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『障害受容再考』
~障害の価値/自由、リハビリテーションの意義、セラピスト-クライエントの関係~
平成22年度 奈良県作業療法士会 教育部研修会
20100920
於:奈良県社会福祉総合センター5階研修室A
吉備国際大学保健科学部作業療法学科
田島明子
1
自己紹介
• 作業療法士として働いて17年(臨床15年、教育2
年目)
• 東京都心身障害者福祉センターで8年
→「障害受容・障害理解が悪いから一般就労にこだわる」?
・ 社会学との出会い
→うまく説明できない不快・違和感に言葉を与えてくれるのではないかと
いう期待感
・
東洋大学の修士課程へ-障害者の就労を研究
テーマに選ぶ
→障害を持つ当事者が望む就労のあり方とは?
→http://www.arsvi.com/2000/030900ta.htm
2
本の章立て
第一章 なぜ「障害受容」を再考するのか …1
第二章 日本における「障害受容」の研究の流れ …13
第三章 「障害受容」は一度したら不変なのか …37
第四章 南雲直二氏の「社会受容」を考える …61
第五章 臨床現場では「障害受容」はどのように用いられているのか
…95
第六章 「障害受容」の使用を避けるセラピストたち …113
第七章 教育の現場では「障害受容」をどのように教えればよいのか
…131
第八章 「障害受容」から「障害との自由」へ――再生のためのエネル
ギーはどこに? …147
補遺 …187
おわりに …205
3
第1章
リハビリテーションの内在価値
ー障害者の就労の3つの位相をめぐる一考察ー
4
問題意識の所在
問題設定:
作業療法士というリハビリテーションの援助職とし
て、対象とする人たちの「存在価値」のための規
範・倫理をどう設定し、どう理論枠組みに組む込
むか。
↓入口・導入として
研究目的:
これまでのリハの位置、内在価値のおかしさを、
「ひとの価値」「存在価値」という観点から指摘す
る
5
作業療法における内在価値
(歴史的流れ)
• 理学療法士法および作業療法士法
• 「作業療法の核を問う」(1975-1989)
ー第9回OT学会「私の考えるOT」(1975)
ー第20回(1986)、第21回(1987)、第23回(1989)O
T学会「作業療法の核を問う」
・ 佐藤剛,1992,四半世紀からの出発-適応の科
学としての作業療法の定着を目指して-,作業療
法11,PP8-14.
・ 人間作業モデル、カナダ遂行作業モデル
6
作業療法の内在価値
• 「適応」概念
→「人間と環境の相互作用」に着目
→「人と環境が調和している状態」が良い状態
・ 2つの働きかけ: 「回復モデル」と「代償モデル」
→「回復モデル」:不十分な能力を向上させる
「代償モデル」:不十分な能力のままでもできる
→「障害」を、本人の機能をよくしたり、周囲との関係の調整により、解
消していこう
↓対象者にどのような変化を期待?
「障害」によって生じた環境・社会との不調和を、「障害」をなくす、解消
することで「調和した関係」にしていこう
○肯定的価値:できること、適応状態
●否定的価値:不調和な関係を生じさせる「障害」=できないこと
7
障害者の就労の3つの位相
対象:
一般就労、福祉的就労、共同事業所、
ピアカウンセラー(資料①)
分析方法:
これら就労形態が「能力主義」(資料
②)とどのような位置関係にあり、「障害」を
どのように価値づけているかを分析軸、特
徴を浮き彫りに
8
結 果
1 能力主義の肯定/障害の無化・否定
・「一般就労」「福祉的就労」
・リハビリ(回復モデル・代償モデル)、障害者の就労支援
2 能力主義の否定/障害の肯定
・「共働事業所」
3 能力主義への対抗/障害への積極的な価値
付与
・「ピアカウンセラー」(資料③)
9
ひとの価値と作業療法
ーーリハへの問題提起
1 何を支援の上位概念に持ってくるか
存在の価値より上位に「能力主義」を肯定し、「できること」をよいとする
価値を持ってくるべきではない
2 「適応」概念への問題提起
「適応」概念は「能力主義」的価値観と共鳴しやすく、容易に価値の逆
転が生じるからよくない。つまり、「適応的」であることに価値が置かれ
るので、何への適応が求められるかで、人の価値の在処が変動する
から
→ リハは、対象者の価値の肯定から出発し、自由
のために何ができるかを考えるのが本業では?
「適応」概念は再考を要する
10
第2章
日本における
「障害受容」研究の流れ
11
対象
・作業療法・理学療法を中心とした学術雑誌
→①障害を有する本人、②肢体・精神機能の障害③
中途障害、に着目
・論文形式:論考、研究論文、総説、実践報告、短
報の体裁を持つもの
・雑誌名:『総合リハビリテーション』『リハビリテーショ
ン医学』『作業療法』『理学療法』『作業療 法ジャー
ナル』『理学療法ジャーナル』 『理学療法学』『理学
療法と作業療法』
12
方法
• 言説の変遷の特徴を明確にできるよう、1970年代、
1980年代、1990年代以降という時代区分を行った
• 1970年代・1980年代:各雑誌からの文献を年代ごと
に1つのまとまりとし、さらに内容が類似している
と思われるものを分類し、その分類を説明する題目
をつけた
• 1990年代以降:「新しさ(従来にはない知見である
こと)」、「批判性(従来の知見に対して何らかの
批判をしている)」があると判断された文献につい
てのみ、上記と同様の方法で分類を行い、その分類
を説明する題目をつけた
13
結果1 1970年代
① いろいろな定義
② リハビリテーション実施のための『障害受容』
③ 段階理論の紹介、段階理論を根拠づける研究
④ 『障害受容』を促進する個人要因、障害を持つ
ことの心理的特性への関心
⑤ 専門職の役割の検討、検査法の開発
14
結果2 1980年代
① 、③ 「価値転換論」と「段階理論」の融
合、『障害受容』の定義の確立
② リハビリテーションの目標・目的へ
④ 個人要因から訓練スタッフの関わりや環
境要因へ着目
⑤ 様々なアプローチ法の登場、心理的アプ
ローチの効果の前提性
15
結果3 1990年代以降
① 潜在化している場合もある
② 「QOL」「障害告知」「自己決定」概念との
連結
③ コミュニティ(共同体)における援助の必
要性
④ 「リカバリー」概念の紹介
⑤ 段階理論、モデルへのあてはめへの批
判
16
考察 2つの確証
• 1970年代、1980年代
→①「障害受容」の定義の確立
②「障害受容」の促進要因:個人要因→環境要因へ
③リハビリテーションの手段から目的へ
④専門職の役割検討→効果の確証性へ
↓臨床現場への影響力とは?
2つの確証だったのではないか?
