Transcript ニパウイルス感染症
ニパウイルス感染症(Nipah virus infection) 対象家畜: 馬、豚、いのしし 原因: パラミクソウイルス科に属する1本 鎖マイナスRNAのニパウイルス。名称は、 ウイルスが分離された脳炎で死亡した患者 の出身地 Nipah 村に由来。 米国CDCによって、1994年にオーストラリ アで発見されたパラミクソウイルスの新種で あるHendra virusと類似のウイルスである ことが判明した。Hendra virusとは遺伝子レ ベルでは21%、アミノ酸レベルでは11%の変 異が見られ、近縁であるが独立の新パラミ クソウイルスであると考えられた。 疫学: 1998年にマレーシアで豚の呼吸器 感染症として発生し、最終的には100万頭 におよぶ豚が殺処分された。豚に直接接触 した人のみが感染して神経症状を起こし、 致死率も50%と高い。 自然宿主: 果樹食性オオコウモリの関連 が強く疑われている。マレーシアの発生で は犬および馬の感染も確認されている。 動物衛生研究所 届出伝染病 感染症情報センター マレーシア: 1997年北 部 Perak 州 において、 養豚場労働者の間で急 性脳炎の流行があり、1 人の死者が出たが、こ の時点では日本脳炎と 区別できなかった。1998 年9月末に北部イポーで 発生し、クアラルンプー ル近郊の大養豚地域に 拡がり、 12月までに283 名の患者、 109名の死 者が確認。 シンガポール: マレー シアから豚を輸入し屠殺 していた関係で11名が 感染し、1名の死亡した。 Iowa State University : 豚の発生 : コウモリの抗体陽性 マレーシアではジャングルな どを切り開き大規模経営養豚 場ができた。山間地にあり、 周囲の山にはフルーツコウモ リが生息し、野生の果樹が多 く茂っている。哺乳類約4000 種類のうち約1000種類をコウ モリ(翼手目)が占める。 マレーシアの野生コウモリにおける中和抗体保有率 (1999年4 月1 日~ 5 月7 日における調査) 種名 検査頭数 中和抗体 保有頭数 (保有率%) 大翼手亜目(オオコウモリ) Cynopterus brachyotis(コイヌガオフルーツコウモリ) Eonycteris spelaea(ヨアケオオコモリ) Pteropus hypomelanus(ヒメオオコウモリ) Pteropus vampyrus(ジャワオオコウモリ) Cynopterus horsefieldi(ホースフィールドフルーツコウモリ) Ballionycterus maculata(ホシバネフルーツコウモリ) Macroglossus sobrinus(ヒルシタナガコウモリ) Megaerops ecaudatus(オナシフルーツコウモリ) 56 38 35 29 24 4 4 1 2(4) 2(5) 11(31) 5(17) 0 0 0 0 小翼手亜目(コガタコウモリ) Scotophilus kuhlii(アジアコイエローハウスコウモリ) Rhinolophus affinis(ナカキクガシラコウモリ) Taphozous melanopogon(クロヒゲツームコウモリ) Taphozous saccolaimus(ブライスツームコウモリ) Hipperosiderus bicolor(フタイロカグラコウモリ) Rhinolophus refulgens(キクガシラコウモリ属 和名不明) 33 6 4 1 1 1 1(3) 0 0 0 0 0 237 21 合計 オオコウモリ亜目のフルーツコウモリ は42属173種。体長5~40cm、体重15 g~1.5kg位、翼を開くと最大170cmを 超える種類がある。マレーシアの調査 では、ヒメオオコウモリ(Pteropus hypomelanus)の21~27% 、ジャワ オオコウモリ(P. vampyrus )の9~ 17%が抗体陽性。 オオコウモリの世界へようこそ 伝播: フルーツコウモリの尿中 にウイルスが排泄される。流産 胎児や胎盤でも検出され、さらに、 食べかけの果実からウイルスが 分離されたことから唾液中にも 排出されている。