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第4章 自由エネルギーと変化
(化学熱力学入門)
液体や固体などの原子や分子の集合体は莫大な数の粒子からで
きている(2)ので、エントロピー効果を考慮する必要がある。エ
ントロピーや自由エネルギーという概念を使って集合体を熱力学
的に考察することができる。また、第2章で考察した粒子間の相互
作用(化学結合力と分子間相互作用)に基づいて原子・分子の観
点から、熱力学的考察を説明することができる。(この講義の目
的は原子・分子のレベルで化学現象を考察することができるよう
になること。)
液体や固体の物性を考察するときは、気体と比較して、粒子間
の相互作用が非常に重要になってくる。例えば、超伝導という現
象は電子が集団として示す量子力学的性質によるものである。N
個の粒子の集合体(液体、固体など)の性質は、単に1個の粒子を
N 倍したものではない。N 個の粒子が集まることによって、そこに
全く新しい性質が生まれる。それは粒子間に相互作用があるから。
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7b. 原子や分子の集合体が示す構造・性質は、熱力学データによっ
て、マクロなレベルで理解することができる。更にこの熱力学
データに基づいて原子・分子のレベルから考察することができ
る。このとき、粒子間の相互作用(化学結合力と分子間相互作
用)を正しく評価することが重要である。
4・1 物質の三態
4・1・1 物質の三態と相図
a 物質の三態
粒子間相互作用 分子(気体)
液体
固体(結晶)
共有結合
○
×
共有結合結晶
イオン結合
△
イオン液体
イオン結晶
金属結合
×
金属液体
金属結晶
分子間相互作用
○
(分子)液体
分子結晶
100%イオン結合の分子は存在しない。
分子化合物(電荷移動錯体、会合体)、クラスター
2
(1) 固体
固体は結晶と非晶質(アモルファス)に大別できる。
結晶はその凝集力に従って、四つの型に分類することができる。
(括弧内は凝集力)
a イオン(性)結晶(イオン結合)
b 共有結合(性)結晶(共有結合)
c 金属結晶(金属結合)
d 分子(性)結晶(van der Waals力)
(2) 液体
液体はその凝集力によって次のように分類することができる。
a イオン性液体 (イオン結合)
b 液体金属 (金属結合)
c 分子性液体 (van der Waals力)
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(3) 気体
理想気体とは巨視的(、熱力学的)には任意の条件下で 気体の
状態方程式が成立する系であり、微視的には気体粒子間の相互作
用も、粒子自身の体積も無いと見なせるような粒子からなる系で
ある。
これに対して、実際に存在している気体を実在気体という。
常温・常圧でほとんどの気体に状態方程式が成立する。→ 分子
間相互作用がほとんど無視できる、つまり、気体分子の個性がで
ないから。
なぜ、気体には状態方程式があって、液体、固体にはないの
か?→ 気体と違って分子間相互作用を無視できないから。物質の
個性がでるから。
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(4) 物質の三態と粒子間相互作用
流体(気体+液体)と固体:流体は自分の力でその形体を維持で
きない。
気体と凝集体(液体+固体):凝集体は粒子間相互作用が無視で
きない。
液体と固体の中間的性質を持つ液晶という状態がある。
莫大な数の物質が存在するのに、それらの凝集形態としては3種
類(固体と流体のように考えれば2種類)しかない。
これは、凝集形態というのは粒子個々の性質によるものではなく
、粒子が集合する、粒子の集団としての性質によるものだからで
ある。
物質を構成する粒子間には相互作用が働き、その結果液体とか固
体という凝集状態をとるわけであり、相互作用は結局どれも基本
的には静電的なCoulomb力である。
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b 相図
相:物質系において明確な境界(これを界面という)によって他
と区別され、その内部で状態の均一な部分で、他と熱力学的に
明確に区別される状態を相という。温度や圧力を変化させたと
き、物質の状態が明確に異なるとき、それらは異なる相である。
同じ固体の状態にあっても結晶構造が異なる場合は、それらは
お互いに異なる相である。同素体
相平衡:物質系がいくつかの相に分かれて熱平衡状態にあること
をいう。
相図で相の境界を示す曲線は2相の平衡曲線で、この曲線上では2
