Transcript 安部公房
第1節 作家紹介
1924-1993、東京生れ。東京大学
医学部卒。卒業後、花田清輝の影響
を受け、さらに新日本文学会に参加
した。1951(昭和26)年「壁」で芥川賞を受賞。
1962年に発表した『砂の女』は読売文学賞を受
賞したほか、フランスでは最優秀外国文学賞を
受賞。その他、代表作として、
『密会』、『棒になった男』、『箱男』 があげられる。
1973年より演劇集団「安部公房スタジオ」を結
成、独自の演劇活動でも知られる。海外での評
価も極めて高く、1992(平成4)年にはアメリカ芸
術科学アカデミー名誉会員に。1993年急性心
不全で急逝。
第2節 文学的地位及び特色
日常的な感情によってとらえられた現実世界の
虚妄性を、緻密に組み立てられた観念によって
暴き出していく前衛的手法を求める。彼が寓意
と風刺の表現法が得意な現代作家。現代文学
史においてその足跡を残している。
安部作品の特徴は、現代の日本を舞台にしな
がらも、一見現実にはありえなさそうな不条理
な設定がなされていることであろう。これにより、
読む側は、あたかも現実の世界から切り離され
たかのような不思議な心理状態にさせられる。
(虚妄性)
現実と異なる設定がなされることにより、却っ
てあらゆる立場の人の心を動かせる可能性も
生まれるのではないか。実際、「無国籍作家」と
呼ばれることもあり、世界各国で翻訳されて読
まれていることは有名。
第3節代表作を鑑賞『壁』
1951年芥川賞受賞作品。一分の隙も無い奇蹟的な
寓話集。
安部公房の初期作品の最大の特徴は、カフカばりの
前衛性、不条理性を持ちながらも、独特の明るさや
ユーモアに彩られた良質な寓話性をも兼ね備えてい
るだと思っている。『壁』と題されたこの中短編集は、
そのような安部らしさが最もストレートに表現された記
念碑的作品集と言えよう。 読み手の立場によって受
け取り方が様々だと思われるので。
『S・カルマ氏の犯罪』
本作品集を代表
する中篇。ある朝、突然自分の名前を失っ
た男が不条理な世界に巻き込まれる話。構
成面では一分の隙も無く、1語たりとも付
け加えたり削ったりできないのでは、と思
われるほどに練られている。まさに芥川賞
受賞も当然と頷けるほどの超絶的力作。昭
和26年、25回芥川賞受賞。
『砂の女』
世界的名声を確立した作品。完成された物語構成
と社会性・多義性。
1962年に刊行され、読売文学賞を受賞した本作は、
世界の二十数カ国に翻訳され、安部公房の世界的
名声の確立に最大の貢献をした作品であることは
間違いない。
昆虫採集のために砂丘に出向いた一人の教師は、
部落の老人の紹介で、砂に掘られた深い穴の中の
一軒家に招待される。一泊で帰るつもりが、夜が
明けると地上への縄梯子は撤去され、閉じ込めら
れてしまい、未亡人との共同生活が始まる。男は
あらゆる手段で脱出を試みるが、悉く失敗に帰す。
そして結末は…
この作品が世界的な名声を得るに至った理由
を列挙するのは難しくない。物語としての完成
度の高さ、サスペンス性、文章の読みやすさ、
的確な比喩。
私が本作を初読したのは高校時代であるが、
そのときは、正直言ってこの作品がそれほど凄
いとは思わなかった。『箱男』や『密会』のように
派手な仕掛けがある作品の方を好む傾向が
あったからだろう。確かに面白いことは面白い
のだが、“ごく普通の面白さ”ではないかと思っ
たのだ。が、再読したところ、そのような印象は
覆された。やはり『砂の女』は凄い。
具体的には、次のようなことである。
普通、砂の穴の底に埋もれていく家に閉じこめられる
のは嫌なものである。明らかに部落の人間が行ってい
ることは不法監禁に他ならない。高校時代の私は、主
