Transcript Document

「アラビア語母語話者の
「に」選択のストラテジー」
―学習者の理解調査で分かったこと
―
ハーネム
アハマド
カイロ大学専任講師
1
はじめに
「に」の習得困難さは数多くの先行研究により報
告されている。
「に」「で」:迫田(2001)、岩崎(2001)、久
保田(1994)、
蓮池(2004)等
「に」「を」:岩崎(2004)、久保田(1994)、
下野(2005)、
2
本研究の意義①
①アラビア語母語話者を主対象として取り
扱った
ものがない。
②「に」の多義用法を包括的に取り上げたも
のが
少ない。
③学習者に「に」に関する理解調査を行った
もの
3
本研究の意義②
④増田(2004):英語母語話者にインタビューを行い、
「に」と「で」の選択ストラテ
ジーに関する
学習者の「に」場所格のみの理
解を調査
した。
⑤岩崎(2004):口頭インタビューを行ったが、
「に」「を」
混同の見られた学習者だけが対象
であり、
4
資料として補足的に使用した段階
にとど
研究目的
①特定の意味領域に限らず、「に」助詞の用法を包
括的
に取り上げ、アラビア語母語話者日本語学習者
の
「に」習得における困難な点を明らかにするこ
と。
②学習者への「に」に関する理解調査を通じ、学習
者の
5
「に」における使用・選択ストラテジーを解明
調査方法
対象
対象:20名のカイロ大学アラビア語母語話者日本
語学
習者
日本語レベル:日本語能力検定試験N3レベル合格
日本語学習歴:25ヶ月の大学3年生
方法
同学習者が2年生(学習歴15ヶ月)の時に書いた
120の作文の分析結果で得られた正用順序・誤用傾
6
理解調査の内容
①
あなたが考える「に」「で」の違い。
②
「に」の用法、意味。
③
「に」の習得が困難な点。
④
「に」に相当するアラビア語の前置詞。
7
表1:作文データにおける「に」の用法
用法
① 変化の結果
②時点、順序
③着点
④存在
⑤対象
⑥受け取り手
⑦移動到達点
⑧相手
⑨受与者主体
⑩使役動作主
⑪受け身動作主
合計
例文
学者になる。信号が赤に変わる。
3時に会議がある。最後にV。
乗る、住む、着く
計画にはいくつかの問題ある。
悩む、賛成
あげる、やる、買う、NはNにNをV
行く、来る
恋人に会う
もらう、~てほしい
子供に家事をさせる
親に怒られる
8
回数
234
163
120
107
73
66
65
41
25
21
20
935
表2:作文データの用法別の結果
用法
移動到達点
授与者の主体
受け身の動作主
変化の結果
使役の動作主
益者・受け取り手
対象
相手
着点
時点、順序
存在(具体・抽象)
正用率
100%
100%
100%
98%
91%
91%
79%
73%
71%
67%
62%
9
誤用率
0
0
0
2%
9%
9%
21%
27%
29%
33%
38%
「に」用法別における正用順序
10
「場所」に関わる誤用
下野(2005):「受益文・与益文・受動文」の方が
「場所・時間」用法より習得困難と指摘。
本研究:「授与の主体」「受け身の動作主」「使役
の動作主」「受益者」の正用率が高く、誤用が少な
いのに対し、「空間」「場所」に関わる「存在」
「着点」における誤用が多く、正用率が低い。
11
表3:「着点」における誤用
置く
書く
集まる
7
10
6
1 (で) *ここでごみを置いたら
1 (で) *調査紙で書く
3 (で) *タハリール広場で集まる
止まる
閉じ込める
試合に出る
残す・残る
乗る
出席する
入る
2
1
1
5
17
5
30
1
1
1
1
1
4
1
4
(で)
(で)
(で)
(で)
(を)
(を)
脱落
「を」
*車を道で止める
*人を教会で閉じ込める
*試合で出る
*タハリール広場で残る
*車を乗る
*会議を出席する
*日本語学科入る
*家を入る
12
理解調査の結果と考察
① あなたが考える「に」「で」の違い。
表4:
「に」
人
数
「で」
(動き、動詞)(存在)ある・ 12 動作、出来事のある動詞
いる
人
数
16
「ある」「いる」と共起する助 8 ――――――――――
詞
特定の時間
19 (「明日」「時代」等の不逞
の時間
5
「泊まる」「座る」「寝る」動 13 動作の伴う時間
きがない動詞
「10分で行ける」
3
限られた空間
4 13(国等の広い空間)
8
場所に重点
2 動作に重点
2
