発表スライド edutech20121222

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2012年12月22日(土)
日本デジタル教科書学会エデュテク・トーク
~デジタル時代の空間・位置感覚と教育~
デジタル時代の教育実践研究
寺尾 敦
青山学院大学社会情報学部
[email protected]
Twitter: @aterao
目的
• デジタル教材・教科書を用いた教育実践研究
を始めたいとお考えの学校教諭を主な聴衆と
して,研究の進め方を示す.授業改善のプロ
セスを通した実践研究をおすすめする.
目次
1.
2.
3.
4.
5.
6.
伝統的な統制実験
授業改善としての実践研究
実践研究の例(1)
実践研究の例(2)
興味ある研究テーマ
論文投稿
1.伝統的な統制実験
• 伝統的な統制実験:実験群と統制群(対照
群)の比較
– 実験参加者を,実験群と統制群に,ランダムに割
りあてる.
– 興味はないが結果に影響を与えうる要因をコント
ロールする.(個人差,教師,学習環境など.もち
ろん,これらが興味ある要因であることも.)
– 3群以上の比較や,複数の要因を考慮した実験
デザインもある.
• 研究例:赤堀侃司・和田泰宜 (2012) 学習教
材のデバイスとしての iPad・紙・PC の特性比
較.白鷗大学教育学部論集,6, 15-34.
– 3つのデバイスで同じ教材を使用し,学習後に共
通の理解度テスト(紙)を実施.ただし,iPad と PC
では,一般的な電子教材が持つ機能(動画再
生,リンク,マーカー,自動採点)は付加.
– 実験参加者は大学生.各群に20名を割りあて.
– 紙は,多肢選択問題,基礎的問題,知識・理解の
問題でよい成績.
– iPad は,記述問題,応用的問題,理解・総合の問
題でよい成績.
– PC での成績は,紙,iPad に比べて劣る.
• 典型的な実験研究.研究者にとっては安心し
て読める.教育実践者にとっても有益な情報
が得られる.
• しかし,教育実践者(学校の教師)がこのよう
な統制実験を行うことは難しい.実際の教育
の場では,教育効果が劣ると予想される統制
群を設定できない.
– デジタル時代には,実験条件の違いは顕著.
2.授業改善としての実践研究
• 教育実践での授業改善のプロセスが研究と
なる.
– 擬似的な統制実験.おそらくは年度をまたぐこと
になる.
– 授業方法,教材,環境を変更する前後で,学習プ
ロセス,学習行動,学習効果を比較する.
– 同一の学習者集団を追跡する縦断的研究も有力
な研究方法.
白水始・三宅なほみ (2009) 認知科学的視点に基づく認知科学教育カリキュラム:
―「スキーマ」の学習を例に―.認知科学,16,348-376.
• 学習科学でのデザイン研究
– 「個々の学習環境の学習成果を高めるためにそ
の設計を継続的に改善し続けることによって,授
業設計を含めた学習環境をデザインする際の指
針を確立することが目的」(大島・大島,2009)
大島純・大島律子 (2009) エビデンスに基づいた教育:
認知科学・学習科学からの展望.認知科学,16,390-414.
「学校教育と認知科学」特集
J-STAGEで入手可能 https://www.jstage.jst.go.jp/browse/-char/ja
• 実践であるのみならず,研究とするために
は,学習に関するデータを取得することが重
要.
– 学習プロセス,学習行動,学習効果
• 学習者の主観的な感想よりは,客観的データ
が好まれる.学習時間,課題への解答,授業
中の発話,具体的なエピソード,教材へのア
クセス履歴など.論文の主張を支持する証拠
を集める.
• 統制実験もデザイン研究も,理論の構築ある
いは理論の精緻化を目指している.そのた
め,研究をこれまでの理論の中に位置づける
必要がある.教育実践での問題意識から出
発する研究では,これに苦労するかもしれな
い.
3.実践研究の例(1)
• 統計学の授業における,セカンドモニタとして
の iPhone の使用.
– 教材資料は iPhone で読み,PC モニタはひとつの
アプリケーションのためだけに用いる.こうした
iPhone の使用法は学生に支持されるか?
