Transcript kuma14t.

パニック障害の原因
東京大学大学院医学系研究科
ストレス防御・心身医学准教授
熊野 宏昭
パニック障害とは

特別なきっかけもなく、突然、動悸、呼吸困難、胸痛、
めまい、吐き気など多彩な身体症状が出現し、激し
い不安に襲われるといった発作を繰り返す病気。

発作は10分以内にピークに達し、通常数分~数十
分程度で自然とおさまるため、救急で受診したとし
ても、病院に着く頃には症状が消失しており、その
まま帰されることが多い。

身体的な精査をしても、どこも異常なところは発見さ
れず、自律神経失調症、心臓神経症、過呼吸症候
群、上室性頻脈、狭心症、メニエ-ル症候群、過敏
性腸症候群、などと診断されていることが多い。
パニック発作の症状
●
●
●
●
●
●
●
●
●
●
●
●
●
心臓がドキドキする
汗をかく
身体や手足の震え
呼吸が速くなる、息苦しい
息が詰まる
胸の痛みまたは不快感
吐き気、腹部のいやな感じ
めまい、頭が軽くなる、ふらつき
非現実感、自分が自分でない感じ
常軌を逸する、狂うという心配
死ぬのではないかと恐れる
しびれやうずき感
寒気または、ほてり
診断基準

予期しないパニック発作が繰り返し起こる。

少なくともどれか1回の発作の後1ヶ月以上、
以下のうちの1つ以上が続いていたこと。
– また発作が起こるのではないかという心配。
– 発作やその結果が持つ意味についての心配(例:
心臓病なのではないか、気が狂うのではないか)。
– 発作と関連した行動の大きな変化(例:仕事をや
める)。

薬物の影響や身体疾患では説明できない。

他の精神疾患では説明できない。
パニック障害の発症・維持要因

脳の機能障害に起因する内因性不安
– 1960年頃に、イミプラミン(代表的な抗うつ薬)が発作
を抑えることが発見されたことが研究の出発点。
少なくとも、認知や行動の病気という側面もある
– 橋の青斑核(中枢神経系のノルアドレナリンの分泌
核)の興奮性亢進、中脳の縫線核(中枢神経系のセロ
トニンの分泌核)の機能不全、GABAA-ベンゾジアゼ
ピン受容体の結合低下。
ストレスや過労が発症に先立つことが多い
 不安と思考の悪循環による発作の習慣化
つまり、心の病気というよりも脳の病気という考え
 予期不安による日常的な不安・緊張の高まり
 回避行動としての広場恐怖の進展と、日常の不
安・緊張のさらなる高まり

心理・身体的ストレス
個人内要因
扁桃体・海馬の興奮性亢進
不安・緊張の高さ
不安に伴う身体症状
パニック発作
破局的思考
予期不安
回避行動
パニック障害はどこまで脳の病気
か?
パニック障害の神経解剖学的仮説
Gorman et al, 2000より改変引用
前頭前野・帯状回
海馬
島
感覚視床
扁桃体
傍小脳脚核
視床下部
外側核
副腎皮質
中脳水道
周囲灰白質
防御反応
交感神経系
覚醒亢進
下垂体
青斑核
呼吸数
室傍核
孤束核
内臓性
求心性線維
パニック障害の脳画像研究


パニック障害をどの程度「脳の病気」と見なせるか
を調べるために、以下のような脳画像研究が行わ
れている
非発作安静時の機能の異常を検討したもの
– ポジトロンCT(PET)、脳波のLORETTA解析

