シックハウス判例解説

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Transcript シックハウス判例解説

最近のシックハウス
裁判事例
弁護士法人匠総合法律事務所
弁護士 秋野 卓生
判例1
東京地方裁判所
平成21年10月1日判決
【事案の概要】マンションに用いられている建材か
ら放散されたホルムアルデヒドよりシックハウス症
候群及び化学物質過敏症に罹患
瑕疵担保、売買契約の錯誤無効又は瑕
疵担保ないし債務不履行に基づく解除によ
る原状回復を根拠とする売買代金の返還を
請求
2
本件マンションの建築時点においては、
① ホルムアルデヒドの有害性は社会問題として広
く周知されており、
② 社団法人住宅生産団体連合会は、内装仕上げ
材について用いる合板類をF1等級までのものと
すると定め、
③ 大手開発業者も同様の動きをとっていたのであ
るから、建設に関与する専門業者であれば、ホル
ムアルデヒドを放散する建材を使用することに基
づく被害の発生を予見し、その放散量が最も少な
いF1等級の建材を選択することは当時において
も十分可能であった。
3
*ホルムアルデヒドの放散が最小限に
なるようF1等級の建材を用いるべき
*F2等級などホルムアルデヒドを多量
に放散することが危惧される建材を用
いる場合、
購入の是非を選択する機会を付与or
引渡前にホルムアルデヒド室内濃度
を測定し適切な対処をすべき
4
本件マンションを直接設計、施工していないが・・・
 被告は、マンション開発を専門とする業者であっ
て、安全な建物を建築するよう配慮すべき
設計者、施工者と同等の注意義務を負うというべ
きである。
*買主は、シックハウス症候群を発症するような潜
在的危険性の有無などは通常知ることができな
い。
5
開発業者は、設計及び施工を注文するに当た
り、建材を選択する意思決定の自由を有してい
たのに対し、
原告は、いかなる建材が使用されており、それ
によっていかなる結果が生じるかということにつ
いて、十分検討するだけの情報を与えられてい
ない立場にある
結果の発生は、専ら開発業者、設計業者及び施
工業者の支配下にある
開発業者は、設計者及び施工者と同様、生命、
身体及び重要な財産を侵害しないような基本的
安全性を確保する義務を負うべきである。
6
 被告の過失及び因果関係を認めた
上で、
①売買代金及びこれに関する費用の4
割
②逸失利益(ライプニッツ方式)
③慰謝料の合計3683万4353円を
損害と認め、うち消滅時効にかから
ない3662万3303円について賠償
を認めた。
7
判例2
横浜地方裁判所
平成10年2月25日判決
【事案の概要】
建物賃借人が賃借した建物内に異
常の刺激臭が充満し、やむなく退去
した
貸主の債務不履行責任に基づき、
支払った賃料及び礼金、悪臭のため
の医療費、精神的苦痛による慰謝料
等の損害賠償を求めた。
8
横浜地裁は、室内に揮発した化学物質と健康被害との因果関係
は認めたが、賃貸人の過失責任は以下の理由をもって否定した。
①化学物質過敏症は最近において注目されたが、未だ、学会で完
全に認知されていないこと。
②本件建物建築当時、一般住宅建築につき施主、施行者がこの症
状の発症の可能性を現実に予見することは不可能ないし著しく
困難であったこと
③本件建物に使用された新建材等は一般的なもので特殊なもので
ないこと
④化学物質過敏症は一旦発症すると極めて微量な化学物質に反
応し、これを完全に防止するためには新建材を使用しない建物
を建築する外なく、一般的には経済的に問題のあること
⑤化学物質過敏症の発症は、各人の体質とも関係し、必ずしもす
べての人が同一環境のもとで必然的に発生するものでないこと
⑥また、賃貸人は、賃借人に換気に注意するよう指示した外に、空
気清浄機の設置をしていること

9
判例3
札幌地方裁判所
平成14年12月27日判決
【事案の概要】
請負業者が注文住宅を建築し、同住宅に注文
者が入居した際、その住宅内の大量の化学物
質により化学物質過敏症に罹患した
注文者が請負人に対し
不法行為又は債務不履行に基づく
損害賠償 を求めた
10



