2014年07月19日 浅妻 - 京都大学 大学院経済学研究科・経済学部

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2014年7月19日(土)
第10回 アジア中古車流通研究会
(於:京都大学)
地域別にみる中古車輸出仕向け先の特徴
浅妻 裕
(北海学園大学経済学部)
協力:福田友子(千葉大学人文社会科学研究科)
1
自己紹介
 2003年頃~ 自動車リサイクル研究を開始
 当時たまたま訪問する機会があったサハリンで多数の日本製中古車を目撃
 ちょうど自動車リサイクル法施行前夜だったということもあり、「潜在的廃棄物
の輸出」(このキーワードは外川健一によるもので、後年外川・浅妻・阿部
(2010)で利用)でという観点から中古車国際流通の研究を行う
 ロシア現地に何度も足を運び、利用や廃棄の実態、その問題点などを報告し
た
 その後、中古パーツの国際流通にも着目。海外向け中古パーツビジネスの独
特の世界に関心を持つ。
 特に興味が惹かれたのが世界各地に点在する大規模な中古パーツマーケッ
トの存在
 この4-5年ほどは、UAEのシャルジャやバンコクの巨大なマーケットで流通の実
態や、歴史、担い手に関する調査を実施してきた。(浅妻・岡本(2012)など)
 上記の地域では、エスニック・ネットワークがマーケットでの流通様式を規定し
ているようにも思われる。
 本題に入る前に、これらの調査に関する写真や資料を提示する
2
(本題)はじめに
本報告では、既存研究から報告の意義を明らかに
したうえで、日本各地域からの中古車輸出台数仕
向地別推移のデータを示し、そのデータに見られる
地域別特徴・差異を、報告者らの現地調査や既存
研究を元にしたビジネス実態(その担い手が誰か、
など)から裏付けることを目的とする。
本報告は、浅妻・福田(2014)をアレンジしたもので
ある
※中古車輸出データの出所はすべて財務省貿易統計
3
中古車輸出(業)に関する様々な研究
アプローチ:経営学(港湾経営論)
 塩地(2010)では、中古車輸出業を「非寡占的業界」と整理し、何
故大手ディーラー(メーカー)が進出しないのか、今後どのように
構造が変わっていくかを展望している。
 塩地(2006)では、中古車輸出のビジネスモデルを類型化した。
特に、「日本海・港モデル」の提示が興味深い。
 岡本(2009)では、日本海側(事例は富山)の外国人中古車輸出
業者を港湾経済活性化のための重要な主体と位置づけ、海外
の事例を参考に彼らの支援を視野に入れた政策を提起
 岡本(2012)では、2009年にロシア向け中古車輸出が激減する中、
港湾周辺に立地する外国人中古車輸出業者がどのような業態
変容を見せたのか整理している。また、彼らの集積は港湾経済
にとって「強み」であると位置づけ、それを活用する方向性(中古
部品輸出のLCLサービスなど)を提起している。
4
中古車輸出(業)に関する様々な研究ア
プローチ:環境経済・政策論
 中古車や中古部品の国際流通は環境面に様々な影響をもたらす。
 Davis and Kahn(2010)では、規制緩和により、2005年以降アメリカからメキ
シコへの中古車が増大したことを事例に、「構造効果」と「規模効果」の観
点から使用過程の環境負荷がどのように変化したか考察している
 浅妻・中谷(2007)では、日本から大量の中古車が輸出されるロシアにお
いて、車検制度の不備等から中古車が環境的に適正な状態で利用され
ていないことを指摘している。輸入国側における使用時・廃棄時の環境問
題に対して日ロ間の様々な協力の必要性を訴える。
 寺西編(2007)では、日本から輸出された中古車が現地で適切に処理・リ
サイクルされず放棄車両問題などを引き起こしていることを現地調査など
から明らかにしている。使用済み後のインフラが十分でないことから、日
本として何らかの対応(法制度、企業等の自主的協力)が必要ではない
かと提起している。
 阿部(2011)では自動車を主たる対象とした中古品の国際流通における政
策論の検討課題を整理している。
 実態調査が先行して行われてきた経緯があり、理論的分析が求められて
いるアプローチである。
5
中古車輸出(業)に関する様々な研究
