US Regional Deterrence Strategy

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日本国際政治学会2012年度研究大会
部会13「地域抑止」の現状と課題
2012年10月21日
冷戦後の抑止戦略と前方展開戦略の変容
報告者:福田 毅 ([email protected])
<報告のテーマ>
 冷戦終結後の戦略環境の変化は、抑止理論の研究と
米国の抑止政策にいかなる影響を与えているのか

主要な戦略環境の変化=米ソ2極構造の崩壊、米国の軍
事的優越の増大、冷戦後の「新たな脅威」の登場(+冷戦
後の米国の外交・安全保障政策)
<報告の構成>
1.冷戦終結が米国の抑止政策に与えた影響
2.抑止理論研究の展開:「第1の波」から「第4の波」まで
3.米国の抑止政策:冷戦後の変遷
4.テイラード抑止の評価
提出ペーパー・タイトル「抑止理論における「第4の波」と冷戦後の米国の抑止政策」
冷戦期
冷戦後
抑止対象となるアクター
(ほぼ)単一
複数
抑止対象となる事象
全面(核)戦争
多様(曖昧なレッド・ライン)
抑止の手段
核兵器と懲罰的抑止の重視
グローバルな戦力バランスが鍵
通常兵器・非軍事力と
拒否的抑止の重視
地域的な戦力バランスが鍵
抑止破綻の可能性
許容不可能
許容可能
アクター間のコミュニ
ケーションの濃度
(比較的)高い
低い
目標とされる状態
安定した相互抑止
一方的抑止/強制
(1) アクターの増加と抑止関係の複雑化
 主たる抑止対象:ソ連による米国本土への核攻撃
(+大規模通常戦争)
冷戦期  相互確証破壊(MAD):失敗の許されないゲーム
(抑止の破綻=国家の滅亡)
 抑止政策と封じ込め政策の調和
 主たる抑止対象:「ならず者国家」による近隣国への侵
攻とWMD開発、テロ、テロリストへのWMD拡散
冷戦後  抑止破綻の可能性が増大、ただし、破綻は許容可能
→ 米国と多数のアクターの間で繰り返される
複雑なゲームに
(2) 抑止手段の多様化
 戦略核戦力を重視
 東西間の通常兵力を用いた軍事衝突が全面核戦争
冷戦期
にエスカレートする可能性の存在
→ 最終的には東西間のグローバルな軍事力、特に核戦力の
バランスが抑止の鍵を握ると考えられる傾向
 核よりも通常兵力を重視
 核使用が必要となる可能性の低下、RMAによる通常
冷戦後
兵力の能力向上
→ 通常兵力を用いた懲罰的抑止、軍事的・非軍事的な防御を
通じた拒否的抑止が重視されるように
(3) 地域的抑止の重視
地域的抑止(regional deterrence)
=相対的な概念、現実には全ての抑止は地域的
冷戦期
 「グローバル」な東西間の(核)抑止
→ 前方展開兵力は全面戦争へのエスカレーションの可能性を
高めるためのトリップワイヤーとしての機能も担う
 抑止関係は一定の地域内で完結
 当該地域における軍事バランスが重要に
冷戦後
→ 前方展開兵力と兵力投射能力を用いた拒否的抑止(侵攻撃
退)と懲罰的抑止を重視
→ 核兵器の数や破壊力の機械的な計算ではなく、地域独自の
戦略環境を反映した戦力態勢や作戦計画の構築が必要に
(4) レッド・ラインの曖昧化(懲罰的抑止の信憑性低下)
 核報復の信憑性は疑問視されていたが、核の破壊力
冷戦期
でカバー(恐怖の均衡)
 懲罰的抑止の信憑性の増大要因を低下要因が打消し
 増大要因
• 通常兵力使用の敷居の低さ
• 抑止対象となるアクターの増大
冷戦後  低下要因
• 抑止対象となる事象の多くは米国の死活的国益に
かかわらない
• 抑止対象となる事象が多様化する一方で、米国は
レッド・ライン設定に消極的に
(4) レッド・ラインの曖昧化(懲罰的抑止の信憑性低下)

