表現的個人主義の問題点

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NGOネットワークはうまくいくのか?

-日本とインドネシアの国際比較から- 日本大学国際関係学部 荒木 徹也

NGOネットワークはうまくいくのか?

答え: 理由: 口で言うほど簡単なことではない。 ①ネットワークの背後にある人間関係 は、誰にとっても人生で最も難しい 課題だから。 ②団体数が多く、また複雑で錯綜した 法体系のためもあって全体像を把握 することさえ至難の業である。 ③国際的なNGOネットワークの場合、 異文化理解の壁がより大きくなる。

本日の講演内容

第1部:NGO/NPOをどう理解するか、その全体像は?(日本) 第2部:NGOネットワークに関する意識調査(インドネシア) 第3部:教育支援NGOのアクション・リサーチ(インドネシア) 第4部:[日イ国際比較] アメリカ式個人主義とネットワーク的な共同性 第5部:国際開発フォーラムに期待すること

第1部

NGO/NPOをどう理解するか、その全体像は? (日本)

日本のNPOの制度

• 特定非営利活動促進法 (1998.12.1施行) • 複雑な法人制度体系 (配布資料を参照) • さらに複雑な法人税制度 注)法人=自然人以外のもので、法律上権利・義務の主体たる資格が 与えられたもの。その活動・運営は、定款・寄附行為など の根本規則により、総会で意見が決定される。

日本の国際協力NGO

• 国際人道支援活動は、戦前からあった。[例:日本赤十字社] • 日本で国際協力NGOが台頭し始めたのは1980年代。 • 国際協力NGOセンター(旧称:NGO活動推進センター)が国内NGO ネットワーク形成に貢献。 [国際協力NGOダイレクトリーの刊行] • アジア地域での活動が大半を占める。 • 予算規模の大きなNGOには、国際NGOが多い。 • 大都市圏に事務局を構える傾向が著しく、農村部では存在感が薄い。 • 「なぜ、援助するのか」という問いに対する公共哲学的な解答を 持ち合わせている団体は少ない。

日本のNPO政策:今後の課題

前提条件:国民の自律と主体的な参加 十分に成立しているとは言い難い。 短期的課題:①民間非営利セクターの概念整理 ②政府セクターとのパートナーシップ ③理念レベルの認識ギャップの是正 中長期的課題:一元的な非営利法人法体系の確立と整備 参考文献:初谷勇『

NPO

政策の理論と展開』 大阪大学出版会、

2001

第2部

NGOネットワークに関する意識調査 (インドネシア)

ネットワークの三類型

ネットワーク=自律的な部分が網状でつながり、全体のアイデンティティを 保ちながら相互作用している一つの統一体(朴, 2003) 組織的かつ形式的で、 与えられた目的を達成 するために活動する。 ①戦略的 ネットワーク ②相互行為的 ネットワーク ③道具的 ネットワーク より個人的かつイン フォーマルであり、 コミュニケーション としての活動を志向 する。 情報通信のための技術や設備など 参考文献:朴容寛(2003) 『ネットワーク組織論』、 ミネルヴァ書房

ネットワークに関する意識調査:①調査方法

調査対象: INFID – NGO 会議の参加者 調査期間:

2002

9

29

日から

10

2

日(

4

日間) 質問内容:インドネシアの

NGO

ネットワークが有効に機能する ためには何が必要か? 調査方法:事前に作成した探検ネット図解を対象者に見せ、上位

5

項目を選び無記名で投票してもらう。 採点評価:

5

点法(第

1

5

点、以下

1

点ずつ減じ第

5

1

点)による 衆目評価法 配布数: 155 セット 回収数: 35 セット 有効票 26 票

(16.8%

ネットワークに関する意識調査:②投票結果

第1グループ 2 3 4 5 6 7 90 80 70 60 第

1

位 第

2

位 ビジョン・ミッション・戦略(

82

点) <共通認識/意識> コミットメント(

50

点) <人材・能力> 50 40 30 20 10 0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40

対抗的相補性における目的活動の優位性

①目的活動 (82点) ②相互行為的 コミュニケー ション(50点) 投票結果に基づき、 ネットワークの三類型 (朴

, 2003

)と照合した。 ③道具 (20点以下) 対抗的相補性(塩原, 1994) 組織的なものとネットワーク 的なものが相対立すると同時 に相互補完的でもあるとする 関係性を表す概念。

ネットワーク社会に内在する相互矛盾関係

資源が限られているとき ほど合意形成作業は困難 を極める(①と②)。 ①人間同士の自 発的な合意形 成プロセス 価値観が多様であればあるほど 明示的な価値観の統合を目指す 意見の集約・統合プロセスは収 拾がつかなくなることが多い (①と③)。 ②資源(人材・ 資金・時間) ③価値観の 多様性 価値観が多様であればあるほど、その調整のために より多くの資源を消費することになる(②と③)。

第3部

教育支援NGOのアクション・リサーチ (インドネシア)

