、 株 式 に 転 換 さ れ た 分 は 償 還 が 不 要 に な る )
新株予約権行使後の株主構成について対応を検討する必要がある。
債務の
株式化
債権者が債権を債務先が発行す
る株式に交換すること
社 債 発 行 後 の 事 業 計 画 を 責 任 を 持 っ て 関 係 者 に 説 明 す る 必 要 が あ る 。
(そ の 際 、 発 行 理 由 と 社 債 満 期 が 整 合 し て い な け れ ば な ら な い 。 )
有 利 子 負 債 の 圧 縮 、資 本 構 成 の 改 善 な ど が 図 れ る 。
株 式 化 実 施 後 の 事 業 計 画 を 責 任 持 っ て 、債 権 者 に 説 明 す る 。
32
債務の株式化は、文字通り企業が抱えている負債を株式と交換することです。従って、その会社に対す
る債権者が株主へと変わることになります。
これにより有利子負債の圧縮が図れるほか、自己資本と負債の比率が改善されます。その結果平均資
本コストが下がり、有利な金利で資金を調達することが出来るだけではなく、収益機会が改善するため
企業価値が向上するという効果が見込まれます。
33
Ⅲ 課題に対するアプローチとソリューション紹介
Coffee Break
成長ステージと資金調達
株式公開を目指す企業の直接金融手段としてベンチャーキャピタルからの出資がありますが、近年
は未公開企業の成長ステージに対応する資金調達手段として新種のものが出てきています。
新株予約権付融資
⇒ ベンチャー企業が将来発行する株式を一定の価格で買い取る権利を
銀行に付与することで、銀行は予約権の分低利で融資。公開後など銀
行は予約権を売却することで融資のディスカウント分を回収できる。
知的財産権担保融資 ⇒ ベンチャー企業の持つ知的財産権を価値評価して、それを担保に
銀行が融資。
こうした新しいスキームも検討して、自社にとって最適な資金調達手段は何か広く考えることが有意
義です。
<まとめ>
資本構成の最適化とは、負債・自己資本比率の最適化および資金需要に見合う
調達期間の実現を図ることです。
負債が過度にあるとリスクが高くなるため、平均資本コストが上昇します。負債
が少なすぎると株式に比べたリスクの低さや節税効果といったメリットを活かせな
い分、平均資本コストが高くなります。両者の作用が丁度等しくなる点において平
均資本コストは最低になります。
資金需要の期間と資金調達の期間は対応させることが基本です。対応しないと
不要な高金利や借入れ継続に関するリスク等の問題のため望ましくありません。
ソリューションの例としては、借入の長期化、売掛債権流動化、ファクタリング、少
人数私募債、新株予約権付社債、債務の株式化が挙げられます。
34
4 不要投融資の処分のアプローチ
不要投融資の処分のためのアプローチとソリューションについて解説します。
不要投融資の処分のアプローチとソリューション
非営業資産(投融資)には金融資産と遊休不動産がありますが、これらは本当に必要なものかどうか判
断のうえで、不要なものは積極的に処分を検討すべきです。必要な資産として、例えば関係会社に対
する重要な投融資や大きな商流のための持合株式などが考えられます。しかしこれらですら、過去には
必要であったが、現在は保有する必然性が無くなっているという場合も考えられます。
保有する非営業資産について、事業環境・経営戦略・顧客関係上のニーズを検討して、真に必要な資
産とは何であるかを充分に精査するべきです。仕入・販売先との関係構築・維持のために必要という論
理については、今後どのような取引先を選ぶのか、取引先ごとにどの位のリターンを求めるのか、当該
資産保有が取引条件にどう影響するのか、といった点を検討することが重要です。
このような経営上の明白な保有理由も無く、リスクに見合ったリターンを生み出していないような投融資
こそが、ここで言う処分の対象となるべき不要投融資です。そうした資産は処分して、負債の返済に充
てるかないしはリターンを生む資産に投資することで企業価値は向上します。(図表4-1)
バブル期に購入した不動産を例に考えてみると、購入当時は借入金利を上回るほど不動産価値が上
昇することが確実であるというローリスクでありハイリターンの投資であると期待されたわけですが、バブ
ルが崩壊した今となっては不動産価値は下落し借入返済だけが残り、ローリスクだと考えられていたも
のが実際にはハイリスクであり、しかもそれによる損失が現実化(確定)しつつあるという状況になってい
るわけです。
図表 4-1
不要投融資の処分
不要投融資の処分のプロセス
投融資の評価
不 要 投 融 資 の 処 分 によるキ ャッシュの 活 用
企業財務の基本バランスシート
投融資
純有利子負債
純営業資産
自己資本
(
不
要
と
判
断
さ
れ
た
場
合
)
不要投融資
投融資