札幌地裁は化学物質過敏症の罹患と本件建物に入居
したこととの間の因果関係は認めたものの、請負人の
過失責任は以下の理由をもって否定した。
①建物内において、0.1ppm程度のホルムアルデヒドを
放出することが、平成8年10月ないし平成9年2月当時
において違法であり、あるいは契約上の義務に違反す
ると認めることは困難である。
②一般的な化学物質過敏症の発生機序についての情
報は、豊富な臨床経験を持つ宮田医師も経験に基づ
いてされたものであり、平成8年10月ないし平成9年2月
当時、原告がこれらの情報を得ることは、著しく困難で
あった。
11
判例4
東京地方裁判所
平成15年5月20日判決
【判決の概要】
 被告である施工会社が取り付けたシステムキッ
チンから漏水事故が発生したので、被告はその
対処方法として雑排水が染みた土台や大引き
に防腐剤であるクレオソート油を塗布した
このクレオソート油から大量の化学物質が室
内に揮発し、原告ら夫婦が化学物質過敏症に
罹患した。
12

東京地裁は被害者の化学物質過敏症の罹患と施工業者のクレ
オソート油の塗布との因果関係を認めたものの施工業者の過失
責任は以下の理由をもって否定した。

判決は「本件で使用されたクレオソート油の缶には、注意書きが
あり、被告は、クレオソート油の身体への毒性があることを予見
することができ、これを居住中の家屋の床下に塗布した場合に
は、その臭気により住人等に頭痛等の症状が発現する場合があ
ることを予見する事ができたというべきである。」と認定したが、
「上記注意書きによるクレオソート臭の吸引による結果の予見の
範囲は、一時的な頭痛等や吸引自体による直接的な神経症状
を来す事にあり、これ以上に、原告らが化学物質過敏症となり、
前記認定のような慢性的疾患に罹患するという結果まで予見し
得たとまでは直ちに認め難い。」と判示し、施工業者の過失を否
定した。

13
判例5
東京高等裁判所
平成15年10月2日判決
同事案は、【判例4】の東京地方裁判所判決の
控訴審判決である。
結論は、東京地裁判決を踏襲。
14
判例6
東京地方裁判所
平成15年9月1日判決
【事案の概要】
 賃借人は化学物質過敏症に既に罹患していて、
その事実を仲介業者に告げ、賃借物件を探した
にもかかわらず、アパートに設置されていた畳
が農薬畳であったため、健康が損なわれ、住み
続けることが困難になった。

15
*本人訴訟であったため、主張立証が十分に尽
くされていない。
 判決は「本件畳の存在が原因となって被
告(居住者)の健康が害される結果になっ
たという蓋然性を完全に否定することはで
きない。」としながらも、「この事実を確定
的に認定することは困難であるというべき
である。」と判示して因果関係を否定した。
16
判例7




東京地方裁判所
平成16年3月17日判決
【事案の概要】
施工業者が行った内装工事により、室内空気汚染が
発生し、これにより居住者が化学物質過敏症に罹患し
た。
被害者が喫煙の習慣があった事から、施工業者は、
喫煙が原因で化学物質過敏症に罹患したものであり、
内装工事が原因ではない等の主張を行った。
また、室内空気汚染の存在については、内装工事終
了後20日程度経過した時点で測定が行われ、厚生
労働省の指針値を超える化学物質は検出されていな
い。
17
被害者の化学物質過敏症の罹患と施工との因
果関係は肯定された。
 結論的には施工業者の過失が否定されている
が、平成13年当時の内装施工業者が負うべき
法的義務として「被告会社には、工事に起因す
る室内空気汚染が発生しないように、使用する
建材や接着剤を慎重に選択し、施工方法に配
慮するとともに、原告に対し、化学物質過敏症
の予防対策をとるべき義務があったということ
ができる。」と明確に判示しており、注目に値す
る判決である。

18
判例8
神戸地方裁判所
平成17年4月28日判決
【事案の概要】
 隣家の床下にシロアリ駆除剤が散布され,それ
が床下換気扇を通じて,被害者宅に飛散して
被害者において健康被害が生じた。
*使用された駆除剤の主成分であるフェノブカル
ブという化学物質(厚生労働省において室内濃
度指針値を策定している物質)。
19

裁判所は、シロアリ駆除剤の散布と健康被害との間
の因果関係を否定した。

被告側は飛散実験を行い、散布の衝撃で駆除剤の
膜であるマイクロカプセルが破壊されることはほとん
どないことを基礎づける資料と共に,隣家の床下とで
きるだけ同一環境にて飛散実験を行い,散布14日
程度後には,定量下限未満,正確な数値を測定でき
ないほどの微量であるという参考数値であることを立
証し、原告宅に微量のフェノブカルブが存在していた
としても,それはホームセンターの妨害虫剤として販
売されていることから,本件駆除剤散布のためだけと
は言い得ないということを強く裁判所にアピールした
結果、因果関係が否定されるに至ったものである。
20
判例9



