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法学部 1年生配当科目 民法入門
第6講
契約の履行
大阪大学大学院国際公共政策研究科
教 授
大久保 邦彦
1
【契約】⇒【債権・債務】
有効に成立した
契 約
債権
債務
2
契約のプロセス
契約
成立
契約締結過程
債務
発生
契約内容
契約
終了
契約履行過程
債務
履行
3
不動産売買契約
所 所有権移転債務
売
主
X
占 引 渡 債 務
登 登記移転債務
買
主
Y
代金支払債務 金
4
動産売買契約
所 所有権移転債務
売
主
X
占 引 渡 債 務
買
主
Y
代金支払債務 金
5
債権の消滅原因
6
債権の消滅原因
(民法典第3編第1章第5節)
第1款 弁済 代物弁済
第2款
第3款
第4款
第5款
相殺
更改
免除
混同
(民482)
供託
(民494~)
消滅時効・・・
7
弁済=履行
所 所有権移転債務
売
主
A
占 引 渡 債 務
登 登記移転債務
買
主
B
代金支払債務 金
8
受領不能
供 託(民494) 受領拒絶
供託物還付請求権
供託所
供託物
払渡請求権
供託
G
X
供託物取戻請求権
S
債
権
者
の
確
知
不
能
9
相 殺(民505)
「相殺します」
相
殺
権
A
X
受働債権
X
100万円
自働債権
100万円
B
相
殺
権
10
更 改(民513)
債
権
者
G
金
車
債
務
者
S
11
代物弁済(民482)
債
権
者
G
金
債
務
者
S
12
免 除(民519)
G
「債務を免除します」
S
債務者Sの承諾は不要
したがって、免除は単独行為
消滅時効と同じく、債権者が満足を得な
いにもかかわらず、債権が消滅する。
13
賃貸人の地位の移転
賃
貸
人
X
所
登
売買契約
Z
賃貸借契約
賃
借
人
Y
14
混 同(民520)
賃
貸
人
X
賃貸借契約
賃
借
人
所
売買契約
Y
15
「物」
16
空間の一部を占めるもの
「物」の定義(民85)
この法律において「物」とは、有体物をいう。
気体
液体
固体
17
不動産・動産(民86)
①土地及びその定着物は、
不動産とする。
②不動産以外の物は、
すべて動産とする。
③無記名債権は、
動産とみなす。
18
不動産(民86Ⅰ)
土地
その定着物
建物
立木
未分離の果実・桑葉・稲立毛
銅像・線路・鉄管・庭石
19
所有権移転債務
20
所有権移転の方法
21
民176は、物権変動の時期については
民法176条
定めていない
物権の設定及び移転は、
当事者の意思表示のみによって、
その効力を生ずる。
ドイツ法では、
登記・引渡しが必要
形式主義
何らの形式(登記・引渡し)を
必要としないという意味
意思主義
所有権移転債務の発生
売買契約の成立
売
主
X
「甲不動産を1億円で売ります」
所
「甲不動産を1億円で買います」
買
主
Y
所有権移転債務の発生
23
所有権移転債務の履行
売
主
X
「甲の所有権を移転します」
所
「甲の所有権を移転して下さい」
買
主
Y
24
しかし、現実には、そのような
意思表示はなされない
「甲の所有権を移転します」
という意思表示が含まれている
売
主
X
「甲不動産を1億円で売ります」
所
「甲不動産を1億円で買います」
買
主
Y
「甲の所有権を移転して下さい」
という意思表示が含まれている
25
所有権移転の時期
26
所有権移転の時期
合意があれば、それが優先される。
合意がない場合
契約時説(判例)
登記・引渡し・代金支払時説
有償性説
段階的移転説(なしくずし的移転説)
27
契約時説(判例)
所
売
主
X
買
主
Y
占
登
契約の成立
金
28
登記・引渡し・代金支払時説
所
売
主
X
買
主
Y
占
登
契約の成立
金
29
有償性説
所
売
主
X
買
主
Y
占
登
契約の成立
金
30
段階的移転説
所
売
主
X
所
買
主
Y
占
登
契約の成立
金
31
引渡債務
32
引渡しの方法
引渡し=
占有(権)の移転
33
引渡しの方法