アプローチ:国際社会学(移民研究)
 日本では、いわゆる静脈産業にエスニック・マイノリティが積極的に参入し
てきた歴史がある。
 古くは梁石日の小説『夜を賭けて』に見られるように在日韓国・朝鮮人によ
る金属リサイクル業への参入があげられる(韓、2012)。
 1970年代以降、国際流通を目的としたニューカマーの移民企業家が静脈
産業に参入。元インドシナ難民のベトナム人企業家による中古家電輸出
(平澤、2012)、自動車解体業に参入するスリランカ人(中村、1994)、そし
て南アジア系移民による中古車輸出業などがあげられる。
 中古車輸出業については、福田の一連の研究から「社会関係資本」と「機
会構造」の存在が彼らのビジネスの存立基盤となっていること等が明らか
にされている(福田、2004;2006; 2007;2008;2012a,b,cなど)。エスニック・
ビジネスとしての静脈産業(中古車輸出、自動車解体)。
 藤崎(2010)は富山県のパキスタン人中古車輸出業者の展開と現状を丹
念に追跡し、行政がどのように彼らを位置づけてきたのか、その課題は何
か、等を論じている。
6
中古車輸出(業)に関する様々な研究
アプローチ:経済地理学
 外川(2001)では「中古車の空間移動」として日本国内、そして日本
国内から海外への流出状況を統計資料を用いて明らかにしてい
る。特に国内については中古車の「西送り」「北送り」という現象が
見られ、廃車不法投棄問題の背景になったことを指摘している。
 浅妻(2011)では国内対象ではあるが、廃車の発生地域と解体され
る地域のギャップから「移動指数」を求め、廃車の空間移動を明ら
かにした。
 浅妻・岡本(2012)では、日本から輸出された中古部品の流通拠点
となっているアラブ首長国連邦(UAE)で特定のエスニックグループ
による顕著な集積現象がみられることを論じている。浅妻のその
後の研究で国内外の各地の流通拠点で集積現象がみられること
を明らかにしている。
 福田(2012b)では、日本海沿岸地域で中古車輸出業に従事する移
民企業家の集積と分散をテーマに論じている。
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中古車国際流通研究の意義
 このように各アプローチから中古車国際流通に焦点が当てられ、それぞれ
の議論に必要とされる限りにおいて中古車国際流通に関する研究が進め
られてきた。
 各アプローチへの素材となるという点で、中古車国際流通自体をテーマと
した研究も重要な意義を有し独自の分野として確立しつつある。例えば岡
本・浅妻・福田(2013)でこの点が強調されている
 中古車の国際流通について、どの国にどの程度出ているのか、どのような
要因でその量や仕向け先が変動しているのか、規制の状況はどうなって
いるのか、といったことについては、ある程度議論されてきたのではない
か。一方、日本国内のどこから中古車が輸出されているのか、あるはその
担い手は誰なのか、ということを整理した議論は未だ発展途上と思われる。
 本報告では、財務省貿易統計を加工し、各地域からの中古車輸出台数仕
向先別推移を明らかにし、そのデータが示す特徴を報告者らの現地調査
や既存の研究成果から判明するビジネス実態(担い手など)を用いて説明
することを目的とする。
 ただし貿易統計の制約から、データは2001年以降、現地調査等の定性的
情報は1960年代後半から扱う
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日本からの中古車輸出台数推移(仕向地別)
9
日本からの中古車輸出仕向地別比率
10
日本からの中古車輸出の推移
 2008年までは急激な増加傾向を示し、2009年に大幅に落ち込んだ後、再
び増加傾向を示している。
 2005年に統計上把握できない中古車の旅具通関(3台合計金額が30万円
まで可能)が廃止されたこともその背景にある。
 様々な傾向が読み取れるが、顕著なのはロシア向けが激しい増減を示し
ていることである。竹内・浅妻(2009)、浅妻(2013a)で示されるように、2009
年の中古車輸入関税引き上げの影響が非常に大きい。2009年には前年
の10分の1に落ち込んだ