「ある」「いる」と「に」との関係
「に」:「動き」「動作」の伴わない動詞、「存在」
12名
「に」:「ある」「いる」動詞と結び付けている。
8名
「に」を「ある」「いる」と結び付けている者とそうでない者
がいる。
母語干渉
×
導入順序
○
「存在」動詞として導入されたことが影響していると考えられ
る。
『みんなの日本語』:「ある」「いる」が初めて導入される10
課、11課では
「存在」のみ。
14
学習者の「ある」に関するコメ
ント
7名の学習者からの「ある」に関するコメント:
「家でパーティがある」
(「で」の使用理由がわからない
3名)
「市役所で用事がある」
(「に」、「で」のどれを使用すべきか判断不可
能 4名)
「家でパーティがある」
(最初は理解困難だったが、「パーティ」の動作
性が原因
であることがわかった。
1名)
15
「に」「で」と共起する名詞との
関係
「で」:「国名」のような広い空間と使用。
8名
作文における「存在」の誤用:「国名+でNがある」:56%
学習者は「国名+で」というユニット形成ストラテジーを使
用していると考えられる。
16
「に」「で」のユニット形成スト
ラテジー
「地名+で」
迫田(2001):母語に関係なく、ユニット形成スト
ラテジー
「地名・建物+で」
「前」「中」「位置+に」
迫田(2001):「建物」「都市名」も分析し、表5に
まとめた。
名詞
合計 に
で
表5
32 14 18 (誤用)
国名
都市名
世界・世界各国
地方
場所(広場、道、地下鉄、)
建物(協会、家、学校)
各県
5
2
1
11
10
1
5 0
0 2
0 1
7 4
7 3
1 170
(誤用)
(誤用)
(誤用)学校、ところ、道、メトロ
(誤用)ホテル、クラス、病院
「に」「で」のユニット形成ストラテジー
「位置+に」
表6
位置 合計
に
32
36
前
動作:8回(誤用)
中
22
で
4
動作:3回
通過点:1回(誤用)
16
動作、範囲:13回
存在:3回
6(1誤用)
18
「着点」に関する理解①
 「止める」「寝る」等における「に」の使用理由:
(13名)
「動詞が完了すると動きがなくなると説明。「車が
止まると、動かなくなる」「人が寝たら動かない」な
ど
「に」の使用理由は、動詞の完了後に動作がなく
なること
に着目していると考えられる。
 「座る」:「何もしないで、ただその場にいること
を表す
19
ため、「いる」と同じように「に」が共起する。
「着点」に関する理解②
「住む」「試合に出る」:「動作」が伴うのに
「に」が使用される理由がわからない。
(13名)
学習者は「着点」用法を認識していない。
正用は必ずしも習得を表すと限らない。
①暗記が成功していることが正用の原因となってい
る。
②学習者が独自に解釈している「動作完了後の状
態」
「泊まる」「止める」「座る」「寝る」の誤用が
20
少なかった背景にこの解釈が影響していると考えら
②あなたが考える「に」の用法、意
表7:
(へ)方向・移動 (行く、来る、帰る)
特定の文型(受け身、使役、もらう、あげる)
目的
Nに良い
Nにする Nになる(変化)
入る場所と使用する。「乗る」「入る」動詞には「に」を使用する
特定の動詞と一緒に使用する「入る」「合格する」、「会う」、「参加」
「入る」「忘れる」では、場所を特定するのに使用する
「に」は時間特定に使用されるため、「間に合う」「遅れる」動詞と共
起する。「約束の時間に遅れる」
共起する名詞が2つある場合。「言う」「伝える」「謝る」のような動詞
21
20
15
19
3
13
1
16
1
3
4
学習者の理解
 「移動」「受け身」「使役」「授与者の主体」「受益
者」「目的」
理解しており、作文における正用率も高い。
 「会う」(相手)、「合格する」(対象)、「乗る」
「入る」(着点):
学習者はこれらの動詞を特定の物として、「に」と共起
すると暗記していると考えられる。
 「合格する」「参加する」「賛成する」類の動詞は学
習者の母語においても、「に」に相当する「前置詞」
が必ず使用され、学習者は母語訳に依存しても、習得
22
の障害となる要因がないにもかかわらず、「を」と混
③「に」の習得が困難な点
表8:
困難である
時間の幅が広いとき「で」を使用すべきか(時代等)。
「咲く」のような動詞は「で」「に」使用すべきか、理由がわからない。
「待つ」は動きが伴わないのに、「で」を使用する理由がわからない。