1 「障害受容」が支援の対象である(すべき)
2 「障害受容」は支援できる
17
考察
2つのアプローチの価値設定の違い
「回復アプローチ」と「代償アプローチ」
価値設定が異なる(価値転換を要する)
回復:正常な身体 ←→ 代償:自立的に生活が行える
治療者:「社会適応」概念によって一貫性を持つ
対象者:身体回復への期待ある、その価値転換は容易
ではない
↓
「移行困難性」=「障害受容」
↓
上田[1980](「段階理論」「価値転換論」融合)
「回復アプローチ」-「障害受容」-「代償アプローチ」
18
考察
1990年代以降 異議申し立て
① 潜在化している場合もあるという知見
→「訓練の流れ図」には顕在化しない「障害受容」問題がある
② 「QOL」「障害告知」「自己決定」という概念の投入
→「訓練の流れ図」には適合しない難病ゆえに表象できた「障
害受容」問題を明らかに
③ (代償アプローチではなく)コミュニティに基づく援助の必要性
→「訓練の流れ図」を解体しようとする試み
④ 「リカバリー」概念の紹介
→新たな概念を提示、「訓練の流れ図」の一環としての「障害
受容」を批判
⑤ 段階理論、モデルへのあてはめの批判
→対象者の「固有性」に目を向けることの必要性を指摘
19
第三章
「障害受容」は
一度したら不変なのか
20
はじめに
• 「障害受容」は一度到達できればその後は不変な
のか。一度、肯定的自己像が形成されたならそれ
は永続するものなのか。それが揺れ動くとすればそ
れは何が起因しているか。
• 中学校・高校時代に徐々に視覚障害が進行し、大
学生時に光がわかる程度となった男性の障害と生
をめぐる「語り」から、「自己肯定感の形成」「羞恥感
情の揺れ」に注目し、上記の疑問に対する回答をみ
つける。
21
インタビュー対象と方法
・対象
*視覚障害を有する知人の男性Aさん
◇大学院在学中、28歳(当時)
◇先天性黒内障により、学童期に徐々に目が見えづらくなり、
高校生の時にほとんど見えない状態になった
・方法
「ご自身の障害を取り巻く様々なことについて聴かせてほ
しい」とインタビューを依頼したのみで、質問票も用意せず
に自由に語ってもらった。
22
Aさんのライフストーリー(資料④)
1.
2.
3.
4.
5.
6.
小学校の頃
中学校の頃
高校の頃
盲学校での経験
大学進学後
土地に付着する羞恥感情
23
図 時間変化と障害・障害肯定感・
羞恥感情の変化との関係
障害変化
障害肯定-否定感
羞恥感情
小学校
弱視
否定
ある
中学校
悪化
高校
ほぼ全盲
大学・その後
肯定
ある(地元)、なし(大阪)
24
図からわかること
1. 障害の肯定―否定感は、障害の重症度と
は連関しない(障害が重いから否定感が
増すわけではないこと)
2. 否定感と羞恥感情は、それが生起する関
係性とともに深い関わりがある
3. 肯定感が形成された後にも、障害にまつ
わる否定感・羞恥感情は再燃する
25
1 スティグマ経験
【宮城】
【関西】
・「保守的で障害者に全
・開放感
然理解がなく」、「好奇
・障害に対しても、過度
の目でみる」、「かわい
の関心を寄せない
そうと思われる」というイ
メージ
・理解がありそう
・親が障害児を産んだ
ことの自責の念
△盲教育にお
・分離教育を受けざるをける常識的障
得なかった
害観を越境
・進路の十分な情報提 △障害に対す
供がなかった
る否定感・羞
・迷惑をかける存在とみ 恥感を改変
なされる
26
障害受容定義とAさんの比較
「障害の受容とはあきらめでも居直りでもなく
、障害に対する価値観(感)の転換であり、
①障害をもつことが自己の全体としての人
間的価値を低下させるものではないことの
認識と体得を通じて、恥の意識や劣等感を
克服し、②積極的な生活態度に転ずること
」
27
問いの答え
• 過去の「スティグマ経験」により形成された
否定感・羞恥感情は、その後、肯定的自己
像が形成されても、「スティグマ経験」に起
因する場や人に対するイメージが引き金に
なり、そのイメージが喚起される状況設定
において再燃する可能性はある
• それは本人の意志的行動を規定・限定す
る大きな要因となる
28
問われるべきは、他者・社会
がもつ障害の否定観(感)
<Aさんの障害をめぐる生>
他者から付与された障害への価値付けをいかに否定から肯定へ
と変容させ、羞恥感情や否定感覚から自由になるか
⇔
他者による障害への否定的な価値付けという契機さえなければ
生じ得なかった生の振幅
社会をも含めた他者による障害への否定的な価値付けがなけれ
ば、『障害を受容』するという、個人が行う障害への否定から肯
定への変換の営みも要らない
29
第四章
南雲直二氏の
「社会受容」を考える
30
はじめに
• リハビリテーション領域では、「障害受容」は支援の
目的となる重要な概念である。
• 「障害受容」については、上田[1980]の定義が大き
な影響力を有してきた。
• しかし、昨今、上田[1980]の「障害受容」に対する
批判がなされるようになってきた。
• なかでも、南雲の「社会受容論」は、他者・社会のあ
り様に視点のシフトを促した点で画期的だった。
31
社会受容論の概略
• 自己受容と社会受容
• 社会受容問題の1つの定式化として、ゴフマンのスティグ
マ論を紹介
• ハーバート・ブルーマーのシンボリック相互作用論を援用
しつつ、「相互作用」において形成される「意味」が社会
的アイデンティティに与える影響力を指摘
↓
社会受容論とは・・・
・障害を持つ人に対する他者や社会からの「排除」を問
題の主眼
・なぜなら、孤立化がその人に苦しみを生じさせ、適切な
社会的アイデンティティの構築に支障をきたすから
・社会受容の具体的実践として、自立生活センターなど
の自助グループに求めた
32
社会受容論に対する3つの疑問
• 疑問1:苦しみは、他者や社会の態度からのみ生じ
るものか
• 疑問2:社会受容論における排除/受容の2項関
係では、承認や肯定の重要性が見過ごされ
がちになるのではないか
• 疑問3:障害で苦しむ人がいたとして、自助グループ
を形成するというような方法が唯一の解とは
ならない可能性があるのではないか
33
本研究の目的
社会受容論に対する
3つの疑問を検討すること
↑
「元の身体に戻りたい」と涙する事例
へのインタビュー結果を通して
34
事例紹介
野中さんと演者との関わり
野中さん(仮名、女性、54歳)
• 夫と子どもの3人暮らし。夫が野中さんの実家の家業
を継ぎ、野中さんは家族の世話と同時に、家業の経理
も担当
• 平成16年5月、左視床出血により右片麻痺を呈し、T
病院入院
• T病院外来通院におけるリハビリテーションを経て、演
者の勤務する介護老人保健施設利用となる
• 演者は、野中さんの作業療法を担当
35
インタビュー方法