現実の引渡し(民182Ⅰ)
 簡易の引渡し(民182Ⅱ)
 占有改定(民183)
 指図による占有移転(民184)

34
現実の引渡し(民182Ⅰ)
売
主
X
物
買
主
Y
35
代理占有(民181)
本
人
賃
貸
人
A
Aの占有を
物
代理占有または
間接占有という
Bの占有を
自己占有または
直接占有という
賃
借
人
B
(
占
有
)
代
理
人
36
簡易の引渡し(民182Ⅱ)
物
本
人
売
主
X
「占有権を移転します」
「そうしてください」
買
主
Y
(
占
有
)
代
理
人
37
占有改定(民183)
(
占
有
)
代
理
人
売
主
X
「今後はYさんのために
占有します」
「わかりました」
買
主
Y
本
人
物
38
指図による占有移転
(民184)
本
人
X
「Zに、今後はYさんの
ために占有するように
指示しました」
「わかりました」
「今後は
Yのために
占有してください」
物
Z
Y
第
三
者
承諾するのは、
ZではなくYだ
(占有)代理人
39
登記移転債務
40
移転登記の方法
41
移転登記の方法(不登60)
登記所
登記義務者
X
売主
登記権利者
共同登記申請
Y
買主
42
移転登記の方法
登記所
登記申請
X
司法書士
代理権授与
Z
代理権授与
Y
43
公示の原則
44
物権変動に関する
公示の原則
「物権変動には、外部から認識しうる
一定の徴表的な形式が
伴わなければならない」
とする原理的な考え方
不動産⇒登 記
動 産⇒引渡し
45
民法177条
不動産に関する物権の得喪及び変更
は、
不動産登記法(平成16年法律第123号)
その他の登記に関する法律の
定めるところに従い
その登記をしなければ、
46
民法178条
動産に関する物権の譲渡は、
その動産の引渡しがなけれ
ば、
第三者に
対抗することができない。
47
公示の原則
-不動産売買の場合-
X
売買契約
Z
所
登
売買契約
Y
但し、Zが、
X=Y間の物権変動、
Yの所有権を
承認することは差し支えない
48
公示の原則
-動産売買の場合-
X
所
占
売買契約
Y
売買契約
Z
49
対抗要件主義
「公示を得たものが勝つ」という原則
公示をしうる状態にあるにもかかわらず、
それをしかなった以上、
不利益を受けても仕方がない
50
「対抗」の法的構成
51
対抗要件主義
X
②売買契約
Z
所
登
①売買契約
Y
登記を得た者
が勝つ
52
しかし・・・
X
所
登
②売買契約
Z
所
①売買契約
Y
Xは無権利なのに
なぜZに所有権を
移転できるのか?
53
相対的無効説
X
所
登
①売買契約
Y
②売買契約
Z
54
民法177条論
55
民法177条
不動産に関する物権の得喪及び変更は、
不動産登記法(平成16年法律第123号)
その他の登記に関する法律の
定めるところに従い
その登記をしなければ、
第三者に対抗することができない。
56
対抗問題限定説
177条は対抗問題を生ずる場合に
のみ適用されるべき規定だから、
対抗関係に立つ者のみが
「第三者」である。
背信的悪意者は、別の基準で排除する
57
民法178条論
基本的には、民法177条論と異ならな
い。
民176を承ける「対抗」の規定であること
「対抗」の意義 など
但し、以下の点は異なる。
「登記」でなく、「引渡し」が対抗要件
賃借権の取扱い(民605、不登3⑧)
58
登記を要する物権変動
59
対抗問題
A
登
B
AからBに先に登記が移るか、
AからCに先に登記が移るかで、
B・Cの取得する権利が異なる場合に、
対抗問題が生じる。
C
60
二重譲渡
X
売買契約
Z
所
登
売買契約
Y
Yの物になる
61
二重譲渡
X
売買契約
Z
所
登
売買契約
Y
Zの物になる
62
地上権の設定
X
設定的承継
Y
地上権
所有権
63
制限物権の設定
X
売買契約
Z
所
登
地上権設定契約
Y
地上権
地上権の負担の付いた
所有権
64
制限物権の設定
X
所
登
地上権設定契約
Y
売買契約
Z
完全な所有権
65
不動産賃貸借の対抗力
(民605)
