公衆衛生の概要 - 公衆衛生ねっと
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公衆衛生レクチャーシリーズ
1 公衆衛生の概要
(社)地域医療振興協会 柳川洋
主な内容
1.公衆衛生の定義と目的
2.健康の概念
3.疾病予防対策の組み立て
4.健康管理
5.プライマリーヘルスケア
6.公衆衛生の歴史(外国)
7.公衆衛生の歴史(国内)
公衆衛生の定義と目的
アメリカ合衆国の公衆衛生学者
C.E.A.Winslow(1877-1957)
1920年に発表した公衆衛生の定義
地域社会の組織的な努力によって目的を達成
科学、技術、実践活動
目的1 人々の集団の疾病を予防する
目的2 寿命の延長を計る
目的3 健康と活動能力の増進をはかる
公衆衛生の具体的な内容
①環境の改善:Risk assessment、 Risk management
②感染症の予防
新興感染症(Emerging diseases)
再興感染症(Re-emerging diseases)
③早期診断と治療のための医療と看護サ-ビス
の組織化
④保健教育
⑤健康を維持する上で必要な社会制度の改善
環境汚染の例 ダイオキシン汚染
主として食物経由で摂取、生体内半減期が長く、脂肪組
織中に蓄積。出産後に母乳とともに乳児に移行
発がん性(肝臓)、催奇形性(口蓋裂、腎盂拡張)、免疫
毒性(感染防御機能低下)、生殖毒性(子宮内膜症)
汚染の80%が都市のごみ焼却炉による
都市ごみの焼却率が高い(73%)
年間焼却量3800万トン
(アメリカの1.3倍、フランスの6倍)
先進諸国全体の71%の消却炉が日本に存在
大気中に放出→河川、土壌、海水→動植物
感染症のグローバリゼーション
新興感染症: エボラ出血熱、クリミア・コン
ゴ出血熱、エイズ、ラッサ熱、マールブルグ
病、プリオン病(BSE, 狂牛病)
再興感染症: 結核、マラリア、腸管出血
性大腸菌感染症
新興感染症の例 出血熱
共通の症状: 発熱、出血 (皮膚、粘膜、消化管、鼻腔、泌
尿器)
重症例は血圧低下によるショック
エボラ出血熱 Ebola hemorrhagic fever
[疫学]スーダン、ザイールの地方病、致命率50-80%
[感染源] 自然界の本ウイルス保有動物は不明
[伝搬様式] 血液、分泌物、排泄物から皮膚、粘膜の傷口を
通して進入
ラッサ熱 Lassa fever
[疫学]西アフリカ、中央アフリカ(ナイジェリア、シエラレオネ、
リベリア)の風土病、年間20万人以上感染、致命率1-2%
[ 感染源] サバンナ地帯に生息するMastomys natalensis(多
乳房ねずみ)の尿、唾液
[伝搬様式] 血液、分泌物、排泄物から皮膚、粘膜の傷口を
通して進入
医療と看護サービスの組織化
疾病早期診断、治療
早期発見対策
先天性代謝異常(クレチン症、ガラクトース血症、
フェニールケトン尿症)
がん検診(胃、子宮、肺、乳、大腸)
看護サービス
介護サービス
結核対策
予防接種、早期発見、結核登録、治療
社会制度の改善
健康の維持増進をはかるために
医療制度
救急医療システム
へき地医療
社会保障制度
社会福祉
社会経済構造
感染症から非感染性慢性疾患予防へ
Winslowが定義した当時は急性伝染病が中心
↓
医学の進歩と生活水準の向上により、伝染病は激減
↓
寿命の延長と人口の高齢化
↓
がん、虚血性心臓疾患、脳卒中などの慢性成人病予防
工業化にともなう環境汚染による慢性の人体影響
社会環境の変化に伴う精神疾患の予防
公衆衛生の目的の変遷
疾病予防から積極的な健康増進の重要性が認識
健康的な質の高い人生を享受することを追求
寿命の変遷と課題
寿命
第2次世界大戦直後(1947年) 男50.06歳
女53.96歳
現在の寿命(2005年)
男78.53歳
女85.49歳
(58年間に、男28.47年、女31.53年延長)
男:世界第2位、女世界第1位の長寿国
課題
活動的な生存期間の延長を求める
Disability free life expectancy (DFLE)
Activities of daily living (ADL)
起座、歩行、洗面、食事、更衣、トイレ、入浴
などの組み合わせで、DFLEを指標化
寿命に関する複合健康指標
健康余命 HE (Health Expectancy)
予め定義した特定の傷病、障害のない状態
機能障害のない平均余命
(Impairment-free Life Expectancy)
能力低下のない平均余命
(Disability-free Life Expectancy)
健康調整平均余命
HALE (Health-adjusted Life Expectancy)
傷病、障害の程度により、健康状態を0から1の範囲の重
み付け
健康の定義(WHO)
WHO憲章
"Health is a state of complete physical, mental and
social well-being and not merely the absence of disease
or infirmity."