• インタビュー日時:退所日が近い平成17年6月28日、13時30分~15時
まで1時間30分程度実施
• インタビュー場所:当施設内の、人の出入りのない静かな一室
• インタビュー方法:
1) 野中さんには事前に「施設生活の不満やリハビリテーションに
関すること、障害に対する今の気持ち等、どんなことでもよいか
ら野中さんの現在の心情を聞かせてほしい」とインタビューの依
頼を行った
2) インタビューは、特に質問票は用意せず、自由面接法により自
由に語ってもらった
• 個人情報取り扱いに対する倫理的配慮:
インタビュー内容の録音について、また、インタビュー内容は本人が特
定できないよう加工し、学術的な使用以外には一切用いないことの説
明を行い、了解を得た。さらに、草稿が完成した段階で草稿に目を通し
てもらい、文章内における個人情報の扱いについて、御本人の希望ど
おり修正を行った
36
分析対象と方法
• 分析対象:
1)「元の身体に戻りたい」と思う背景要因としての価値意
識や規範意識を探るために
2)相互行為や関係性に焦点化し
3)価値意識や規範意識に関する逐語録部分を抽出し、
分析の対象とした
• 分析方法:
重複する内容の逐語録は、よりその内容を説明出来る
逐語録を掲載、逐語録から得られた情報は、すべて記録
に反映した。
37
インタビューの結果(資料⑤)
•
•
•
•
•
発障前の生活
脳出血を起こしたとき
心情
夫との関係
他の利用者とのかかわり
38
考察1
野中さんの価値意識・規範意識
• 「よい妻」「よい母」であるべきという規範意識が
強い。
• 「よい妻」「よい母」を実践してきた自分には自己
肯定感を有している。
• 「自分でできることがよい」-「相手に迷惑をかけ
ることは悪い」という価値観を形成し、自己規範
化している。
• 野中さんと夫との関係は、これまで、支配―被支
配的関係と言えるほど、夫の意向が優先されて
きたようだ。
39
考察2
野中さんの心的状況
~「価値」の内実~
• 「~すべき(それがよい)」という価値観(価値a)は、野中さ
んにとって重要な他者(夫、家族)からみて自己を肯定的に
位置づけ、良好な関係を形成するべく自己を形成するため
の自己規律装置
• 身体状況A→Bに変化
• 価値aは、身体Bを否定的にみる
• 身体Bを肯定できる価値bが創出できればよいが…
• 価値bに移行できない理由:
・野中さんにとって重要な他者の視点による自己の肯定性
を保障できない
・自己の肯定性を保障できる価値bがみあたらない
40
考察3
社会受容論の批判的検討1
疑問1:苦しみは、他者や社会の態度からのみ生じ
るものか
• 野中さんの苦しみの発生要因は、他者や社会の態度
や見方が直接的な原因としてあるわけではない
• ポイントは3つ。(1)(野中さんにとって)重要な他者と
のこれまでの関係のあり方、(2)関係性における行動
の指針となる価値意識や規範意識の存在、(3)その
価値意識や規範意識が現在の身体(能力)をどうみ
るか
41
考察3
社会受容論の批判的検討2
疑問2:社会受容論における排除/受容の2項関係では、承
認や肯定の重要性が見過ごされがちになるのではないか
• 野中さんにとって、妻や母としての役割や仕事は、
自己の肯定性を保障するための手段として必要
• 受容や参加によって苦しみが軽減するのではなく、
苦しみの軽減は受容や参加の「あり方」に規定され
ると考える
• 承認や肯定の観点から、受容や参加の実質を確
定していくことがむしろ重要
42
考察3
社会受容論の批判的検討3
疑問3:障害で苦しむ人がいたとして、自助グルー
プを形成するというような方法が唯一の解
とはならない可能性があるのではないか
• 自助グループは、 現在の身体状況を肯定できる
価値を発見・創出・共有できる他者との出会いの
場である可能性はあるが、その価値は、長年を
経た夫婦や家族の関係のなかから生成されてき
た価値とは異なるものであり、夫や家族との関係
において摩擦、あるいは亀裂を生じさせる可能
性がある
43
考察4
価値転換の困難=支援の困難
障害受容論
社会受容論
(障害に対する)価値観
を-から+にしましょう
個人の変容
に期待
方法論
違い
SHG
に期待
しかし
いづれにせよ、価値転換の困難はある、というのが今回の話し…
44
第五章
臨床現場では「障害受容」は
どのように用いられているのか
45
はじめに
「障害受容」の使用に対する批判
南雲直二,1998,『障害受容-意味論からの問い-』,荘道社.
上農正剛,2003,『たったひとりのクレオール』,ポット出版.
専制的・押しつけ的
反省的態度のみで終結しない「仕掛
け」があるのでは?
46
対象者
• 作業療法士として臨床で働く7名
• 選定方法:無作為に選出せず、第39回OT学会
において筆者の発表に関心を持ってくださった
方、養成校時代の友人、友人からの紹介により
選出
• 専門領域、経験年数が重ならないよう配慮
→人数、選出方法等鑑み、本結果が必ずしも実際の臨床を
一般化できてはいない
47
対象者内訳
仕事内容(資料⑥)
対象者内訳
事例No 氏名 経験年数1) 性別 インタビュー日時
インタビュー時間
1
Sさん
8年
女性 平成17年6月25日
45分
2
Oさん
5年
女性 平成17年10月16日
1時間20分
3
Iさん
10年
女性 平成17年10月29日
55分
4
Mさん
24年
男性 平成17年10月29日
54分
5
MIさん
3年
女性 平成17年11月5日
1時間32分
6
OKさん
2年
女性 平成17年11月6日
1時間6分
7
Yさん
12年
女性 平成17年11月12日
57分
1)経験年数が●年■か月のとき、■か月は省略している。つまり、丸何年か、の表記で
ある。
48
インタビューの方法
1)あらかじめ作成した調査票を元に半構造的に実施
2)質問項目
一般情報:①現在、過去の仕事内容
②勤務年数、
障害受容に関して:①職場での使用頻度
②誰がどのように使用するのか
③その言葉による変化
④障害告知について
⑤「障害受容」についてどのように習ったか
49
分析方法
1)逐語録より、「障害受容」に関して述べら
れているものをすべて抜き取り、カード化
2)各事例ごとに内容が類似するカードを集
め、それぞれにカード番号と見出しをつけ
た。
3)重複する内容のカードは省略したが、各
事例のカードから得られたすべての結果
を反映できるよう、文章を組み立てた。
50
結果1
職場での使用の頻度
事例No
氏名
使用の有無
1
Sさん
ときどき用いられる
2
Oさん
同上
5
MIさん
用いられない
6
OKさん
同上
7
Yさん
同上
51
結果2
職場での使用状況
Sさん
使われる場・人
どのような事象に用いるか
Oさん
・会議などで,同職種,あるいは,他職種と担当患者の情報交換を行う際に用いられ
る.