不動産の賃貸借は、
これを登記したときは、
その後その不動産について
物権を取得した者に対しても、
その効力を生ずる。
66
債権者との関係
Z
YはZに
所有権の取得を
対抗できない
差
押
え
X
所
登
売買契約
Y
67
債権者との関係
Z
X
Zはもはや
差し押さえることが
できない
所
登
売買契約
Y
68
転々譲渡
登記はX→Y→Zと行くしかない
所
X
Y
Z
登
ZはXに
所有権を対抗できる
69
無権利者
X
所
登
無効の
売買契約
Y
売買契約
Z
70
不法行為者
Yは登記なくして
Zに損害賠償を
請求できる
X
所
登
Z
放
火
損害賠償請求
Y
71
民177の「第三者」
72
民法177条
不動産に関する物権の得喪及び変更
は、
不動産登記法(平成16年法律第123号)
その他の登記に関する法律の
定めるところに従い
その登記をしなければ、
73
177条の「第三者」
第三者=物権変動の当事者以外の者
無制限説
制限説
しかし、不法行為者・無権利者に対しては、
登記がなくても、物権を主張できるべきだ。
不動産登記法5条も、例外を認めている
74
無権利者
X
所
登
無効の
売買契約
Y
売買契約
Z
75
明文で「背信的悪意者」の排除を認めた例
不動産登記法5条
① 詐欺又は強迫によって登記の申請を妨げた
第三者は、その登記がないことを主張する
ことができない。
② 他人のために登記を申請する義務を負う第
三者は、その登記がないことを主張すること
ができない。ただし、その登記の登記原因(
登記の原因となる事実又は法律行為をいう
。以下同じ。)が自己の登記の登記原因の
後に生じたときは、この限りでない。
76
第三者制限連合部判決
(大連判M41・12・15)
民法177条の「第三者」とは、
当事者もしくはその包括承継人
にあらずして、
不動産に関する物権の得喪及び
変更の登記欠缺を主張する正当
の利益を有する者を指称す。
77
第三者制限連合部判決
(大連判M41・12・15)
「第三者」に当たる者
物権・賃借権の取得者
差押債権者・配当加入債権者
「第三者」に当たらない者
無権利者
不法行為者
78
最判S31・4・24
背信的悪意者も
登記の欠缺を主張するにつき
正当な利益を有しない
と判示した。
79
対抗問題限定説
177条は対抗問題を生ずる場合に
のみ適用されるべき規定だから、
対抗関係に立つ者のみが
「第三者」である。
背信的悪意者は、別の基準で排除する
80
背信的悪意者排除論
81
明文で「背信的悪意者」の排除を認めた例
不動産登記法5条
① 詐欺又は強迫によって登記の申請を妨げた
第三者は、その登記がないことを主張する
ことができない。
② 他人のために登記を申請する義務を負う第
三者は、その登記がないことを主張すること
ができない。ただし、その登記の登記原因(
登記の原因となる事実又は法律行為をいう
。以下同じ。)が自己の登記の登記原因の
後に生じたときは、この限りでない。
82
判例による
背信的悪意者排除理論
X
売買契約
Z
所
登
売買契約
Y
Xが山林をYに売却したが、登記を移
転せずに20数年が経過したところ、
Xが権利証を所持していることを知っ
たZは、それを安価で買い、Yに高く売
りつけようとしたが、Yが応じないため
、自己名義の登記をしてしまい、Yに対
83
し、所有権確認の訴えを提起した。
最判S43・8・2
実体上物権変動があつた事実を知る者
において右物権変動についての登記の
欠缺を主張することが信義に反するもの
と認められる事情がある場合には、
かかる背信的悪意者は、登記の欠缺を
主張するについて正当な利益を有しない
ものであつて、民法177条にいう第三者
に当らない。
84
登記の要否の判断構造
①対抗要件としての登記
a. 「対抗問題」か否か?
b.「背信的悪意者」か否か?
②権利保護資格要件としての登記
上の順序で、少なくとも①bまでは、問題にせよ
85
「権利保護資格要件」
としての登記
86
賃貸借契約
X
賃貸借契約
Y
所
登
売買契約
Z
賃料請求?