 中南米向けも同様に輸入規制の強化により2009年に前年の半減となる。
2009年の大幅に落ち込みはほぼこの2つの地域への輸出減によるもの
 中東向けは2000年代前半のような活発な取引は見られない。中東ドバイ
は福田・浅妻(2011)で示されるようにアフリカ向け輸出の中継地となってい
たが、直行で輸出されるケースが増えたためである。アフリカ向け輸出は
長期的な増加傾向を示す。2009年も前年比増となっている。
 近年の東南アジア向けの急増傾向はミャンマー向け輸出の規制緩和によ
るものである(浅妻、2013b)。
11
都道府県別中古車輸出台数の推移
12
都道府県別中古車輸出台数のシェア
13
都道府県別中古車輸出台数
 このグラフは毎年上位9位までに並ぶ道府県を並べたものである。
2001年以降、例外的に広島、京都、島根、茨城が入る年もあった。
 神奈川県からの輸出が最も多い。これは横浜港に加え、川崎港
を抱えているためである。2009年の激減期を除いておおむね増
加傾向にあり、全国の輸出の3-4割を占めてきた。
 愛知県が次に続き、2009年にやや台数を減らしたものの、全国
の輸出台数に占める割合は逆に増加している。
 港湾別でみた場合には、2002~2010年まで横浜港が首位であっ
たが、2011年以降は名古屋港が首位に立っている。
 2009年には、富山・新潟といった日本海側の地域が著しく減少し
ていることが目立つ
 兵庫は2000年代初頭には、神奈川・愛知・大阪に比べてごく少数
の輸出がなされていただけであったが、2000年代前半以降、増
加し、大阪とほぼ同量の輸出がなされるようになっている。詳しく
は後述する。
14
神奈川県からの中古車輸出台数推移(仕向地別)
15
神奈川に見られる特徴
 神奈川の仕向地の傾向は、2008年以前と2009年以降
で異なっている。
 2008年以前は中南米向けとロシア向けが一貫して増
加傾向にあったが、2009年に両仕向地の規制強化で
激減
 2009年以降はアフリカ、東南アジア向けを中心に輸出
台数が増加
 ロシア向けについては回復の兆しはあるが2008年以
前には遠く及ばない
 そのような状況下で横浜港は名古屋港に輸出台数首
位の座を明け渡している
16
愛知県からの中古車輸出台数推移(仕向地別)
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愛知に見られる特徴
 神奈川県ほどロシア向けや中南米向けの依存度が
高くないため、2009年の規制の影響は軽微にとどま
る
 またこの時期、アフリカ向けやパキスタン、バングラデ
シュ、スリランカという南アジア向けが堅調に増加
→2011年には名古屋港が首位に
 2009年の規制で、後述の日本海側におけるロシア向
け余剰在庫が発生し、それらがアフリカや南アジア向
けへと仕向地が振り替えられた
 このことも名古屋港が首位となった、あるいは愛知県
からの輸出のシェアが増大してきた背景といえる
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アフリカ向け中古車輸出地域別内訳
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大阪府からの中古車輸出台数推移(仕向地別)
20
兵庫県からの中古車輸出台数推移(仕向地別)
21
大阪・兵庫に見られる特徴
 2006年頃まで関西圏からの中古車輸出は堺泉北港と大阪港を有する大阪
に比較的集中
 堺泉北港に隣接して国内最大手の輸出業者が立地していることも大きな要
因である
 そのディーラーの主たる輸出先がニュージーランドであったことから、大洋州
向けが他地域よりも大きな割合を占めている。(大洋州向け輸出は2007年
以降首位)
 また、ロシア向け輸出が古い歴史を持っており、2005年までは他の太平洋
側地域よりも多い台数が輸出されていた(ただし業務輸出)
 東南アジア向けの輸出増と堅調な大洋州向け輸出が大阪港からの輸出を
支えている。
 大阪と同様、兵庫もロシア向け輸出の古い歴史がある。愛知や神奈川に比
べるとロシア向けへの依存度は高い傾向にあり、2009年の規制強化で大き
な影響を受けた。