札幌高等裁判所
平成17年7月15日判決
請負契約の瑕疵担保責任について、本件建物に居住した結果,
控訴人にシックハウス被害という生命,身体の侵害を伴う損害
が生じたとして,損害額5202万0335円を請求している。
これは,請負代金3142万5894円(前提事実)を超えるものであ
り,民法の瑕疵担保責任は,このような生命,身体の侵害を伴う
損害賠償まで想定していないと解される。そうだとすると,控訴
人のシックハウス被害に関する損害賠償請求は,控訴人が主
張する契約の合意の存在が認定できる場合に,不完全履行に
基づく損害賠償請求ができるものの,瑕疵担保責任に基づく損
害賠償請求はできないと解するのが相当である。と判示してい
る。
この判決は、シックハウスによる健康被害については不完全
履行による債務不履行責任を追求すべきと言う法理論を明確に
した。
21
判例10
東京地方裁判所
平成17年12月5日判決
【事案の概要】
マンション販売会社が「環境物質対策基準に適
合した住宅」との表示を付して販売したマンショ
ンがシックハウスであった事案で、購入者が瑕
疵担保責任に基づく契約解除と損害賠償を主
張した事案である。
22

「被告は、環境物質対策基準であるJASのFC0基準
及びJISのE0・E1を充足するフローリング材等を使用し
た物件である旨を本件チラシ等にうたって申込みの誘
引をなし、原告らがこのような本件チラシ等を検討の上、
被告に対して本件建物購入を申し込んだ結果、本件売
買契約が成立したのである。

「環境物質の放散につき、契約当時行政レベルで推奨
されていた水準の室内濃度に抑制されたものであるこ
とが前提とされていた。」
厚生労働省の指針値以上にホルムアルデヒドが放散し
ていた建物には瑕疵がある。

23
判例11
東京地方裁判所
平成19年10月10日判決
【事案の概要】
 平成13年12月21日付建物建築請負契約
(平成14年9月28日引渡)した建物
ホルムアルデヒドの指針値超過を理由に
瑕疵担保責任等に基づく損害賠償請求
24

施工業者は,建材として,ホルムアルデヒドの品質等
級のうち,Fc0,E0に当たる最上級の製品を使用
ホルムアルデヒド放散量
・・・施主は,8回に渡る測定の結果,ほぼ全ての測定
において,全室で空気中のホルムアルデヒド濃度
が,ガイドライン値(厚労省)を超えたと主張