特に「ならず者国家」による核兵器取得の抑止は困難






米軍の圧倒的な軍事的優越が核取得のインセンティブを
増大
一定の技術力を獲得してしまった国に対しては、「抑止」
ではなく「強制」が必要
相手が侵略行為を行わない限り、報復(懲罰的抑止)の信
憑性は低い
拒否的抑止(サージカル・ストライク等)も困難
孤立した「ならず者国家」は経済制裁に対する耐久性が
高い
北朝鮮の核実験に対しても米国は報復できず(そもそも、
米国に対する抑止が北朝鮮の核取得の目的)
→ 他のアクターに対する抑止力も低下
(5) 相互抑止状況に対する不満の増大
 ソ連の軍事力が強大であったため、相互抑止を受け入
冷戦期
れざるを得ず
 相互抑止よりも一方的抑止や(可能な場合には)強制
が好まれやすい
 軍事的要因:米国の圧倒的な軍事的優越
 道徳的要因:抑止対象を「悪」と位置付ける米国の外交政策
 相手へのrewardやreassuranceの提供は「弱くて悪い敵
への譲歩」となり、相手との安定した相互抑止は「悪との共
冷戦後
存」と見なされる可能性も
Kagan & Kristol「米国が追求すべきなのは共存ではなく体制の変
革」
 対米抑止手段(WMD等)の獲得阻止が米国の抑止政策の
主目標に
→ 抑止政策におけるオプションの減少
抑止と強制の境界線の曖昧化
(1) 冷戦期の抑止理論:「第1の波」~「第3の波」
 「第1の波」:核兵器の登場直後:ブロディ、ウォルファーズ等
 「第2の波」:1950年代後半~:シェリングらのゲーム理論、合
理的抑止理論
 「第3の波」:1970年代~:ジョージ、ジャービス、ルボウらによ
る合理的抑止理論批判
<「第3の波」の特徴と主要な主張>
 抽象的で演繹的な合理的抑止理論の限界を指摘
 個別のアクターや状況に着目した事例研究や心理学的アプロー
チを重視
 認識のバイアス等に起因する誤解や誤算から抑止が破綻する場
合も多い
 軍事行動の決断には国内的要因(体制の不安定性や権力闘争
等)も大きく作用 懲罰だけでなく、行動を起こさなかった場合の
rewardやreassuranceの提供も重要
 利得の獲得よりも損失の回避を重視するアクターはリスクを冒して
行動に打って出る傾向が強く、脅しをかけて追い詰めると危険
(2) ペインによるテイラード抑止の提唱(1996年)
Keith B. Payne, Deterrence in the Second Nuclear Age, (1996) and The Fallacies of Cold War
Deterrence and a New Direction, (2001)



ソ連が合理的アクターであることを当然の前提としていた冷戦期の抑
止理論は誤りだった
合理的(rational)アクターと理性的(reasonable)アクターは異なる
冷戦後の抑止政策=多様なアクターを対象




それぞれの抑止対象について、リーダーシップの特徴、意思決定過程、
リスクへの耐久性、脅威認識、目標、価値観、決意等に関する情報を収
集した上で、「抑止政策を特定の相手と文脈に応じて調整(tailor)する」
ことが不可欠
そのためには、心理学、文化人類学、歴史学、政治学、経済学等の
知見を活用した学際的なアプローチが必要
敵の意思決定を十分に理解できない場合でも、拒否的抑止は機能し
得る
このアプローチは「至って常識的」であるが、冷戦期の抑止政策の誤
りは、この常識を無視した点にあった
(3) 抑止理論の「第4の波」


冷戦後、特に9.11テロ後に「ならず者国家」やテロリスト
は非合理的で抑止不可能ではないかとの懸念が増大
両者の抑止可能性を探究した研究が活発化
=抑止理論の「第4の波」
Jeffrey W. Knopf, “The Fourth Wave in Deterrence Research,” Contemporary
Security Policy, (April 2010)
<特徴>
 間接的抑止、拒否的抑止、軍事以外の手段による抑止
の重視
 抑止の不完全性を容認(安全保障政策における抑止政
策のウェートの低下)
 新しい抑止理論というよりも、既存理論の新たな環境へ
の応用(政策指向型の研究)
(4) 「第4の波」の論点:「ならず者国家」を如何に抑止するか
RAND, U.S. Regional Deterrence Strategy, (1995)

「ならず者国家」の多くは抑止が容易ではない


体制の弱体化といった損失を回避するためにリスクを冒す可能性が高い
「ならず者国家」は、隣国に侵攻し短期間で勝利を収め、米国が介入
する前に既成事実を作ろうと試みる可能性が高い
→ 米軍の前方展開兵力や即応可能な兵力投射能力による
拒否的/懲罰的抑止で対処
<9.11後の議論>
 指導層が重視する価値(体制の存続や経済的価値)への圧力は有効
(軍事力以外の手段も活用)
 WMDの使用は米国の圧倒的な軍事力で十分に抑止可能
 米国がWMDの拡散阻止にコミットすればするほど、「ならず者国家」
がWMD獲得を目指すインセンティブが増大してしまうとの警告も
(5) 「第4の波」の論点:テロリストは抑止可能か?
RAND, Deterrence and Influence in Counterterrorism, (2002): Trager and Zagorcheva,
“Deterring Terrorism,” International Security, (Winter 2005/06)