寺尾敦 (2012) ICT を活用した心理学統計の教育
教育心理学年報,51,143-153.
J-STAGEで公開予定 https://www.jstage.jst.go.jp/browse/-char/ja
研究の動機
• 芝浦工業大学柏高校での奥田宏志氏の実践
– 理科の実験手順の動画を iPod touch で見る.実
験の安全性向上.
– iPhone の利点:教材閲覧に十分な画面の大き
さ,小型で邪魔にならない,すぐれた操作性.
• 奥田実践をヒントに,自分の担当する講義で
の iPhone の活用を考えた.
• 統計学の入門講義で,iPhone をセカンドモニ
タとして使用してはどうか?
– エクセルでのデータ解析実習
– エクセルを PC モニタで全画面表示
– 実習手順を示したPDF文書をiPhoneで閲覧
– ウィンドウの重なりなし.常に前面表示できる.
研究の目的
• Research Question:統計学の授業での,セカ
ンドモニタとしての iPhone の使用は,学生に
どれほど支持されるだろうか?こうした使用
法は有望なのか?
• 学生は以下の2条件で度数分布表を作成.
いずれがよいかを回答
– シングルモニタ:PC の画面でエクセルと PDF の両
方を表示
– デュアルモニタ:PDF を iPhone で表示
実験1:最初の試み
• 参加者
– 2009年度「統計入門」受講者86名のうち,第3回
の講義(10月13日)に出席し,iPhone を所持して
いた58名.
• 材料
– Microsoft Excel 2007 を用いて,度数分布表とヒス
トグラムを作成する手順を示した PDF 文書
(Microsoft Word で作成).
Word 2007 で作成した文書を PDF にした教材を
iPhone のブラウザで表示した画面.
• デザイン
– シングルモニタ:文書を学生の PC に配信.
– デュアルモニタ:iPhone のブラウザでアクセス.
• 手続き
– 学生は度数分布表を2回作成.1回はシングルモ
ニタ条件,もう1回はデュアルモニタ条件.経験す
る条件の順序はカウンターバランスをとった.
– 2条件を比較する質問項目に回答.
• 質問項目
– PDFの閲覧がしやすいのはどちらか?(PC vs.
iPhone)
– エクセルの操作がしやすいのはどちらか?
– 次の機会ではどちらを使うか?その理由は?
結果(2009年)
支
持
割
合
(
%
)
100
90
80
70
60
50
40
30
20
10
0
74
64
62
36
38
26
PDF閲覧
Excel操作
PC
iPhone
次回使用
• iPhone を支持した学生の多くは,ウィンドウを
切り替える必要がなく,エクセル操作がしや
すい点を支持理由とした.
– 「Excel を全面に表示したまま作業できるから」
– 「iPhone なら操作の仕方を見ながらパソコンを操
作できるからやりやすい」
• PC を支持した学生は,iPhone よりも文字が大
きいこと,操作の慣れ,iPhone での無線LAN
アクセスの手間を指摘した.
– 「iPhone は画面が小さくて見にくかったし画面が
でてくるのに時間がかるため」
– 「パソコンのほうが慣れているので使いやすいた
め」
– 「iPhone は画面が小さくて目がちかちかして非常
に疲れるし,起動や設定に時間がかかりすぎて
いらいらする」
考察
• セカンドモニタとしての iPhone の使用は40%
ほどの学生の支持を得た.iPhone 導入の意
味は十分にあったと考える.
• しかし,支持率をもう少し高くすることはできな
いか?
• 注目した点:学生はなぜ「画面が小さい」と言
うのか?
– 小さければ拡大すればよい.
• 画面をスクロールしたり,拡大したりして,必
要な情報を適切に表示させることが,そもそ
も面倒.
– 余分な操作なく,ひとつの画面から必要な情報が
得られるべき.
• 教材のレイアウトを改善する必要
教材PDFの一部を拡大した画面.
必要な情報が一画面に収められていない.
実験2:デザイン原理に基づく
教材改善
• Spatial Contiguity Principle: 対応する文と絵
は近くに配置すると学習が促進される.
– Mayer (2009) による,マルチメディア学習でのデ
ザイン原理のひとつ.
• この原理にしたがって,教材レイアウトを改善
した.