・対象者本人には用いない.
「機能回復への固執」の強さを「障害受容」
と表現するが,一方,「訓練がスムーズに進
行しない」とき,あるいは(訓練がスムーズ
に進行しないがための)セラピスト側の主観
的な苦労度を障害受容という言葉で表現して
いる.
「機能回復への固執」に対して適用.
「代償アプローチ」の受け入れはよくて
も「機能回復への固執」があればそれに
対して用いる.
セラピストの苦労と共感
「機能回復への固執」は,セラピストのプランや意図を阻害するものという位置にお
かれる.そして,プランや意図するものへの到達へ向けての阻害感が苦労度と表現さ
れるものである.また,会議などにおける「障害受容」の使用は,会議に居合わせた
各人にその苦労が想起されやすく,了解や共感を得られやすい言葉である.
障害受容できている人・状態
「機能回復への固執」があったとしても,生 対象者がたとえ生活に目を向けられたと
活に目を向けることができ,セラピストと目 しても「機能回復への固執」があれば
標を共有でき,フットワークが軽い.「障害 「障害受容」という言葉を用いる.
受容」は長期的な経過を必要とするものであ
る.たとえ生活ができていたとしても,その
人の有する能力とかけ離れた目標を持ってい
る場合には「障害受容」できているとは言え
ない.
52
結果3
施設機能による使用の差異
使用頻度
病院の方がやや多い
再就職の際に対象者が自分の
適性や能力が分からず,適職
どのような事象に用いるか を選べず,支援が難航すると
きに「障害受容」という言葉
が適用される
類似語
障害認識,現実検討
53
考察
回復アプローチ
能力認識の
ズレ感
代償アプローチ
目的遂行の
阻害感
・「専門性」の肯定化
・多様ははずの障
害観が「能力」へ収
束
・「専門性」の予定調
和的遂行への期待感
障害観
障害受容
専門性
54
第六章
「障害受容」の使用を避ける
セラピストたち
55
結果4
使わなくなった
使わなくなった原因
使っていた頃の使い方
経験年数を経るなかでの変化
時代の影響
Mさんの場合
臨床に出て3,4年ぐらいで「障害受容」という言葉を使わなくなった.
・「障害受容」と表現される気持ちは,誰もが持っている感情であり,その
気持ちの流れは細やかなものであり,「障害受容」という言葉にまとめてし
まえものではないという思いがある.
・「あの人が障害受容がね」というとき,すべてが「障害受容」という言葉
に収められてしまい,細かな気持ちの面が置き去りにされてしまう.だから
あまり使いたくない言葉.
・卒業して間もない頃は,教科書に書かれた正解があり,それを求めようと
する気持ちがあった.正解に持っていくことが自分の仕事であるという思い
があった.そうしたなかで「障害受容」という言葉も便利な言葉として使
用.
・年齢を経て,社会には正解ばかりでもなく,なおかつ,そこまで整理でき
てなくても生きている人はいくらもいることを知るようにもなり,使用しな
くなった.
「回復が難しいところから本人が抜け出せない」という状況説明をするため
に一言で表せる便利な言葉として記録などに残すときに使用していた.
経験年数が長い人ほど「障害受容」という言葉を使用しなくなるという印象
を持っている.アプローチも「障害受容」という言葉を使用していた頃と現
在では異なっている.以前は,ゴール先にありきで,そこへ向けるためのア
プローチであったが,現在は,対象者が「乗っている」か否かを重視し,一
緒に考えていく感じ.OTの治療効果は薬効のようにこうしたらこうなると
いうものでもなく,自然と時間とともによくなる部分があるので,「絶対に
ここまで」という頑ななゴールは設定していない.
「障害受容」という言葉がよく使われていた時期があり,1985年頃だっ
た.その後,1990年以降,この言葉があまり用いられなくなった印象.
その背景には,自立生活運動の思想が影響していたのではないか.それまで
は,身の回りの動作を自立させることに意義がある,正しい,という思いが
あったが,自立生活運動の思想を知り,違う生き方もある,そればかりが正
しいというわけではないと感じるようになった.だから対象者に対してアプ
ローチする際にも,身の回り動作の自立を絶対的なゴールに据えるのではな
56
く,対象者がどう考えているかをまず優先し,大切にするようになった.
結果5
使わない理由
職場で使用していない3名
Yさん
OKさん
MIさん
・この言葉の使用にためらいを持った 「障害受容」という言葉には馴染みず ・対象者はケースバイケースであり,
のは,最初の患者を担当したときか らい印象を持っており,それがあえて 「受容の過程」には当てはめづらいと感
ら.
この言葉を使わない理由.「障 害受 じる.「受容」というときちっと枠が決
・「発想の転換」はそう簡単にできる 容」という言葉は,「ありふれ てな められてしまう感じがするが,「枠の外
はずのものではない.「障害受容」は い」「堅い」印象があり,かりにこの で話したい」という思いがある.受容自
時間をかけ,納得したり,憤ったりし 言葉を対象者に用いたとして,はたし 体が難しいものであるし,それが必要な
て行われていくものである.
て伝わるだろうかという疑念がある. のか.たとえ受容していなくても,自分
・進行性の疾患を持つ人たちと関わる また,現実にある事象のなかに,受容 なりの生活が営めればよいのでがない
なかで,その人が思いをぶつけてくれ している/していない,とはっきりと か.
ばそれを受け止めるし,その人が望む 分けられる状況はそうはないが,それ ・昨今の,障害受容に対して批判的な言
ことのためにやれることをする/した に対して「障害受容」という言 葉は 説は,「受容の過程にあてはめなくても
いという思いを持ってきた.
「完璧すぎる」イメージがあり,自分 いいんだ」「それで間違っていないん
・人の気持ちの中のことまでは分から が表現したい言葉ではない.
だ」という安心感を生起させるものであ
ない.その人は「しょうがない」と言
る.
うかも知れない.しかしそれが本心か
どうかもわからない.だからなおさら
「障害受容」という言葉は適用しずら
い.
・進行が進み,呼吸すら苦しい状態の
人に対しては,その人が苦しい状態を
受容したからといって楽になるわけで
もなく,「障害受容」という言葉は不
57
適切である.