テロリストが抑止困難と言われる理由



アクターの非合理性、動機の強さ(目標の絶対性)、報復の困難性(存在
特定の困難性)
テロリストも完全に非合理的なアクターではない
テロリスト・ネットワークを各構成要素に分解



指導者、副官、テロ実行者、資金提供者、リクルーター、テロを支持する
一般民衆、宗教指導者、テロ支援国等のそれぞれに適した抑止政策を
実施
テロ支援国や裕福な資金提供者には懲罰的抑止も有効(軍事的報復、
経済制裁、刑事処罰等)
指導者や自爆テロ犯に対しても攻撃の成功可能性を低めることによる拒
否的抑止は有効(重要施設の防護や国境管理の強化、テロに譲歩しな
い姿勢の明確化等)
<WMDテロの抑止>
 テロリストではなくWMDを流出させるテロ支援国をターゲットに
 核鑑識等の手段を活用してWMD流出国を特定し報復
(1) 1990年代の抑止政策

National Security Review 12 (1989.3) が命じた検討
事項



リビア、イラク等によるWMD取得やテロ支援の脅威の抑止
方法
核兵器への依存を低下させる新技術(長距離精密誘導弾
等)の可能性
2MRC戦略の採用(1993BURで確定)


異なる複数のアクターを対象とする抑止政策(冷戦期にも欧
州と東アジアの双方における抑止を考慮していたが、対象ア
クターはソ連のみ)
実質的には宣言政策(抑止のcalculationは曖昧。米国がグ
ローバルな関与を続ける限り、自国には2つの脅威に同時対
処する能力がないと認めることは不可能)
(1) 1990年代の抑止政策
<「ならず者国家」へのWMD拡散への対処>
 MD開発の継続(対ソSDIの後継)
→「ならず者国家」の非合理性や抑止困難性を強調


ブッシュ(父)「ミサイルを手にした狂人を阻止するには抑止
に頼ることはできない」(1992)
実際は拒否的抑止も採用(ただし、拒否的抑止との表現
は用いられず)


1994国防報告:MDは抑止破綻への対応措置であると同時
に、攻撃成功の可能性を低めることで拡散のインセンティブ
を低下させる
クリントン政権:国際的なレジームを通じた不拡散政策と、よ
り軍事的色彩の強い拡散対抗措置(MD、軍事的手段による
WMDの無力化、WMD攻撃に起因する損害の限定等)を
重視
(1) 1990年代の抑止政策
<テロの抑止>
 米国大使館爆破テロ(1998)
 1998NSS


テロリストは「伝統的抑止手段による脅し」では抑止でき
ないかもしれず、テロの抑止には「我々が……効果的か
つ決定的に対応することを……彼らに確信させる」こと
が不可欠
2000NSS

軍事力を用いた懲罰的抑止に加えて、テロ攻撃による
損害を限定する能力の向上も将来の攻撃を抑止する効
果を持つ
(2) ブッシュ Jr.政権期の動向
<政権初期(2001-2002)>
GPR (2001QDR)
 RMAを活用した地域的な抑止態勢の強化
(機動力や長距離攻撃能力を重視)
 NPR (2002.1)
 通常兵力と能動的・受動的防御を抑止の新
たなトライアッドに
 「ならず者国家」は合理的アクターで抑止可能と
主張することも(ライス、ラムズフェルド)

(2) ブッシュ Jr.政権期の動向
<先制攻撃戦略期(2002-2005)>
 先制攻撃戦略を採用する中で、「ならず者国家」の抑止
困難性を強調するように
 ブッシュの先制攻撃演説(2002.6ウエスト・ポイント)


「抑止――即ち、国家に対する大量報復の誓約――は、守る
べき国家や国民を持たず、陰に隠れたテロリスト・ネットワー
クには無意味である。大量破壊兵器を手にした錯乱した独
裁者が、それらをミサイルで発射できたりテロリストに秘密裏
に提供できたりする場合には、封じ込めは不可能である」
NSS (2002.9)

「ならず者国家」の指導者は「リスクを冒すことにソ連よりも積
極的」で、WMDを最後の手段ではなく恫喝や侵略のツール
と見なしているため抑止は効きにくい
(2) ブッシュ Jr.政権期の動向
<先制攻撃戦略期(2002-2005)>

ブッシュ政権が敵の抑止不可能性を強調した背景


先制攻撃戦略の正当化
抑止に内在する負のイメージ(弱腰、消極的・受動的、
悪への譲歩等)の忌避(←9.11の影響)


