三浦綾子「泥流地帯」取材ノートの記述解析とその火山防災学的意義

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Transcript 三浦綾子「泥流地帯」取材ノートの記述解析とその火山防災学的意義

火山防災教育素材としての
「小説,泥流地帯」とそのリアリティー
伊藤英之1)・林信太郎2)
1)国土技術政策総合研究所
2)秋田大学教育文化学部
火山学会秋季講演会(2006年10月25日)における反響
研究のアウトライン
現在,我々は1926年5月24日に十勝岳で発生した融雪泥
流(大正泥流)の発生メカニズムについて,総合的に検討
を行っている
(1)地質調査による層序復元
(2)融雪実験による高温火砕物と積雪の相互作用
(3)郷土誌・目撃談の再整理
(4)シミュレーションによる泥流の挙動の再現
郷土史・目撃談の再整理
• 目撃談については,南里・他(1995,2004)により泥流体
験者が泥流体験者19名にヒアリング
三浦綾子と「泥流地帯」
小説「泥流地帯」
→1976年1月~9月まで,北海道
新聞日曜版に新聞小説として
掲載
→十勝岳噴火と大正泥流をモ
チーフ
→小説のテーマ:
「人間の苦難」「慈悲」
→1978年には続編「続・泥流地
帯」が掲載
「泥流地帯」執筆のきっか
け
→十勝岳爆発災害志
・かつての三浦光世氏の職場
(現:旭川森林管理局)にあり,
光世氏が題材を三浦綾子氏に
作品執筆を依頼
北海道新聞2003年6月25日
2003年6月24日から調査開始
翌日朝刊に掲載
「泥流地帯」の記述
【火山活動に関する記述】
・十勝岳爆発災害志
・新聞記事
→新しい知見は見出せない
【泥流災害に関する記述】
・泥流体験者へのヒアリング
取材時に使用した大学ノー
トが旭川市三浦綾子記念文
学館に保管されていた
取材ノート解析の目的
1. 歴史史料としての正確さの検証
2. 情報伝達ツールとしての「小説」の位置づけ
3. 中高年をターゲットとした普及啓発ツール
泥流体験者への取材
取材形態
→公民館等でヒアリング
(座談会に近い)
ノートから判別できた取
材対象者
→7名.
→取材対象者全員が小説中の登
場人物のモデル,あるいは場
面描写のモデルとなっている
→取材対象者のうち,3名(清野氏,
高田氏および杉山氏)は,南
里・他(1995)および南里・他
(2004)による泥流体験者聞き
取り調査と同一人物
三浦綾子記念文学館開館3周年特別企画展資料より
泥流体験者の泥流遭遇位置
16:17
16:30頃
泥流を見た印象
■泥と流木・ドロドロ
■扇子を広げたよう
■「水か石,山がひとつ」
■足元に泥が
泥流遭遇時の状況
■硫黄臭い・生温かい
■大きな山がそのまま来た.平
地に出るまでは山そのもの
■畳がふわふわ
■流木に囲まれて動けない
■翌朝は冷たくなっていた
■「直径3尺,大きな大木,
ねもとと先はほうきのよう」
■電線が切れて足元に泥が.
泥流の色は赤っぽい灰色
■家が動く,電柱が次々と倒
れる
■線路は飴のように曲が
り,一面一瞬に流木の山と
化した.人が流されるのを
見た
特筆すべき証言
• 上流から流木に乗って2キロ流されて救助された
人の話では,(泥流は)上流で風呂の湯のごとく温
かく,下流では冷たかった(立松氏からの手紙)
• 山手に打ち上げられたものは助かった.直径三
尺の大きな木が流れてきた.根本と先は「ほう
き」のよう.上がった死体を触ると鼻血が出た.
死体を神社・寺の境内に並べた(篠原氏への取
材)
小説上の「目撃証言」の取扱い
【証言】
大砲を撃ったような山鳴り(安井弥生氏)
異様な音(雷かと思った)(篠原氏)
ぬるま湯のよう,硫黄くさい(清野テイ氏)
泥が硫黄くさい.扇を広げたような格好
(安井弥生氏)
大きな山がそのまま来た.平地に出るま
では山そのもの(篠原氏)
馬で妙見寺の山まで逃げた(杉山氏)
上がった死体を触ると鼻血が出た.死体
を神社・寺の境内に並べた(篠原氏)
【小説】
•
•
•
「どどど、どーん」と、どこかで鈍い音がした。
遠雷のようでもあった(p377)
硫黄をふくんだどろどろの泥流が
(p388)
遂に三人は市街地に入った。鼻をつ
くような硫黄の臭いはここにも満ちて
いた(p408)
• 沢の入り口に、真っ黒い小山のよ
うなものが押し寄せて来る
(p385)
• 市街の人たちは、明憲山の明憲寺
に避難した(p408)
• →修平が白布を取り除いたその途
端、血の気のない青ざめた鼻から、
血がタラタラと流れた(p412)
流量(m3/s)
7,180
■大きな山がそのまま来た.平
地に出るまでは山そのもの
細粒分土砂+水
粗粒分土砂
0
30
時間(min)
■家が動く,電柱が次々と倒
れる
■線路は飴のように曲が
り,一面一瞬に流木の山と
化した.人が流されるのを
最大水深分布
見た
流量フラックス分布(m3/s/m)
「小説」は火山防災ツールとして有効か?
【火山噴火系の小説】
・死都日本
・真昼のプリニウス
【地学系の小説】
・日本沈没
・地震列島,震災列島
・M8,Tsunami・・・・
日本人が好きな小説家と
三浦綾子小説の売り上げランキング
読売新聞による調査
(2003年調査)
1位:赤川次郎
2位:西村京太郎
3位:司馬遼太郎
4位:松本清張
5位:大江健三郎
6位:川端康成
7位:三浦綾子
8位:吉川英治
9位:シドニー・シェルダン
10位:渡辺淳一
三浦綾子小説売り上げラン
キング
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1位氷点・続氷点
2位塩狩峠
3位新約聖書入門
4位細川ガラシャ婦人
5位明日のあなたへ
6位旧約聖書入門
7位銃口
8位母
9位羊が丘
10位裁きの家
10位泥流地帯
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三浦綾子文学の特徴
• 中高年齢層には三浦
綾子ファンが潜在的
に多い
• しばしばリバイバル
→2006.11.25-26にはテレビ
朝日で「氷点」のドラマ放
送
http://www.tv-asahi.co.jp/hyoten/
まとめ
• 三浦綾子氏の「泥流地帯」取材ノートの解析より
1. 小説・取材ノートともに事実に基づいて記述され
ていることから,噴火災害史料としての性格を有
していることがわかった
2. これらの史料と,地質調査結果等を踏まえて市
街地における泥流の挙動を定量的に推定できる
可能性がある
3. 中高年を中心として.三浦綾子文学のファン層
は厚いことから,「泥流地帯」が災害情報の伝達
ツールとなる可能性が示唆される.