結果6
Yさん
OKさん
MIさん
受容するしないは個人の選択だが,寝ても 障害受容に代わる言葉として「折り合いをつける」 障害にとらわれ,頑張れる人もいる
さめても,「おれの手が,おれの手が」,飯 という言葉がしっくりくる.「折り合い」という言 ので,障害にとらわれること自体が
食ってても「おれの手が」,テレビ見てて 葉は「自分の障害に対しても気持ちの「折り合い」 否定されるものではないが,それで
本当なら笑える話なのに「でも,おれの手 がつけられ,周囲からもある程度自分の思いが受け も「投げやりにならずに自分なりの
が」って言ってたら,本人だってしんど 入れられ「折り合いがつき」,「楽に生きている 生活を送ることができること」「障
い.そのこと(障害)を毎日毎日1分1秒 姿」を想定できる.「障害受容」というと,こっち 害を意識せずにいられる時間を持ち
考えて,いらいらしていて,ほかのことす かこっち,どちらかに比重がかかるイメージがある 気持ち的に楽になれること」は重要
目的としての「障害受容」 べてを否定してしまうっていう状況には が,「折り合い」というと,どちらにも比重がかから である.
ならないでくれればと思う.少しでもつ ず,微妙な均衡が保てているというイメージがあ
らくない状態になるために役に立てたな る.
らうれしい.それは結果としてこうなれ
ばというものではなく,対象者のつらい気
持ち・こうしたいという思いに応えたい
という思いが先にあって,こちらは問題解
決のための働きかけをする.
58
• 障害との楽な関係(障害へのとらわれから自由
になる)
=『障害受容』???×
=『障害との自由』○
• 『障害受容』と『障害との自由』の2つの異なり
:「志向性」「他性に対する(肯定的)感覚」
59
論点整理・まとめ
①「障害受容」そのものについて
・語感
・志向性のなかに「障害の否定性」が含まれてしまうことの
違和や不快
②「障害受容」の使用法
・専門性の遂行を優位に置いていること、その位置から、
専門的障害観・能力主義的障害観(障害の否定性)を対
象者に内在させようとする圧力の存在
③「障害受容」の方法論・支援論
・リハのアプローチ法と「障害受容」の支援法との関係が
不明確
・「障害受容」の支援法そのものの方法論が不明確
60
第七章
教育の現場では「障害受容」を
どのように教えればよいのか
・
まとめ
61
クライエントにとっての弊害
*リハビリテーション臨床において『障害受容』という言葉が
用いられるとき、「ひとの価値」が否定されてしまう
1. 理論の問題
段階理論が実際に適合しない理論
◇個人の変容にのみとらわれている
◇方法論の不明さ(資料⑦)
◇困難さ
2. アプローチ法の問題
◇2つのアプローチ法(「回復アプローチ」「代償アプローチ」)の移行が、
クライエントにとって「価値の転換」を強いられるものとなる可能性
◇価値転換論の方法論が明確に示されていない
◇リハビリテーション従事者が日頃重点を置いていること
62
セラピストにとっての問題
1. 他性の否定の不快
・志向性のなかに「障害の否定性」が含まれてしまうことの違
和や不快
2. 都合よく用いてしまうことの不快
・専門性遂行が優位に
・専門的障害観・能力主義的障害観(障害の否定性)を対象者
に内在させようとする圧力の存在
★リハビリテーションのアプローチ法と
『障害受容』の支援法との関係が明確でない
★『障害受容』の支援法そのものの方法論が明確でない 63
学校で教えた方がよいと思うこと
• これまでのリハビリテーション臨床における『障害受容』
の使用法と、そうした方法が生じる「仕掛け」を伝達する
• 1990年代以降、『障害受容』に関する批判的な言説、あ
るいは、それに代わる理論がでてきているので、それを
紹介する
• リハビリテーションの思想・パラダイムの変換可能性
(アプローチ法の操作地図の理論構築)
『障害受容』-「社会適応」概念
「他性の肯定(障害との楽な関係)」-「自由」概念
64
第八章
「障害受容」から「障害との自由」へ
再生のためのエネルギーはどこに?
65
『障害受容』から「障害との自由」へ・1
「できないこと」の表象
• 「できること」「できないこと」の価値
世の中は必要な分の生産は必要⇒「できること」の位置
世の中の規則:「自分の働き分は自分だけがとってよい」
「できること」価値あり⇔「できないこと」価値なし
• 「できること」「できないこと」の快
自分でできることの快、自分で行なうことの労力:不快
自分でできないことの不快、人にやってもらう(特権的)快
• 「できる」から「できない」へ-生きる様式の変化-
:『障害受容』
「失われた世界」「新しい世界」:生きる様式の変化
喪失感、美醜が気になる、慣れる、発見の快
• 「できないこと」-周囲の負担
<わたし>の負担感のために、<あなた>の「できない」を否定してしまっている可
能性⇒次スライド
66
「手を貸さなくてはならない時、それはその周囲の人にとってたしかに負
担である。誰かがどこかに行きたいとき、その人自身の力で移動しな
いのなら、誰か他の人が力を出さないとならない。本人でなければそ
れを行うのはまわりの人だから、本人ができ、その本人にやってもら
った方がまわりの人は楽である。その意味でその人に障害のないこ
とは「よいこと」である。障害があることが本人にとってよいかわるい
かは定まらない。この単純な意味で、障害がないこと自体がよいとは
言えないことを述べてきた。他方、周囲にとっては、(負担という点で
は)障害があることは確実に都合がわるく、ないことはよいことである
。「本人」がこのことを隠れ蓑?に使われ、本人だけのこととされるこ
とがある。そして当人もそんな周囲から学習し、自分のことを負担に
思ったりするだろう。このように実際は混じっている。だがその発祥
の地はあなた方の方にある。このことをはっきりさせておこう。不愉
快の源泉は、あなた方のことである(可能性が高い)のに私のことの
ように言うことにある」 (立岩、p66)
立岩真也 2002 『障害学の主張』「第2章 ないにこしたことはない・か 1」
67
明石書店 pp47-87.
