経済発展と金融システム

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金融市場論
Financial Markets
2007年度前期
成長エンジンの転換と金融システム
大学院商学研究科 齋藤一朗
成長エンジン転換と金融システム
以下では、内生的成長理論(Endogenous
Growth Theory)をベースに、成長エンジン
の転換-投資機会の質的変化-という視
点から、経済成長と金融システムの関わり
を整理し、経済活動の活性化において、金
融機関が果たすべき役割について考える。
潜在成長率の推移及びその要因分解
労働投入:労働時間の短縮や構造的な
失業率の上昇による潜在的な就業者数
の減少等に加えて、少子化の進展により、
生産年齢人口が減少。
資本投入:企業の期待成長率が低下す
る中で設備投資が抑制され、資本ストッ
クの伸びが鈍化。
全要素生産性:80年代には1.2%ポイント
の寄与と潜在成長力を押し上げてきた
が、90年代には0.7%ポイントの寄与に
低下し、足元でも0.6%ポイントの寄与に
とどまっている。
このように、わが国の潜在成長率は近
年になってかなり低下しているが、これ
は従来の要素投入型の経済成長から生
産性成長型の成長パターンへの転換が
遅れていること による。人口減少下にお
いては、如何に全要素生産性を高めるこ
とができるかが、経済成長にとって最大
の課題となる。
成長エンジンの転換
キャッチアップ型の成長
フロントランナー型の成長
先進的な地域を「模倣」した量的拡大が
主たる成長のエンジン
全要素生産性を向上させる「革新」が
持続的な成長を実現する要件
「キャッチアップ型の成長」する後発的な地域に特
徴的なのは、未だこの地域では活用されていない
既存技術のストックが存在することである。
R&D活動を通して「革新」を目指す投資の収益
性が相対的に高まり、資金をそのような投資に
振り向けることが望ましくなる。
このとき、経済主体は、新技術の開拓に乗り出す
のではなく、既存技術を所与として資本蓄積を行う
成長を最適なものとして選択することができる。
しかし、こうした投資機会の質的な変化に対応
するためには、それに応じた「金融システム」
を構築する必要となる。
しかし、このタイプの成長は、まさにその成功の結
果として、既存技術の取り尽くしによる投資収益の
低下を招くこととなる。
なぜなら、「革新」投資には「模倣」投資と異
なった性質があり、その資金調達には新たな工
夫が必要となるからである。
成長機会の質的な変化
成長エンジンの転換に応じた
金融システムのリフォーム
キャッチアップ型成長と金融システム
キャッチアップ型成長の時代は、経済に先行モデルがある時代といえ
る。つまり、どの産業に成長性があるのか、その成長をどのように実現し
たらよいのかに関して不確実性が少なく、それらについて人々の合意が
広く形成されている時代である。
資金が希少である一方、有望な投資機会がはっきりとしている場合にお
いては、銀行は自らの情報生産機能(スクリーニング、モニタリング)を活
かして、投資の優先順位を明確にすることができる。
しかし、このことは、「銀行中心のシステム」が成功すればするほど、そ
の成功の前提条件が崩れるという逆説的な状況が生まれることを意味し
ている。なぜなら、キャッチアップ型成長の成功は、「キャッチアップ」の時
代に終止符を打つものだからである。
フロントランナー型成長と金融システム
フロントランナー型の成長をリードする投資は、資金調達者が得たアイ
デアやノウハウが差別的であるがゆえに「革新」的である。このため、「革
新」投資の有望さやその成否は、外部のモニターにとって容易に判断でき
るものとは限らない。
「銀行中心のシステム」では、銀行による情報生産とリスク負担を前提
に資金が供給されてきた。しかし、「革新」投資は、その差別的な性質か
ら、外部からのモニタリングが困難となる蓋然性が高い。
こうした状況を回避し、「革新」投資に対して資金を円滑に供給するため
には、問題解消の責任を調達者の側に移すことが必要となる。すなわち、
「情報開示制度」と「インセンティブ契約」を活用して、問題の発生を調達
者自らが抑止する仕組みを整えることである。
「市場中心のシステム」への移行
「革新」投資へのシステム対応
 内部モニタリングと市場の分業:
– 外部モニタリング→内部モニタリングと“市場の時間を通じた分業
体制”
 「革新」投資における試行錯誤の許容:
– 取引関係の“出口”を用意し、“入口”での躊躇を除去
 意思決定に必要な情報の分散保有:
– 意思決定に必要な情報を広範囲に集められる仕組み
 投資機会に関わる予想の不一致:
– 「予想の不一致」が大きい「革新」投資に対する資金供給ルートの
確保
内部モニタリングと市場の分業
投資の革新性がさらに高い場合は、外部からのモニタリングだけでは十
分ではなく、開示情報も資金提供者による意思決定の材料とならないこと
もある。このような場合、専門知識を持つ資金提供者が調達者の活動の
内部に入り込んでモニターする、いわゆるベンチャー・キャピタル型の資
金供給システムを構築することが必要となる。
時間の経過とともに、「革新」投資が“可視化”していくに従い、調達者に
対する評価を開示情報に基づく市場の評価に委ねていく。
内部モニタリングと市場の“時間を通じた分業体制”の構築
こうした分業がもたらすメリットは、一定期間が経過した後、内部モニ
ターが当初の「革新」投資のモニタリングから解放され、別の「革新」投資
のモニタリングにその能力を「リサイクル」できる点にある。
「革新」投資における試行錯誤の許容
「革新」投資は成果を予想するための過去のデータに乏しく、それが有
望か否かを事前に評価することに困難が伴う。すなわち、「模倣」投資と
は異なり、「革新」投資は「実際にそれを行ってみなければ、成果はわか
らない」という面を持っている。
このような「試行錯誤」を必要とする投資機会への資金供給で重要なこ
とは、「事後選別」のスムーズな実現である。すなわち、事後的にある投
資機会が有望でないとわかったら、速やかにそこから資金を引き揚げる
機動性が必要とされる。
なぜなら、投資機会からの“退出”に関して機動性がないと、事前的に
は取引関係の“創出”にも躊躇が生じ、その結果として、資金供給が阻害
されるからである。このため、「革新」投資では取引関係の“出口”を用意
し、 “入口”での躊躇を除去することが重要となる。
意思決定に必要な情報の分散保有
「革新」投資は前例がない投資であるため、成果を上げるために有用な
情報が何なのか、それがどこにあるのかを予め特定することが難しいと
いう性質を持つ。このような投資に重要なことは、意思決定に関わる情報
を広範囲に集められる仕組みを整えることである。
「市場中心のシステム」では、資金配分や投資決定の指針となる「価格
シグナル」が、経済の中で分散保有されている情報を収集し、それを再び
人々に伝達するという「情報の集計・伝達」機能を果たしている。
経済の“どこかにある”有用な情報は、市場での証券売買を通して価格
形成に反映される。証券価格の変動は、いわば資金提供者から発せられ
たメッセージであり、調達者は価格変動をシグナルとして、自らの投資計
画の促進・修正を行うことができる。
投資機会に関わる予想の不一致
「模倣」投資は先行モデルがあり、人々の間に成果についての幅広い
合意が存在する投資といえる。これに対して、「革新」投資は、前例の無
い未知の投資であるがゆえに、成果についての合意が形成されていない。
「銀行中心のシステム」では、銀行が多様な資金提供者の代表として資
金供給に関する意思決定を行っている。このため、銀行が保守的に振る
舞えば振る舞うほど、「予想の不一致」が大きい投資機会は忌避される蓋
然性が高い。
しかし、「市場中心のシステム」では、個々の資金提供者が自らの予想
と責任において資金を供給するため、「予想の不一致」が大きい「革新」
投資にも資金供給のルートが開かれる。
金融システム変革の必要性
成長エンジンの転換に対して、金融システムは如何に対応すべきか
地域金融セクターの反応 F=f(R)
金
融
セ
ク
タ
ー
の
発
展
(
F
)
地場実物セクターの反応 R=r(F)
図は、実物経済と金融経済の相互連関をしたもの
である。経済成長に成功した国や地域の経験では、
実物セクターと金融セクターの発展には、相互促進
的な関係があるといわれている。
このことを逆から言えば、経済成長に成功してい
ない国や地域においては、実物セクターと金融セク
ターが相互に足を引っ張り合って経済成長を抑制し
ていることになる。
図のE点よりも右上方の領域では、実物セクターと
金融セクターが相互促進的な関係にあり、E点より
も左下の領域では、相互抑制的な関係にある。
このことから、地域経済が「革新」投資をトリガーと
して、一段の飛躍を遂げようとしても、地域金融シス
テムが未発達であるならば、それは投資機会の実
現を阻害する方向に作用するかもしれない。
E
E
実物経済と金融経済
の相互促進的な関係
実物セクターの発展(G)
実物経済と金融経済
の相互抑制的な関係
投資機会の質的変化に応じた
金融機関の能力の向上