抗体陽性率が 高いにもかかわらず、ウイルス の排出は時々しか起こらないと 考えられている。唾液や尿によ る飲水汚染が豚への感染源。 豚の間での伝播: 増幅動物とされる豚 の間では接触感染によって容易に伝播 する。呼吸器分泌物と唾液にウイルス が含まれ、エアゾル感染が主。尿中へ の排出、胎盤や精子を介しての感染、 注射針の使い回しも排除できない。 臨床症状: 豚の症状は、呼吸器症状 が主体で過呼吸、乾湿発咳、開口呼吸 などを示し、犬の鳴き声のような発咳を するのでBarking illと呼ばれていた。そ の他、振震、痙攣、後躯麻痺などの神 経症状も示す。感染率は80%以上だが 不顕性が多く、致死率は5%以下。 病理: 豚の病変は主に肺臓に認めら れ、気管上皮に集積する炎症性細胞に はニパウイルス抗原が観察される。 バングラデシュ: 2003年から 人の感染が続けて発生し、 2003年:17名感染8名死亡、 2004年:53名感染36名死亡、 2005年:32名感染12名死亡。 この調査過程で2001年の発 生を確認。 Naogaon(2003年1月) ● Rajbar(i 2004年1月) ● ● Faridpur(2004年3月) Meherpur(2001年4月) ブタを含む他の哺乳類に病気の流 行がなく、初発地域の感染者12名 中9 名は19歳以下の少年であり、夜 明け前に木に登り果実を採集して食 べていたことから、「夜中にオオコウ モリが餌としたものと同じ果実を食 べることによって感染したのではな いか」という仮説が立てられた。 ● 加来 義浩 国立感染症研究所 獣医科学部 人への伝播: 罹患豚との直接接触の際、粘膜や皮膚の擦過傷から 感染。コウモリからの感染は、ナツメヤシのジュースなど、コウモリの 唾液や尿で汚染された果実の摂取。養豚農家や食肉センター従業 員の感染がほとんどであり、介護者や医療関係者への二次感染は 起きていない。 人の症状と病理: 人が感染すると高熱、頭痛、喉痛などのインフル エンザ様症状を示し、昏睡状態に陥り死亡する。回復しても運動障 害などの後遺症が残る。人の病変は主に中枢神経にみられ、血管 炎を起こし血管からの代謝不全により神経細胞が死滅する。血管病 変の周囲には、病変部から漏出したウイルスが感染した神経細胞が 観察される。 他の動物への感染: 豚から猫、犬、馬、羊への感染もあり、実験感 染猫の呼吸器分泌物、尿、胎盤からウイルスが分離された。 予防・治療: 本病に感染した豚は確定診断の後、マスクやゴーグル 等で完全に感染防御措置を施して殺処分を行う。人が感染した場合 や、感染が疑われた場合は抗ウイルス薬であるリバビリンを投与す る。人用のワクチンは現在フランスのパスツール研究所で開発中。 類症鑑別 ①日本脳炎 ②豚繁殖・呼吸障害症候群 ③オーエスキー病 ④豚インフルエンザ 消毒: 次亜塩素酸ナトリウ ム、界面活性剤、その他の 市販消毒薬。ウイルスは、 フルーツコウモリの尿や果 実の中で数日間は生存。 臨床検査 ①呼吸器症状(呼吸数増加,開口呼吸,強制呼吸,激しい発咳等) ②神経症状(振戦,テタニー性痙攣,筋肉攣縮等) ③成豚では神経症状が,育成豚では呼吸器症状が強く現れる傾向。 ④間質性肺炎 ⑤非化膿性髄膜炎 病原学的検査: 感染豚の肺、扁桃、腎、血液、髄液もしくは死亡した人の脳の病 変部をVeroもしくはRK-13 細胞に接種してウイルス分離を行う。CPEは多核巨細胞 形成を特徴とするが、確定にはニパウイルスに対する抗血清を用いて蛍光抗体法に より同定を行う。RT-PCR法によるニパウイルス遺伝子の確認、材料から直接ウイル ス遺伝子を検出。未知の材料から本ウイルス病を疑い、ウイルス分離や遺伝子検索 を行う場合は、BSL3施設の安全キャビネット内で行わなければならず、ウイルスが 分離された後の作業は全てBSL4施設内で行わなければならない。 抗体検査: 豪州家畜衛生研究所で開発された間接ELISA法でスクリーニングを 行い、偽陽性を示した個体については最終判定を中和試験で行う。中和試験は生ウ イルスを使用するので、BSL4施設内で行わなければならない。