純有利子負債の圧縮
純営業資産
自己資本
不要投融資
必要/不要を個別に判断
投融資
・ 以 下 の ような 投 融 資 に つ き、リス クに 見 合 っ
た リター ンを生 み 出 して い るか 、事 業 戦 略 上
本 当 に 必 要 か を 個 別 に 評 価 ・判 断
- バ ブ ル 時 に 購 入 した 株 式 、不 動 産 、ゴ ル フ
会 員 権 な ど
- 関 係 会 社 に 対 す る貸 付 金
- 継 続 的 取 引 等 を前 提 とした 持 合 株 式
純有利子負債
純有利子負債
資産への再投資
純営業資産
自己資本
35
Ⅲ 課題に対するアプローチとソリューション紹介
それでも、実際の企業ではなかなか不要遊休資産の処分ができないでいるのは、処分すると含み損が
実現するのを嫌って、僅かながらの値上がりの可能性に夢をつないで先送りしてしまうということが大き
いと考えられます。確かに含み損の問題はありますが、そのことは不要遊休資産の保有を正当化するも
のではありません。
自社の財務体力をみながら、処分計画を立てて取組むことが重要です。処分の際は簿価と時価との差
額を特別損失として計上する必要がありますので、経常利益段階で特別損失の影響を吸収しうるだけ
の十分な利益が計上されていれば問題ないですが、そうでないときはその影響を和らげるための処分
原資になりうるものがないか検討することです。別の保有資産の売却による特別利益計上で損失を相
殺する方法等があります。
現時点で一度に当該投融資の処分が出来ない場合は、2~3年を掛けて引当を計上した後に処分する
方法もあります。引当を行なうことにより、部分的に損失が計上され会計上の資産価値が時価に近い水
準でバランスシートに計上されていくことになります。ただし、全く価値がないもの、まだ価値が下がる可
能性が大きいものについては、引当をせずに直ちに売却することも必要です。
なお、不要資産を売却した場合、それにより得たキャッシュの活用を検討することになります。具体的に
は、純有利子負債の圧縮と資産への再投資が考えられます。前者は純有利子負債の圧縮によりによる
自己資本コストの改善を通じて、後者は本業を始めリスクに見合ったリターンを得ることができる事業や
投融資への再投資を通じて、企業価値の向上への貢献が期待できます。
不要投融資の処分で一番重要なことは、現状をきちんと見据えて、引当や売却などの対応を早期に行
うことです。対応の先送りは、問題が解決されないばかりか、何らかの理由で不要投融資の一括処理を
余儀なくされた時に会社を危機的状況に追い込みかねません。
<まとめ>
投融資のうちで、保有する意義も無くリスクに見合ったリターンも挙げていないも
のは基本的に処分することで企業価値を向上させるべきです。
処分の際は特別損失を計上する必要があるので、企業の体力を考慮して計画
的に行うようにします。処分原資の活用や引当による段階的損失計上を検討しま
す。
不要投融資を売却した場合、売却で得たキャッシュの活用方法は、純有利子負
債の圧縮と資産への投融資が考えられます。
処分の先送りは問題の解決にならないうえ、何らかの理由で一括処理を余儀な
くされた場合など会社を危機的状況に追い込むこともありえます。
36
Ⅳ キャッシュフローに着眼した財務上の課題認識体系
1 キャッシュフローをもとにした財務上の課題認識
ここでは、キャッシュフローをもとにした財務上の課題認識について解説します。
キャッシュフローをもとにした財務上の課題認識
近年では企業評価の基本にキャッシュフローの分析を据えるべきであるという主張が広く唱えられてい
ます。基本的構造として、商品・サービスの顧客への提供により得るキャッシュ・インフローが、事業運営
を支える運転資本や設備投資をまかなって、かつ債務の返済を果たしていける水準にあることが必要
です。
このようにキャッシュフローに着眼した場合、これまで説明した4つの財務上の課題はどのように捉えら
れるのでしょうか。ここでは、図表1-1に掲げたキャッシュフロー構造図に則して考えることにします。
この図は、営業・投資・財務それぞれの活動によるキャッシュフローから構成される通常の会計上の
キャッシュフロー計算書を踏まえていますが、固定資産に関して組替えを行っています。通常のキャッ
シュフロー計算書では、固定資産の取得・売却による収入・支出は全て投資活動によるキャッシュフ
ローとして計上され、減価償却費は全て営業活動によるキャッシュフローの中で利益への加算が為され
ています。しかし、ここでは固定資産投資および減価償却については、営業用のものは営業キャッシュ
フローに含めて、営業用でないものは投資キャッシュフローに含めることにしてあります。こうすることで、
営業活動と非営業活動それぞれに関する純粋なキャッシュフローを把握できます。
先ずは営業キャッシュフローから出発します。企業の製造・販売オペレーションを通じて流入するキャッ
