Transcript 資料2
国際医療福祉大学大学院乃木坂スクール2009年度 後期
コース#05
現場に学ぶ医療福祉倫理
第11回
「車いす利用者から見えた
リハビリテーションの論理と倫理」
熊谷晋一郎
脳性まひとは
脳性まひの定義
「受胎から生後4週までの間に生じた
脳の非進行性病変に基づく、
永続的な、しかし変化しうる
運動および姿勢の異常である」
厚生省研究班(1968年)
病型分類
痙直型 spastic type
不随意運動型 athetotic type
失調型 ataxic type
弛緩型 flaccid type
混合型mixed type
約50%
約20%
約10%
脳性まひの原因
The European
Cerebral Palsy Study
JAMA2006
脳性まひと診断された
小児583例中431例を評価し、
うち351例の脳のMRI撮影を行う
早産・感染症・多胎
50.0% 早産
39.5% 母親が感染症
11.8% 多胎妊娠
脳MRI所見
未熟児白室障害 42.5%、大脳基底核病変12.8%
皮質/皮質下病変 9.4%、奇形 9.1%
脳性まひの発生率
1950年代
後半
2.5人
1000出生
1970年代
後半
1980年代
前半
呼吸管理技術の進歩
従来は救命不能であった
ハイリスク児の救命
(特に早産・低出生体重児)
1.0人
1000出生
0.6人
1000出生
周産期医療の進歩
(抗生物質、重症黄疸の治療、
光線療法、帝王切開など)
現在
2.0~4.0人
1000出生
(推定)
減少?
妊娠管理技術の進歩
例:感染症予防
早産管理
再び減りつつある脳性まひ
「予防策に対する認識が高まれば
今後10年で脳性まひの発生率は
大幅に低下する可能性がある」
ロンドン、インペリアルカレッジMartin Bax博士
再び減りつつある脳性まひ
Charlene M. T. et al. “Changes in the Prevalence of Cerebral Palsy for Children Born Very Prematurely Within a
Population-Based Program Over 30 Years” JAMA. 2007;297(24):2733-2740
痙直型脳性まひを
イメージしてみましょう
特徴① 緊張しやすい
まねてみましょう
痙縮とは
一次運動野が障害されることにより、
その下流にある脊髄の運動回路が
統制を失って誤配線を起こす。
寒いときに体がこわばる感じ
でも、緊張とは必要なもの
歩くときに、何十個もの筋肉の
一つ一つを意識して、
指令を下してはいない
おのおのの筋肉は
「勝手に」連動する
特徴② 目標が高いと
(「正しい動き」を強要されると)
よけいにこわばる
健常者も慣れていないとこわばる
健常者の新しい運動学習
⇒初期は予測的に運動を制御できない
⇒筋肉の緊張度を上げて、運動をフィードバック制御
している。
緊張によって関節を固定=制御するべき変数が減る
学習が進む⇒予測が立つようになる
⇒徐々に緊張度を下げてもうまく運動が可能に。
しなやかな動きへ。[Osu et al 2002]。
随意運動の悪循環
高すぎる目標
目標と実際の運動が乖離
焦り
こわばり
目標を前に自壊
宮本省三(2008)
「脳のなかの身体」より
「痙性筋に対して
困難な動作を強要したり
過度な体重負荷を加えたりすると、
筋緊張がさらに亢進し、
痙性まひが増悪してしまう。」
特徴③ 折りたたみナイフ現象
こわばる身体に、
受動的に力を加えられ
続けていると、
ある時ふにゃりと
こわばりが抜け、ほどける
抱擁に似た気持ちよさ
ここに、動きの余白が生ま
れるのではないか
脳性まひリハビリ
の歴史
1950年~1960年代
すこしでも健常者の動きに近づける、
一人でできるようになるためのリハビリ
本人の「体」に介入
■対症療法をめぐって―和田・田中論争
■脳性まひ者を中心とした自立生活運動
■アメリカでの障害受容論
「ステージ理論」と「価値転換論」
→1980年代には衰退
1970年代
すこしでも健常者の動きに近づける、
一人でできるようになるためのリハビリ
本人の「心」に介入
