タンチョウの個体数変化で環境を考える

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Transcript タンチョウの個体数変化で環境を考える

タンチョウの個体数の
変化から環境を考える
一関工業高等専門学校
梅野 善雄
小寺隆幸著:「数学で考える環境問題」(明治図書)、第4章よ
り
このファイルで授業される方へ
• この授業は、90分1コマか、50分×2回で授業可
能です。数学の実世界での威力について、学生・生
徒を深く感動させることができるでしょう。
• 内容の大部分は、京都橘大学・小寺隆幸先生の
「数学で考える環境問題」(明治図書、2004年)の
第4章「タンチョウの数はどう変化するか」です。
• 小寺先生は、この授業が広く行われることを願い、
このような形で公開することを許可いただきました。
• 授業された方は、学生・生徒の反応なども添えて、
小寺先生宛に連絡いただければと思います。小寺
先生のアドレスは、
です。
目次
1. タンチョウの個体数の変化
2. 個体数変化の陰にある環境要因
3. 個体数変化の数学的な分析
(1)初期の分析
(2)後期の分析
4. 数学化することの意義と限界
1.タンチョウの個体数の変化
 タンチョウとは?
タンチョウの豆知識(1)
• 学名:グルス・ヤポネンシス(日本のツル)
渡り鳥ではなく、北海道にのみ生息する留鳥
• 中国東部から極東ロシア地区のタンチョウは
渡り鳥で数千キロ移動する
• 雄は、羽を広げると2.4m、体重15kg、
• 日本最大の鳥
• 江戸時代は、北海道全域で生息
• 釧路湿原、十勝、根室半島、国後島などで繁殖
タンチョウの豆知識(2)
•
•
•
•
明治期の北海道開発に伴い、乱獲される
明治22年(1889)、禁猟の布告が出される
明治25年(1892)、保護鳥に指定
その後、絶滅したと思われていたが、大正13年に、
10数羽が発見され、急速に保護活動が開始された
• 大正15年(1926)、釧路地方で20羽発見
• 昭和10年(1935)、天然記念物に指定
• 戦争が始まったこともあり、保護が不十分
タンチョウの豆知識(3)
• 昭和27年(1952)、猛吹雪でエサを取れな
いタンチョウが、人里にエサを求めて来る
• 昭和27年(1952)、特別天然記念物に指定
• タンチョウの個体数の調査が開始される
• この年は、33羽が確認される
• 冬の給餌が行われるようになる
• 個体数が増加しはじめる
• 個体数が増えなかったのは、冬場の餌不足
タンチョウの個体数の変化
2.個体数変化の陰にある環境要因
増え方の特徴
(1) 1952年から、順調に増加するが、
(2) 1960年台に入って、増加が止まる。
(3) 1970年代まで、増加していない。
(4) 1970年代後半から、再び増加するが、
(5) その増加の仕方は、(1)とちょっと違う。
1960年~1975年に増えない理由
• 増えない → 「生まれる数=死ぬ数」
• 冬場の給餌場に来る数で確認すると
64年から10年で、平均、年24.6羽生れる
71年には、23羽の死体が発見
• 71年の23羽のうち、20羽は電線に衝突
• カメラマンに追いかけられ、電線と衝突
• カメラマンの行動規制+電線の移設
• 死亡事故は減少し、再び、増加に転じる
3.個体数変化の数学的な分析
 第Ⅰ期(1952~1960)の増加の仕方
年 52 53 54 55 56 57
58
59
60
数 33 42 52 61 76 92 125 139 172
個体数の増え方について考える
年 52 53 54 55 56 57
58
59
60
数 33 42 52 61 76 92 125 139 172
差
率
9
10
9
15 16
33
14
33
27 24 17 25 21
36
11
24
• 年ごとの差を見ても何も見えてこないが、毎年の増
加率を見ると、一定の規則性がありそう。
成長率
• (増加した数)=(生まれた数)ー(死んだ数)
• 出生率や死亡率は、個体数の多い少ないに
かかわらず、毎年一定と考えられる
• ある年の個体数をy、出生率をp、死亡率をq
とする。翌年の増加量をΔyとすると、
Δy=py-qy=(p-q)y
だけ増えると考えられる。
• r=p-q を成長率という
•
Δy=r・y 増加量は個体数に比例
成長率を求めてみよう
• ある年のタンチョウの数を 、成長率を
とすると、翌年のタンチョウの数は、
• その次の年は、
• よって、k年後のタンチョウの数は
• 52年が33羽、8年後の60年は172羽
高次方程式を解く
よって、n年後のタンチョウの数は
実データと
年 52 53 54 55 56 57
の値
58
59
60
数 33 42 52 61 76 92 125 139 172
y 33 41 50 61 76 92 114 140 173
成長率0.23の意味
• タンチョウは、冬には群れ、夏はつがいで
数k㎡の広さの縄張りを作って生活する。
• 卵は、平均して、1年に1.75個生む
• 卵が孵る割合は、70%
• 生まれた雛も、2週間以内でかなり死ぬ
• 1年後も生きている割合は、卵の1/4
• 100羽いて、50のつがいがあるとすると
成長率23%のまま増え続けると
• この式は、1952年を n=0 としているので
1975年は n=23 のときである。
n=23 を代入して計算すると、
• 1975年の実際の数は194羽なので、
この式は1975年では当てはまらない。
■第Ⅲ期(1975~2000)の増加の仕方
年
75
76
77
78
79
80
81
82
83
数 194 220 257 214 271 267 295 320 345
y 194 207 223 238 255 273 293 314 336
各時期の成長率の比較
時期
成長率
1952
~1960
1975
~1983
1984
~1992
1993
~2001
23%
7.1%
6.9%
3.2%
成長率は、なぜ低下するのか?