• 外在的障害観(感)と内在的障害観(感)
『障害受容』≒能力主義的な障害観(感)、外在的障
害観(感)→内在的障害観(感)の否定、
• リハビリテーション理論の問題
⇒能力主義的障害観(感)に対抗し、その人が感受する(身体)世界を肯
定できる明確な基準線がない
⇒外在的で能力主義的な障害観(感)の出現と内在的な障害(身体)観(
感)の末梢性
• リハビリテーションが再生のエネルギーが動きだ
す糧になるには
・リハビリテーションが内在的障害観(感)、「できないこと」の肯定
・便利さ、快に役立つ
68
『障害受容』から「障害との自由」へ・2
「個人の変容にのみとらわれること」の閉塞感
• 価値転換論の問題
• 閉塞感:外がとても固いために内にあるものが全く外に出ることが
できないような内側から見たもの。人を無力化する何か。
• 「個人の変容にのみとらわれる」とは
外在的障害観(感)の肯定
↑ 「障害」をめぐり異なる意味世界を持っている可能性
↓ 「内在的障害観(感)」:世界がいまだ知らない形態・価値・様式を表示する可能性
内在的な障害観(感)の育成の阻害要因
• 「個人の変容にのみとらわれること」の閉塞感
:個人と世界とが、すでに在るもの同士の予定調和で結ばれたことに
よる閉塞感、いまだ無いものの現れによる個人と世界との交通可能
69
性の遮断による閉塞感
未知なる他者との出会い
-「べてるの家」の取り組み-
• 安心してサボれる会社づくり
• G&M大会
• 清水里香さんの「べてるの家」を訪れた感
想⇒次ページ
70
「そのころ、母からべてるの家のことを紹介されました。もう、どこでもよかったのです。と
にかく、自分のことを誰も知らない北海道の浦河まで逃げたのでした。浦河赤十字病
院に来ていちばん驚いたのは、精神科を受診したとき、いきなり川村先生に誉められ
たことです。先生に、いままでのつらかった体験を話したとき、すごく喜ばれたのです。
私はこんなに誉められたのは生まれて初めてでした。病気のことで自分が肯定された
のも初めての経験でした。いままで『幻聴が聞こえる』と言ったら全部否定されていま
した。『それは全部病気だから』『薬を飲んでいるの?』と、そんな話しかでてきません
。浦河に来て、向谷地さんも川村先生も、なんでもうれしそうに私の話を聞いてくれま
す。『私はエスパーだ』と言っても、ちゃんと理解してくれているんだとわかったとき、ほ
っとしました。それは、私自身が誉められたというのではなく、7年間悩み苦しんでいた
病気の経験を認められたような感じがしたからです。なによりも『あなたは、浦河が求
めていた人材です』と言われ、自分の病気の体験が必要とされていると知ったとき、天
と地がひっくり返ったように驚きました。7年間苦しんで苦しんで、誰も私の話を聞いて
くれる人などいませんでした。私は、とにかくつらくて安定剤がほしくて精神科に通って
いました。病院でも医師は『調子はどうなの』としか聞いてくれず、もし私が『今日は調
子がいいです』と言ったものなら薬が減らされるのではないかと心配で、本当のことが
言えませんでした。浦河に来て自分が受け入れられたと思ったとき、いまの自分の本
当の調子を人に話しても何も変わらないという安心感を得ることができました。ここに
来て自分の体験を誉められ、人とかかわるようになってようやく、自分が『自分いじめ』
をしていたことに気づき、自分の病気がわかるようになりました。」(浦河べてるの家、
p114)
浦河べてるの家 2002『べてるの家の『非』援助論―そのままでいいと思えるための25章―
71
』 医学書院
• 「べてるの家」の取り組みには、「外在的障害観(感)」の「内在
的障害観(感)」に対する閉塞性を打ち破る何か がある?
• 幻聴「さん」:幻聴を未知なる他者とする。「外在的障害観(
感)」の柔軟な変容の可能性。
• 内在-外在の交通可能性⇒清水さんは、初めて「自分の病気
がわかった」という
⇒『障害受容』が求めている姿ではないか?
⇒「内在的障害観(感)」の萌芽を探し、「外在的障害観(感)」
まで流通させること
(その過程のどこかに再生のためのエネルギーが動き出す何かがある?)
⇒「障害」の未知性(他性)に出会うための自由の旅路
: 『障害との自由』
72
『障害受容』から「障害との自由」へ・3
「他なるもの」とは何か
田所靖二1949『胎動』新女苑.より(資料⑧)
⇒「他なるもの」:
すべてのエネルギーの根源
無力であり超越的力能、逆説的
<あなた>にも<わたし>にも居る
73
『障害受容』から「障害との自由へ」
• 『障害との自由』:「他性の肯定」「他なるもの(未知性)に
出会うための自由な旅路」
内在的障害観(感)にコミット
内在-外在の交通可能性をもつ
⇒別様の世界の感受の様式を支持、<私>や<あなた>
の生のエネルギーの生起を支持
• 『障害受容』がダメな理由
外在的障害観(感)にコミット
内在-外在の交通可能性が遮断
⇒障害を得た人を無力化する通路を持っている
74
皆さんと考えたいこと
クライエント-セラピスト関係
1. 「障害受容」を用いることについて
⇒臨床で用いる方はいるか?
・どのような場面で、どのように
2. 「障害受容」は目的ですか?
⇒「障害」との否定性が否定されたうえで、その関わり
は「自由」ではないか。
75
Amazonのカスタマーレビュー(rob.tomyさん)から引用
当事者である私個人から見て、障害をどう受け止めるか、という
のは重要なテーマである。 例え、理想的な、偏見や差別もな
い社会や友人、家族がいたとしても、 障害者自身が障害者と
なったことで、苦しんでいるのであれば (Identity Crisisという内
面的危機という意味での苦しみ)は避けられまい。 それはケア
され、新たな自己を再生し、障害を抱えながらも明るく生きて
いける道を探し続けるであろうし、 医療関係者や家族や友人
や社会はそれを支援するべきである。
当事者の一人としては、治療者の都合の良い逃げ口上としての「
障害受容」という言葉を使って欲しくはないが、 上田氏の言う
主観的障害の中核をなす「障害受容」は忌避せず向き合って
貰いたい(資料⑨)と願う。 障害者となり、元には戻れないば
かりか、新しい生活や自己の可能性を見いだせず、 絶望して
人生を諦めている人や、死を選ぶ人たちはまさに自らの「障害
を受容」出来なかったのかもしれないのだから。
76
リハビリテーションの意義
1. とはいえ、リハは「できること」を目指すも
のですか?
2. 「できること」に別の意味をもたせた支援
は可能かでしょうか?