相が平衡共存している(=相平衡にある)。レジメp.25、スラ
イド7 図6・2参照。
蒸気圧曲線、飽和蒸気圧
気化・・・蒸発(昇華)、沸騰
融点(凝固点)、沸点
三重点
6
• 図6・2
7
8
☆ 臨界状態と流体
全ての気体は、それぞれに固有のある特定の温度(臨界温度)
以上では、どんなに加圧しても液化しない。臨界温度において、
その気体を液化させるのに必要な最低の圧力を臨界圧という。臨
界温度、臨界圧、臨界密度を合わせて臨界定数という。
臨界温度以上では、試料は1相で容器全体を占める。この相は定
義によって気体である。それゆえ、液相は臨界温度より高温では
形成されない。酸素(臨界温度-119℃)や窒素(-147℃)は室温
でいくら加圧しても液体にはならない。
液⇔気の移り変わりは、やり方次第では、連続的にも不連続的
にも行うことができる。この点に関しては、液体と気体との本質
的な違いはないといえる。→ 流体
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4・1・2 相転移
相転移:適当な条件により(例えば、温度を変えたり、圧力を変
えたりすることにより)、ある相から別の相へ系の状態が変化
することをいう。気相、液相、固相の間の相転移の他にも、固
相間転移(固相-固相転移、例:超伝導転移、磁気相転移)や
液相間転移(液相-液相転移、例:液体ヘリウムの超流動転
移)がある。
相分離:均一な相にある物質系の条件を変えたとき、系が二つの
相に分離する現象をいう。多成分系では分離した二つの相では
物質の組成が異なっている。
なぜ相転移が起こるのかを熱力学に基づいて説明してみよう。
8b. 閉じた系(定圧)では自由エネルギーG に基づいて化学現象を
考察する。自由エネルギーが減少する方向に自発変化する。熱
平衡状態では、自由エネルギー最小となっている。
8b2. 自由エネルギーG=H-TS に基づいて考察するとき、エンタ
ルピー効果とエントロピー効果について考える。
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温度の変化に伴って起こる相転移を考える。
閉じた系(定圧)では8bより、任意の温度、圧力下で自由エネ
ルギーG が一番低い相が実現する。
G=H-TS
エンタルピーHとエントロピーS には
固相<液相<気相
という大小関係がある。HとS自体はあまり温度変化しないので、
Gの温度変化は主にエントロピー項TSに起因する。したがって、 G
の温度変化は固相、液相、気相の順に大きくなる。
絶対零度ではエントロピー効果はゼロなので、Hの一番低い固相
がGの一番低い状態である。温度を上げると、温度変化の大きさが
異なるので、いつかは液相のGの方が固相のGより小さくなり、つ
いには気相のGが一番低い状態になる。これが相転移である。レジ
メp.25、スライド12図6・1参照。
11
• 図6・1
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固体の融解
第3章で固体がなぜ融解するかを考察した。融解が起こるのは、
原子や分子がランダムな熱運動を行うからである、つまりエント
ロピー効果によって融解が起こるというのが結論であった。
これを熱力学的に考察してみよう。固相と液相の自由エネル
ギーを次のように書く。
G固=H固-TS固、G液=H液-TS液
いま、固体から液体への相転移を考えているので、
ΔH= H液- H固>0、 ΔS= S液- S固>0
ΔG = G液- G固=ΔH-TΔS
融点T融点ではΔG =0 、融点より低い温度T低ではΔG >0、高い温度
T高ではΔG <0なので、
ΔH>T低ΔS → ΔH=T融点ΔS → ΔH<T高ΔS
固相
液相
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ΔH>T低ΔS → ΔH=T融点ΔS → ΔH<T高ΔS
固相
液相
ΔHやΔSが温度変化しないとき、自由エネルギーの温度変化は温
度上昇に伴うエントロピー効果TSの相対的な増大による。
つまり、熱力学的考察からも、エントロピー効果によって融解が
起こるという結論が得られる。
融解に伴うΔH の値は正であり、吸熱である(つまりエネルギー
的には不利である)。それにも関わらず氷が融けるのは、系のエ
ントロピーがそれ以上に増大するからである。
8b. 閉じた系(定圧)では自由エネルギーG に基づいて化学現象を
考察する。自由エネルギーが減少する方向に自発変化する。
8b2. 自由エネルギーG=H-TS に基づいて考察するとき、エンタ
ルピー効果とエントロピー効果について考える。