入居時から何か鼻につく臭いを感じ,2階北側の寝
室で寝起きしていた原告らの長女は,入居から2,3
日で寝込むほど体調が悪化し,原告らの体調も悪化
→北里研究所病院においてシックハウス症候群との
診断を受ける
25
主な争点
【争点①】建築に当たり,シックハウス症候群に罹患す
ることがないようにし,そのために,ホルムアルデヒ
ド濃度を厚生労働省指針値以下に抑え,放散量が
限りなく0に近い建材を使用し,かつ1時間0.5回
の換気量を確保することの合意はあるか。
【争点②】本件建物の建材及び換気機能に瑕疵はあ
るか。
解体費用・・・230万円
を請求
改修費用・・・約2200万円
26
主な争点
【争点③】安全配慮義務として,シックハウス症
候群を発症させてはならない義務を負うか。
後遺障害等級第11級の1(両眼の眼
球に著しい調節機能障害又は運動障
害を残すもの)に準じて,各々に慰謝
料として331万円の支払を請求
27
【争点①】合意の有無
シックハウス症候群に対する強い関心あり。
施主
シックハウス症候群を防ぐため,
◆天然素材を使用して欲しい!
◆全館換気システムを導入して欲しい!
これに対し,営業マンの説明は・・・
28
原告の主張
①以前は,建材として使用する合板の接着に使う
ホルムアルデヒドを原因として問題が生ずるこ
とがあった
②現在は,被告が使用する建材はすべてホルム
アルデヒド・ゼロのものである
③クロスの接着剤についてもホルムアルデヒドを
含まないものを使用している
④よって,シックハウス症候群等の健康被害の起
きることはないなどと説明
29
裁判所の認定
①以前のいわゆる新建材と呼ばれる合板について
は,接着に使うホルムアルデヒド等により健康被
害が生ずるという問題もあった
②被告が使用する標準の建材についてはそのような
問題はないこと
③さらに,接着剤を全く使用していない自然素材を使
うという方法もあるが,それらの建材は大変高価
であること
④漆喰の壁は職人の手間賃が高く,現在ではほとん
ど使われておらず,被告が使用するクロスも十分
安心できるものであること
30
施主
ならば,コストの問題もあるし,営業マンも
問題ないと言うからこれで合意しよう。
・一部にのみ無垢材を使用
・壁の仕上げはすべてクロスを使用
平成13年12月21日
建築請負契約締結
原告らとしては・・・
ホルムアルデヒド濃度を厚生労働省指針値以下に
抑え,放散量が限りなく0に近い建材を使用し,かつ
1時間0.5回の換気量を確保するという合意をした。
31
裁判所の判断
(ⅰ)ホルムアルデヒドは,家具,塗料,衣類にも使用されている。
(ⅱ)指針値は,元々一過性の体調不良を想定して指摘された基
準であり,より低い濃度においてもシックハウス症候群に罹
患する可能性があること。
(ⅲ)室内の空気中のホルムアルデヒド濃度を完全にガイドライン
値以下に抑えることができるとは限らない。
およそ原告らがシックハウス症候群に罹患することが
ないようにするとか,本件建物の室内の空気中のホル
ムアルデヒド濃度がガイドライン値を超えないようにす
るということは,現在の医学的知見及び建築施工等の
技術水準を前提とする限り,いまだどのようにすれば
実現し得るのかが明らかになっていない事柄であると
いわざるを得ない。
32
† 裁判所の立てた規範 †
「施主が上記のような結果を求める特別な理
由があって,これを実現することが契約内容
である旨具体的に明示した要求がされ,施工
者が,あえてこれを承諾したことを認め得るよ
うな明確な根拠がない限り,上記二つの要素
が契約内容として合意されていると認めるこ
とは,意思表示の合理的解釈としても,また
経験則上からも,困難である。」
 「明確な根拠がない限り,原因物質の放散が
限りなく0に近い建材を使用することの合意を
認めることは困難」

33
本件では~建材について~



見積書,仕上げ表等に記載が無い
特約書・念書・覚書等も存在しない(原告らがこれら
の書面作成を要望したような事情もない)
契約書にもガイドライン値の記載も無い
打合せ過程
【業者の回答・説明内容】
「通常は,被告の建物によりシックハウス症候群に罹
患することがないこと,ホルムアルデヒドを全く放散し
ない自然素材のみを使用すると,材料費や手間賃も高
額化し,コストがかかるので,通常の建材も交え,ただ
し,上級のものを使用する旨説明したに止まる」
建材に関し施主の主張するような合意はない!
34
本件では~換気機能について~


0.5回/時という数値基準を明示したのは改正建
築基準法以外に見当たらない
建築基準法が改正された平成14年7月当時までは,
0.5回/時という数値は,一般的な通有性を有して
いたと認めることはできない
0.5回/時という合意は,明確な根拠が必要
しかし,上記合意内容を記載した書面は存在しない
換気に関し施主の主張するような合意はない!
35
【争点②】建材・換気機能の瑕疵
† 契約違反がないことは争点①のとおり
† 「通常の性能」といえるか否か?
◆建材について
・Fc0,E0にあたる最上級の建材
・指針値以下を完全抑止は不可
◆換気機能について
・24時間セントラル換気システムの設置
・換気回数は0.3回/時が確保されている
⇒通常の性能を有している!
瑕疵該当性なし!!
36
【争点③】安全配慮義務


最上位の建材を使用しても,室内空気中のホルム
アルデヒド濃度を,完全にガイドライン値以下に抑え
ることができるとは限らない
居住者の体質や体調に左右され完全防止不可能
安全配慮義務はない!
過失の有無,因果関係の有無等については判断せず
37
小括
例えば・・・
1 説明義務違反の主張
自然素材はコストがかかるので,施主も悩む・・・
⇒営業マン「うちの標準仕様の建材・クロス・
接着剤でも大丈夫!」
ところが,ガイドライン値を超えるホルム
アルデヒドが検出された!!
「説明と違うじゃないか!!」
説明義務違反を主張していれば,施主が勝訴
していた可能性がある!!
38
コストと仕様のせめぎ合い