健常者との間で構造の異常を検討したもの
– MRI

課題遂行時の特徴を検討したもの
– 機能性MRI、赤外線スペクトロスコピー(NIRS)
非発作安静時の脳内糖代謝の検討
研究の目的

脳のエネルギー消費量を知ることができる画像検査
(ポジトロンCT=PET)を用いて、非発作安静時の脳機
能の特徴を検討する。
方法


非発作安静時のパニック障害患者と健常者を対象
に、18F-FDGを静脈内投与し、高解像度3次元PET装
置にて脳内糖代謝を測定。
治療前パニック障害患者12例と、正常統制群22例の群
間比較を施行。
結果
患者群での代謝亢進領域
(Sakai, Kumano, et al, 2005)
考察
非発作安静時の治療前パニック障害群の
脳内糖代謝亢進領域
前頭前野・帯状回
海馬
島
感覚視床
扁桃体
傍小脳脚核
視床下部
中脳水道
周囲灰白質
防御反応
副腎皮質
自律神経系
青斑核
覚醒亢進
下垂体
外側核
呼吸数
室傍核
孤束核
内臓性
求心性線維
情動喚起語に対する血流増加も大きい
右扁桃体・海馬で、パニック障害のみで有意な血流増加が認められた
Co:コントロール、PD:パニック障害、OCD:強迫性障害、HC:心気症
(van den Heuvel et al, 2005)
ほかの脳部位の働きは?
左前頭葉にも容積減少がある
(一卵性双生児不一致例のMRI)
関心領域
全 脳
左大脳半球
右大脳半球
左前頭葉
右前頭葉
左側頭葉
右側頭葉
左海 馬
右海 馬
小 脳
左側脳室体部
右側脳室体部
第三脳室
左側脳室下角
右側脳室下角
体積・容積 (mm3)
兄(患者)
弟
1461.5
564.37
568.36
204.88
222.25
88.26
91.22
3.18
2.72
149.81
2.54
2.44
0.35
0.29
0.54
1502.56
594.30
592.34
226.19
234.50
90.17
99.19
3.54
3.30
156.35
2.52
2.45
0.36
0.31
0.21
絶対差異
(%)
-2.80
-5.30
-4.22
-10.40
-5.51
-2.16
-8.74
-11.32
-21.32
-4.37
0.79
-0.41
-2.86
-6.90
61.11
(岡崎ほか,2004)
脳波発生源でも左前頭葉の機能は低下傾向
(未服薬・安静時の患者と健常者18名ずつ)
Delta band
(長澤ほか,2006)
Theta band
t value
発作を繰り返すことで前頭葉機能が低下
(語流暢課題による前頭葉の血流増加)
計測までの1ヶ月間にパニック発作を経験しなかった群19名
カラーレンジ
(mM・㎜)
(男性9名・女性10名)
計測までの1ヶ月間にパニック発作を1回以上経験した群13名
(男性5名・女性8名)
R
L
(岡崎ほか,2006)
まとめ:非発作時に異常が示唆された部位
左>右
発作により悪化
前頭前野・帯状回
海馬
島
感覚視床
扁桃体
傍小脳脚核
視床下部
中脳水道
周囲灰白質
防御反応
副腎皮質
自律神経系
青斑核
覚醒亢進
下垂体
外側核
呼吸数
室傍核
孤束核
内臓性
求心性線維
脳の病気ならば薬が効くはず
(SSRIの作用メカニズムの仮説)
前頭前野・帯状回
海馬
島
感覚視床
扁桃体
傍小脳脚核
視床下部
外側核
副腎皮質
中脳水道
周囲灰白質
縫線核
防御反応
自律神経系
覚醒亢進
下垂体
青斑核
呼吸数
室傍核
孤束核
内臓性
求心性線維
糖代謝亢進領域の薬物療法による変化
(患者5名、健常者16名の比較)
投与前
投与後
扁桃体
(5例中2~3例がプラセボであるため予備的結果である)
(佐藤・西川ほか,2006)
脳の病気と「心」との関わり
実は、認知行動療法のみでもよくなる
(認知行動療法の作用メカニズムの仮説)
前頭前野・帯状回
海馬
島
感覚視床
扁桃体
傍小脳脚核
視床下部
外側核
副腎皮質
中脳水道
周囲灰白質
防御反応
自律神経系
覚醒亢進
下垂体
青斑核
呼吸数
室傍核
孤束核
内臓性
求心性線維
認知行動療法前後での脳内糖代謝の変化を検討
対象と方法
 非発作安静時の研究と同じ14人のパニック障害患
者。
 約6か月のCBT前後の非発作安静時に18F-FDGを
静脈内投与し、高解像度3次元PET装置にて脳
内糖代謝を測定。
 CBT前後の群内比較をSPM99を用いて施行。
 脳内各部位の糖代謝とPDSS及びパニック発作の
頻度との間で、治療前後の変化率同士の順位相
関を求めた。
 治療前後別に、脳内各部位の糖代謝同士の相関
が高い部位を検出。
CBT治療の概略
病気についての知識を持つ(心理教育)
・パニック障害とは
・不安時の症状
・不安の経過
・エクスポージャーの原理 など
エクスポージャーを繰り返す
・恐怖場面(回避している場面)に直面する
・その際の不安レベルを断続的にモニター
・パニック発作に対しても同じ方法で対処
認知の修正
広場恐怖、予期不安の改善
パニック発作の改善
CBT治療の効果
PDSS
The Panic Disorder Severity Scale (n = 12)
18
16
14
12
10
8
6
4
2
0
CBT前
CBT後
結果
治療後に代謝低下したのみならず増加した部位も
(Sakai, Kumano, et al, 2006)
左BA9との正相関部位の、治療前後での変化
(Sakai, Kumano, et al, 2006)
右BA10との正相関部位の、治療前後での変化
(Sakai, Kumano, et al, 2006)
考察
心が変われば脳も変わる
帯状回
前頭前野
前頭前野・帯状回
海馬
島
感覚視床
扁桃体
傍小脳脚核
視床下部
外側核
副腎皮質
縫線核
防御反応
自律神経系
覚醒亢進
下垂体
青斑核
呼吸数
室傍核
中脳水道
周囲灰白質
孤束核
内臓性
求心性線維
前頭前野背内側の役割
パニック障害以外の画像研究
マインドフルネス瞑想の場合
1: 島、2: BA9/10、3: 体性感覚野、
4: 聴覚野の皮質厚みが増加
瞑想群と対照群で、BA9/10の厚みと
年齢との関連に有意差あり
(Lazar, 2005)
エクスポージャ治療は何を実現しているのか
エクスポージャ実施時の留意点

避けない(心を閉じない)だけでなく、呑み込まれ
ない(同一化しない)ようにすることが重要。
– 感情(不安・落込み・怒り・欲・混乱など)を、定期的に
(3~5分おきに)点数化して記録する。
– 身体感覚(呼吸に伴う身体の動き、足の裏の感覚など)
に注意を向ける。
– 目に見える風景、聞こえてくる音、風がそよぐ感じなど
に注意を向ける。

始まりがあり、ピークがあって、いずれは消えてい
くことが分かれば、手放すことができる。

つまり、私的出来事(思考、感情、身体感覚、記憶
など)を、ありのままに観察する力を養っている。
エクスポージャ中の不安感の推移
電車に乗る(地下鉄も含む)
(SUD)
70
2007/11/12 18:16
2007/12/3 18:45
2007/12/4 18:53
2007/12/6 19:13
2007/12/11 9:28
60
50
40
30
20
10
0
0
5 10 15 20 25 30 35 40 45 50 55 60 65 70 75 80 85 (分)
ご清聴ありがとうございました