– ひとまとまりの操作に必要な情報が,ひとつの画
面に収まるようにする.
Mayer, R. E. (2009). Multimedia learning (2nd ed.). Cambridge University Press.
PowerPoint 2007 で作成した文書を PDF にした教材を
iPhone のブラウザで表示した画面.
• 参加者
– 2010年度「統計入門」受講者96名のうち,第2回
の講義(9月28日)に出席し,iPhone を所持してい
た67名.
• 材料
– Microsoft Excel 2007 を用いて,度数分布表とヒス
トグラムを作成する手順を示した PDF 文書.
(Microsoft PowerPoint で作成)
• デザイン
– シングルモニタ:文書を学生の PC に配信.
– デュアルモニタ:iPhone のブラウザでアクセス.
• 手続き
– 学生は度数分布表を2回作成.1回はシングルモ
ニタ条件,もう1回はデュアルモニタ条件.経験す
る条件の順序はカウンターバランスをとった.
– 2条件を比較する質問項目に回答.
結果(2010年)
支
持
割
合
(
%
)
100
90
80
70
60
50
40
30
20
10
0
70
73
70
30
30
27
PDF閲覧
Excel操作
次回使用
PC
iPhone
考察
• 教材改善の効果は劇的であった.
– マルチメディア学習のデザイン原理にしたがっ
た.Spatial Contiguity Principle
• 実験2(2010年度)では,無線LAN使用の設定
や教材へのアクセスにとまどった学生が少な
かった.このことも,セカンドモニタとしての
iPhone の支持率を引き上げた要因かもしれ
ない.
結論
• 統計学の授業で iPhone をセカンドモニタとし
て 使用するのは,iPhone の活用方法として
有望である.
• iPhone で提示する教材は,マルチメディア学
習のデザイン原理にしたがって作成すべき.
– Spatial Contiguity Principle:Students learn better
when corresponding words and pictures are
presented near rather than far from each other on
the page or screen. (Mayer, 2009, p.135)
実践研究をふりかえって
• マルチメディア学習の理論と結びつけられた
のは,運がよかった.
• 教材閲覧に iPhone あるいは PC どちらの使
用を好むかたずねているだけなので,データ
としては比較的単純.もう少し異なった種類
のデータがほしいように思う.
• 一方を好む理由をたずねておいたことが,教
材改善のヒントになった.
4.実践研究の例(2)
• エクセルを用いたシミュレーション
– ランダム・ウォークを題材に,シミュレーションに
よって深い学習を達成するための授業デザイン
を検討する.
寺尾敦 (2012) ICT を活用して深い学習を支援する
コンピュータ&エデュケーション,33,28-33.
研究の動機
• エクセルを使用すると,統計学の重要な概念
を理解するためのシミュレーションを簡単に
実行できる.
• VBAを利用すれば,繰り返しが容易になるな
ど,さらに洗練されたシミュレーションを実行
できる.
• 学生はシミュレーションに対して肯定的な反
応を示す.
• しかし,指示された手続きを単純にたどった
り,VBAを用いた動きのあるシミュレーション
見て驚いたりするだけで,浅い学習にとど
まっているように思えた.
– デジタル教科書・教材の導入における,最大の心
配ごと.
寺尾敦 (2012) デジタル教科書の導入におけるいくつかの問題
数学文化,16,105-112.
• シミュレーションの必要性を理解し,シミュ
レーションの結果をどのような観点から観察
するのかを明確にするために,最初に手作業
が中心のシミュレーションを行い,コンピュー
タに任せる部分を段階的に増やしてシミュ
レーションを繰り返すというアイデアを考え
た.
方法
• 青山学院大学社会情報学部での1年生必修
科目「社会情報体験演習」
– 授業の位置づけ:社会情報学部でこれから何を
学ぶのか,何が身につくのかを,体感的に理解
する.今後の授業への動機づけを高める.
– 学生は4教室に分かれて,4人の教員が担当す
る実習を3週間ずつ受ける.
– 寺尾は統計・社会調査の内容を担当.3回目の
授業のテーマをランダム性の理解とした.
• シミュレーション1回目:1次元のランダム・
ウォークのシミュレーションを,コインを実際に
投げることにより実行した.試行数は100回.