健康に配慮すれば,全て自然素材を使用した方が良いことは
明らか
健康住宅は欲しいけど,費用がかかりすぎるという施主の思い
契約を取りたいという営業マンの思い
「うちの標準仕様でも健康には全く問題ありません。
ホルムアルデヒドなんて生じません!」
オーバーな営業トークで契約締結へ
裁判になったときに,説明義務違反を問われる可能性!
39
2 安全配慮義務違反の構成
居住者らにシックハウス症候群を発症させてはならない
という安全配慮義務
⇒立証のハードルが高い!
居住者らが健康を害することがないよう配慮する義務
⇒立証のハードルが低い!
原告勝訴の可能性
40
判例12
東京地方裁判所
平成19年2月16日判決
【事案の概要】
◆スケルトンにてマンションの一室を購入した後に,
内部・内装工事につき,設計・施工を行う(同マン
ションの他の居室は業者による通常施工)
◆もともと,施主の奥さんは化学物質に対して敏感
な体質
シックハウス対策を施した住宅の施工を依頼することに
施主が主導する形で打ち合わせが行われた
41
営業担当者とVOCの発生原因にならない素材を選
択することを話し合い,了解をとる。
 その際,営業担当者は,
◆販売担当した一戸建の物件で,顧客からシックハ
ウスだという訴えがあった経験があること
◆その顧客に付き添って,化学物質過敏症の治療
で有名な北里研究所病院に行った経験があること
などを施主らに話し,同時にシックハウス,また住
居によっても,引き起こされるとされる化学物質過敏
症についての話もした。

営業担当者
42
1. 契約内容
平成13年10月9日【請負契約上の特約】
 建材や施工材としてトルエン,キシレン,ホルムアル
デヒド等の揮発性有機化合物を含まないもののみ
使用すること(シックハウス対策)
⇒品番等も仕様書において詳細に特定
 あらかじめ施主の了解を得ることなく変更した場合
には,工事をやり直すこと
 床の施工については,接着剤を使用することなく,
釘打ちで施工すること
グレードの高い合意の成立
43
2. 施工後の状況
 転居後,施主の奥さんの体調に異変
 上記特約に反し,床の施工につき,施主らの
承諾を得ることなく,接着剤を使用し,かつ,
その報告を施主にすることなく,さらには施工
記録等にも記載しなかったことが判明
(この点については施工者側謝罪)
 裁判へ
44
主な争点
【争点①】
本件建物の床の施工につき,使用された材料に,
トルエンを含有する接着剤が使用されたのか。
【争点②】
本件建物に入居したことにより化学物質過敏症に
罹患したのか。
→医師は化学物質過敏状態に基づく中枢神経・自
律神経機能障害と診断(ブーステストもしていた)
45
【争点①】接着剤
1.室内空気測定
①施主側(平成14年9月23日・測定バッジによる測定
《byベターリビング》 )
【結果】トルエン濃度
0.35ppm
※ 指針値超!(指針値0.07ppm)
②施工者側(平成14年12月24日・通常仕様により施工
された他のマンション居室の室内濃度測定)
【結果】トルエン濃度 0.0062ppm,0.0008ppm
※ 指針値内!
現実に使用した接着剤の成分表を見る限りトルエン
は含まれていない!
46
当事務所の考え
室内空気測定の結果の違い
測定した季節の違い,測定した時期の違い
(施工後の期間の差)で説明がつく
 接着剤使用という契約違反は明らか
 施工ミス・契約違反がなければ,トルエン濃
度0.35ppmはありえない!

接着剤以外の原因があるのでは?
⇒調査するも,分からず・・・
47
施工者から鑑定申請
⇒接着剤を鑑定すれば事実は明らかになる!