• タンチョウの生息する湿地帯は限られる。
• さらに、1つがいごとの縄張りがある。
• 一定の割合で増え続けると、縄張りがどんど
ん狭まってくる。
• 縄張りには、それ以上狭まると生息できない
という限界があるだろう。
• 個体数が増えて、その限界の数に近づけば
成長率自体も減少してくると考えられる。
環境包容力と環境の余裕
• タンチョウが生息できる最大の個体数を
「環境包容力」という。その値を K とし、
その時点の個体数を y とすると、
タンチョウは、あと K-y しか増加できない。
• この値を、「環境の余裕」と呼ぶ。
• 環境の余裕 K-y が半分になると、タンチョウ
の成長率 r も半分に減少すると考えられる。
• つまり、成長率は、環境の余裕に比例する。
タンチョウの新しい成長モデル
• 成長率は環境の余裕に比例
• 増加量は前年度の総数に比例
• 新しい成長モデルとして
環境の余裕をどのように求めるか
• 釧路湿原の広さ
1950年代は、250k㎡
現在は、
190k㎡
• つがいの数は、
1970~1980年代 多くても30
1992年
48
• 1つがいの縄張りは、
190÷48=3.96=約4k㎡
縄張りを、どこまで狭めれるか
• 縄張りが半減して、2k㎡になったとすると、
190÷2=95 つがい
• 1つがいで、子が1.5羽とすると
95×(2+1.5)=332.5
• 釧路湿原のタンチョウは北海道全域の30%
程度なので、全体の個体数は、
332.5÷0.3=1108
• 2003年で908羽が確認されているので
縄張りは、もうちょっと狭められだろう。
環境包容力 K の値
• 1つがいの縄張りを、1.5k㎡ として計算
• つがいの数は、190÷1.5=127つがい
• 釧路湿原の個体総数は、
127×(2+1.5)=445
• 釧路湿原のタンチョウは北海道全域の30%
程度なので、全体の個体数は、
445÷0.3=1483
• 区切りよく、 K=1500 で考えよう。
比例定数 s をどのように求めるか
• 1975年では y=194
• その後の5年間の増加量は、Δy=73
• よって、比例定数sは、
73=s×194×(1500-194) より
s=0.000288
• ただし、最初の y の値は y=194 とする。
差分方程式
年
75
80
85
90
95
00
数 194
267 384 499 607 798
y 194
267 362 480 621 779
• 1975年のとき、y=194
• 1980年では、yはΔyだけ増加する
Δy=0.000288・194・(1500-194)=73
∴ 194+73=267
• 同様にすると、次々に値が求められる。
このモデルによる将来予測
新しいモデルによる成長率等
年
75
80
85
90
95
00
数
194
267
384
499
607
798
y
194
267
362
481
623
781
増加数
73
95
119
142
158
163
成長率 37.6 35.6 32.9 29.5 25.3 20.9
余裕数 1306 1233 1138 1019
877
719
新しい成長モデルから見えること
• 比例定数は、1975年と1980年のデータ
だけをもとに計算した値であるが、
• 実際の観測数をよく近似している。
• 「成長率は個体数が増えると低下」
「環境包容力は1500羽」という仮定は、
現時点では、ある程度正しいと推測される。
• これにより、今後の予測がつけられる。
• 予測が合わなくなるときは、何らかの別な要
因が作用していると推測される。
ロジスティック曲線
• ここで現れた曲線をロジスティック曲線という。
• 最初は急激に増加し、その後あまり増加しな
くなるような現象を、よく近似する曲線である。
• 培養液中の酵母菌の量のような生物学的変
化のみならず、新製品の販売数など、多方面
でこの曲線が現れてくる。
いろいろなロジスティック曲線
ロジスティック曲線の微分方程式
4.数学化することの意義と限界
増加量は個体数に比例
本質の抽出
第
Ⅰ
期
仮定の妥当性
(指数モデル)
データの適合
第Ⅲ期
実データと適
合
指数モデルが合わない
生息可能な個体数には
限りがあることの気づき
限界に近づくにつれ
成長率の低下を仮定
生息可能な限界数として
K=1500 を算出
最初の5年間の変化から
比例定数 s の値を算出
新しいモデルの考案
Δy=sy(K-y)
成長率 r は増加可能
な数(環境の余裕)に
比例することを仮定
r=s(K-y)
ロジスティックモデルから見えること
• 有限な環境の中で成長率は一定ではない。
• 環境が有限である限り成長率は減少し、
最終的には、ある数に落ち着く。
• 将来はその時々の増加量の積み重ねである。
• 環境の包容力Kの値は自然環境のあり方に
大きく依存するので、タンチョウの数は自然環
境との相互作用で決まってくる。
ロジスティックモデルは万能か?
カオス現象(予測不可能な現象)
数学化されたモデルの限界
• かなり強い仮定のもとで議論している。
個体群の年齢構成、食物供給量、環境変
化などに問題がないことを仮定している。
• 一般化するために、物事を単純化している。
• それは、本質を抽出すると同時に、
別な本質要因を捨てている可能性もある。
• 定式化しても、カオス状態かもしれないが、
• 実際とのずれの考察が、新たな知見を生む。
参考文献
• 小寺隆幸:数学で考える環境問題、明治図書
この本の第4章に全面的に依存しました。
• 参考Webページ
(1) Japanease Crane
http://www.japanese-crane.com/index.html
(2) Nakajima Photo Gallery
http://www.sainokuni.ne.jp/nakajima/
(3)丹頂
http://www.bekkoame.ne.jp/~mayama/
TANCHO/Tancho-1.htm