77
能力の回復・改善の軸をはずした
リハビリテーションの存在可能性
★小川奈々・中里瑠美子2007『わたしのからだをさがして』協同医書出版社
•
•
「左手が使えるようになる」とか「左足が右足と同じように動くようになる」というこ
とは,奈々さんにとって本当の意味ではイメージできないし,本当にそうなりた
いというような気持ち,感情も実はよくわからないと,あなたは言いました。それ
までのわたしにとってはそれが驚きの事実と思えたし,奈々さんにとってもそう
だったかもしれません。それまでわたしたちがリハビリの目標の,結果としてこう
なればいいと考える現実的な結果とは「からだが思ったとおりに動くようになる
こと,つまり麻痺を改善すること」だったし,それがわたしたちの共通目標だと思
っていたわけです。でも,それは本当の意味で共通ではなかったということがわ
かりました。(★,p47)
このリハビリはお互いにとって自分探しのところがあります。発見するとそれま
で不可能だと思っていたり,思いつくこともできなかったことがひとつひとつ見え
てきたり,その先に進む道が見えてきたりするようです。あなたが自分のからだ
と心について考えることは,わたしが自分のからだと心について考えることと無
関係ではないということがわかりました。お互いに自分のからだと自分のからだ
のことを考えながらやってきたのだと思います(★,p120)
78
• 「人間は感じるし,それに感情を抱いているし,自分というもの
に触れているし,自分の望むことを感じているのです。そんなに
複雑な在りようから単純に動作だけを抜き取ってなんとかしよう
なんておかしい」(★,p82)
• 「気持ちいいとかよくないとかいう感じ」は,すべて自分自身の
内側に生じるものなのです。奈々さんはここ数年,自分のから
だについて考えてきました。そして,からだを考えることは自分
自身を考えることなのだとわかってきました。なぜなら,この世
界の意味はすべてからだを介して生まれてくるからです。です
から,からだを考えるということは,世界の意味を考えることに
なるのです。自分自身の意味です。自分だけの意味です。(★
,p91)
• 「わたし自身も発見されてきたのです!わたしはあなたに向か
ってこうして言葉をみつけながら,実は自分と話しているところ
があります。こうしてあなたと一緒に発見していくことのすばらし
さを思うと,それをあなたに伝えたくなります。」(★,p92)
79
≪まなざし/まなざされる≫リハビリの功罪
★熊谷晋一郎 2009 『リハビリの夜』 医学書院
•
•
•
「健常者の体になったことのない私のなかにある「健常者向け内部モデル」は、大雑
把なプログラムである。一方の「等身大の内部モデル」のほうも、実は長いこと未完
成だった。なぜなら私が自分の体によって負担の少ないやり方で動こうとするたびに
、「その動き方は正しくありません!」と周囲の大人たちに介入されるために、内部モ
デルのプログラミングがいつも途中で終わる」★,p32)
「≪まなざし/まなざされる関係≫のような状況では、うまく動けない責任を「私自身
」に負わされるような焦りが生じることになる。そしてその焦りが、私の身体内協応構
造を強め、悪循環へと陥らせていくのである。
運動目標を与えるために、意思や注意といった領域に介入しようとするリハビリが
、かえって私の運動を脱線させたという経験をふまえると、≪まなざし/まなざされる
関係≫の中でリハビリが行われることの限界を、私たちは考えていく必要があるだろ
う。」(★,pp70-71)
「かつて「健常な動き」という運動目標をめぐって≪まなざし/まなざされる関係≫に
置かれたリハビリの現場では、私はついに「私の動き」というものを手に入れること
ができなかった」(★,p185)
80
モノとの関係では・・・
• 「規範的動きを習得できない私にとって、そのような前提は成り立たない。もう1度トイレなどのモ
ノそのものと対峙し、相互交渉によって一から私自身の動きを立ち上げる必要にせまられるので
ある。人との身体協応構造から立ちあがってくる「私の運動」は、ついつい「健常な動き」へと同
化させられがちなのに対して、モノとの身体協応構造から立ちあがってくる「私の運動」は、そう
いった同化作用から逃れやすい。人と違ってモノは、「これが普通の動き」という先入観にとらわ
れないからである。
だから私は人ではなく、まずモノとの交渉から「私の動き」を立ち上げていきたいと常々思って
いる。」(★、p163)
•
「私は新しくなったトイレを使ってみた。
時間はかかったものの、なんとか用を足すことができた。そのときのトイレとの融和感は官能と
いってもいいものだった。それは、ストレッチにおける≪ほどきつつ拾いあう関係≫と非常に近い
ものだ。トイレは私の体に合わせて形を変えた。そして私はそんなトイレの変化に応じて自分の
身体内協応構造を組みなおした。トイレと私の体は、互いに自らをほどきつつ、相手の動きを拾
いあって、歩み寄ったのである」(★、p157)
•
「すなわち、「教師あり学習」が運動や表象イメージの分節化を再生産する学習であるのに対し、
「教師なし学習」は、手探りで新たな分節化を立ち上げる独創的な学習といえる」(★、p159)
•
「一人暮らしを始めたときの私は、「教師あり学習」の成果である健常者向け内部モデルに、ぼん
やりと貯蔵された「健常者がトイレへ行く」ときの運動イメージを、手本として思い出しながら動き
始めた。しかしその遂行がうまくできず、身体内協応構造と内部モデルが敗北の官能を伴いな
がら自壊した。
手本を失い、正解の動きというものがもはや見当たらない状態となった一人暮らしの中で、便
意を解消したいという思いに突き動かされて無秩序に動く私は、環境との≪ほどきつつ拾いあう
関係≫に身をゆだねながら、そこにあるモノとの交渉によってオリジナルの動きと内部モデルを
立ち上げていった。
これは、そのつど動きを創発させる「教師なし学習」の系列に属する。「教師なし学習」の結果
立ち上げられた運動のイメージは、新たな内部モデルとして登録され、動きは徐々に熟練してい
81
く。つまりリハビリとは逆で、「つながり→内部モデルの習得」の順番になっている」(★、p161)
井口高志氏(信州大学、社会学)の問い
能力の回復・改善の軸をはずしたリハビリテーションの存在可能性を探ると
いうのがこの本を書く第一の問題意識。 → この問題に対して、補遺で『私
の体を探して』で行われていることを紹介することによって、「存在するよ」と
いう答えを出している。
•
しかし、ここで行われているのは、リハビリテーションなのか?と。<リハビ
リテーション=リハ専門職のやっていること>なのか?同じようなことは他
の人でもできないか?できないのだとするならば、リハビリテーションとは何
か?リハの理論や方法とはいったい何か?それだけ重要なものか?(取り
上げられている例でいうと、認知運動療法というリハ内部の理論の理屈に
依存しない形で、そうした問いへの答えが欲しい。)
•
すなわち、この研究の後には、リハビリテーションとは何か?(国家資格を
認定するような専門領域を作ってやるべきようなことなのか)という大上段
の問いが待っているのではないか
82
「障害」とは何でしょうか?