クラウトハマー:冷戦期にはソ連を「武装解除」する能力が無
かったため不安定なMADを受け入れていた。イラクなら米国
の力で武装解除できるにもかかわらず、「一体何故、サダムと
の抑止関係の中で暮らすことを選択しなければならないのか」。
しかし、この当時も拒否的抑止は重視されていた

『WMDと戦うための国家戦略』(2002.12)、『テロと戦う
ための国家戦略』(2003.2)等
(2) ブッシュ Jr.政権期の動向
<抑止政策としての先制攻撃/レジーム・チェンジ>
 先制攻撃する意思の宣言=懲罰的な抑止効果
(先制攻撃の実施=報復の実行)
 しかし、米国が相手に何を求めているのかが曖昧
 抑止へのコミットメントを強めすぎれば、報復実施に追
い込まれる可能性も

ブッシュ政権は、先制攻撃戦略を大々的にアナウンスし、
WMD査察にイラクが協力していないと繰り返し批判し、湾岸
に大規模な兵力を展開
(2) ブッシュ Jr.政権期の動向
<抑止政策としての先制攻撃/レジーム・チェンジ>
 レジーム・チェンジの脅しも典型的な懲罰的抑止
 しかも、米軍の通常兵力をもってすれば、レジーム・
チェンジ実行の敷居は低い
 先制攻撃戦略とレジーム・チェンジが結びついた結果、
rewardやreassuranceはますます軽視されるように
 イラクへの先制攻撃戦略の適用は、逆に北朝鮮による
核開発を加速
 イラク占領の行き詰まりにより、先制攻撃やレジーム・
チェンジという報復(制裁)の信憑性は格段に低下
→ 抑止政策としての先制攻撃は機能不全に
(2) ブッシュ Jr.政権期の動向
<テイラード抑止の採用(2005年頃)>
 R.ヘンリー国防副次官の講演(2005.12)




2006QDR



「one size fits all」の抑止からテイラード抑止への転換
ただし、QDRが列挙する抑止手段の大半は、これまでの政策文書で取り
上げられてきたもの(MD、Prompt Global Strike、WMD攻撃環境下
での作戦遂行、WMD攻撃による被害の緩和等)
DoD, Deterrence Operations Joint Operating Concept,
(2006.12)


米国の抑止対象=テロリスト、「ならず者国家」、「ほぼ対等な競争相手」
各アクターの特性に応じた「テイラード抑止」を採用
懲罰的抑止の効きにくいテロリストに対しては拒否的抑止で対応
これまでの抑止理論研究(特に第3世代と第4世代)を全面的に採用
『テロと戦うための国家戦略』(2006.9)

テロ対策の分野でもテイラード抑止と第4世代の抑止理論を採用
(3) オバマ政権期の抑止政策


テイラード抑止を踏襲した上で、対象領域を拡大
宇宙・サイバー空間における攻撃の抑止


基本的には拒否的抑止を重視しつつ、攻撃実行者を特定
する能力を高めることで懲罰的抑止(自衛権発動)の可能性
も追求
地域的抑止態勢の強化


非核戦力と同盟国の協力を一層重視(「テイラード・ディフェ
ンス・ポスチャー」)
背景:核兵器の役割低減の方針、イラクおよびアフガニスタ
ン戦争の収束に伴う前方展開態勢の見直しの進展、財政危
機



モーガン:理論的観点からすれば、テイラード抑止に新し
い要素はない
抑止理論の「第4の波」にも、理論的な新奇さはあまり無い
(理論研究と言うよりも政策的応用)
冷戦後の米国は、しばしば抑止をレトリックとして活用



抑止に対する評価が激しく変動
冷戦後に抑止が至上命題ではなくなったことを反映
テイラード抑止の採用前も、拡散対抗、RMA、トランス
フォーメーション、テロ対策といったフレームワークの下で
実質的に拒否的抑止を採用していた

「拒否的抑止」概念の重視
→ 防衛と抑止の境界線の曖昧化
→ 抑止対象が拡大した結果、ほとんどの措置を抑止として
語ることが可能に

テイラード抑止の困難性




テイラード抑止概念の採用により、北朝鮮や中国に対
する抑止政策はどのように変化したのか?
多層的な抑止政策を決定・調整する主体は誰?


理論的には尤もだが、実践は容易ではない
2005年に国防総省で対テロ抑止政策立案に関与した論者
は、2012年になってもテイラード抑止という考え方が正確に
理解されていないと指摘
省庁間協力や国際的協力を重視するテイラード抑止は、一
貫したメッセージを相手に伝達することが困難なのではない
か?
ソ連の理解でさえ困難だったのに、冷戦後の多様なア
クターのそれぞれを深く理解することは可能なのか?
Thank you for your attention.