経営活動のグローバル化

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2015年春学期
「現代の経営」
第4回 経営活動のグローバル化
樋口徹
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過剰な時代、近代の「次の社会」を描け(水野和夫)
(2014/5/18日本経済新聞有料会員限定ブログ)
グローバル化には明確な定義がない(ディビッド・ヘルド他編『グ
ローバル・トランスフォーメーションズ』)。グローバリゼーションは経済
のみならず、政治、社会、文化など、広範な分野に大きな影響を与え
るので、明確な定義はなくて当然。しかし、なにごとも定義しないとそ
の影響を分析できない。
※定義なしあるいは曖昧な定義だと人々の 捉え方 が異なる可能性が高く
なり、議論がかみ合わなくなる(それぞれの視点や立場が影響)。
もっともポピュラーなのは「ヒト・モノ・カネの 国境 を越える自由な
移動」であるが、こう定義するとグローバル化は不可逆的だということ
になって、稚拙であってもともかくグローバル化に乗り遅れないよう、
流れについていかないといけないという脅迫観念が生まれる。環太
平洋経済連携協定(TPP)交渉にもそんな側面がある。
※TPPは、 2010年に、シンガポール,ニュージーランド,チリ、ブルネイ(環太平洋
戦略的経済連携協定国)に、米国,豪州,ペルー,ベトナムで交渉開始。その後,
マレーシア,メキシコ,カナダ、日本が交渉に参加(現在12カ国)。太平洋地域に
おいて、幅広い分野での自由化を目指し、 共通ルール 作りを進めてい
る。
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過剰な時代、近代の「次の社会」を描け(続き)
さて、ある程度政治と経済の分野に限定して定義を考えると、グローバリ
ゼーションとは、中心と周辺を結びつけるイデオロギーである。
これは 帝国 の定義と裏腹の関係にある。国際政治学者のマイケル・ドイ
ルによれば、帝国とは「2つの政治体制の間に結ばれた 支配-被支配
の関係あるいは関係のシステム」(山本有造編『帝国の研究』)であり、「帝国
的な支配と被支配の関係は、強力な中央統治機構を備える中心、中心から
の影響力に対して弱い周辺、そして中心と周辺を統合するトランスナショナル
な軍事的・政治的・経済的あるいはイデオロギー的な諸力・諸装置、という3
つの要素から形成される」(前掲書)。
21世紀においてはこの 「中心」と「周辺」 を結びつけるイデオロギーが
グローバリゼーションなのである。
※帝国主義とは、広義には、国家が領土や 勢力範囲拡大 を目指し他民族や他国
家を侵略・抑圧する活動・政策。狭義には、資本主義が高度に発達し生産の集積と独占体
がつくり出され、資本輸出が盛んになった段階。一九世紀末からこの段階に達した列強は
植民地 獲得競争に乗り出し,国内では反動政治・軍国主義を国外では植民地支配と
他民族の抑圧を強化させた。 (『大辞林』)
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過剰な時代、近代の「次の社会」を描け(続き)
このように考えれば、グローバリゼーションとは、中心が周辺を広
げるプロセスということになる。欧州連合(EU)は中心であるベルリ
ンがギリシャやイタリア、スペインを周辺化する枠組みであり、TPP
は ワシントン が、日本を含めたアジア諸国を周辺化しようとする
枠組みと解釈できる。
20世紀末以降、グローバリゼーションが世界を席巻してきたのは、
中心で利潤率が低下してきたから(日本の10年国債利回りは1.0%
以下、ドイツのそれは2.0%以下と5000年の「金利の歴史」上、過去
第1位と3位の低水準、第2位は17世紀初頭のイタリア・ジェノバ)、
利潤を 周辺 で獲得しなければならなくなったのである。グローバ
ル化は本来、「より遠く、より速く。より合理的に」という原理に依拠す
る近代を、一層近代化させる。BRICsなど新興国の高度成長はまさ
にこれによって説明できる。
周辺
中心
※政治や経済の世界では、強者が力
や有利なルール設定などによって、
グローバル化が進むことが多い。
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過剰な時代、近代の「次の社会」を描け(続き)
一方、近代化が頂点に達し超低利潤率に陥った先進国においては、グローバリ
ゼーションは 反近代 をもたらす。近代が想定する先進国内の空間を(これ以上
広がらないのを)広げようとすればするほど、反作用が起きる。その象徴が01年の
9.11(米同時テロ)や08年の9.15(リーマン・ショック)などである。例えばリーマン・
ショックは、「電子・金融空間」をレバレッジ(梃)にして、あるいは本来はその空間
に入るべきではないサブプライム層(信用力の低い層)を取り入れて、過大に膨ら