登記がないと請求できない
権利保護資格要件としての登記
87
最判S49・3・19

本件宅地の賃借人としてその賃借地上に登
記ある建物を所有するYは本件宅地の所有
権の得喪につき利害関係を有する第三者で
あるから、民法177条の規定上、ZとしてはY
に対し本件宅地の所有権の移転につきその
登記を経由しなければこれをYに対抗するこ
とができず、したがってまた、賃貸人たる地位
を主張することができない。
88
公信の原則
89
物権の存在に関する
公信の原則
「物権の存在の表象(=公示)を信頼して
取引関係に入った者は、たとえそれが真実
の実体的権利関係と一致していなくても、
法律上保護されるべきである」
とする考え方。日本法は、
不動産については公信の原則を認めないが、
動産の占有には公信力が与えられている。
90
公信の原則
-不動産売買の場合-
X
所
登
書類偽造
Yの登記を信頼して
Yを所有者だと思っても
Zは所有権を取得しない
Y
売買契約
Z
91
無権利の法理
何人も自己が有するよりも
多くの権利を他人に移転する
ことができない。
Nemo plus juris ad alium
transfere potest,
quam ipse habet.
92
公信の原則
-動産売買の場合-
X
所
占
寄託契約
Yの占有を信頼して
Yを所有者だと信じたら 所
Zは所有権を取得する
Y
売買契約
Z
93
即時取得(民192)
取引行為によって、平穏に、か
つ、公然と動産の占有を始めた
者は、善意であり、かつ、過失
がないときは、
即時にその動産について行使
する権利を取得する。
94
一物一権主義
①1つの物の上には、両立しない
内容の2つの物権は成立しな
い。
⇒物権の排他性
②1つの物権の客体は、
1つの物でなければならない。
=物の一部分、数個の物の上に、
95
公示力と公信力
公示力 公信力
○
不動産
(民177)
○
○
動 産
(民178) (民192)
×
96
即時取得(善意取得)
97
即時取得(民192)
取引行為によって、平穏に、か
つ、公然と動産の占有を始めた
者は、善意であり、かつ、過失
がないときは、
即時にその動産について行使
する権利を取得する。
98
盗品又は遺失物の回復
(民193)
前条の場合において、占有物が
盗品又は遺失物であるときは、
被害者又は遺失者は、盗難又は
遺失の時から2年間、占有者に対
してその物の回復を請求すること
ができる。
99
表見法理
帰責性を前提にして、外観に対
する信頼を保護するという考え方
① 外観の存在
② 外観の存在に対する帰責性
③ 外観に対する正当な信頼
が、その構成要素である。
出典: 山本敬三『民法講義Ⅰ〔初版〕』137頁
100
不利な効果
X
表見法理
帰
責
性
外観
Yの占有
有利な効果
正
当
な
信
頼
Z
101
即時取得制度の根拠
表見法理に基づく!
原権利者の帰責性
⇒占有委託(民193・194)
取得者の信頼
⇒善意・無過失(民192)
出典: 山野目章夫『物権法〔第3版〕』68頁
102
要件①:有効な取引行為
X
所
占
Y
無効な売買契約
X=Y間の売買契約の無効は、
即時取得が問題となる典型的な場面
売買契約
所
Y=Z間の売買契約は、
有効でなければならない
Z
103
取引行為がないとき
B 所有 CC 所有
栗
乙
104
盗品又は遺失物の回復
(民193)
前条の場合において、占有物が
盗品又は遺失物であるときは、
被害者又は遺失者は、盗難又は
遺失の時から2年間、占有者に対
してその物の回復を請求すること
ができる。
105
YがXの物を盗取したとき
X
所
占
Y
盗 取
2年経過
2年間は、返還請求できる
この間、所有権はXにある
売買契約
所
Z
106
代価の弁償の要否
(民194)
占有者が、盗品又は遺失物を、競売
若しくは公の市場において、又はそ
の物と同種の物を販売する商人か
ら、善意で買い受けたときは、
被害者又は遺失者は、占有者が支
払った代価を弁償しなければ、その
物を回復することができない。
107
Y時計店が盗品の時計を
売っていたら
X
所
占
盗 取
Y
売買契約
2年間は、返還請求できる
但し、ZがYに払った代価を
弁償しなければならない
Z
108
Zは物の返還後に、Xに
代価弁償を請求できるか?
X
所
占
盗 取
ZはXに物の使用利益を
代価弁償?
返還する必要はない
最判H12・6・27は、
Zの請求を認めた
Y
売買契約
Z
109