教育支援NGOのアクション・リサーチ

アクション・リサーチとは? 観察者自身が研究対象となる「場」において主体的に行動 しながら学習・研究を進める方法論。 1960年代にブラジルの教育者パウロ・フレイレが提唱した 「参加型行動反応研究」や「被抑圧者の教育学」が先駆。 日本の川喜田が提唱した「野外科学」もこれに近い。 デカルト的な二元論(=主体である観察者は、客体である 観察対象と完全に独立・分離していると考える)に対する 批判的な認識が思想的な背景となっている。

インドネシアの教育をめぐる問題点

(勉強会参加者の意見) • ドロップアウトが多い 赤字:共通見解(参加者&森田) 青字:活動対象(WAPEMI) • 農村部(貧困層)への 普及格差 • 働かされる小中学生が多い(注:親の意識が低いまたは貧困の結果) • • 親の意識の低さ 人口密度のばらつき、離島などのアクセスの問題→効率性 (森田説) 1.

教育行政の未熟さ:中央と地方の連携の拙さ 2.

教員の質/ 地域格差 :中央にしか教育大学がない。 地方への派遣を嫌う教員がいる。 3.

4.

インフラ:設備面の未整備。通学時間が長い。 教育環境: 親の意識の低さ。 貧困。 Cited from: http://user.ecc.u-tokyo.ac.jp/~a30261/no9/

教育援助をめぐる問題

(勉強会参加者の意見) • どの機関も目的は同じ「インドネシアの教育水準向上」 • 組織は違うが、どこもコンサルに受注しているので一緒? • 各機関の役割分担は思ったほどされていない • 援助業界でも「協調」「役割分担」が流れだが、アジアでは例が少ない • プロジェクトの結果が不明瞭だ • 結果の評価方法が難しい • 費用対効果は? 中心問題: 教育援助の成果を どう評価するのか? • 銀行は資金力の違いが大きい Cited from: http://user.ecc.u-tokyo.ac.jp/~a30261/no9/

教育支援NGOのアクション・リサーチ • 団体名:インドネシア市民社会のための教育支援センター (WAPEMI; Wahana Pembinaan Pendidikan Masyarakat Indonesia) • 設立:2000年11月 • 沿革:2001年12月にボゴール市に事務局を構える。 (以降については別途配布資料を参照) • 活動目的:ドロップアウト・チルドレンの支援 • 予算規模:年間50万円~100万円程度

活動内容 ①移動図書館プロジェクト

• 移動式屋台に蔵書300冊程度、子どもや一般市民に無料開放。 • 初期投資が約1万円+蔵書代、運転資金は年間5万円と格安。 • 子どもたちによる運営管理、利用者は1日あたり20~30人程度。 • 人材や蔵書の面から見て、教育効果にはやや疑問が残る。

活動内容 ②スタディツアー

• 立教大学国際協力サークル10名を迎え、2004年2月に実施。 • 現地で約1週間滞在し、フィールドワークと学生交流を体験。 • 手数料は1人1日1,000円、参加者からの評価額は1,500~5,000円。 • 最終日ワークショップの成果をもとに、A4で110頁の報告書を作成。

活動内容 ③適正技術協力プロジェクト

• 小型冷凍機を装備した移動式屋台は青果物の長期貯蔵・販売を実現する 一つの適正技術となり得るものと考えられる。 • 移動式屋台の試作第1号機は2月下旬に完成、3月上旬から営業を開始。 • 毎日の売上高をモニタリングすることにより適正技術度を評価予定。 (ところが) • 経済的合理性ではやはり既製品に劣るため、例えば子どもたちの自立を 支援する社会貢献活動として意味づける必要あり。 • 活動対象のストリート・チルドレンは、毎日拘束されるビジネスよりも その日暮らしの生活の方が快適だと考えているのが現状。

自発性と共同性のジレンマ

子どもたちの自発性だけに任せたのでは社会に対して 責任を果たすことのできる大人には育たない。 (相互矛盾) 共同性を養成するためには、従うべき規範または倫理 規準が必然的に伴うが、価値観の異なる文化圏での援 助活動の場合、どこまで援助する側の価値観を主張し てよいのか、その線引きの判断が難しい。

小規模NGO活動の限界

時間も、資金も、人材も、要するに資源が脆弱。 (だから) ネットワーキングに割くことの出来る資源はさらに限られる。 (加えて) インドネシアの地理的条件のため、他の東南アジア諸国と比較 しても、ネットワーキングに要する資源に見合うだけの情報・ 経験の共有の成果が得られにくい。

第4部

[日イ国際比較] アメリカ式個人主義とネットワーク的な共同性

アメリカ式個人主義に内在する価値観

• 成功 (経済的・職業的成功) 功利的個人主義 • 自由 (他者の干渉/要求からの自由) 表現的個人主義 (表現の自由、参加の自由など) • 正義 (機会の平等、 手続き的正義 ) 参考文献:ベラーら『心の習慣-アメリカ個人主義のゆくえ』 (島薗進・中村圭志訳)、みすず書房、

1991

功利的個人主義の問題点:仕事の意味

独立独行(Self-reliance)の達成を唯一の中心目的として 仕事に従事するため、天職(Calling)としての仕事の意味 が、すなわち道徳的な意味が感じられない。 (だから) 表現的個人主義のうちに道徳的な意味を見出し、それを追求 するために、考えの同じ者同士、気に入った者同士で集まろ うとする。 参考文献:ベラーら『心の習慣-アメリカ個人主義のゆくえ』 (島薗進・中村圭志訳)、みすず書房、