「健康とは、肉体的、精神的および社会的に完全によ
い状態にあることであり、単に疾病または虚弱でないとい
うことではない」
集団の健康の考え方
健康の概念 「健康」、「不健康」のようにはっきりと割り
切れるものではない。
例
軽い異常 「ちょっと頭がいたい」 「血圧が少し高い」
最も重い異常 「死亡」
一連の連続的な変化として健康をとらえる
完全な健康状態(100点)~死亡(0点)
中間的な値をもった人々の混在する集団の健康度
集団の健康度は客観的で相互比較の可能な尺度を
用いて測定
健康の尺度
再現性があり、信頼度の高い指標の例
平均寿命、死亡率、罹患率、有病率
疾病異常を有するものの割合
発育の程度、生理的機能、心理的機能、社会適応、
日常生活動作(ADL)活動能力
疾病予防対策の組み立て
第1段階: 疾病罹患前の健康者に対する対策
疾病発生の促進要因への暴露を除く
(第1次予防Primary prevention)
第2段階: できるだけ早い段階で発見し
早期治療により、進行を中断
(第2次予防Secondary prevention)
第3段階: 疾病進行期以降の対策
(第3次予防Tertiary prevention)
参考: 0次予防(Primordial prevention): 疾病発生要因への暴露を
下げるための社会、経済、文化面からのアプローチ
健康管理と地域保健活動
健康管理: 健康の維持・増進、疾病異常の早期
発見・早期治療・回復を目的とした組織的な活動
(個人、集団を対象)
地域保健活動: 地域単位で健康者も含めたすべ
ての人達を対象に健康教育、健康相談、疾病の早
期発見対策、診断治療、リハビリテ-ション、訪問
活動などを有機的に行うことをいう。
医師、歯科医師、保健師、栄養士、助産師、看護師、理
学療法士、作業療法士、医療社会事業士などの医療専
門職、行政事務担当者、住民が連携をとり役割を分担
プライマリーヘルスケア
1978年ソ連のアルマ・アタにおいて、WHOと
UNICEFが共催の国際会議で定義
「国や地域社会が主体性をもって、開発の程度
に応じて負担可能な範囲内で、地域住民の参加
のもとに進める保健サ-ビスで、普遍的に利用
でき、科学的な根拠に基づく、広く社会に受け入
れられるもの」
具体的な行動内容: 栄養改善、上水道の普
及、環境衛生、母子保健、家族計画、予防接種、
地方病の予防と管理、衛生教育、疾病の治療な
どの疾病予防のすべての段階を包含
外国の歴史
古代
Hippocrates (460-377BC)
ギリシャ医学に科学的な考え方 「空気、水、場所につ
いて」 →気候、飲料水、衣食住が疾病の発生に影響
ヒポクラテスの誓い →医療は患者の福祉のため
加害、不正がないように
プライバシーの保護
衛生(Hygiene)の由来
ギリシャ神話の医神Apolloの息子Aesclapiusの娘
Hygieia
古代ローマの衛生環境
火葬、都市計画、換気、暖房、公衆浴場、舗装道路
外国の歴史
中世
(5世紀 ゲルマン大移動~15世紀 東ローマ帝国滅亡)
コレラの流行 (7世紀以来)
イスラム教徒のメッカへの巡礼
ハンセン病の流行(11~15世紀)
十字軍派遣(中近東からヨーロッパへ)
ペスト(黒死病)の流行(14世紀半ば)
伝染病史上最大の惨禍
全ヨーロッパ人口の1/3~1/4が犠牲に
ベニスで初めて検疫の制度を取り入れる(Quarantine)
梅毒の流行
コロンブスが西インド諸島から運んだという説
特に、イタリア、スペイン、フランス
外国の歴史
17世紀、18世紀
John Graunt (1620-74)
死亡統計によって、死亡の性差、季節差、地域差などを明らかに
した
Bernardino Ramazzini(1933-1714)
特定の職業に就いている者に特異的な健康異常を明らかにした
(産業医学のバイブル)
Mary Wortley Montagu
人痘接種技術をイギリスに持ち帰る
