Transcript 講義資料
日本経済入門 日本と東アジアの成長と貿易 アジア研究所 小山直則 1 今日学ぶこと 第13章 不完全情報の経済学 2 不完全情報の経済学 ●情報の経済学 ⇒売り手と買い手との間に不完全情報が存在する場 合を考えよう。 ⇒例えば、両者は価格情報は知っているが、買い手は 品質情報は知らない場合を考える。 ⇒このように売り手と買い手との間に情報の偏在が存 在する場合を不完全情報という。 ⇒不完全情報の存在が経済主体の意思決定や市場メ カニズムを通じた資源配分にどのような影響をもた らすのかを分析する経済学を情報の経済学という。 3 不完全情報の経済学 ●不完全情報の経済学 (1) 隠された情報(Hidden Information)の問題 ⇒逆選択が引き起こされる。 ⇒例. Akerlof(アカロフ)のレモンの問題(Lemons Problem) (2) 隠された行動(Hidden Action)の問題 ⇒モラルハザードがもたらされる。 ⇒例. エイジェンシー(Agency:代理人)関係(教科書表 13-3) 4 不完全情報の経済学 (1) 隠された情報(Hidden Information)の問題 ⇒2001年にノーベル経済学賞を受賞したAkerlofが70 年に発表した論文でレモンの問題が議論された。 ⇒ここでは情報の非対称性が市場取引に及ぼす破壊 的効果について議論された。 ⇒低品質製品(レモン)が高品質製品を市場から追い 出してしまう(逆選択)。 *逆選択:高品質品の選択の逆の選択(低品質の選 択)が実現するということ。 5 レモンの市場の数値例 ●中古車市場 ⇒中古車市場には100台 の自動車が売り出され ている。 ⇒半分は高品質車で残り は低品質車(レモン)で ある。 ⇒売り手は品質情報を完 全に保有しているが、 買い手は品質情報がな い(情報の非対称性)。 ●表13-1(教科書345頁) 高品質 レモン 台数 50台 50台 売り手 評価 20万円 5万円 買い手 評価 23万円 7万円 6 レモンの市場の数値例 ●中古車市場 ⇒高品質車の売り手は20 万円以上なら売っても いいと考えている。 ⇒低品質車の売り手は5 万円以上なら売っても いいと考えている。 ⇒売り手がある価格以上 なら売ってもいいと考え ている価格を留保価格 という。 ●表13-1(教科書345頁) 高品質 レモン 台数 50台 50台 売り手 評価 20万円 5万円 買い手 評価 23万円 7万円 7 レモンの市場の数値例 ●中古車市場 ⇒買い手は品質情報はわ からないが、もし高品 質ならば23万円以下な らばかってもよいと考え ている。 ⇒レモンならば7万円以下 ならば買ってもいいと考 えている。 ⇒買い手がある価格以下 なら買ってもいいと考え ている価格を留保価格 という。 ●表13-1(教科書345頁) 高品質 レモン 台数 50台 50台 売り手 評価 20万円 5万円 買い手 評価 23万円 7万円 8 レモンの市場の数値例 ●買い手の行動 (1) 20万円以上の場合 ⇒価格が20万円以上の 場合、買い手は品質情 報がわからないので 50%の確率で高品質、 50%の確率でレモンを 購入すると仮定する。 ⇒つまり、1/2の確率でレ モンを買ってしまうとい うことである。 ●表13-1(教科書345頁) 高品質 レモン 台数 50台 50台 売り手 評価 20万円 5万円 買い手 評価 23万円 7万円 9 レモンの市場の数値例 ●買い手の行動 (1) 20万円以上の場合 ⇒買い手の期待価格 =1/2×23万+1/2×7万 =15万円 ⇒買い手は15万円以下な らば買ってもよい。 ⇒しかし、価格が20万円 以上なので誰も中古車 を買わない(市場の崩 壊)。 ●表13-1(教科書345頁) 高品質 レモン 台数 50台 50台 売り手 評価 20万円 5万円 買い手 評価 23万円 7万円 10 レモンの市場の数値例 ●20万円以下の場合 ⇒売り手の留保価格が最 高20万円なので、 ⇒価格が20万円以下であ る場合、すべてレモン であるという予想が働く。 ⇒買い手のレモンの留保 価格は7万円なので、 価格が7万円よりも高 い場合は市場が崩壊 する。 ●表13-1(教科書345頁) 高品質 レモン 台数 50台 50台 売り手 評価 20万円 5万円 買い手 評価 23万円 7万円 11 レモンの市場の数値例 ●市場価格 価格 ⇒20万円以上なら市場は 崩壊。 ⇒7-20万円も市場が崩壊。20万 ⇒したがって、中古車市 場の価格は5-7万円の どこかで決まる。 7万 ⇒この価格帯ではレモン 5万 だけが取引される。 供給曲線 需要曲線 50台 100台台数 12 (1) 隠された情報の問題 ●逆選択 ⇒中古車市場の隠された品質情報が高品質の 財と逆の選択をもたらす。 ⇒次に保険市場の例で逆選択の問題を考えよ う。 13 (1) 隠された情報の問題 ●逆選択 ⇒盗難保険を考える。 ⇒保険会社は顧客の盗 難確率に関する情報が わからない。 ⇒顧客は自分の住む地 域が盗難が多い地域 かどうかを知っている (情報の非対称性)。 ⇒保険会社が社会の平 均的な盗難の発生率 から保険料を設定する。 ⇒盗難の少ない地域の人 はこの保険を購入しな い。 ⇒盗難の多い地域の人の みがこの保険を購入す る。 ⇒どうなる? 14 (1) 隠された情報の問題 ●逆選択 ⇒保険金の支払いが保険 料の収入を超え、収支 ⇒盗難の少ない地域の人 が均衡せず、保険会社 はこの保険を購入しな は破綻する(保険市場 い。 