■神経発達学的アプローチの席巻
→この時代、マスコミは「脳性まひは治る」と
センセーショナルに書き立て、
これに翻弄された親子がいるのも事実。
夢の終わり
■科学的根拠に基づく評価
経験主義、権威主義に陥りがちなリハビリに対して、
「統計学的な科学的根拠に基づいて
正確な評価をなすべきだ」
という風潮
→一連の臨床研究の結果、
神経発達学的なアプローチの治療効果については、
十分な科学的根拠がないということがわかってきた。
夢の終わり
1980年代、
米国理学療法協会と米国小児科学会が
声明を出し、
パターニングの効果と
「人間能力開発研究所」が開発した
促進方法の有効性について警告を示した。
「心」に介入するリハビリで
気をつけること
体ではなく、心の問題
↓
努力や気の持ちよう
↓
できないときにその原因を人格的なものに
見出しやすくなる
↓
外在化できない頑張り地獄
1977年生まれの私のリハビリ体験
①前半のストレッチ
②課題訓練
③後半のストレッチ
1977年生まれの私のリハビリ体験
①前半のストレッチ
ストレッチの有効性
「持続的ストレッチングは、
関節可動域を改善させ、
痙性を減少させうるので
強く勧められる」
Pin T, Dyke P, Chan M: The effectiveness of passive
stretching in children with cerebral palsy. Dev Med Child
Neurol 2006; 48(10):855-862
ストレッチのもうひとつの意味
模倣しあいと拾いあい
↓
間身体性
(からだ同士の
コミュニケーション)
↓
間主観性
(世界の見え方が
そろっていく)
②課題訓練
健常な動きの
一方的な模倣
↓
高すぎる目標
↓
自壊
後半のストレッチ
間身体性がない
↓
暴力に近接
↓
幽体離脱を体験
1980年~1990年代
健常者と同じ動きにこだわらず、
周囲とつながるためのリハビリ
本人と環境との「関係」に介入
■アメリカ型自立生活運動の輸入
■当事者運動とリハビリテーションの合流
■障害受容論の輸入
根治を目指すリハビリの熱狂に対して
専門家内部から疑義
しかし現場では、概念乱用の傾向(後述)
「ゆだね」と「ささえ」
動きというのは、
自分の体一つで生じるものではなく、
体と周囲のモノ、周囲の人との
「関係」で生じる
例:呼吸は空気がなければできない
歩行は地面と重力がなければできない
ロボット研究の視点から
■「ゆだね」と「ささえ」で人は歩いている
自らバランスを崩して倒れ込む。
倒れ込みながらも、その大地から受ける抗力を使って、
動的なバランスを維持する
ゆだね 行為の意味や価値を見いだすために、
その意味や価値をいったんは環境に委ねる
ささえ
地面やモノなどがそうした投機的な行為を支え、
意味や役割を与える
参考文献 岡田美智男[2008]「人とロボットとの相互行為とコミュニケーションにおける身体性」
『現代思想』三六巻一六号
弱さをチカラに
岡田美智男氏のHP http://www.icd.tutkie.tut.ac.jp/projects/muu.html より
Muu
岡田美智男氏のHP http://www.icd.tutkie.tut.ac.jp/projects/muu.html より
実体としての同型性
人間並み、
あるいはそれ以上に
色々なことができる
ロボット
関係としての同型性
体と環境が1つのシステムを作り、
関係を支えつつ
関係に支えられるようなロボット
ささえられて意味を持つ運動
生活を共にしているうちに
動きの意味を
拾われるようになる
関係から生まれる動き
モノと作り上げる動き
トイレとのチューニング
何度も経験する「失敗」は、私の体のこわばりを緩める
↓
緩んだ私の身体は、周囲とつながるためのあそびを持つ
↓
私の意識が必ずしも届かない場所で、
半ば自動的にトイレとのチューニングを始める
トイレに対して繰り出すさまざまな運動のレパートリーが増えた
⇒自分の輪郭がはっきりしてくる感じ
私の運動に応答する形で、便座の高さ、滑りやすさや
体重をかけたときのぐらつきぐあい、腰掛けたときの体と便座の摩擦など、
