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第6章 ネット言説の系譜 加藤晴明(2012)『自己メディアの社会学』 ■ネット空間の特異性・固有性とは? 2 ・ネット社会の新しさ メディア空間という社会とも社会でないともつかないやっ かいな空間が登場した。 電脳空間、サイバースペース ・本当のところ、その何が新しいのか? ・都市社会的経験と何が違うのか? 2015/4/9 ■ネットの何が新しい経験なのか? ポスターは、ネット社会・ネット経験の新しさをいち早く哲学的に問題提起した。 インターネット黎明期の問いではあるが、その後のネット系メディア論に大きな一歩 となった。 彼にかかわらず、ネットをめぐる問いは、繰り返し同じようなフレームのなかで展開 してきたように思われる。が・・・ だが、メディア論として、さらにメディア経験論として、まだ十分な展開をみていない 領域もまだまだ多いように思われる。 基本論点1:コンテクスト論争=コミュニティ論 基本論点2:匿名性論 ▼ ポスターはどういうネット空間イメージなのか ■ネット言説(6章2節) ◆黎明期のおおらかな言説 〈初期のネットに託された解放の夢〉 1971〜1975 掲示板・電子会議の開発や社会実験 1980〜1985 BBS開局のはじまり アメリカ西海岸の思想運動的な土壌 「コミュニケーション型ネットワーク」 情報の民主化 ▼ ◆社会実在論争(ネットはリアル?)と秩序問題(コミュニティ?) ■ネット言説(教科書205頁〜) ◆非コンテクスト・匿名性論 〈非コンテクスト的ネット観〉 「社会的手がかりの喪失」 フレーミング(非難・中傷・集中攻撃) 「歯止めを失った攻撃性・支配欲・権力欲の暴走」(西垣 通) M・ポスターのポストモダン論 2ちゃんねる 名無しさん主義 『2ちゃんねる宣言』 「安心・安全・アットホーム」との異質性 ネットの理論 ただ、彼の著作以外に、ネット社会論、情報社会論など メディア論的な視点からのネット論は多数ある。 確かに代表的であるが、加藤としては、 こそが、もっと注目されるに値する本であると考えている。森岡を どう超えるかは、メディア論的ネット社会研究のもっとも本流に位 置する課題である。 ■M・ポスターの経歴 1941年生まれ 1968年 ニューヨーク大学で博士号 カリフォルニア大学 UC アーヴァイン校の歴史学教授 思想史、文化史、批判理論、メディア学 現代フランス思想の研究者 熱狂的なオーディオマニア 1980年代 「情報様式」というアイデア ▼ 1990年 『情報様式論』 1995年 『セカンド・メディア・エイジ』 2001年 『インターネットの何が問題か』 2006年 『インフォメーション・プリーズ』(情報様式論第4版) ■理論の特徴 分かりやすいポストモダン論 二分法 (古典的左翼論批判) 電子メディア経験 同型 ポストモダン社会論 モダン社会論 VS ・強い揺るぎない自己論 ・実態・実感主義 ・確固たるリアリティ論 ・既成の社会運動 ■情報様式 K.Marx「生産様式」(生産関係×生産力)論に対抗して、「情報様式」 電子メディア…現実の対象と結びつかない体験や社会関係が作り出され る。→ リアリティの変容 シミュラークル(オリジナルなきコピー/模造の現実)の浸透 ▼ 近代=「主体」の自律性や中心性 のゆらぎ ▼ 「言語」の次元に注目 歴史の発展を「シンボル交換の構造」の違いによって区分する。 現代における文化や支配の形態は「情報というモード」によってこそ理解し うる。 ■情報様式の3段階 対面・声に よって媒介され るシンボル交換 印刷物・ 書き言葉 言語は、自然や共同体の秩序と照応し、自己 は発話拠点として対面的な人間関係に埋め 込まれている構成される。 言語は世界を表象し、自己はそれを理性や 想像力を働かせて解釈する、理性的/想 像的自律的な主体として構成される。 電子メディア 言語は外界を映す主体の道具では なくなり、自己の地位は絶えず脱中 心化され多数化される。 ■ポスター:電子メディアと脱中心性 ■電子的コミュニケーションの特徴 (1)電子メディアの会話は、通常の文脈を欠いている。日常生活の制約に 縛らない発話状況を導き入れる。(脱文脈的) (2)主に一方的・非同期的に行われるため、モノローグ的になる。