 2009年以降、全国的な動向とは異なり、ロシア向けの回復傾向は見られな
い
 ドバイを中心とした中東向け輸出に強く、2004年~11年の間、愛知を凌いで
第2位となっていた。大阪では中東向け依存度が低下(輸出台数が減少)し
ていったのとは対照的な動向である。この理由は後述。
 中東向けの市場維持と、アフリカ向け輸出の拡大が兵庫からの輸出を支え
22
ている
ロシア向け中古車輸出台数地域別内訳
23
中東向け中古車台数地域別内訳
24
大洋州向け中古車輸出台数地域別内訳
25
参考:千葉県からの中古車輸出台数推移(仕向地別)
26
富山県からの中古車輸出台数推移(仕向地別)
27
新潟県からの中古車輸出台数推移(仕向地別)
28
富山・新潟に見られる特徴
 富山、新潟に共通してみられる顕著な特徴はロシア向け輸
出への依存である
 特に富山はほぼ100%がロシア向けである
 2009年の規制強化時に大きなダメージを受けた
 その後富山では回復傾向にあり、同時に全国に占めるシェ
アを高めている(2008年以前は3-4割であったが、2009年以
降は約5割で推移)。
 一方、新潟では2009年以降輸出先の多様化の動向があり、
ロシア向けは低調となっている(全国に占めるシェアも低下)
 このように、太平洋側/日本海側で、統計上、大きな違いが
みられる。また、太平洋側や日本海側の内部でもその動向
に若干の違いがみられる
 以降では、報告者らのフィールド調査や先行研究から得た
データを元に、その違いについて説明する
29
参考:福岡県からの中古車輸出台数推移(仕向地別)
30
中古車輸出業の歴史と地域展開
 外川・浅妻・阿部(2010)で中古車輸出の歴史を4つに区分
 第一期は1960年代半ば~1975年。輸出前検査が徐々に制度化された時期。マ
レーシア、香港、韓国など東南アジア、東アジア向けであった
 報告者の知る限り、当時輸出に関わるビジネス(輸出前検査)を行っていたのは関
東地方の業者である。黎明期には横浜など、首都圏港湾からの輸出であったと推
測できる。
 第二期は1976年~1987年、ちょうど日本から工業製品が「集中豪雨的輸出」され
ていたころである。東南アジア、東アジア地域以外への広がり。西アジア、アフリカ
等
 特に1970年代後半のパキスタン向け輸出のブームが特筆される(福田、2012c)
 パキスタン人のタスリーム氏(仮名)が1973年に研修生として来日し、1974年にパ
キスタンに戻る際に日本の中古車を持ち帰ったところ、良い商売になると気づい
たのがきっかけである。のちに日本の中古車輸出ビジネスの主たるアクターとな
るパキスタン人であるが、きっかけは偶然であった。1975年に本格的にビジネスを
開始し、翌年に2億円の売り上げを記録する。
 第3期は、ニュージーランドの貿易自由化を発端とするニュージーランド(NZ)、ロ
シア、UAEの台頭である。(1988年~2004年)
 この時期、首都圏に在住していたタスリーム氏はニュージーランド等に進出したり、
南米向け輸出を始めたりするなど先行して新たな海外展開へ取り組む
 パキスタン向け輸出は1993年~94年の輸入規制強化により、別の販路の開拓を
せざるをえない状況にあった。友人・知人といった同胞をNZ、UAE、東アフリカ、南
米に移住させて貿易や生活の拠点を設置し、トランスナショナルなネットワークを
31
構築した。
中古車輸出業の歴史と地域展開
 1980年代末からソ連・ロシア向け輸出が増加。北洋材
輸入船舶の船員あるいは「買い物ツアー」によるもので
ある。
 「買い物ツアー」は中古車の買い付けを目的として来日。
一群は日本各地の中古車販売店を巡り、安価な中古車
を買い付け、ロシアに持ち帰った。
 1994年にロシアでの個人による輸入関税が大幅に引き
上げられ、「買い物ツアー」は見られなくなった。このツ
アーに依存していた中古車業者の廃業も見られた。当
時のツアーは日本の中古車業者を回るもので、パキス
タン人業者を対象としたものではなかった。
 1995年に日本が中古車輸出に関わる規制の緩和(輸
出貿易管理令の改定、関税基本通達の改定)を行った
ことから日本各地の港湾周辺ではロシア人船員向けの
中古車輸出ビジネスが一気に活気づいた。
32
