Transcript 来る - コーパス日本語学の情報館

2005/6/25～26（上智大学）
言語科学会 第7回年次国際大会（JSLS2005）
第二言語獲得過程に見られる
動詞島構文をめぐる一考察
李在鎬・井佐原均
(独)情報通信研究機構
National Institute of Information and
Communications Technology
１．はじめに
 目的
 日本語学習者の言語使用の観察を通し、第二言語獲得
における動詞島構文(cf. Tomasello 1992)の実在を明らかに
し、記述説明レベルの考察を行う。
 方法
1. 日本語学習者のOPIデータから移動動詞のKWICコンコー
ダンスを作成する。
2. 様々な角度から移動動詞と構文パターンの分布関係を観
察し、共起関係に対する一般化を行う
3. 事実関係に対して理論言語学の知見から記述レベルの
分析を行う
１．はじめに
 主張・論点の整理
A) SLAの初期状態においても動詞と構文が未分解の状態で使
用される⇒イディオム構文の段階。動詞の島が存在
B) 現象への動機付けに動詞の意味が深く関与している
 論証
 主張A)に対してコーパス解析の結果を報告
 主張B)に対して“行く/来る”を取り上げ、記述的観点から動
詞の直示的意味からの制約を示す
 方法論レベルの示唆
 動詞島構文は初期の言語使用を特徴づける上で重要。中間
言語分析の記述的精緻化へ貢献。
２．考察の枠組み
 理論的態度
1. 構文文法（Goldberg 1995、Fillmore et al. 1988）
2. 用法基盤モデル（Langacker1999, Bybee2001）
3. 社会語用論的アプローチ（Tomasello 1999, 2003）

相互補完的３者の関係
1. 認知(学習)主体を記述のベースに
2. 形式と意味の非分離性（symbolic relation)
3. 言語運用を重視（言語運用から言語能力へ）
２．考察の枠組み
 記述的態度
1. 正用中心主義
 いかにして習得できるかという根本的なメカニズムを捉えたい
⇒正用に見られる組織化のメカニズムを捉える
 中間言語アプローチが言語習得のモデルになるため捉えてお
くべき重要な側面
2. コーパス解析と定量化
 日本語OPIテストのKYコーパスから移動動詞「行く、来る、帰る、
乗る、降りる」のKWICでサンプルを収集
 構文との共起から言語使用を捉える⇒文法能力
 量的処理で組織化過程を捉える⇒定量的手法による中間言
語の記述
３．使用データ
 使用データの概要
1. KYコーパス: OPIを利用したコーパス。90人分のOPIテープ
を文字化した言語資料（中国語, 英語, 韓国語がそれぞれ30人ずつであり、
さらに、その30人のOPIの判定結果別の内訳は初級5人,中級10人,上級10人,超級5
人ずつ)（cf. http://www.opi.jp/shiryo/ky_corp.html)
2. データ加工：学習者の発話部のみを抽出し使用
3. 標本数：初級から超級まで90人分すべて
4. テキスト量（韓国語母語話者の場合）
区分
学習者数
一人当たりの平均
標準偏差
最大
最小
初級
5
1199.8
626.58
1927
349
中級
10
3477.6
967.08
5631
2118
上級
10
4981.5
872.98
7657
3776
李（近刊）
３．使用データ
 KWIC検索結果（移動に関わる動詞の集計）
区分
用例数
初級(15)
中級(30)
上級(30)
超級(15)
計(90)
行く
20
93
114
49
276
来る
20
85
101
58
264
帰る
6
31
41
12
90
降りる
4
5
12
3
24
乗る
5
15
1
3
24
計
55
229
269
125
778
 なぜ「５つの動詞（だけ）か」
 初級ではこの５つで移動事象を表現していた。
 本調査は初級の言語使用を特徴づけるためのもの。
４．観察と問題提起
 初級学習者の動詞と構文使用（共起関係から）
区分
帰る
降りる
乗る
CNM2
CNH1
–が –に
CNH2
–が –に
–が –から
–が –に
–が –から
KNM1
KNH1
–が –へ
KNH2
–が –へ
行く
来る
–が –へ
–が –から
–が –へ
–が –から
–が –に
–が –から
–が –に・ –が –へ
–が –に
–が –から
–が –から
–が –に
–が –へ
–が –に
ENM1
–が –に
ENM2
–が –に
–が –から
–が –に
–が –から
ENH1
–が –へ
–が –に・ –が –から
観察レベルの一般化：(個々の学習者において)構文と動詞の
共起に「一貫した方向性」が見出せない。一方の動詞と構文の
共起から、他方の使用を予測することが困難
４．観察と問題提起
 動詞に特化した構造
行く
来る
ーがーから