人公の男の立場をそのような見方のみで捉えていた
ようである。しかし、少し見方を変えてみるとどうなるだ
ろうか。例えば、
仮に脱出に成功したとして、そこには何があるのか。
もう一人の主人公である未亡人の女にとって、この男
はどのような存在なのか。
「砂の女」は優れた寓話性と多義性を持ってい
る。
『砂の女』は、誰よりも「ことば」にこだわり続け
た名匠・安部公房の魅力が最もわかりやすい
形で開花した貴重な小説と言えるだろう。
『箱男』
トリッキーな構成の奥に潜む、普遍的な人間心理。代
表作の1つ。
箱男とは、ダンボールの箱を頭からすっぽり被り、街
を徘徊する人間のこと。箱に開けられた小さな穴から
外を覗くことができるが、外からは素顔を窺い知ること
はできない。浮浪者とは似て非なるものである。浮浪
者はかろうじて社会の一員に踏みとどまっているが、
箱男は社会からは存在しないものとして扱われるので、
例えば店先から食料を調達するのも自由にできるの
だ。
『密会』
猜疑心と性欲に囚われた社会、苦い恋愛。『箱
男』と並び称される野心作。
ある男の妻が、突然救急車で連れ去られる。
行方を追う男はある病院に辿りつくが、そこで
はあらゆる場所に盗聴器が仕掛けられ、皆が
猜疑心と性欲の虜になっている。4本足で2本
のペニスをもつ馬人間の斡旋で、男は巨大盗
聴装置を用いて妻の姿を追い続けるのだが…
第4節
棒
この作は昭和三十年、雑誌『文芸』に発表された短編
小説です。
日常的論理を超えた感性によって構成された。小説
の中で作り上げた「棒」の世界は超現実的な世界です。
新語:
1、へばり付いて 物の一面にピタリとくっついていて離れないようにする。
2、せがみだす 無理に頼む。ねだる。
3、後ろめたい 自分に悪いところがあって気がとがめること)
4、がんばる ある場所を占めて、どかないでいる)
5、あつらえ向き まるで望みどおりである様。要求にぴったり合っている様。
6、口を切った 話をする)
7、瓜二つ 顔つきがよく似ているたとえ
8、いつくしむ かわいがる)
9、減(め)り込む 押されて中へ嵌まり込む)
「棒」の構成
主人公の「わたし」が駅前デパートの屋上から
墜落し、棒になって道端の溝に突き刺さったま
までいる。
学生二人と先生が現れ、棒を研究してから、置
去りの刑を言い渡した。
父の名前を叫んで子供が駆けていく。
小説の主題と寓意にかかわる文を小説から探
し出してみよう。
この男は棒になった
誠実な単純な心
置去りにする
寓意
平均的中年のサラリーマンがただの「でくの棒」
である。道端に転がされたまま、朽ちていくとい
うのです。
人間の正体は棒である。棒的な人間への冷徹
な否定を主張しているのである。
以上。
花田清輝
1909年3月29日
- 1974年9月23日)は、作
家・文芸評論家。戦後、新日本文学会に入
会。また、出版社真善美社の経営にかかわ
り、第一次戦後派作家の作品を出版する。
1950年代前半には雑誌「新日本文学」の編
集長となるも、日本共産党と対立し編集長
を罷免(ひめん)される。1956年には吉本隆
明(よしもとたかあき)と戦争責任論をめ
ぐって論争を繰り広げた。
1961年の日本共産党の第8回党大会にあたっ
て、党の規律にそむいて、党運営を批判する声
明書を所属のことなるものたちとの連名で公表、
党を除名される。以後、共産党とは距離を置き
ながら左翼的な立場で評論活動を行う。
中華人民共和国の文化大革命を支持したこと
でも知られる。安部公房が三島由紀夫、川端康
成、石川淳らと共に中華人民共和国の文化大
革命を非難したとき、その態度に激怒した。
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