の崩壊)。 ⇒盗難の多い地域の人の みがこの保険を購入す ⇒このような場合、強制加 入の制度を設けなけれ る。 ば保険制度を維持でき ⇒どうなる? ない。 15 (2) 隠された行動の問題 ●隠された行動の問題 ⇒隠された行動の問題とは、取引において ①相手側(Agent:代理人)の行動を正確に観察 できない場合、または、 ②相手の行動(Agent:代理人)を観察できても、 自分(Principal:委託人)にとって不利な行動を とることを排除できない場合 などにおいて生じる困難を意味する。 16 (2) 隠された行動の問題 ●隠された行動の問題 ①委託人(Principal)は代 理人(Agent)の行動を 観察できない状況があ る。 ⇒例. 経営者が勤務時間 中に労働者の就業状 況を観察できない。 ●表13-3(教科書356頁) Agent Principal 弁護士 依頼人 労働者 経営者 融資先 銀行 運転手 タクシー会社 被保険者 保険会社 経営者 株主 17 (2) 隠された行動の問題 ●隠された行動の問題 ②委託人(Principal)は代 理人(Agent)の行動を 観察できても、代理人 が委託人にとって不利 となる行動を排除でき ない状況がある。 ⇒例. 労働者の組織的怠 業。インセンティブの設 計の失敗。 ●表13-3(教科書356頁) Agent Principal 弁護士 依頼人 労働者 経営者 融資先 銀行 運転手 タクシー会社 被保険者 保険会社 経営者 株主 18 (1) 隠された情報 ●隠された情報問題の解決策 (1) 情報公開 (2) シグナリング 19 (1) 隠された情報 ●解決策 (1) 情報公開 ⇒中古車市場の場合、売 り手は買い手に品質 情報を開示 (Disclosure)する義 務を負わせる。 ⇒情報開示が有効である ためには、取引の第 三者が開示された情 報を客観的に判断で きる必要がある。 ⇒この条件を立証可能性 (Verifiability)という。 ●情報開示の問題点 ⇒情報開示にコストが掛 かる場合、低品質製品 の供給者は情報開示し ない場合がある。 ⇒高品質製品の供給者 は開示しても収益で開 示費用を回収できる。 20 (1) 隠された情報 ●情報開示の問題点 ⇒情報開示は第三者に よって品質情報が立 証可能な場合のみ有 効である。 ⇒立証可能でない場合は、 低品質製品の供給者 も高品質であると宣 伝できるからである。 ●解決策 (2) シグナリング ⇒情報をもつ経済主体が 自分の行動によって、 持っている情報を他の 経済主体に伝達するメ カニズムをシグナリング という。 *自分の行動:例えば、 品質が悪い場合の保 証金支払い契約。 21 (2) 隠された行動 ●解決策 ⇒年功序列賃金は労働 者の行動を観察できな ⇒労働者の隠された行動 い大企業が労働者の の問題を解決する手段 怠業を防ぐ制度である としてインセンティブ報 と考えられる。 酬がある。 ⇒教科書には年功序列賃 ⇒この制度では転職は不 利なため、若年期には 金制度やタクシー運転 給料は安いが将来高く 手の賃金制度が紹介さ なることを期待して真面 れている。 目に働くことが動機づ けられる。 22 (2) 隠された行動 ⇒警察官についても検挙 ●インセンティブ報酬の 問題点 率に応じた給与制度に すれば、犯罪の事後処 ⇒裁判官(代理人)の報酬 理に対するインセンティ が固定給ではなくイン ブが高まるが、 センティブ報酬であるな らば、 ⇒犯罪の未然防止へのイ ンセンティブが失われ ⇒裁判官は慎重に審理す ることになる。 べき案件を杜撰に処理 してしまう危険性がある。 23 復習.期待効用理論と保険 ●期待所得 ⇒確率20%で火災、所得 が400万円。 ⇒確率80%で所得が900 万円。 ⇒期待所得 =0.2*400+0.8*900 =800万円 ●効用と年収 年収X 効用U 400万円 20 784万円 28 800万円 28.28 900万円 30 ⇒効用関数 U=X^0.5 24 復習.期待効用理論と保険 ●期待効用 ⇒確率20%で火災、所得 が400万円。 ⇒確率80%で所得が900 万円。 ⇒期待効用 =0.2*20+0.8*30 =28 ●効用と年収 年収X 効用U 400万円 20 784万円 28 800万円 28.28 900万円 30 ⇒効用関数 U=X^0.5 25 復習.期待効用理論と保険 ●保険に加入するか? ⇒期待効用28を実現する 年収は効用関数より、 28=X^0.5 28 X=28^2=784万円 である。これを確実性等 価という。 ⇒すなわち、この人は最 低784万円を保証してく れる保険なら契約して もよいと考えている。 効用 800 400 900 784 年収 26 復習.期待効用理論と保険 ●保険に加入するか? ⇒最低784万円(確実性 等価)を保証してくれる 保険なら契約してもよ 28 いと考えている。 ⇒期待所得は800万円な のでこの人は、784万 円を以上の所得を保証 してくれる保険ならば、 16万円の保険金を支 払ってもよいと考えてい る。 効用 800 400 900 784 年収 27 復習.期待効用理論と保険 ●保険に加入するか? ⇒期待所得は800万円な のでこの人は、784万 円を以上の所得を保証28 してくれる保険ならば、 16万円の保険金(リス クプレミアム)を支払っ てもよいと考えている。 ⇒リスクプレミアム =期待所得ー確実性等 価 効用 800 400 900 784 年収 28