ませたバブルが崩壊した。
クリントン政権時代のサマーズ米財務長官(当時)が指摘するように「3年に1度
バブル は生成し、はじける」のは、積極的な 金融緩和 が工場やオフィスビ
ルなどの建設に向かって経済成長を実現させるのではなく、 株式市場 でバブ
ルを生むからだ。バブルだから必ず弾けるのであり、その過程で大リストラが実施
され、 中間層 が疲弊する。
これらは人為的に空間を膨らませようとして、限界値を超えて自ら収縮したので
ある。経済面からみれば、さまざまな「空間」を膨張させようと努力した結果、その
収縮過程でデフレや長期停滞が起きている。成長戦略にもこういう落とし穴がある。
無理な
膨張
反発(テロ)や矛盾(バブル
崩壊)を引き起こす
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経営のグローバル化(国際戦略とグローバル戦略)
国際戦略
・・・ある企業が立案・実施する 国境 をまたいだ戦略(少
なくとも2か国)
グローバル戦略
・・・ある会社が行う 地球規模 (多数の国と地域)の市場
での販売計画・活動(例えば、SONY等のアジア市場
戦略、北米市場戦略、欧州市場戦略などを組み合わ
せ、地球規模で考察された戦略)
※ある国の市場にいろいろな国の企業が参入して販売
活動をしている状況(例えば、北米市場では全世界の
企業がしのぎを削っているなど)も考えられるが、本講
義では個別企業の視点から地球規模で市場を捉える。
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企業活動の国際化
企業活動の国際化は当たり前になった。その背景には、
• 交通 網(人の国際的な移動:飛行機など)
• 物流 網(物資の国際的な移動:コンテナ輸送など)
• 情報 網(インターネット技術など)
• マネジメント 技術
の発展・充実がある。
現代の企業にとっては、何を 目的 として国際化を進めるか
が重要である。
• 各国拠点にどのような役割を与え、どのようにマネジメントする
のか(資源調達先、生産拠点、研究開発拠点、販売拠点、中
継場所等を決定)
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国際戦略によって企業が得られるもの
国際戦略は、企業の経営資源や能力を複数の国をまたいで活用
することであり、企業の競争優位の源泉となりえる。
• コスト削減 ;要素コスト格差の活用(低賃金国で生産活動)や
規模の経済(複数の国で販売)
• リスク管理 ;各国が保有する政治・経済リスクを複数国に
進出することによって分散(日本国内市場だけでは将来先細る
ので、中国市場に進出する。さらに中国市場の抱える政治・経
済リスクを考えベトナムなどの東南アジアにも進出するなど)
• 学習効果 と ノウハウ 活用;各国固有のマネジメント方
法を学習でき、さらにノウハウを別の国で活用できる(クロネコヤ
マトの中国進出に見られるように、日本市場で取得した宅配ノウ
ハウを中国市場で活用)
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経営の国際化の要因①
①「海外 市場 への拡大」(国内市場の規模と成長性と関連)
市場が飽和・成熟化すると海外市場を目指す傾向が強まる。
海外経験が少ない製造業の国際化の典型的な発展パターン
(a)第一段階: 商社
などを通じて間接的な輸出
(b)第二段階(海外取引拡大):海外市場の ニーズ を直接把
握し、市場に迅速に対応するなどの
ため、企業内に「 輸出部 」や
「 貿易部 」などを設置し、直接輸
出
(c)第三段階(海外取引の重要度拡大): 直接投資 (海外支
社の設立や海外企業の買収など)
を行い、本格的な国際経営の開始
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経営の国際化の要因②
②「海外 資源 の確保」(重要資源への接近)
現地生産 (=海外生産:市場および資源の近くで生産)開始
・ 天然資源 (不可欠な貴重資源)の確保
・低廉な 労働力 活用(人手が必要な作業の海外シフト)
・途上国の 優遇 政策や税制(法人税率の軽減)
(コスト削減や利益留保に効果)
・ 貿易摩擦 の回避や保護主義的な政府への対応
・ 為替変動 リスクへの対応
(急速な円高や円安が進行しても、影響が少なくなる)
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事例:鉛筆ビジネス
(単純な製品であるが、グローバルに生産・販売されている)
鉛筆の原材料
① 芯(①-1 黒鉛と①-2 粘土)
② 材木
③ 塗料・接着剤など
※原材料の大半は国内にあるが、実際は
段・量が重要)。
海外産
を使用している(品質・値
黒鉛は中国やブラジル産等
粘土はドイツやイギリス産等
材木はアメリカ産等(板状)
工場
(国内)
国内
市場
※原材料は国内で調達できたとしても、品質、価格、数量の