シュに相当するのが営業キャッシュフローです。この営業キャッシュフローは、事業本業により会社が手
にするキャッシュですので、営業利益が主要な要素になります。ところが、営業利益を算定する前に差
し引かれる製造原価や販売管理費には、営業用固定資産の建物や機械設備の減価償却費が含まれ
ています。こうした償却費は実際のキャッシュの支出が伴う経費ではありませんので、営業利益にこれら
償却費を足し戻すことで営業キャッシュフローを算出します。(厳密には、貸倒引当金等その他のキャッ
シュ支出を伴わない費用もここでの償却費に含めて考えます。)
ところが、営業キャッシュフローから企業活動を維持するために必要な支出を差引かねば、事業の運営
に関して企業にとって自由となる営業フリーキャッシュフローに到達できません。この段階で差引かれる
キャッシュのアウトフローとしては、設備投資・運転資本増加額・法人税があります。設備投資は現金は
減りますが会計処理上は資産に計上されてそのまま損失とはならないことから、営業利益の算定には
含まれていません。しかし実際は設備投資のために現金を取崩しているので、支出として減額します。
流動資産から短期借入金を除いた流動負債を引いた運転資本については、在庫や売掛金は未だ製
品や売上がキャッシュ化されていない訳ですから、運転資本が増えると企業はその分を別途資金調達
せねばなりません。従って運転資本の増分も、やはり支出として減額します。更に法人税額も支出とし
て減額します。
37
Ⅳ キャッシュフローに着眼した
財務上の課題認識体系
こうして営業キャッシュフローから支出分を減額した営業フリーキャッシュフローの段階にて、プラスの水
準にあることが望まれる状態です。多額の設備投資を行った直後であり当該設備投資が将来充分な
キャッシュを生じることが見込まれている場合等は、一時的にこの段階でマイナスであることはそれだけ
では問題になりません。しかし、特にそういう事情もなくて営業キャッシュフローの段階でマイナスの数値
を示しているときは、当面は借入れなどで不足分の補填はできても長期的な事業の維持は困難になる
危険があります。
このように本業に関連するキャッシュフローの額が得られました。それでは営業外の投資活動に関する
キャッシュフローを考えます。これには、株・公社債等の有価証券や土地への投資のための支出額、保
有している投資証券・物件からの収入金額、こうした資産の売却によって得た収入金額を差引きした
ネット額を投資キャッシュフローとして把握します。
更に、資金の調達に関するキャッシュフローもあります。財務キャッシュフローでは、短長期の銀行融
資・社債発行・増資などの企業金融活動の結果としての資金の増減が示されます。各種の調達による
収入額と、負債の元利金の返済や株式の配当による支出額とをネットした額が相当します。
このようなキャッシュフローの構成要素は、図表1-2の中央に掲げてあります企業財務の基本バランス
シート*の各項目と対応します。
*企業財務の基本バランスシートは「財務理論に関する基礎知識」コースで学習します
図表 1-1
キャッシュフローの構造
営業フリー
キャッシュフロー
営業キャッシュフロー
A
B
投資
キャッシュフロー
C
財務
キャッシュフロー
D
設備投資
営業利益
運転資本
増加
法人税
減価償却費
0
投融資
増減
営業フ
リー
キャッ
シュフ
ロー
有利子負債
株式増減
企業が継続的経営を続けていくだけの健全な財務構造
を備えるためには、事業に「収益力」と「競争力」が必要で
ある。
注)A~Dのアルファベットは、当図と次頁図における
キャッシュフロー構成要素の対応関係を示す
38
企業財務の基本バランスシートにおいて、事業価値は運転資本と営業用固定資産からなる純営業資
産に相当します。フローとしての営業利益の源泉となるのが、この純営業資産です。そして純営業固定
資産について減価償却費が発生します。これら営業利益と減価償却費とを合計したのが、図表1-1と12(以下「両図表」)での「A」に相当する営業キャッシュフローです。そこから営業フリーキャッシュフロー
に到達するまでには、運転資金の増減と設備投資に関する資金の変化額そして法人税を差引きました。
両図表における「B」の部分です。このように営業フリーキャッシュフローは、純営業資産を構成する運
転資本と営業用固定資産に対応しています。
企業財務の基本バランスシートでの投融資に関する収入・支出は、両図表の「C」で示される投資キャッ
シュフローに対応します。
そして企業財務の基本バランスシートでの貸方を構成する有利子負債および自己資本に関する変化
は両図表の「D」に当る財務キャッシュフローに反映されます。
当コースの根本的な考え方である財務上の課題を体系化して考えることの必要性として、重要な1つの