○ロバート・F・マーフィー(辻信一訳)1997『
ボディ・サイレント 病いと障害の人類学』
新宿書房(資料⑩)
○星加良司2007『障害とは何か』生活書院
○熊谷晋一郎 2009 『リハビリの夜』 医学
書院(前出)
83
障害の制度的位相、非制度的位相とその関連
★星加良司2007『障害とは何か』生活書院
【制度的位相】:障害者就労(差別の規範的設定、分配的正義)
【非制度的位相】:日常的な他者との営みのなかで、その身体的
特徴である障害によって生じる不利益
⇒こうした社会からの否定的な取り扱いは、障害者の自己否定を増幅し、さらに
、生活全般に関与する施設職員や親などの「重要な他者」による「弱者」「不
完全な存在」としての扱いにより、期待に適応する形で「弱者」として自己規
定するようになる
⇒意欲の抑圧、自己の幸福追求の断念⇒自己否定の悪循環⇒
制度的位相の問題を悪化
⇒有償介助システム不備⇒介助関係の非対称性⇒非制度的位
相の問題を悪化
制度的位相と非制度的位相は、相互に影響を与えながら、
多重的な不利益を生成する
84
障害を持つ当事者の
障害受容に関する言説
2005/06/24
第39回日本作業療法学会
於:つくば国際会議場
85
はじめに
対象者の「障害受容」を促進することは
「よい支援」であるとされる。しかし、
そもそも自らの身体に「障害」が「在る
」本人が、改めて「障害」を「受容」す
るということに不可解さを感じた。そこ
で、障害を有する当事者の「障害受容」
に関する言説を集め、検討を加えること
にした。
86
対
象
• インターネット検索で得た11名の文章(
資料)
• 新舎[2003] (文献)
• 旭[2000] (文献)
• 障害者問題研究Vol.30No.3、特集「障害
の受容と理解」のなかの6名の障害当事
者の手記 (文献)
87
方
法
川喜田[1986] によるKJ法を参考
手 順
• 研究の対象とした文章から「障害受容
」に関する文章を抜粋
• できるだけ1つの意味内容を持つよう
に分節化 → 33の文章に
• 内容の類似性からグルーピング
88
結
果
1
• 「障害受容に関するもの」(17)
• 「障害に関するもの」(6)
• 「肯定的な障害像・アイデンティティの形成
に関するもの」(5)
• 「社会の側の問題に関するもの」(2)
• 「医学・リハビリテーションに対する批判に
関するもの」(3)
()内の数字は文章数
89
障害受容に関するもの(17)
• 「障害受容」という言葉に違和感(6
)
• 「障害受容」の過程について(4)
• 「障害受容」できない(3)
• 「障害受容」はあきらめである(1)
• 自分なりに再定義する文章(3)
90
「違和感」についての文章
「非障害者製の用語ではないか」
「4段階のプロセスとして説明されるが、そんなにきれいな
経過はたどれない」
「『積極的に生きる』ことが性格の問題で解決されたら私の
ように『暗くて、悲観的な性格』の者は救われない」
「実は私自身が『障害受容』という用語について受容してい
ない。抵抗感がある。正確に言えばどうもピンとこないの
である。そもそも障害受容とは何なのか。障害後に生じる
多様な心理状態の変化の結果、一見、障害を受け容れ
たかに見える状態を便宜的に形容するために研究者が
恣意的に作った用語にすぎないように思える。一体障害
は受容できるものなのか?受容しなくてはならないものな
のか?」
91
障害に関するもの(6)
• 否定でも肯定でもない文章(1)
「仕方がない、車いすでもいいや」
• 否定的文章(4)
「『障害』が憎い、嫌い、鬱陶しい。でもそれが個人を否定することに
はならない(障害を受容や克服などできない)」
「『障害』が疎ましい。たとえ数時間でも見えるようになりたいと自分で
も制御できない衝動がある(それでも妥協し順応し、与えられた条件
のなかで新しい積極的な生き方を選ぶことができる)」
「(これができ)たら、(あれができ)たら、にすがる自分がいる(障害
受容の不徹底)」
92
障害に関するもの の
つづき
肯定的文章(2)
「(障害の受容とは価値の転換であり)障害は個
性であると考えるのが良い」
「目の見えない友達といると、ふだん味わえない
不思議な一体感や安心感がある。不思議な音を
聞いたとき、相手もほぼ確実にその音に気付い
て『あれ?』と思っている。目の見える人とだとな
かなかそうは行かない。目の見えないことは、自
分の大切な特徴の一部。他の多くの人にはない
個性なんだなぁと、誇りに感じることさえある」
93
肯定的な障害像・アイデンティティの形
成に関するもの(5)
「働く場と市民としての生活と権利が他の人々と平
等に保障されるならば、私たちは障害者である
以前に一人の人間として尊重され、生きがいを
自覚できる」
「自分の障害像、自己像の形成には、他覚(他者か
らの評価)の提供、支えが必要」
「大学という限定された小社会とはいえ、社会的認
知と評価を得たことが<力>と<自尊>に。今
私はつくづく『障害をもつことは、満更でもないな
』と率直に肯定観をもつことができる。単に『身体
の一部に不自由さを持っているだけの私』を自覚
する」
94
肯定的な障害像・アイデンティティの形
成に関するもの(5)
「働く場と市民としての生活と権利が他の人々と平
等に保障されるならば、私たちは障害者である
以前に一人の人間として尊重され、生きがいを
自覚できる」
「自分の障害像、自己像の形成には、他覚(他者か
らの評価)の提供、支えが必要」
「大学という限定された小社会とはいえ、社会的認
知と評価を得たことが<力>と<自尊>に。今
私はつくづく『障害をもつことは、満更でもないな
』と率直に肯定観をもつことができる。単に『身体
の一部に不自由さを持っているだけの私』を自覚
する」
95
社会の側の問題に関するもの(2)
「私はなぜあれほど落ち込んだのだろうか。そこに障害者は
何ら役立たずのゴミのような存在であるという私が持つ
<障害者観>があり、私自身がそうした人間になってし
まったのだという事実が私を落ち込ませていた。この障
害者観は、長い会社員生活、特に、生保会社営業体験
<会社人間>のなかで蓄積された<価値観>だと気付く
。その世界の人間評価はすべて<力>が絶対条件評価
で、グラフ社会における<人間観>であった」
「同じ障害を持つ仲間と接する機会も少なく、また情報も限
られていたので、ノートテイクやFAXなどの代替手段を思
いつくことがなかった。それは障害=マイナス要素という
認識をつくらせた社会全体の在り方に原因がある」
96
医学・リハビリテーションに対する批
判に関するもの(2)
「医者に”車椅子の生活”と予言され、周囲からは”障害
を受容せよ”と言われ、先に倒れた方にまで”障害を
受け入れ、感謝の気持ちを持て”と言われ、全ての
方角を敵に包囲された患者は、どう立て直したらよ
いのか」
「リハビリテーションが思うように進まない理由、リハビ
リテーションの効果が十分に現れない理由を障害受
容の問題にすり替えていないだろうか。われわれリ
ハビリテーション医療に携わる者は『あの患者は障
害受容していないから』という前に、自分達の治療を
振り返りアプローチに不十分な点はなかったかを省
みるべきではないだろうか」
97
まとめ1
• 「障害受容」に違和感のある障害当事
者が多い
• 「障害」は否定的な面だけなく、他の
多くの人にはない自分の大切な特徴の
一部でもあり誇らしいもの
98
まとめ2
• 肯定的な障害像・アイデンティティが形成され
た背景には、働く場、生活と権利が平等に保障
された環境のなかで、他覚(他者の評価)の提
供や支え、対等な関係であれる他者の存在、社
会的認知や評価があった
• 障害者、障害を否定、マイナス要素と認識する
企業や社会の価値観、さらには、そうした価値
を内在化した自分は、肯定的な障害像・アイデ
ンティティの形成を阻害する要因となっていた
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吉備国際大学大学院
保健科学研究科(通学制)
作業療法学専攻(通信制)
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