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一般に任意の温度と圧力の下では、物質は自由エネルギーが一
番低い状態(相)にある。これを安定相と呼ぶ。
本来ならば、熱力学的に不安定な(=自由エネルギーが高い)
相が速度論的な理由から安定に存在する例は多い。このような相
を準安定相という。
代表例としてはダイヤモンドとグラファイトがある。
このように準安定相と安定相が共存する現象を多形といい(単
体の場合は特に同素体という)、それぞれの結晶相を変態という。
CaCO3の方解石(カルサイト)、あられ石(アラゴナイト)、ファーテ
ライトは多形の例である。
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《化学実験・有機3:融点の測定》
融点測定は簡便な物質の同定法である。
しかし、融点が同じ物質を区別することはできない。未知の物質
と同じ融点を示す既知の物質があれば、それらの混合物の融点を
測定すること(混融試験)によって、未知物質が既知物質と同じ
かどうかが分かる。
混合物の融点は純物質のときより必ず下がる。融点を測定するこ
とにより純物質の純度をある程度見積もることもできる。
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4・2 溶解
溶解は物理現象である。しかし、塩が水に溶ける現象は電離反
応という化学反応と見なすこともできる。溶解の逆の現象-析出
-が物理的な操作で行えるものを溶解と考える。
以下の現象は化学反応であって、溶解ではない。
◎ AgClは水にほとんど溶けないが、アンモニア水に溶ける。
AgCl+2NH3→[Ag(NH3)2]++Cl- 《化学実験・分析化学1》
◎ ヨウ素の単体I2は室温では紫黒色の固体(分子結晶)である。
これは水にはほとんど溶けない。しかし、ヨウ化カリウム水溶
液にはよく溶ける。
I2+ KI → K++I3◎ 王水(硝酸と塩酸の1:3混合物)に金が溶ける。酸化されて、錯
イオン(AuCl4 +, PtCl6 2 -など)が出来て安定化する。
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ここでは、基本的に固体が液体に溶解する場合を考えることに
する。
液体に固体や気体や液体を混ぜると、溶けたり溶けなかったり
する。なぜ溶解度に差があるのか?なぜ飽和するのか?考えてみ
よう。
熱力学的には自由エネルギーに基づいて説明される(8b)。
ΔsolG○=-RT lnK
(29)
ここで、Kは溶解平衡の平衡定数で、この値が大きいほど溶解度も
大きい。したがって、溶解度は溶解に伴う自由エネルギー変化
ΔsolG○の値に依存する。ΔsolG○が大きな負の値であるほど、溶解度
が大きくなる。逆に正の値であればほとんど溶けない。
では、なぜΔsolG○が正になったり負になったりするのか?微視的
観点から考察してみよう(7b)。
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溶質の水和(一般的には溶媒和)は溶質分子が周囲の水分子
(溶媒分子)と結合し、粒子集団を作る現象である。溶媒和され
ることによって、溶質どうしが再び結びつくことを妨げている。
溶質が安定に溶媒中に分散していられるのは、この溶媒和のおか
げである。
例として塩析を考えてみよう。
タンパク質や親水性高分子などの親水コロイド溶液に多量の電
解質を加えると、分散質であるタンパク質等の溶解度が減少し沈
殿する現象を塩析という。
塩析は塩類の添加によって多量に生じたイオンがそれまでタン
パク質等を安定化していた水分子(水和分子)を引きつけてしま
うために、タンパク質等が安定に溶けていられなくなった結果で
ある。
溶解における水和(溶媒和)の重要性を理解しよう。
19
20
溶解という現象に限っていえば、一般に水和(溶媒和)はエネ
ルギー的には(ΔH<0)溶解を促進する働きを、エントロピー的に
は(ΔS<0)抑制する働きをする。しかし、実際には、ΔH>0、ΔS
>0になる場合もある。
ΔsolG =ΔsolH-TΔsolS
(25)
ΔsolG =-RT lnK
(29)
溶解に伴う自由エネルギー変化ΔsolG
溶解に伴うエンタルピー変化ΔsolH
溶解に伴うエントロピー変化ΔsolS
溶解平衡定数K
8b2. 自由エネルギーG=H-TS に基づいて考察するとき、エンタ
ルピー効果とエントロピー効果について考える。
7b. 熱力学データに基づいて原子・分子のレベルから考察すること
ができる。このとき、粒子間の相互作用(化学結合力と分子間
相互作用)を正しく評価することが重要である。