– 移動方向をコインの裏,表で決める.軌跡を手動
で描く.
– 観察のポイントは,ランダムウォークの軌跡,表
および裏の出た割合,正・負それぞれの領域に
いた時間の割合.シミュレーションの前に,これら
について予想する.
結果
• 最初に行った手作業のシミュレーションで,学
習者は自分の直感と実際の現象とのずれに
気がつく.
– 「表(裏)ばかり出る」
– 「ぜんぜんプラス(マイナス)側に行かない」
• コイン投げの実験が終わった後で,自分の予
想とシミュレーションの結果を比較する.友人
の結果と自分の結果を比較する.
• 結果の再現性を検討するためには,同一の
シミュレーションを何度も繰り返したい.
• しかし.コイン投げでは手間がかかりすぎる.
• そこで,エクセルの乱数を用いて,コインの表
と裏を決める.軌跡の描画は手作業のままだ
が,時間は大きく短縮される.
• 最後に,VBA を用いてすべてを自動化したシ
ミュレーションを実行する.
• 学生は,シミュレーションを繰り返す必要性
と,シミュレーションの結果を観察する観点
を,すでに理解している.そのため,シミュ
レーションの結果を漠然と観察するだけの浅
い学習を防ぐことができている(はず).
実践研究をふりかえって
• ランダム性に関する誤概念の除去という点で
は,深い学習は達成されたと考える.
– 深い学習の証拠:学習の転移,知識の保持,誤
概念の除去,獲得した知識を自分の言葉で説明
できること
• しかし,学習に関するデータをほとんどとって
いないため,シミュレーションの繰り返しがど
のような学習をもたらしたのか不明.
5.興味ある研究テーマ
• デジタル教科書・教材を主要な学習教材とす
るとき,どのようなノートを作成することが学
習効果を高めるのか?
– 紙のノート作成とは異なったスキルが要求され
る?紙のノート作成スキルがそのまま使えるよう
なデジタル教材であるべき?
– デジタル教材に直接に「書き込み」?別の電子
ファイル作成?紙のノートを使用?
• 私の場合,ノートを別に
作らず,補足したいこと
(自己説明)は紙のテキ
ストにそのまま書きこん
でいる.
• 右図は,ゼミで使用し
ているベイズ統計学の
入門テキストへの書き
込み.
• デジタル教材だったら
どうする?
6.論文投稿
• 教育実践論文を掲載している雑誌
– 教育心理学研究
– 日本教育工学会論文誌
– コンピュータ&エデュケーション
– 情報コミュニケーション学会誌
– 教育システム情報学会誌
• 他に,教科教育の学会誌
• 学会に入会する必要がある
• 投稿を検討している雑誌に掲載された論文をい
くつか読む
– どの程度の質が要求されているか?
– 投稿から掲載決定までに要する期間は?
– 特集論文は,掲載までのプロセスが異なるので,あ
まり参考にならない
• 執筆要領や投稿規程をよく読む
– 論文の書き方についての大まかなルール
– ページ数制限.厳守?超過したら費用が発生?
– 別刷りの費用と部数
• 修正不可能な問題点がなければ,ていねい
に査読に対応すれば,論文は受理される.
• くだらない修正要求,どうでもいい修正要求
は,あっさり受け入れる.
• 論文の根幹にかかわる修正要求に納得でき
なければ,査読者を怒らせないように注意し
ながら,説得,交渉する.
– 担当編集委員に相談するのもよい
• 経験者に,査読者とのやりとりをした文書を
見せてもらうとよい.
• 理想的な査読プロセス
– 査読によって,誤った論理や不明確な論理が修
正される.著者も査読者も満足.
– 修正を行った後にも,著者が,自分の言葉で自
分の主張を語っている.
今日の話のまとめ
• 統制実験よりも,授業改善のプロセスを通し
た実践研究がおすすめ.
• 学習に関するデータを十分に集める.
• 実践研究の論文を掲載している学術雑誌は
いくつかある.修正不可能な問題点がない限
り,査読者と慎重なやり取りを行うことで,論
文は受理される.
ありがとうございました
相模大野高校 国松稔之先生作成 「ドア開けロボ」