中古車輸出業の歴史と地域展開
 パキスタン人業者が1990年代前半に本格的にロシア向け輸出に参入できなかっ
た理由は、ロシア向けの中古車貿易が,日本側の「旅具通関」(「関税法基本通
達」67-2-7)という特殊な制度を利用して発展したため。
 この制度を活用するためには、日本側に販売拠点が必要で、日本人中古車
ディーラーの優位性があった。
 このような事情に対応し、1996年-2005年の横浜港ではロシア船の入港に合わせ
てパキスタン人輸出業者が特設の中古車市場を形成(福田、2012a)。
 さらに一部のパキスタン人業者はロシア向け貿易に有利な日本海側の貿易港周
辺へと移動
 富山では1991年、パキスタン人の初期参入者が登場、1996年以降、パキスタン人
企業家が急増、富山三港周辺(射水市、富山市)特に国道8号線沿いに集積。
 新潟は同時期に、小樽では1994年、舞鶴では1997年にパキスタン人が中古車輸
出業に参入している。(福田、2012b;朝日新聞1998年3月16日付)
 日本海側では中古車販売業者が店舗を開設し、ロシア人船員相手のビジネスを
行うようになった
 結果として、パキスタン人の中古車輸出業者は関東近辺と日本海側道府県に集
中(次スライド表参照)。それとほぼ同時に富山からの旅具通関台数が急増(阿
部・浅妻、2007)。
 ただし、2005年まではロシア向けに関して太平洋側からの輸出は大阪が最も多
かった。日本人中古車業者による輸出である可能性が考えられる。その担い手の
一つが堺泉北港に隣接する国内最大手ディーラーである。
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パキスタン人中古車貿易
業者の県別事業所数
日本海側地域におけるパキスタン
人外国人登録者数の推移(人)
年
富山
新潟
北海道
1990
1
8
8
1995
4
36
15
2000
62
126
61
2005
244
179
65
2010
425
220
98
出所:福田(2012b)
出所:福田(2012a)
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中古車輸出業の歴史と地域展開
 兵庫の場合は、阪神大震災の影響で取扱い貨物量が大きく減少したため、神戸市
では港湾用地を大量に整備し、さらに規制緩和を行い企業誘致を図った。
 特に中古車オークションに着目し、1999年の兵庫オートオークションを皮切りに、多
数の業者が立地。2010年には12社に(岡田、2010)
 立地の経緯と、地域別輸出台数の統計からは、大阪の輸出を代替したものと推測
される
 2000年代に入り、日本海側、特に富山のロシア向け輸出の拠点性がますます強ま
る。2003年当時、旅具通関によるロシア向け輸出の3-4割が富山からのものとされ
る(阿部・浅妻、2007)。
 2005年以降、日本海沿岸の中古車輸出業に2つの転機が訪れる。中古車輸出業
の歴史の中で第4期と位置付けることができる
 第四期の特徴はロシアファクターで中古車輸出市場が揺れ動くことである
 第一の転機は2005年7月,日本政府が旅具通関による中古車輸出を廃止したこと
である.
 この結果、ロシア向け中古車輸出は「業務通関」へと一本化され、その輸出量がほ
ぼすべて貿易統計に反映されるようになったため、2005年には統計上の輸出量が
大きく増加し、さらにその後の統計でも大幅な増加を示し続けた。
 またロシア人(企業家)が「船員」として来日する必要性がなくなったことから、富山
の拠点性は揺るぎないものではあったが、ビジネス・スタイルの変化が始まった
(商品車の店頭展示販売→ネット経由でのオークション仕入発注→徐々に店舗が
不要に)。
 ロシア側の金融システムの整備と一定期間の売買を通じて醸成された信頼関係に
35
より海外送金への信頼が増したことがあげられる(岡本勝規氏による)
中古車輸出業の歴史と地域展開
 もう一つの転機は2009年1月,ロシア政府が中古車の輸入規制を大幅に強化し
たことである.
 この結果,日本海沿岸に店舗を設置していた中古車輸出業車は大打撃を受け,
その多くは店舗を閉鎖するなど,日本海沿岸の集積地域から徐々に撤退して
いった.