当事務所の思惑
◆接着剤は2~3年も経てば当初から成分が変化し
てしまう
◆鑑定すれば,被告が主張する接着剤成分と異なる
成分が検出されるはず!
「施工者が主張していた接着剤とは違うものが使用され
ているに違いない(少なくとも被告主張の接着剤である
ことは分からない)。施工者は嘘つきじゃないか!」とい
う主張をしたかった。しかし・・・
施主,鑑定を拒否(奥さんの具合が悪化する
ことを懸念)
48
2.裁判所の判断
(ⅰ)建物の他の部分にトルエンが含まれた建材等は使
用されてなく,トルエンは揮発性が高いことから,完
成後3ヶ月以上経っているのに①の数値は疑問。
(→測定方法に関する客観的な証拠無し)
(ⅱ)①の測定結果につき,トルエン含有率が何%程度
の接着剤が何g程度使用され,その含有トルエンが
全て揮発したとして何日程度でそのような現象が発
生するのか,について科学的根拠に基づいた具体的
な立証がない。
発生源が問題となった床の接着剤で
あると特定することは不可能と判示!
49
【争点②】入居と化学物質過敏症との関連性
【北里研究所病院の問診票】
①入居以前から,新装のホームセンターやモデルルームでめま
い等を感じ,気分悪い
②平成14年夏ころ,殺虫剤を掛けられて一日中症状が消えな
かったことがあったときから,合成洗剤の臭いにも,吐き気,
息苦しさ,頭痛,
③平成8年ころより,筋肉のこわばり,息苦しさ,皮膚の乾燥等
の症状が悪化
④憎悪因子として,8回に渡る引っ越しや排気ガス等と考えてい
ると述べていた。
「本件建物に入居する以前から,低レベルの化学物
質の暴露によって多様な症状が繰り返し出現してい
たものであり,既に同症状は慢性化しつつあったこと
が伺われる」
50
裁判所の判断
◆トルエンを含んだ接着剤が使用されたことを推認させ
るまでの事情はない
◆測定結果も,その信用性には疑問があり,仮にその
測定結果が信用できるとしても,存在したトルエンの
床の施工もしくはその他の本件内装工事に起因した
ものであるとすることは疑問の余地がある
◆原告の化学物質過敏症の発症経過からしても,本件
内装工事から発症した化学物質が直接の誘因となっ
ていると推認することは困難
原告の請求棄却
51
小括
どれだけ仕様に気を遣って,最上級のものを
使用したとしても,高温多湿の夏に空気質測
定をすれば,厚労省指針値を超える数値が
出てしまうものである
 施主の要望を受け,完璧な対応をしたとして
も,指針値オーバーの数値は出てしまう可能
性が高いのだ!
裁判になったら敗訴する可能性大

52
判例13
大阪地方裁判所
平成18年5月15日判決
【事案の概要】
従業員が,会社の社屋改装工事に伴い,「改装工
事で使用された内装材料からホルムアルデヒドが発
生した」から化学物質過敏症に罹患したとして,会
社に対して債務不履行に基づく損害賠償請求をした。
【争点①】
ホルムアルデヒドと原告の症状との因果関係⇒肯定
【争点②】
被告の安全配慮義務違反⇒否定
53
主な争点
【争点①】
◆新社屋移転直後から症状発生
◆ホルムアルデヒド濃度が厚労省指針値前後
に達していた可能性
◆医師により化学物質過敏症と診断される
因果関係肯定!
54
【争点②】
被告は,原告が新社屋においてホルムアルデヒド被
害を受けた平成12年5月ないし8月当時,原告が上司
に具合が悪いことを伝え,勤務中マスクを装着してい
たとしても,直ちに原告の症状が,新社屋の改装に
伴って発生したホルムアルデヒド等の化学物質による
ものと認識し,必要な措置を講じることは不可能又は
著しく困難
注意義務違反否定!
原告従業員の敗訴
55
*さらに控訴審において・・・
従業員「他の従業員にも新社屋の建材の臭いを指摘し
たり,体調の不良を訴えていた者がいた」と主張
大阪高裁の判断(平成19年1月24日判決)
◆控訴人以外の従業員で,悪臭やのどの痛みを訴え
た数人は,暫くすると症状が軽快し,控訴人ほど深
刻な症状を発症した者はいなかった
ホルムアルデヒドに対して対策をとるべき安全配慮
義務に違反したとまで認めることはできない
控訴棄却!!
56
判例14
東京地方裁判所
平成20年8月29日判決
【事案の概要】
被告が輸入したストーブを,原告Bが購入し,
その子である原告Aが使用したところ,同ス
トーブから有害な化学物質が発生した。
 原告Aが,この化学物質を原因とする中枢神
経機能障害及び自律神経機能障害を発生し
た上,化学物質過敏症の後遺症が残ったとし
て,被告に対し,製造物責任法3条又は不法
行為に基づき,損害賠償等を求めた。

57
【争点①】
原告Aの症状と本件ストーブ使用との因果
関係 ⇒肯定
【争点②】
本件ストーブの欠陥(製造物責任)
⇒肯定
【争点③】
被告の過失(不法行為)
⇒肯定
58
主な争点
【争点①】