1991

表現的個人主義の問題点:ライフスタイルの飛び地 ライフスタイルの飛び地(

Lifestyle enclave

)とは? <共同体>と対比して用いられる言葉。ライフスタイルの飛び地 の構成員は、外見や消費や余暇活動の共通のパターンによって自 らのアイデンティティを表現する。 問題点① 違ったライフスタイルを持っている人間に対しては寛容であるかも しれないが、ライフスタイルの飛び地の内部の人間にとっては、彼 らのやっていることは無意味であり、さらには目に見えさえしない。 問題点② 彼らは相互依存的ではなく、政治的に行動をともにすることもなく、 歴史を共有することもない。共同行為による「公共善へのコミット メント」が欠如。 参考文献:ベラーら『心の習慣-アメリカ個人主義のゆくえ』 (島薗進・中村圭志訳)、みすず書房、

1991

手続き的正義の問題点:配分的正義の欠如

アメリカ人全員がライフスタイルの飛び地に安住し続けて いるのではなく、機会の平等や手続き的な正義を主張する 社会運動も歴史上数多く起こった。 (ところが) 手続き的正義が達成され、万人に機会の平等が保証された とき、現実に乏しい経済的資源をどう分配すればよいのか を具体的に提言する「配分的正義」の枠組が欠如している。 参考文献:ベラーら『心の習慣-アメリカ個人主義のゆくえ』 (島薗進・中村圭志訳)、みすず書房、

1991

問題解決に向けて:①「対話」への参加

理想的には、高度な教育を受けた感受性の良い人間たちが 腰を落ち着けて問題についてよくよく話し合うことは可能。 (しかしながら) そういうことのできそうな経営者や専門職の人々は、 抱え過ぎの仕事や職業上のもろもろのコミットメント や家庭での義務などですでに「精根つき果てている」 (

reaching burnout

)状態である。

(p.161)

参考文献:ベラーら『心の習慣-アメリカ個人主義のゆくえ』 (島薗進・中村圭志訳)、みすず書房、

1991

問題解決に向けて:②市民ボランタリー活動

[

ボランタリー活動の定義

]

個人の自発的意志による参加と運営に基づいており、個別私的な 関心・問題意識から出発しながらも、何らかの社会性・公共性を 帯びた、民間非営利の、多様で一定の継続性を持った諸活動である。 (中村陽一・日本

NPO

センター編『日本の

NPO2000

』、日本評論社、

1999

年) 存在意義:個人の自発性と共同性(他者との連帯)のジレンマの 問題を解決するための「場」を提供する。 ボランタリー活動の理念を支える価値観(心の習慣)は、活動家が 属する地域の歴史的社会的コンテクスト(文化的資源)に依存する。

市民ボランタリー活動のための文化的資源 (アメリカ) - 共和主義的系譜 - 聖書的系譜(予定説) (日本) - 儒教的系譜(官僚制・武士道など) - 仏教的系譜(因果律) (インドネシア) - イスラム教 - パンシャシラ(建国五原則) - 数百の地方伝統文化・共同体

文化に内在する限界:日本では? そしてインドネシアでは? (日本) • 儒教的官僚制が伝統的な文化基盤となっているため、「参加」と いう概念そのものに市民がなじまず、行政に依存する傾向が強い。 • 仏教の系譜に可能性はあるが、「因果応報」や「自業自得」とい う言葉に象徴されるように、共同行為による社会的弱者の支援と いう発想には至らないことが多い。 • • (インドネシア) • 国家の歴史が異文化理解のプロセスの連続そのものである。 近代資本主義とイスラム法の矛盾はあまりにも大きい。 イスラム法では、神が「援助」の外面的規範もすでに提示している ため、提示されていないことまでやろうとするのは奇特な存在。

ネットワーク的な共同性の確立に向けて

NGO/NPO以外に、倫理的個人主義に基づく公共善への コミットメントを実現する代替案は、当面は見当たら ないのではないかと思われる。 功利的/表現的個人主義が浸透し、地域共同体が失わ れている地域(特に大都市)においては、ネットワー ク的な共同性をどう確立するかという問題は多くの人 にとって避けられない現実となりつつある。 まずそのことを、十分に自覚しているかどうか?

第5部

国際開発フォーラムに期待すること

国際開発フォーラムに期待すること①

• • • • 自発性と共同性の両立。 フォーラムとしてどのような形で「公共善への コミットメント」を実現するのかを考え、また 提示してほしい。 フォーラムが「ライフスタイルの飛び地」とな らないように。 対立する意見さえも包み込むネットワークであ ってほしい。

国際開発フォーラムに期待すること②

• • • • 批判的傍観者とならないように。 フォーラム自体はあくまでも国際開発のあり方 を考えるための場であると位置づけ、組織の存 続を自己目的化しないように。 公共哲学の視点を持ってほしい。 異文化理解・異文化コミュニケーションに対し てオープンであってほしい。