Edward Jenner(1749-1823)が1798年に牛痘の原因と作用に
関する研究を発表
産業革命による過酷な労働条件による労働者の健康悪化が公
衆衛生の発展をもたらした
例 Percivall Pottの報告「煙突掃除人に発生する陰嚢がん」
外国の歴史
19世紀
Edwin Chadwick (1800-90)
「イギリス労働者の保健状態について」
救貧法の見直し(貧困に対する根本的な対策は公共扶助でなく、
健康を保持すること)
1848年公衆衛生条例の制定(公衆衛生行政の基礎)
William Farr(1807-83)
人口動態統計の基礎
Florence Nightingale(1820-1910)
ロンドンのセント・トーマス病院に看護師養成所を設置し、専門職
としての看護師の地位を確立
細菌学者による病原体の発見
近代細菌学の開祖
Louis Pasteur(1822-1895)
生物自然発生説の否定(白鳥の首フラスコ)、低温殺菌法、ワ
クチンの開発(ニワトリコレラ菌、炭疽、狂犬病)
Robert Koch(1843-1910)
コッホの4原則、コレラ菌、結核菌の発見
外国の歴史
20世紀、21世紀
急性伝染病から慢性伝染病へ
急性伝染病対策の結果、結核が主要死因に
環境衛生から対人保健へ
重点は環境改善(食べ物、水、労働環境、住居環境、教育)から、
対人保健(結核対策、母子保健、学校保健、精神保健、栄養改
善、健康づくり)へ
医療の社会化
社会保障制度の普及、イギリス「ゆりかごから墓場まで」
国際協力体制の確立
WHOの発足、開発途上国の健康水準格差是正
新興感染症、再興感染症
ウイルス性出血熱、HIV感染、ウシ海綿状脳症、重症急性呼吸
器症候群(SARS)、H5N1高病原性鳥インフルエンザ
日本の歴史
明治
欧米の医療制度取り入れ
岩倉具視、長与専斉を欧米派遣
医療重視政策
文部省医務課を医務局に昇格(1873) 相良知安局
長
医制76条の公布→ 衛生行政機構の整備、西洋医
学に基づく医学教育、医師開業免許制度
衛生行政を文部省から内務省に 長与専斉初代衛
生局長
近代的な伝染病予防体制の基礎を確立
コレラの大流行がきっかけ
→伝染病予防法(1897)、海港検疫法(1899)
日本の歴史
大正・昭和(戦前)
急性伝染病対策から慢性伝染病対策へ
結核予防法、トラホーム予防法(1919)
花柳病予防法(1927)、寄生虫予防法
(1931)
国民体力の向上(富国強兵策)
保健所設置(1935)、保健所法(1937)、
厚生省設置(1938)
国民体力法、国民優生法(1940)、
妊婦手帳制度(1942)
日本の歴史
昭和(戦後)~平成
公衆衛生対策の再構築
敗戦により国民の健康状態悪化
1947-48年にかけて公衆衛生全般の法整備
WHOへの加盟(1951)
国際協力体制の第一歩
国民皆保険制度(1961)
公害対策基本法(1967)、環境庁設置(1971)
1960年、70年代の都市化、工業化に伴う公害病の続
発(水俣病、イタイイタイ病、四日市喘息など)
人口の老齢化に対する諸施策
老人医療費の無料化(1973)、老人保健法(1982)
日本の歴史
21世紀
生活習慣病対策
「健康日本21」
急速な高齢化に伴う生活習慣病の増加への対応
一次予防に重点をおいた国民の健康づくり
健康増進法の制定
医療制度改革
高齢者の医療の確保に関する法律の制定
高齢者、後期高齢者に対する医療給付
医療保険者による生活習慣病健診・保健指導の義
務化(メタボリックシンドロームに着目した特定健
診・特定保健指導)
参考図書
書名 公衆衛生マニュアル 2007 編集 柳川洋、中村好一
発行 南山堂 (2007)
書名 社会・環境と研究 公衆衛生学 編集 柳川洋、簑輪眞
澄
発行 医歯薬出版株式会社 (2007)
書名 基礎から学ぶ健康管理概論 編集 柳川洋
発行 南江堂 (2006)
書名 しっかり学ぶ基礎からの疫学 著者 Oleckno WA
翻訳監修 柳川洋、萱場一則 南山堂 (2004)