本件ストーブからは,複数の人体に有害な影響を及ぼす化学物質が発
生し,また,厚生労働省が定めた室内濃度指針値を超えるアセトアルデ
ヒドが発生していたと推認される。

原告Aは,本件ストーブを身体の真近である足下に置いて,連日,自室
の換気もすることなく長時間使用したものであり,本件ストーブから発生
した化学物質が拡散される前に暴露したと推認される。
原告Aが本件ストーブから暴露した有害化学物質の量は,人体に影響を
生じ得る程度の量であった。
因果関係肯定!
59
【争点②】


本件ストーブは,ヒーター部分とガード部分の距離
が2.5cmしかなく,ガード部分は,稼動2分後には
その一部が283℃に達する構造である
ガード部分に塗布された塗料には,エポキシ樹脂,
ポリエステル樹脂,チタン顔料等の原料が使用され
ており,ガード部分が加熱されることによって,人に
健康被害を発生させ得る有害な化学物質が発生す
るものであった。
本件ストーブは,通常有すべき安全性を欠いており,
製造物責任法3条に定める欠陥があった。
60
【争点③】
1 被告の主張
(1)予見可能性
 被告は,本件同型ストーブを購入した消費者
から,同ストーブにつき異臭により体調を崩し
たとの苦情を受けたことはなかった。

被告には,本件ストーブから有害な化学物質
が発生し,原告Aが本件症状を発症すること
を予見することができなかった。
61
(2)結果回避義務違反
 旧厚生省,厚労省が化学物質の室内濃度指針値
を定めたのは,ホルムアルデヒドにつき平成9年6
月,アセトアルデヒドにつき平成14年1月であった。
これは,建物の建築資材から発生する化学物質を
念頭に置いたものであり,家電製品から発生する化
学物質は想定していなかった。
 また,旧厚生省のホルムアルデヒドの室内濃度指
針値は中間報告にすぎなかった上,これを家電製
品の製造・販売業界に通達することもなかった。
 したがって,被告が,旧厚生省,厚生労働省の定
めた指針値を認識するのは困難であった。
62



旧厚生省が,トルエン等の室内濃度指針値を定め
たのは平成12年6月,エチルベンゼン等の室内濃
度指針値並びにTVOCの暫定目標値を定めたのは
平成12年12月であり,厚労省がアセトアルデヒド
の室内濃度指針値を定めたのは平成14年1月で
あった。
被告が上記各室内濃度指針値及び暫定目標値が
定められたことを知るためには,数週間から数か月
の期間が必要であった上,各商品につき厚生労働
省が定めた室内濃度指針値を超える程度に化学物
質を発生するか否かを確認するためには,多大な
時間と費用が必要であった。
したがって,原告Aが本件ストーブを購入した平成
13年1月10日までに,被告が,本件ストーブにつ
いて,上記各化学物質の室内濃度指針値及び暫定
目標値を踏まえた対策を採ることは不可能であった。
63
2 裁判所の判断



東京消防庁・読売新聞等の発表
旧厚生省の化学物質過敏症の診断基準
被告は、遅くとも本件ストーブを輸入した平成12年
末ころまでには、本件ストーブのガード部分に使用
されたエポキシ樹脂が加熱されることにより、有害
化学物質を発生し得ること、これらの有害化学物質
により、健康被害を引き起こすことがあることを認識
し得た。
過失が認められる!
64
判例15
大阪地方裁判所
平成20年9月18日判決
【事案の概要】
大阪府寝屋川市の東部地域に居住又は勤
務する原告らが、被告が設置する本件施設
が操業してプラスチックの処理等を行うことに
より有害化学物質が排出され、それによって
健康被害を受けている(またはそのおそれが
ある)として、被告らに対し、人格権に基づき、
本件施設の操業の差止めを求めた事案
65
争点1 VOCの排出総量超過と健康影響
・原告の主張
=厚労省の定める基準
(暫定目標値400μg/立方メートル)
の超過排出は,健康に影響を及ぼす
危険性あり
66
*厚労省の指針は,閉鎖空間になりやすく,かつ,同一人物が
長時間滞在する蓋然性が高いため厳格な規制が要求される室
内空間を対象とするもの
*TVOCの暫定目標値は,室内空気質の全体状態の目安として
用いることを意図したものであって,毒性学的知見からVOC自体
の危険性に着眼して設定したものではない
*VOC構成物質100種類は,当該物質の危険性を考慮して記
載したものではなく,直接的に人体に有害な物質として扱われて
いるわけではない。
*VOCを大量に発生させる施設は,日本中に多数存在するとこ
ろ,それらの施設の周辺環境において,VOCの総量を原因とし
て,本件訴訟と同様の症状が訴えられている施設の存在は証拠
上明らかになっていない。
暫定目標値が屋外への排気についての危険性の
指標とはならない。
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 受忍限度を超えるか
侵害行為の態様とその程度、被侵害利益の性
質とその内容、侵害行為のもつ公共性、発生源
対策等の事情を総合的に考慮して判断
侵害の程度は,心理的な嫌悪感程度のも
のを超えることの具体的証明がなされてい
ない。
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・施設は一定の公共性を有している。
(マテリアルリサイクルの優先性は維持されてい
る ・国から「先導的に整備すべきリサイクル施
設」として選定された施設 )
・被告は環境対策に関心を持っている。
(臭気対策の実施・継続した調査)
・施設建築の行政上の手続に違法性はない。
受忍限度は超えない!
69
判例16
東京地方裁判所
平成19年9月12日判決
【事案の概要】
原告=不燃ゴミ積替え中継施設の近隣住人
被告=東京都(中継所を管理運営)
本件中継所から排出された化学物質により化学物
質過敏症に罹患するなどして損害を被ったと主張し
て、国賠法に基づき損害賠償を求めた 。
→硫化水素を原因とする限度での一部認容判決。
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争点 原告に生じた損害