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これからしばらくは基本的に塩の水への溶解を考えることにする。
ΔsolH<0、ΔsolS<0の場合:
298 K ΔsolH(kJ mol-1) -TΔsolS(kJ mol-1) ΔsolG(kJ mol-1)
CaSO4 -26.86
42.18
15.32
CuSO4 -73.14
56
-17
298 KにおけるCaSO4とCuSO4のΔsolSはほぼ同じ値をとる。これ
に対して、ΔsolHは大きく異なっている。その結果、CaSO4とCuSO4
のΔsolGは、前者が正で溶けにくいのに対して、後者は負で溶けや
すい。
これはエンタルピー効果によって溶解度に差が生じる例である。
熱力学データによりなぜ溶解度に差があるのかが分かる。
22
ΔsolH>0、ΔsolS>0の場合:吸熱
298 K ΔsolH(kJ mol-1) ΔsolS(J K-1 mol-1) ΔsolG(kJ mol-1)
NaCl
3.8
43.1
-2.1
CaF2
6.3
-152
51.5
NaClは5 mol dm-3以上水に溶けるのに、CaF2は0.001 mol dm-3以下
である。これはなぜか? 静電相互作用(3)に基づいて考察する。
3. Coulomb力の大きさF は、電荷を持っている粒子の大きさ、電
荷量q、電荷間の距離r、電荷が存在する場所の誘電率 ε に依存
する。
F =q1 q2 /(4πεr2)
小さなF-と高い電荷を持つCa2+は周りの水分子とCoulomb相互作
用により固く結びついて、 CaF2では秩序の高い配列(水和層)を
作り出す。一方、Cl- の大きな寸法とNa+ の低い電荷のためにNaCl
ではこのエントロピー効果はずっと弱い。そのため、NaClでは
ΔsolSが正になる。
主として静電相互作用のためにイオンに水分子が一定の配向を
とって結合し(第一)水和層を作る。水和層にある水分子はバルク
の水に比べ秩序性が高いので、エントロピーは減少する。
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これはエントロピー効果によって溶解度に差が生じる例である。
上記の例のように、熱力学的データがあれば、それに基づいてミ
クロな観点から定性的に考察できる(7b)。
Coulombの法則に基づいて、多くの化学現象を理解することができ
る。
8b. 閉じた系(定圧)では自由エネルギーG に基づいて化学現象を
考察する。自由エネルギーが減少する方向に自発変化する。
8b2. 自由エネルギーG=H-TS に基づいて考察するとき、エンタ
ルピー効果とエントロピー効果について考える。
この例からも分かるように、溶解度の違いはエンタルピー効果だ
けでは説明できない。エントロピー効果も重要である。
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エンタルピー効果のみに注目して考察してみる。
HCl(g) → H+(g) + Cl-(g)
ΔH = 1385 kJ mol-1
HCl(g) → H+(aq) + Cl-(aq)
ΔsolH = -75.14 kJ mol-1
NaCl(s) → Na+(g) + Cl-(g)
NaCl(s) → Na+(aq) + Cl-(aq)
ΔLH = 787 kJ mol-1
ΔsolH = 3.89 kJ mol-1
溶媒和した状態では、誘電率が大きい溶媒(=極性溶媒)ほど、
溶質であるイオン間のCoulomb相互作用を弱めることができる(=
溶媒中でイオンに電離した状態を安定化できる) 。
HClやNaClが水中で容易に孤立したイオンに解離できたのは、真空
中と比較して、有極性の水分子中では陽イオンと陰イオンの
Coulomb相互作用が弱められるためである。
①極性分子は極性溶媒によく溶ける。
3. Coulomb力の大きさF は、電荷を持っている粒子の大きさ、電
荷量q、電荷間の距離r、電荷が存在する場所の誘電率 ε に依存
する。
F =q1 q2 /(4πεr2)
25
②極性分子は無極性溶媒に溶けにくい。誘電率の小さい溶媒(=
無 極 性 溶 媒)、例えばベンゼン (比誘電率2.274)、トルエン
(2.379)、四塩化炭素(2.228)等の有機溶媒に塩はほとんど溶けな
い。
③無極性分子は無極性溶媒によく溶ける。無極性分子どうしは分
子間力(分散力)によって引き合うからである。
④無極性分子は極性溶媒に溶けにくい。実は無極性分子と極性溶
媒分子の間にもかなり強い引力的相互作用が働いている。それ
でも溶け合うことがないのは、極性溶媒分子どうしの相互作用
の方が極性分子と無極性分子間の相互作用よりも強いためであ