(独白 的) (3)脱文脈的で独白的な電子メディアの会話は、誤解=誤配の可能性が 高まるため、自分が行っている発話の文脈について自己言及的になる。 (自己指示的) ▼ 発話の文脈を自らシミュレートする。 現実の世界と関わらない「自己指示的」なコミュニケーションを創出する… 主体の現実感覚を宙吊りにしてしまう。 意見→(自己都合的・自己準拠的会話…by加藤晴明) ■ポスター:文字の脱文脈性 活字がつくる、文化の安定したリアリティ ▼ テレビCM…目のまわるような多声的性格/メディアの作り出すリアリティ ▼ 電子メディア コンピュータには個人的指標(手かがりの喪失)が欠落している 書き手の実像を反映しない自己指示的なコミュニケーションが築かれやすい 〈電子掲示板の書き込み〉 普段の会話よりも、自由や本音を感じる人が多いのは、参加者がお互いをネットの上 でのみ存在する虚構の人と見なし、相手や自分の素性を配慮する必要がないからだ ろう。 伝記的アイデンティティ(biographical indentity)→ 電子空間のなかで「散乱」 電子の文字のリアリティが肉声のリアリティを上回る 発話者の意図とは異なる文脈で受け取られる。→加熱しやすい議論 ■ポスター:ノート ・情報様式において、主体はもはや絶対的な時間/空間の一点に位置してはおらず、 また物質的で固定された視点をもってそこから何をするかを合理的に選択判断したり はしない。そのそ代わりに、主体はデータベースによって増殖され、:によるメッセージ 化や会議化によって散乱し、テレビ広告によって脱コンテクスト化されたり再同定され たりし、電子的なシンボル転送において常に溶解されたり、材料化されたりしているの である。(2001,30) ・「手書きの痕跡と違って、コンピュータのモニターはテクストを脱人格化してエクリ チュールから個人性の痕跡すべてを取り除き、グラフィックな刻印を脱個人化( deindividualized)する。」 ( Mark Poster,The Mode of Information, 1990, P113, 邦訳 217頁) ・「コミュニケーションと新しい主体/これらのコンピュータのエクリチュールの形態は主 体に対して、決定的な効果を与えているように思える。 1 それらはアイデンティティと戯れる可能性を導入する。 2 それらは性差の印を取り除くことによってコミュニケーションを脱性化する。 3 それらは諸関係におけるヒエラルヒキーを不安にし、かつては重要でなかった基準 にしたがってコミュニケーションを再ヒエラルキー化する。 4 それらは、主体をその時間的空間的位置から引き離すことによって散乱させる ( dispersed)。」( p116,邦訳221-222頁) ■ポスター:ノート 三番目の電子的段階において、自己は脱中心化され、散乱し、連続的な不確実性 の中で多数化されている。(邦訳11頁) 「メッセージ・サービスの参加者たちは普通は「談話( talk)」したがっているのであ る。さらに電話では会話は声や調子の中に個人の特徴を保持しているので、会話 者は彼らの「真の( real)」同一性が自分の気分の中に現れて出てしまうと感じて いる。メッセージサービスにおいては、そのような同一性の痕跡がまったく保持され ない。匿名性は完全なのだ。同一性はコミュニケーションの構造の中で虚構化 ( fictionalized)されるのである。」(p117,邦訳222-223頁) 「またもし彼らが自分を対面状況での会話をしているかのように表現したとしても、 彼らの仲間たちが「実在の」人々でないということを前提としている。」 「同一性はコミュニケーションの電子的ネットワークとコンピュータの記憶システム の中で散乱した(dispersed)のだ。」(p117,邦訳223頁) 「コンピュータの会話においては、一種の主体のゼロ度、あるいは空虚な空間 ( empty space)が実践へと構造化されている。つまり、書いている主体は自分自 身を直接他者として提出するのである。」( P118,邦訳224頁) ■ネット言説(教科書208頁〜) ◆コミュニティ・関係性重視論 夢・期待・社会的想像力の総体としてのネット 〈ネットワーキング・イデオロギー〉 ※つながりをつけていくプロセス 会津・公文・COARA(大分) 社会心理系の研究 『電縁交響主義』(1995) 『きずなをつなぐメディア』(2005) 社会関係資本 ■ネット言説 ◆コミュニティ・関係性重視論 電子デモクラシーへの期待 ①ネット内運動論 ②ネット発運動論 ③ネット道具論 ネット・ジャーナリズム論が依然として盛ん。 ■ネット言説(教科書215頁〜) ◆「別」世界としてのネット (ネットコミュニティの固有性の強調論のようなもの) 〈アナザーランド・アプローチ〉 〈アナザーコミュニティ・アプローチ〉 盛岡正博・遠藤薫・シェリータークル シェリー・タークル(1995)『LIFE ON THE SCREEN』 ■ネット言説(教科書217頁〜) ◆より日常に近いつながり 〈リアルコミュニティ・アプローチ〉 メディアデザイン=カスタマイズによりリアリティの確保は 可能 ①ネットは相互理解・意味共有・意味創造的な過程 ②対面はネットでも代替可能 ③関係の構成過程に着目する ④ネットワーキングの拡張に期待する ■ネット環境の変化 初期:非コンテクスト 初期:コミュニケーション重視論 ネットは意外とコミュニティ的空間だ→反論 ▼ 21世紀的:ネットの拡散・拡大 (1)利用層の拡大 〜低所得者化・低年齢化・高齢化〜最初から2ちゃんねる的 (2)モバイル(ケータイ)化 一見のリテラシーの向上と逆に、 無防備化・無責任化 大学のmixi問題・ ■ネット言説(2000〜)(教科書220頁〜) ◆コミュニティからSNSへ 「つながり」「シェア」「ソーシャル」 (「通有」) 人間の交流(社会的ネットワーク)を根本から変える! 日本のミクシイへの期待(2007) 「感情の共有」「共鳴」「共感」 〈実社会との複合化〉 日本のSNSへの批判 ①「ローカルや友達圏域」に終始している。 ②安心・安全・「暖房の効いた温室」「楽園」 ■ネット言説(2000〜) ◆アーキテクチャー論 〈アーキテクチャー・アプローチ〉 システム設計としてのネットを捉える。 2ちゃんねる論=「つながりの社会性」 「祭り」「炎上」・・・「ネット右翼」ではなく、「ネットイナゴ」 「つながりが自己目的化した空間」 「内輪で接続思志向」「メディアへのアイロニカルな視線」 「ロマン主義的シニシズム」 「内面なき実存」 ■ネット言説(2000〜) フラッシュモブ論 2001「吉野家祭り」 2003 ニューヨークから世界へ 2008 大流行 「儀礼的パフォーマンス」 「新しい新しい社会運動」…「無意味さの意味」「無 目的さの目的」 ■ネットをめぐる言説群(総論) (1)CMC空間の驚き→非コンテクスト論=ポストの議論 (2)公共圏論〜電子デモクラシー論→21世紀/ネット政治論 (3)コミュニティ論〜絆論〜情報縁論→21世紀/社会関係資本 (3+)2人だけのコミュニティ論〜匿名性論・親密性論 ネット恋愛・出会い系論…「(ハル)」「WtihLove」 (4)21世紀:コミュニティ否定論2ちゃんねる →でも「電車男」、「ネオ麦者」、「秋葉原殺傷事件」は何? (5)21世紀:コミュニティ復活論 mixi、SNS→リアルコミュニティとの相互補完 地域SNS、地域ブログ「てぃーだ」「しーま」 (6)21世紀:祭り/炎上/サイバーカスケード〜匿名性論・群衆論 (7)21世紀:祭り/モブ〜匿名性論・群衆論 (8)21世紀:総表現社会論〜ブログ〜ツイッター〜市民メディア論・自己論 ■原点:ネット論の共通性=解放の空間 24 ・そこには二つの別次元の話が同居している。 (1)非対面世界だ論 (2)異世界・別世界、他世界だ論 ▼ 奇妙な解放感 さまざまな重しからの解放=解放のメディア 今ある拘束・呪縛・制度的重圧からの解放 2015/4/9 ■原点:四つの社会空間論 25 地位・役割関係 制度空間Ⅰ 既存縁 既縁の調 整・ 制度空間Ⅱ 亀裂 対面関係 盛り場 非制度空間Ⅰ ネット関係 第四空間〜 新縁 新縁の獲得・犯罪・神待ち 非制度的空間Ⅱ 匿名性・偶発的関係 2015/4/9 ■原点:コミュニティ・コンテクスト論争 26 コミュニティ重視 アナザーコミュニティ リアルコミュニティ 断絶性重視 連続性重視 制度的リアルとセット/リアルの補完 複数の自己物語 逸脱・散逸・非コンテクスト モノローグ重視 2015/4/9 ◆ミニ課題 ①ネット(ケータイ・スマホ利用も含めて)でのコミュ ニケーションで、日常・対面的なそれと違うと感じる 時はどんな時か? ②ネットによって、既存縁のコミュニケーション世界 をどのように補完や調整しているのか? ③ネットで出会った、とんでもない人、とんでもない メッセージなどがあるか?