予測困難
帰る
ーがーに
個々の動詞ごとに
構文スキーマが散
乱している状況
ーがーへ
動詞と文型が未分
解の状態
CNH1の学習モデル
 疑問
 “来る･行く･帰る” は通常一つの文型で同時期に提示され、
学習されるのが一般的。なのに定着度の差が！
 Inputとoutputの不一致⇒何らかの(学習者自身による)組織
化の結果と捉えるべきなのでは？
４．観察と問題提起
 初級の言語使用をめぐって
 問題提起１：証拠づけはいかに？
1. この分布関係は初期の言語使用を特徴づけるものとして正当
かを検討⇒中級や上級、超級での状況調べるべき
2. 量的に安定した「行く」と「来る」を取り上げ、その使用状況をよ
り細かく検証していく。
 問題提起２：動機付けはいかに？
1. 同じ移動動詞であるにも関わらず、異なる構文を用いる背景に
は何があるのか（e.g., 「行く」に対して「XがYにVする」を用いる
一方「来る」に対して「XがYからVする」を用いている）
2. 動詞の事態認知レベルの制約から考察する(cf. 山梨2000、
Langacker1987)
５．分析結果
 実測値と有意差の検定（他のレベルと比較）
100%
80%
0
6
 行くの分布
30
21
62
60%
40%
43
14
20
0%
初級
中級
一構文
二構文
初級
中級
上級
超級
標準偏差
1.07
2.05
3.09
2.71
21
43
20%
区分
9
7
上級
超級
カイ二乗値
20.317
#自由度:２
100%
0
80%
8
40%
56
42
12
30
20%
0%
初級
中級
一動詞一構文
2.884
#危険率: 1%: 9.210 / 5%:5.9914
 来るの分布
13
60%
13.309
三構文(それ以上）
29
16
上級
一動詞二構文
37
19
2
超級
区分
初級
中級
上級
超級
標準偏差
1.30
2.30
2.41
2.67
カイ二乗値
13.642
32.301
5.637
一動詞三構文
#自由度:２
#危険率:1%: 9.210 / 5%:5.9914
５．分析結果
 学習者の数で見たレベル間の差
80
90
行く
70
来る
80
70
60
60
50
50
40
40
30
30
20
20
10
10
0
0
初級
中級
一構文
上級
二構文
初級
超級
中級
一構文
三構文
上級
二構文
超級
三構文
区分
初級
中級
上級
超級
区分
初級
中級
上級
超級
一構文
8
8
7
5
一構文
9
16
10
2
ニ構文
1
12
11
6
ニ構文
1
9
9
7
三構文
0
5
10
3
三構文
0
3
10
6
６．考察
 移動事象の記号化において
 初級学習者の動詞を中心とする未分解の構造
 学習者独自の組織化
 レベルが変わるにつれ柔軟さを得る
 動詞と構文の結合に関する強度（重み付け）が変化
 動詞と構文の漸進的分化と再編成
動詞
構文
動詞
動詞
構文
構文
再編成
構文
動詞
動詞
動詞
６．考察
 構文使用の非対称性
 共起関係をT-scoreで測定
共起確率 － 個別の確立をかけた値
共起確率／単語総数
区分
T-scoreの算定式
共起
T-score
Xが場所に行く
10
3.152
区分
共起
Xが事に行く
2
1.512
Xが場所から来る
15
3.863
Xが場所へ行く
4
1.992
Xが場所に来る
1
0.986
Xが場所まで行く
3
1.729
Xが時間に来る
4
1.990
T-score
 特定の構文パターンと高い共起関係を示唆
 「行く」― 「Xが場所に」
⇒着点と共起
 「来る」― 「Xが場所から」 ⇒起点と共起
 この種の住み分けの背景にはどのような制約があるのか？
６．考察
 「来る」と「行く」の特徴づけ
（1）
（2）
a.
ここからあちらへ行く。
b.
*ここからあちらへ来る。
a.
*あちらからここへ行く。
b.
あちらからここへ来る。
起点
着点
 動詞が持つ直示的意味の
相違に起因するもの
 話し手の現在位置に関する
問題と関連している
起点
着点
C
C
行く
来る
C：認知主体
：視点
６．考察
 項構造の問題に関連して
 「来る」について：着点領域に認知主体が位置し、起点を示
す構文と共起しやすい。⇒「Xが場所からVする」構文との共
起が予測される。
 「行く」について：（「来る」とは正反対の位置づけを持ち）着
点を示す構文と共起しやすい⇒「Xが場所にVする」構文との
共起が予測される。
 以上の考察によって
 初期の言語使用を特徴づける動詞島構文は、動詞の語彙
的制約によってすみわけている。⇒記述的一般化が可能
７．終わりに
 漸次的習得
 構文と動詞の未分解の発話（初級）
 動詞と構文の漸進的分化（中級以降）
 問題点・今後の課題
 初級学習者のデータが少ないことから数値が不安定
 評価法に関して母語話者のデータとの比較で再考する必要
あり
ありがとうございました