入通院等の費用=23万5660円
○
裁判所判断,「これらの支出は,本件中継所の設置,管理の瑕疵と相
当因果関係のある損害といえる。」

経済的損失 ×
=病院から退院した後,本件中継所に近接した自宅に住む
ことが不可能となり,より空気が清涼な場所を求めて転々と
するために要した費用
裁判所判断,「その裏付けとなる証拠がないばかりでなく、内訳や必要
性も明らかでないものがあるから、これを直ちに本件中継所の設置、管
理の瑕疵と相当因果関係のある損害と認定することはできない 」
※ただし,慰謝料の額の算定にあたって斟酌する。
71
争点 原告に生じた損害

逸失利益 ×
裁判所判断,「原告に化学物質過敏症の後遺症が残ったことは認められ
ないから、原告の主張する後遺障害による逸失利益は、本件中継所の
設置、管理の瑕疵と相当因果関係のある損害とは認められない。」

慰謝料=90万円 ○
裁判所判断,「入通院の経過のほか、原告が退院後も本件自宅に戻れず
に外泊をせざるを得なかった事情などを斟酌する 」

弁護士費用=15万円
72
判例17
熊本地方裁判所
平成19年6月25日判決
【事案の概要】
被告が,携帯電話基地局を建設し,その操業
を行っているところ,本件基地局の周辺に居
住する原告が,被告に対し,本件基地局から
放出される電磁波による健康被害や本件
基地局にある鉄塔の倒壊による被害の生じ
るおそれが大きいとして,人格権に基づき,
本件基地局の操業の差止めを求めている事
案
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携帯電話基地局ないし携帯電話の発する電磁波によ
る健康被害のおそれを指摘する知見の信憑性を,一
概に否定し去ることはできないとしても,現時点にお
いては,これらの知見をもって,直ちに,本件基地局
を含めた携帯電話基地局から放出される電磁波に
よって健康被害が生じる具体的な危険があるとまで
は認め難いというべきである。
原告らは,電磁波が人体へ悪影響を与えることにつ
いて科学的にある程度証明されていることなどを主張
立証すれば,本件基地局から放出される電磁波が原
告ら周辺住民の生命・身体の安全等に被害を与える
蓋然性が高いことの主張立証を尽くしたことになると
解すべきであると主張するが,これは独自の見解で
あって,採用することはできない。
74

原告は,予防原則の適用を主張するが,携帯
電話基地局ないし携帯電話から放出される電
磁波のもたらす影響について予防原則を取入
れた法令等がないにもかかわらず,これを侵
害行為が人格権に基づく差止請求を認容すべ
き違法性を有するか否かの判断をする際の基
準とすることはできないというべきである。
予防原則=ある活動が人間の健康や自然環境に対し害を及ぼす
危険性が危惧される段階で,科学的に因果関係が証明されてい
ない場合であっても,予防的手段を講じるべきであり,その場合,
被害が予想される市民ではなく,活動主体が無害の証明義務を
持つべきであるとする考え方(原告の主張より)。
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弁護士法人匠総合法律事務所
ご静聴ありがとうございました。
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