「会う」「参加する」「~に間に合う」「に」使用暗記してから問題がない。
「勤める」➝「で」、「登る」「乗る」➝「を」と混同していたが、暗記した。
「入る」「会う」動詞では、「を」の代わりに使用すること。
「試合に出る」「勤める」は動作にもかかわらず、「で」が使用されること。
「ある」「学校の前で事故があった」「で」の使用理由がわからない。
「に」「で」両方とも使えそうなケースが多い。
NにNをV (友達に電話をかける)。
「に」の使用個所が多く、「で」とよく混同する。
「会う」は方向があり、「空港で友達に会う」より➝「空港に友達を会う」。
未習の動詞がとる助詞選択に困難さを感じる。
23
難しくない。
19
5
1
4
5
4
3
13
8
4
1
4
5
10
1
「に」習得の困難な点
①「着点」における「で」「を」に
よる混同
②「対象」における「を」の混同
③「ある」「いる」の動作性
④「時点」における「に」「で」の
24
NでNに会う文型
 「NでNに会う」の文型が難しく、「NにNに会う」
の方が自然である。
 学習者の説明:「空港で友人に会う」のような文
型では、「会う」場所は「移動の結果」であるた
め、「方格」で使用される「に」を使用すべき。
 考察:「移動経過」に着目し、「会う場所」を
「移動到達点」として認識していると考えられる。
この類の「に」誤用には学習者が着目している移
動の経過が原因であると考えられる。
25
④「に」に相当するアラビア語の前
置詞
表9
移動到達点
着点(移動の伴う動
詞)
ila
ila
存在、
動作
fi
fi
受益者
変化の結果
ila
ila
時点
使役の動作主
fi
×
授与者の主体
men 対象
受け身の動作主
men 相手
受け身の動作主
men
26
悩む men
賛成 ala
会う ×
言う li
学習者の回答
表10
全員「存在」「時点」を表す「fi」を認識している。
「移動到達点」「方向」「変化」「受益者」を表す「ila」であり、17名の学習
者が認識していることがわかる。
「授与者の主体」「受け身の動作主」で使用される「men」を12名の学習
者が認識している。
「無格助詞」について言及した学習者がいない。
前置詞
Fi,
Fi,ila
Fi,men,ila,li
Fi,men,ila,li,maa,ala
人数
3
4
12
1 27
おわりに ①
 理解調査を通じ、学習者は「に」の全体像をつかめていない。
 「に」は特定の動詞と共起すると部分的な理解に留まってお
り、暗記に頼っている。
 「着点」「対象」「相手」用法を認識していないと考えられ
る。

教科書の文型に沿って、例文や特定の文型を使用し、
「に」の導入ではなく、杉村が指摘するように、「に」の用
法をイメージで指導し、全体像を伝える必要があると考えら
れる。
28
おわりに ②
 アラビア語母語話者学習者に、母語の正の転移が可能な文型
において、その類似性に気付かせるべきであると考えられる。
 「~を入る」「~を乗る」
談する」
「会う」
「相
 現在、カイロ大学日本語学科エジプト人講師が増加し、桜井
(2011)が指摘するように、非母語話者講師は学習者の母語
を知っているメリットを生かすべきであると考えられる。
 学習者の回答から、教師が指導していないような回答もみら
れ、「時点」において「時間特定」の場合、「に」、不定の
場合「で」と学習者が様々な中間言語を使っていることがわ
かり、「に」に限らず教師は定期的に学習者の理解を確認す
べきと考えられる。
29
主要参考文献
岩崎典子(2004)「日本語学習者による「に」の誤用」『言語学と日本語教
育Ⅲ』 くろしお出版 P.177-195
下野香織(2005)「多義助詞「に」の第二言語習得過程 認知言語学的
アプローチ」 『言語学と日本語教育Ⅲ』 くろしお出版 P.87-99
久保田美子(1994)「第2言語としての日本語の縦断的習得研究―かく
じょし「を」「に」「で」「へ」の習得過程について」『日本語教
育』 82号 P.72-85
益岡隆志・田窪行則(1987)『セルフ・マスターシリーズ3 格助詞』くろ
しお出版
増田恭子(2004)「日本語学習者の場所格「に」「で」の誤用『言語学と日
本語教育
Ⅲ』 くろしお出版 P.197-211
蓮池いずみ(2004)「場所を示す格助詞「に」の過剰使用に関する―考察中級
30
レベ