卒業論文 共感覚比喩表現 ―味覚表現とその方向性―

Download Report

Transcript 卒業論文 共感覚比喩表現 ―味覚表現とその方向性―

卒業論文
共感覚比喩表現
―味覚表現とその方向性―
Synaesthetic Metaphor :
Expressions of taste and its rule
0612005 浦田 笑
2010年2月4日
©2010. Emi Urata
目次
はじめに
 共感覚比喩表現とその特徴
 一方向性の仮説
 検証方法
 検証結果
 珈琲の味覚表現データ1・2
 考察
 おわりに

参考文献
参考web
はじめに
私たちがものをことばで表現するのに、共感覚比喩表現(以下共感
覚とする)は必要な言語表現
共感覚は私たちの生活に浸透し、ものの表現を豊かにしている
→「味わい深い」、「甘いメロディー」
共感覚には「数字の1を見ると青色が思い浮かぶ」、「ピアノの音は
ピンク色だ」というように、複数の感覚神経が結びついた神経の病
気とみなされるものもあるが、本論文では認知言語学の分野にお
ける共感覚比喩表現という言語現象という観点で考察する。
共感覚比喩表現とその特徴:
・共感覚比喩表現(Synaesthetic metaphor)
「1つの感覚刺激が、それに対応する感覚だけではなく、別の感
覚としても同時に生ずるような現象のこと(辻 2002:53)」



a. 暖色/寒色(触覚→視覚)
一方向性の仮説に従う
赤っぽい色だとその色が熱を示すことを知っている
b. *かん高い甘さ(視覚→味覚)
一方向性の仮説に従わない
c.味音痴(味覚→聴覚)
一方向性の仮説に従わないが、容認されている
「音痴」という「ある方面の感覚が鈍い(①)」という意味が味覚
と結びつき、味の感覚が鈍いことを示す
一方向性の仮説
・Williams (1976)
Color
Touch
Taste
Smell
Dimension
Sound
図1
・山梨(貞光2005より)
視覚
触覚
味覚
嗅覚
聴覚
例外的な表現は見せ掛け、意図的とする。
検証方法

検索エンジンYahoo!を用いて珈琲のテイスティングで使
用されることばや異なる珈琲豆の味の表現に使われてい
る表現を集める

瀬戸(2003:29)の「味ことば分類表」を参考に、集めた表
現の転用方向によってグループ分けする

特にわかりにくい表現を選び、その表現を私たちがどのよ
うに理解するのかをみていく
検証結果

四種類の感覚、四方向の転用表現
「触覚→味覚」、「味覚→嗅覚」、「視覚→味覚」、「嗅覚→味覚」

視覚と触覚を伴う表現が多い
→珈琲の味覚表現は、「舌触り」や「喉(のどごし)」、「歯(歯ざわ
り)」、「口蓋」、「口の中全体」で感じる液体の質感や重量などが必
要であるから

「視覚→味覚」という「一方向性の仮説」に反する表現が
最も多く集まった
→共感覚の転用と理解には方向性だけでは説明できないので
は?
珈琲の味覚表現データ1
触覚→味覚 重たい味、さっぱりとした味、ソフトな味、ソフトな苦味、
ドライな味、清涼感のある味、なめらかな味、なめらか
な味、トローっとした苦味、軽い口あたり、ピリッとした味、
刺激的な味、湿っぽい味、やわらかい味、やわらかい
酸味、ボッタリとした味、乾いた味、水っぽい味、マイル
ドな味、スパイシーな苦味、どっしりとした味
味覚→嗅覚 甘い香り、甘い匂い、甘酸っぱい香り、おいしい香り、
渋い味、仄かな甘さの香り
<表1 一方向性の仮説に従っている表現>
珈琲の味覚表現データ2
視覚→味覚 まろやかな味、まるい口あたり、まろやかな苦味、ストレー
トな味、澄み切った味、深い味、深みのある味、広がりの
ある味、淡い味、濃い味、濃厚な味、濃厚な口あたり、ま
とまった味、雑味のない味、すっきりとした味わい、バラン
スのとれた味、さっぱりした味、薄い味、厚みのある味、
円熟した味、華やかな味、ボターっとした深みのある味
わい、上品な味わい、品の良い味、しっかりした味、綺麗
な酸味と甘味、透明感のある味わい、クリーンな酸味、明
るい酸味
嗅覚→味覚 香ばしい味、土臭い味、皮くさい味、泥臭い味、ツンとくる酸
味、古臭い味
<表2 一方向性の仮説に従っていない表現>
考察

トローっとした―、ボッタリとした―「触覚→味覚」
・一方向性の仮説に従っている。
・日本語特有の擬態語、擬音語が表現として使われて
いる。
・味ことば分類表の「触覚―テクスチャー」に分類される。
→逆さにしたビンから蜂蜜が垂れていくような、少々
重たくとろみのある質感。
この質感を「舌」や「口の中全体」で感じるため、味覚
に転用でき、私たちにも理解できる表現となる。

乾いた―、水っぽい―「触覚→味覚」
・一方向性の仮説に従っている。
・「触覚―テクスチャー―乾湿」に分類。
・「触った」ときの湿り具合や質感があらわされている。
・なぜ味覚に転用できるか?
→「舌」でその湿り気や質感を感じているから