ポイントは事業に関する問題を営業外活動や資本構成の問題と区別して考えることにありました。これ
まで確認しましたキャッシュフローの構成要素と企業財務の基本バランスシートの対応関係から、キャッ
シュフローに着眼することでも、これまで論じてきた4つの財務上の課題体系に従って企業が取るべき課
題とソリューションを導き得ることが明らかになります。
図表 1-2
不要投融資
の処分
キャッシュフローと財務上の課題
不要投融資の
処分
企業財務の
基本バランスシート
投融資
増減
C
投融資
事業
ポ ー トフ ォリ オ
の最適化
事業の選択と
集中
営業利益
A
運転
資本
法人税
純営業
固定資産
売上増
事
業
運
営
の
効
率
化
売上原価削減
有利子負債
増減
有利子
負債
自己資本
在庫の最適化
必要な
設備投資のみ
実施
適正な
金利水準
D
直接金融の
活用
自己資本
調達
D
負債比率の
最適化
資
本
構
成
の
最
適
化
配当
B
販管費削減
営業債権
債 務 サ イ トの
最適化
期間構成
マッチ ング
D
運転資金
増加
B
キ ャッシュフロー 構 成 項 目
減価償却
財 務 上 の 4つ の 課 題
A
経営上の課題
設備投資
B
注)キャッシュフロー構成項目のA~Dと前頁の対応は以下の通り
前頁
本頁
A 営業キャッシュフロー
・・・
B (設備投資と運転資金増加)・・・
C 投資キャッシュフロー
・・・
D 財務キャッシュフロー
・・・
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営業利益+減価償却
設備投資+運転資金増加+法人税
投融資増減
有利子負債増減+自己資本調達+配当
Ⅳ キャッシュフローに着眼した
財務上の課題認識体系
事業運営の効率化は、基本的に営業フリーキャッシュフローに係わる各項目に関係しています。売上
増大・費用削減のための施策を通じて、事業を効率的に運営することによって、営業利益の増大を図る
ことが直接的に営業キャッシュフローの増大に関わります。
事業運営のうえで、運転資本管理も重要です。BPRやSCMといったソリューションを通じ営業債権債
務のサイトの条件改善や適正在庫水準の実現を図ることが、運転資金の増加を抑えて営業キャッシュ
フローの改善をもたらします。
更に営業キャッシュフローには、純営業固定資産の保有に関する問題である設備投資とそれに結果す
る減価償却費がかかわるという意味でも、事業運営の効率化の課題に関係します。
投資計画時点で、設備が充分なキャッシュを生むものかどうか充分に検討することはもちろん、セール
アンド リースバックのようなソリューションによって設備のキャッシュフローを改善することも含めて、営業
用固定資産に関するキャッシュフローに関する問題は事業運営の効率化の課題として捉えられます。
事業ポートフォリオの最適化の課題については、各事業が営業フリーキャッシュフローにどう影響してい
るのかを考え、正しい事業選択を行うことが焦点になります。各事業における営業フリーキャッシュフ
ローはプラスなのかマイナスなのか、そしてその金額はどれ位か、いかなる原因からそのような状況に
なっているのか、といった点を明らかにして判断するようにします。
不要投融資の処分の課題については、投資キャッシュフローの状況が対応します。営業および財務
キャッシュフローの状況とのバランスも考えながら、投資活動に関する収益性を検討するようにします。
資本構成の最適化の課題は、財務キャッシュフローに直結します。充分な資金調達が出来ているか、
利息支払の負担はどうかといった状況をみながら、ソリューションとして増資や債務の株式化などの施
策を検討します。
このように、当コースで取り上げた財務上の各課題への取組みに向けた体系的なアプローチは、キャッ
シュフローの構造にも対応するものであり、キャッシュフロー経営の観点からも有効なものであります 。
<まとめ>
営業・投資・財務からなるキャッシュフローの構造は、当コースで取り上げた財務
上の課題の体系と密接な関係があり、キャッシュフロー経営の観点からも当コー
スの課題認識に向けたアプローチは有効です。
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参考文献
•
村藤功、『連結財務戦略』、東洋経済新報社、2000年
•
グロービス・マネジメント・インスティテュート、『MBA経営戦略』、ダイヤモンド社、2000年
•
グロービス・マネジメント・インスティテュート、『MBAファイナンス』、ダイヤモンド社、1999年
•
塩見哲、『<改訂版>銀行に頼らない「資金調達」』、かんき出版、2001年
•
安田隆二『企業再生マネジメント』、東洋経済新報社、2003年
•
久保光雄、『事業再編の仕組みと活用法』、かんき出版、2000年
•
中小企業庁、『中小企業白書(2003年)』