る。無極性分子と極性分子を混ぜると、極性分子は極性分子ど
うし集まってしまい、無極性分子が入り込めないのである。
溶媒が溶質を溶かすためには、エンタルピー効果の観点からは、
溶媒分子どうしの引き合う力と、溶媒-溶質分子間の引き合う力
が同程度でなければならないということになる。
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なぜ飽和するのか?いま考えている温度と圧力の下では、溶質
は気体あるいは固体の状態が安定な状態で、液体状態は不安定な
状態である。その溶質を増やしていく極限を考えれば、いつまで
も無制限に溶質が液相に分散することなどあり得ないことが分か
る。
エンタルピーの観点から、次のような見積もりが考えられる。
NaClの水への溶解度は25℃のとき、質量モル濃度で6.49である。こ
のときNaClと水分子の割合は、6.49:55.55=1:8.56となり、水に
溶けたNaClは完全電離しているので、各Na+ とCl- の周りに水分子
が合わせて8.56個ある。イオンの大きさから考えて、水がその周り
をうまく取り囲むための水分子の最低個数は9個程度であり、NaCl
飽和溶液ではNaCl一つあたりの水分子の数がこの値に近くなって
いる。これ以上イオンが増えると、水和水分子が足りなくなるの
で、エネルギーの安定化が不十分になる(あるいはイオンどうし
の再結合を妨げることができなくなる)と思われる。
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4・3 化学反応
4・3・1 気相反応(レジメp.25、スライド29図5.20)
(a) 結合反応(反応によって分子数が減少する):ΔS<0、ΔH<0
独立に運動していた分子が、結合することによって一緒に行動
しなければならなくなるので、並進の自由度が減少するが、その
分振動の自由度は増大する。反応の前後で原子の数は変わらない
ので、全自由度の数は変わらない。並進運動のエネルギー準位の
間隔は非常に小さいので、利用可能な量子状態は非常に多いが、
振動運動のエネルギー間隔は非常に大きいので、振動状態はほと
んど基底状態しか利用できない。その結果、反応が進行すると、
微視的状態の数Wは大きく減少し、エントロピーも減少する。
図から分かるように、ΔSが負で、ΔHも負になっている。従って
、反応を駆動するのはエンタルピー効果である。低温ほどエント
ロピー項の寄与が小さいので、低温ほど反応が進みやすい。
S=kBlnW
ΔG=ΔH-TΔS
28
29
(b) 再結合反応、置換反応(反応によって分子数が変化しない):
ΔS~0、ΔH<0
エントロピー変化ΔSは僅かである。この場合、ΔHが負(=発熱反
応)であれば、反応が進む。
(c) 分解反応(反応によって分子数が増加する):ΔS>0、ΔH>0
分子数が増加するのでΔSは正で、ΔHも正になっている。従って
、ΔSの寄与により反応が進行する。高温ほどエントロピー効果は
大きいので、高温ほど反応が起こりやすい。
ΔG=ΔH-TΔS
熱力学データによりなぜ反応が起こるのか(、起こらないのか)
が分かる。
熱力学的データがあれば、それに基づいてミクロな観点から定性
的に考察できる(7b)
30
4・3・2 液相反応(レジメp.25表6・4)
溶媒和効果は溶液中の化学反応の収率に重大な影響を及ぼす。
反応を行わせるのに重要な決め手となるものの一つは適切な溶媒
の選択である。例えば、水は反応にイオンが関与するときに溶媒
として適しているが、決して万能ではない。
溶液中で反応が進むかどうかを決定するのにイオンの溶媒和エ
ントロピーが重要であることが多く、時には支配的な効果を持つ
こともある。
ここでは水溶液中のイオンが関与する化学反応を見てみよう。
溶媒和、溶媒が水の場合は水和という。溶解現象における水和
の重要性を指摘した(スライド19)。
31
(ⅰ) ΔH が正(吸熱反応) :エントロピー効果により反応が進行する。
小さなF-は、大きなHF2-より水を強く引きつけて(=水和して)
安定化しているので、反応の進行に伴ってHF2- が増えると、エネ
ルギーが高くなりΔH は正になる。
反応に伴って粒子数が減少するけれど、ΔSは正である。小さな
F-の周りの水和構造は、大きなHF2-のそれよりも整然としている;
つまりエントロピーが小さい;従って、反応が進行してF-が減少
するにつれて系はより乱雑になるのでΔS は正になる。
ΔH /kcal mol-1 ΔS /cal mol-1 ΔG/kcal mol-1
HF(aq)+F-(aq) → HF2-(aq) +0.7
+4.2
-0.7
3. Coulomb力の大きさF は、電荷を持っている粒子の大きさ、電