淡い―、濃い―「視覚→味覚」
淡い:色・味・香りなどがあっさりしていて薄い(①)
濃い:色や味などの程度が高い、濃厚である、成分の濃度・密度
が高い(①)
・一方向性の仮説に反している表現。
・これらは味ことば分類表では「視覚―光―明るさ―明暗」に属す。
→「色の濃淡」を第一の意味として捉えられている。
・色の濃淡と味の濃淡は結びついている。
→紅茶の色が濃いと味も香りもしっかりしている
→煮物の色が薄いと味もしっかり染みていない
視覚を通して感じられた色の濃淡は、私たちの経験によって味
覚に結びついている。この視覚からの情報と経験の結びつきが味
覚への転用を可能にし、私たちはこの共感覚表現を理解する。
 薄い―、厚みのある―「視覚→味覚」
薄い:色・味・濃度・密度・可能性などの程度が少ない(①)
厚み:厚さの程度、重厚さ(①)
厚い:物の一方の面から反対の面までの距離が長い(①)
・一方向性の仮説に反している。
・「視覚―形―次元―垂直」に分類。
・視覚で捉えた薄い色は刺激が少なく、主張しない。一枚の紙や
ティッシュは薄っぺらいし、風が吹けばさらりと飛ばされてしまう。
・薄い味→ただ味(味付け)が控えめだというばかりでなく、味自体
の刺激のなさやそれを良く感じない味気なさも示す。
・厚みのある味はテレビを見ていると何度も耳にする表現。
・厚い→「辞書」、「厚化粧」など視覚的に厚みを感じる
・「酸味も苦味などの味が強く、後味もしっかり残る」という意味に。
分厚いステーキを連想する人も。
検証のまとめ

我々は自身の経験や一般的知識、常識によって例外
表現の意味を想像し、理解している。

それぞれの感覚は完全に切り離されているものではな
い。
→ある共感覚の表現が一方向性の仮説に従っていな
くとも、私たちの理解があれば容認されることもある。
おわりに

一方向性の仮説は転用方法の柱となり、共感覚を分析
する上で重要な存在ではあるが、絶対的ではない

共感覚を表現することや、それを理解するには我々自
身の経験的基盤が重要であり、必要不可欠

見せ掛け、意図的な表現も存在する

共感覚表現はWilliamsの研究が行われた約40年前
に比べれば、ずいぶん豊かになっている
→今は容認されなくても将来は理解できる表現に変わっ
ていく
参考文献
楠見孝 2004.「味覚のメタファー表現への認知的アプローチ」日本言語学会第
127回予稿集
小森道彦 2003.「もっと五感で味わう」『ことばは味を越える』瀬戸賢一(編)海鳴社
坂本勉 2007.「共感覚表現の脳内処理モデル」『メタファー研究の最前線』楠見孝
(編)ひつじ書房
坂本真樹 2007.「色彩語メタファーへの認知言語学的関心にもとづくアプローチ
の検討」『メタファー研究の最前線』楠見孝(編)ひつじ書房
谷口一美 2003.『認知意味論の新展開:メタファーとメトニミー』研究
社
貞光宮城 2005.「共感覚表現の転用傾向について:嗅覚と聴覚/視覚を中心に」
『認知言語学論考NO.5』山梨正明(編)ひつじ書房
貞光宮城 2005.「共感覚比喩表現の転用―嗅覚について―」第13回福岡認知言
語学会、研究発表ハンドアウト
瀬戸賢一 2003.「共感覚表現:一方向性の仮説を反証する」 『JELS 20』(日本英
語学会第20回研究発表論文集)149-158
瀬戸賢一 2003.「五感で味わう」『ことばは味を越える』瀬戸賢一(編)海鳴社
瀬戸賢一 2005.『よくわかる比喩:ことばの根っこをもっと知ろう』研究社
辻幸夫 2002.『認知言語学キーワード事典』辻幸夫(編)研究社
森岡健二・徳川宗賢・川端善明・中村明・星野晃一 2000.『国語辞典第二版』集
英社→①
Williams, Joseph M.1976.”Synaesthetic Adjectives: A Possible Law of
Semantic Change,” Language 52,461-78
参考WEB
英辞朗on the WEB(http://www.alc.co.jp/)→②
Coffee大辞典
(http://plaza.rakuten.co.jp/kamihikouki84/diary/)
Starbucks Coffee
(http://www.starbucks.co.jp/beans/index.html)
Tully’s Coffee(http://www.tullys.co.jp/menu/index.html)
Doutor Coffee Shop(http://www.doutor.co.jp/dcs/index.html)
nachu-coffee(http://beans-club.com/?mode=srh&cid=&keywo
rd=&x=34&y=13)
西山珈琲.com(http://www.nishiyama-coffee.com/index.html)
豆屋(http://www.mameya.co.jp/aroma.htm)
mitoぐるめ情報(http://homepage2.nifty.com/infomito/coffee3.htm)
“Y”-FILE(http://www1.harenet.ne.jp/~marumaru/menu_02/c
offee_100.htm)