トイレについての特徴を知ることになった
⇒世界がはっきり見えてくる感じ
電動車いすとの出会い
・慣れてくると体の一部になる
・二次元から三次元へ
・時間の流れや距離感が変わる
見直されつつある電動車いす
Butlerは電動車椅子使用効果を研究
・自己開始行動が増加した
・親たちも、満足と積極的心理的効果があった
「移動補助具選択の結果が歩行発達の可能性を妨
げないし、同様に子どもたちが、代替手段を利用し
たとしても、歩くことを諦めない」
「電動車いすは最後の移動手段と考えるのでなく、強
い運動障害のある子どもの効果的な自立移動を提
供するものと考えるべきである。」
Bottos M, Gericke C: Ambulatory capacity in cerebral palsy: prognostic
criteria and consequences of intervention. Dev Med Child Neurol
2003;45(11):786-790
ヒトと作り上げる動き
さて、どうしようか・・・
百円ショップのテクノロジー
一人でやろうとする
と、必要なモノがどん
どんかさばってくる
模倣しあいと拾いあいで
チームワークが立ち上がる
動きを取り込みあい、拾いあう
横並びの関係
ストレッチのときと同じ、
間身体性と間主観性
チームワークの基盤
採血のすがた
失敗のない挑戦
あそびのある実験的構え
• 失敗に対してみんなで楽しみ、
共有する
• 実験的構えならば、失敗も成功も
データと経験の積み重ね
↓
焦りとこわばりの悪循環に陥らない
長期的な探索戦略
「のんびり、あわてず試行錯誤」
「探索戦略 exploration」
目標に向かって自由な試行
錯誤(教師なし学習)をする
or
「搾取戦略 exploitation」
経験や知識に基づいた手堅
い行動選択(教師あり学習)
をする
「長期的戦略」
目先の苦労や失敗を気にせ
ずに将来の報酬を優先する
or
「短期的戦略」
すぐに得られるような目先の
報酬にこだわる
family-centered functional therapy
ecological approach
1940年代のCarl Rogerの研究から、北欧、米国を中心に広まる
「ボバース、ボイタ法と比較し
有意に有効な結果を得た」
Ketelaar M, et al.:Effects of a functional therapy program on
motor abilities of children with cerebral paslsy.Phys Ther
2001 ;81:1534-1545
障害受容か、回復か
乱用される「障害受容」概念
機能回復に対する固執
「いつか歩けるようになりたい」
過剰な期待
「きっと先生は治してくれる」
をクライエントが表明するような時に、
セラピストはそのクライエントのことを
「障害受容ができていない」
と表現するという。
回復を目指すアプローチ
宮本省三(2008)「脳のなかの身体」より
「情熱(パッション)の灯火を消さないこと。
この闘いを回避し、勝利をあきらめることは
論外である。」
「早期の家庭復帰や社会復帰を目的とした
代償的なアプローチであり、
こうした日常生活動作訓練によって
麻痺肢の手足が動きだすわけではない。」
疑問点
一貫した理論や実践がなく、
常にアプローチが変容し続けるという危うさ
少数派の身体を「克服すべきもの」
として捉え、それを克服することに
情熱を燃やすという同化的な考え方
痙性は悪か?
宮本省三(2008)「脳のなかの身体」より
リハビリテーション医療の臨床で働く
セラピスト(理学療法士や作業療法士)が
人生のすべてをかけて闘うべき相手は
「運動麻痺」である。
そのなかでも特に脳卒中、脳性まひ、
脊髄損傷などで出現する「痙性まひ」は
強敵である。
痙性の強さと、運動発達との間には
それほど関係がない
「受容」を押し付けるのも、
「回復」をあおるのも、
本人の心身に過剰に原因を押し付け
介入するという意味では
同じではないだろうか?
↓
「裁きと同化」ではなく、「すれちがいと
対話」にこそ、対等な関係が生まれる
契機があるはず
はぐれては、つながる