荷量q、電荷間の距離r、電荷が存在する場所の誘電率 ε に依存
する。
F =q1 q2 /(4πεr2)
Coulombの法則に基づいて、多くの化学現象を理解することができ
る。
32
(ⅱ) ΔHが負(発熱反応) :エントロピー効果により反応が進行しない。
反応によってイオンが増えるので、水和によってエネルギー的
に安定化する。反応に伴って粒子数が増大するが、ΔS は負である
。反応によって生成する各イオンはそれぞれの周りに整然とした
水和環境を作り出すためΔS は負になる。
ΔH /kcal mol-1 ΔS /cal mol-1 ΔG/kcal mol-1
HOCl(aq)+OCl-(aq)
-1.3
-6.3
+9.6
→ H+(aq)+Cl-(aq)+ClO2-(aq)
(ⅲ) ΔH が負(発熱反応) :エンタルピー効果により反応が進行する。
反応によってイオンが生じるので、水和によってエネルギー的
に安定化する。反応に伴って粒子数に変化はないが、中性分子か
らイオンが生じるので、ΔS が大きく負になる。
ΔH /kcal mol-1 ΔS /cal mol-1 ΔG/kcal mol-1
NH3(aq)+HF(aq)
-14.8
-24.0
-8.35
→ NH4+(aq)+F-(aq)
33
(ⅳ) ΔH とΔS の符号が反対:両方の効果で反応が進行する。
ΔH が負(発熱反応)。水は中性分子の方がエネルギー的に安定で
ある。反応に伴って粒子数に変化はないが、イオンが中性分子に
変化するので、ΔS が大きく正になる。
ΔH /kcal mol-1 ΔS /cal mol-1 ΔG/kcal mol-1
OH-(aq)+H3O+(aq)
→ 2H2O (aq) -13.3
+19.3
-19.1
熱力学データによりなぜ反応が起こるのか(、起こらないのか)
が分かる。
熱力学的データがあれば、それに基づいてミクロな観点から定性
的に考察できる(7b)
34
第4章のまとめ
2. マクロな物質は莫大な数(Avogadro数個程度)のミクロな粒子
から出来ている。そして、そのミクロな粒子(原子や分子)は
不規則な運動-熱運動-をしている。 化学現象をミクロのレベ
ルから考察するためには、原子や分子の性質を理解し、粒子間
の相互作用を正しく評価することが基本である。
例えば、超伝導という現象は電子が集団として示す量子力学的性
質によるものである。N 個の粒子の集合体(液体、固体など)
の性質は、単に1個の粒子をN 倍したものではない。N 個の粒子
が集まることによって、そこに全く新しい性質が生まれる。そ
れは粒子間に相互作用があるから。
7b. 原子や分子の集合体が示す構造・性質は、熱力学データによっ
て、マクロなレベルで理解することができる。更にこの熱力学
データに基づいて原子・分子のレベルから考察することができ
る。このとき、粒子間の相互作用(化学結合力と分子間相互作
用)を正しく評価することが重要である。
35
8b. 閉じた系(定圧)では自由エネルギーGに基づいて化学現象を
考察する。自由エネルギーが減少する方向に自発変化する。熱
平衡状態では、自由エネルギー最小となっている。
8b2. 自由エネルギーG=H-TSに基づいて考察するとき、エンタル
ピー効果とエントロピー効果について考える。
相転移:エントロピー効果によって融解・蒸発が起こる。
溶解:溶解における水和(溶媒和)の重要性を理解しよう。
溶解度の違いはエンタルピー効果だけでは説明できない。エント
ロピー効果も重要である。
熱力学データによりなぜ溶解度に差があるのかが分かる。
7b. 原子や分子の集合体が示す構造・性質は、熱力学データによっ
て、マクロなレベルで理解することができる。更にこの熱力学
データに基づいて原子・分子のレベルから考察することができ
る。このとき、粒子間の相互作用(化学結合力と分子間相互作
用)を正しく評価することが重要である。
36
化学反応:溶媒和効果は溶液中の化学反応の収率に重大な影響を
及ぼす。
溶液中で反応が進むかどうかを決定するのにイオンの溶媒和エン
トロピーが重要であることが多く、時には支配的な効果を持つこ
ともある。
熱力学データによりなぜ反応が起こるのか(、起こらないのか)
が分かる。
Coulombの法則に基づいて、多くの化学現象を理解することができ
る。
7b. 原子や分子の集合体が示す構造・性質は、熱力学データによっ
て、マクロなレベルで理解することができる。更にこの熱力学
データに基づいて原子・分子のレベルから考察することができ
る。このとき、粒子間の相互作用(化学結合力と分子間相互作
用)を正しく評価することが重要である。
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