 現在、富山をはじめとした日本海側の港湾周辺では従来見られた店舗の集積地
は空洞化している。一方で、取引形態の変化が店舗の必要性を低下させており、
一部の事業者は市街地のアパートや住居棟の一室で事業所を開設し、インター
ネットやFAXを通じた取引形態に移行している(岡本,2012)。依然として多数のパ
キスタン人業者が残存しており、容易に視認できない業態へと変化している。
 2009年以降、富山ではロシア人事業者が台頭し、取扱量の面ではパキスタン人
事業者と同等となっている。このことがロシア向け輸出における富山のシェアの
増大の背景にある。インターネットの発達でロシア側に価格情報が知られるよう
になり、パキスタン人業者の優位性が低下したためとされる。(岡本、2012)
 富山(あるいは他の日本海側輸出港)のパキスタン人輸出業者は彼らのネット
ワークを通じてアフリカ、中東、南アジア向け輸出も行うようになった(岡本、
2012)。富山の場合、利用港湾は名古屋、横浜であるが費用の面から名古屋が
好まれているようである。このことも名古屋港が2011年以降、輸出台数の首位に
立っていることと関係していると思われる。
36
結論
 本報告では、主に神奈川・愛知・大阪・兵庫・富山・新潟を対象として、貿
易統計から読み取れる範囲で仕向地や輸出量に関する特徴を述べ、さら
にビジネスの担い手に着目しながらその背景の説明を試みた。
 太平洋側では特定の仕向け地の偏りは相対的に少ないが、神奈川や兵
庫などロシア向け、南米向け依存度が高かった地域では2009年に深刻な
影響が出た。
 パキスタン人による中古車輸出業者は関東に集中しており、主たるアク
ターになっていたことが推測される。太平洋側の他の地域については不明
である。また、ネットオークションが発達した2000年代前半以降は輸出業
者の立地と輸出港との関係が以前と比べて曖昧になっている
 大阪が2000年代前半に全国におけるシェアを低下させたのは兵庫におけ
る中古車オークション誘致政策があったため。オークション会場の存在が
輸出業者の神戸港の利用につながった
 日本海側の港湾では1980年代末の初期には日本人中古車業者、1990年
代半ば以降はパキスタン人中古車輸出業者が加わり、ロシアへの中古車
輸出の一大拠点を形成。これらの港湾はロシア向け依存度が高くなり、ロ
シア市場の影響で流通量が大きく変動する。2009年の規制強化時には余
剰在庫は太平洋側に流れ、名古屋港などから輸出された。トランス・ナショ
ナルなネットワークを有するパキスタン人が担い手であったこと、日本海側
の航路の選択肢の少なさが追い打ちをかけた。
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結論
 ロシア人輸出業者の台頭により、富山からのロシア向け輸出が再
び増加傾向を示している。
 日本では中古車輸出はエスニック・ビジネスとして独特の展開を示
しているが、これには中古車輸出の形成史が深く関係している。
日本と仕向け地双方の輸入規制や法制度の変遷、情報通信網の
発達があり、それらが場合によって外国人企業家のビジネスに有
利に働いた。
 ロシア本土にパキスタン人が進出せず、日本海側に集積したのは
旅具通関という特殊な制度にあることが分かった。1990年代半ば
以降の規制の変化により急増したニューカマーたちがその後の日
本海側港湾のロシア向け輸出の主たる担い手となった。
 太平洋側地域の貿易統計上の差異について、担い手などのビジ
ネス実態からの更なる説明は課題として残された。またパキスタン
人以外の外国人の動向をフォローすることも重要である。
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【文献リスト】
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済研究所:73-96).
浅妻裕(2011):廃車流通と自動車静脈産業の立地変容に関する経済地理学的研究序説,『北海学園大学経済論集』58(4):215223.
浅妻裕・岡本勝規(2012):自動車中古部品産業の地域的集積に関する考察-シャルジャ首長国を事例として-,『開発論集』90:
69-83,2012年9月.
浅妻裕・岡本勝規・福田友子(2012):DETSからみるアラブ首長国連邦の中古車中継貿易,『北海学園大学経済論集』59(4):139150.
浅妻裕・外川健一・阿部新・福田友子・平岩幸弘(2011),『廃車フローの国際化とリサイクルネットワークの形成に関する経済地理
学的研究(H20~22年度科学研究費補助金 基盤研究(C)・H22年北海学園大学学術研究助成(共同研究))』.
浅妻裕・中谷勇介(2007):ロシアにおける自動車リサイクルの現状 ―利用・廃棄段階の日ロ間協力に向けて―,『環境と公害』(岩
波書店)36(4):38-44,
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例会資料),2014年4月19日,東北学院大学
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学・自然科学)』61:15-24.
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岡田健二(2010):神戸港地域における新たな企業誘致について,『都市政策』129:41-47.
岡本勝規(2012):ロシア向け中古車輸出動向と輸出業者の業態変容-伏木富山港周辺を事例に―,『砺波散村地域研究所研究
紀要』29: 39-45.
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成果報告書)』日本海学推進機構.
岡本勝規・浅妻裕・福田友子(2013):第2部 環日本海地域の港湾活性化に向けた対ロシア輸出入業者の業態転換に関する研究,
(所収 福田友子編『国際的な自動車リユース・リサイクルに関する学際的研究(研究プロジェクト報告書第263集)』千葉大学人文
社会科学研究科:36-116).
竹内啓介・浅妻 裕(2009):急変する日ロ間中古車・中古部品流通 ―ロシアの政治経済情勢に着目して―,『北海学園大学経済論
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