面から海外産に依存せざるを得ない
海外
市場
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【鉛筆の歴史①:良質の黒鉛の発見】
• 16世紀初頭、カンブリア(Cumbria:イングランドの北西部の州、古
生代のカンブリア紀の地層の名前の由来)の湖水地方(1万5千年
前の氷河期の痕跡である氷河湖で有名)を巨大な嵐が襲った。
• ボロウデール(Borrowdale:湖水地方のCumberland地域内で峡谷
などで有名)において倒れた木の根元から黒い塊の ランプ
(lump:2~3㎝の大きさ)が発見された。
※黒鉛に関しては、大鋸屑(おがくず)レベルをチップ(chip)、パウダー状をダ
スト(dust)と呼ぶ。
※当時は、このランプを羊飼いが羊の識別に利用していた。
• ボロウデール鉱山でそのまま利用できるレベルの良質の黒鉛
(graphite, black lead)の塊が発見された。
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【鉛筆の歴史②ボロウデール産の黒鉛の使い道】
• 16世紀の後半には、 フランダース (ベルギー)の商人が鉛筆
用としてボロウデール産黒鉛を欧州で販売(ミケランジェロ芸術学
校など)。
• 次第に、採掘された黒鉛の大半が大砲の鋳型作成に利用されるよ
うになり、 武装馬車 でロンドンタワー(当時は兵器庫)まで輸送
された(1680年には、英国政府は鉛筆への使用を制限した)。
• 1751年に、盗難黒鉛の輸送を禁止する法案が英国議会で承認。
※当時の黒鉛はブラックマーケット(闇市場)において高値で取引されており、
強盗や泥棒なども多かった。
※発掘後に捨てられた塊や廃棄物などから黒鉛を見つけ出し、違法に転売
(密輸)するものが現れた。それで有名なのが、ベルギーのフランダースの
商人であった。海岸に船を停泊させ、そこまで馬車に隠して運んだ。
• その他に、 減摩剤 (機械内での接触から生じる摩擦を減らす
物質)や医療用としても活用されており、鉛筆用には僅かしか利用
できなかった。
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【鉛筆の歴史③初期の鉛筆】
鉛筆に使用できる黒鉛は僅かであった。
① 細かく切ったり、
② 握りの部分をヒモで巻いたり、
③ 黒鉛を板状か棒状に削り、板にはめ込んだり、
して筆記具として使っていた。
※木材は南米から輸入し、Keswick(カンブリア州)の工場で生産していた。
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【鉛筆の歴史④芯加工の始まり】
(ボロウデール黒鉛が優位性を失う)
• 1760年にカスパー・ファーバーというドイツ人が黒鉛の粉を硫黄な
どを混合し、焼き固めた芯を作成した。1761年には鉛筆を販売し
た( 家具 職人⇒鉛筆職人へ⇒世界最古の鉛筆会社設立)。
• 1795年にニコラス・ジャック・コンテというフランス人が硫黄の代わ
りに 粘土 に黒鉛を利用した。さらに、粘土の混合の比率を変
えれば芯の硬度が変化することを発見した(現在でも、この方法
で鉛筆の芯は作成)。
※フランス革命戦争(1972~1802年):対仏大同盟との戦いで、イギリスからフ
ランスへの黒鉛の
力を開始した。
輸出
がストップした。フランスが国産化に向けて努
• 1840年頃から鉛筆メーカーが世界各地で多数出現。
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【鉛筆の歴史⑤ボロウデールの独占時代の終わり】
ボロウデール
ケズウィック
木材は南米から
欧州に輸入(海
運技術進展)
ニュールンベルク
黒鉛を輸入
し、木材と
組み合
わせ、鉛筆
を制作(世
界最古の
鉛筆会社)
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【鉛筆の原材料:黒鉛】
写真はスリランカのボガラ鉱山内部と完成品の出荷
• 地下数百メートルから黒鉛の塊を採取
• 鉱山に隣接する工場で、粉砕し、精錬し、選別し、包装する。
• 包装されたものは工場内で コンテナ に積み込まれ、海外
の目的地に輸出される。
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【鉛筆の材料:スラット(板)について】
木材をどのように運ぶ?
• 伐採した状態?
• スラット(板)に加工後?
※木材の輸送コストと加工技術
の進展によって、 スラット
(板状)の形で国内に輸入さ
れる。
※伐採したままの状態では、輸
送する際にスペースに無駄が
生じ、輸送中の事故が心配。
※現在は、山の中で伐採後、近
くの製材所でスラットに加工し、
それを段ボール箱に詰め、コ
ンテナに入れて運送する。
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