2015年02月28日 上山報告

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新興国市場の多様性
―ロシアを中国を事例として
上山邦雄(城西大学経済学部教授)
( 2015年2月28日 第12回アジア中古車流通研究会、於:名城大学)
新興国自動車産業の多様性と日本の対応
はじめに
1 新興国を含むグローバル市場に
おける自動車メーカーの状況
2 新興国自動車市場の多様性
3 ロシア自動車産業の現況―中国
自動車産業と比較して
事例①②③
おわりに―日系メーカーの今後
2
はじめに
本報告は、新興国における自動車市場の多様
性について、若干の私見を提示することを目的と
する。
昨年出版した編著(日刊自動車新聞社刊『グロ
ーバル化競争下の自動車産業 新興国市場におけ
る攻防と日本メーカーの戦略』)において、各章の
各執筆者がBRICsやアセアン各国における自動車
市場についての説明はしているが、私自身は、中
国を除き、「新興国それぞれにも異なった市場特
性」があり、新興国市場一般において、「日系車が
十分なシェアを獲得できていない」と述べるにほぼ
とどまった。
3
はじめに
それゆえ、新興国それぞれの自動車市場の特性やそ
れに影響された各国自動車産業の多様性について分析
を深めるとともに、日系メーカーの新興国戦略について、
全面的に考察することは私自身の宿題として残された。し
かし、今回の報告では、その課題に十分には答えることは
できない。
本報告は、たまたま、昨年、経済産業省委託調査「日
露中小企業協力等調査委員会」(素形材センター受託)に
おいて、ロシアの自動車産業について調査し、分析する機
会をえたので、その内容を紹介するとともに、調査を通じ
て、ロシアと中国という、もともと社会主義体制の下で自動
車産業を有していた2つの国(中国は依然として政治的に
は社会主義国であるが)の自動車産業の現状の違いを強
く意識させられたことが本報告を行う動機となった。
はじめに
それでは、日本自動車メーカーは、どのように新
興国に取り組んだら良いのであろうか。現状では、
日本メーカーはアセアンにおいて競争優位を有し
ており、インドおいては、スズキが健闘している。し
かし、その他の新興国の多くにおいては、必ずしも
有利な展開を示してきている訳ではない。しかし、
今後の自動車市場の拡大がますます新興国へと
シフトしつつあることに鑑みると、新興国市場への
より一層の対応策の強化が望まれている。こうした
新興国市場への日本メーカーの取り組み姿勢につ
いて、まず新宅純二郎氏の見解を検討することに
よって考察してみよう。
新宅純二郎「新興国市場開拓に向けた日本企業の課題と戦略」、国際協力銀行「国際調査室報」第2号、2009年8月を参照。
5
図1 日本企業の発展プロセス
(出所)新宅純二郎「新興国市場開拓に向けた日本企業の課題と戦略」、「国際調査室報」第2号、2009年8月。
6
はじめに
新宅氏は以下のような論点を提起している。すなわち、
図1に示されているように、日本の製造業企業が新興国市
場に耐久消費財を売ろうと考えた場合のターゲットはBOP
(Base of Pyramid)より上位の中間層市場であるが、従来
アメリカなど先進国市場への浸透は下層セグメントから上
方移行であったのに対し、上層セグメントからの下方移行
に対応しなければならないという。そして、こうした新興国
市場への対応に対して、日本企業は、①過剰品質で価格
が高い、②製品の良さが理解されていない、③製品の仕
様が現地のニーズからずれているという問題を抱えてい
るという。こうした事態に対して新宅氏は、①品質を見切っ
た低価格製品の投入、②品質差の見える化―新興国で
の高付加価値戦略、③メリハリをつけた現地化商品―差
別化軸の転換という、新興国市場開拓に必要な3つの製
7
はじめに
この新宅氏の3つの提起は、新興国において日系車が
十分なシェアを獲得できない理由をある程度説明している
と思われる。しかし、もう一つ決定的に重要なことは、先進
国でもそうであるが、新興国にもそれぞれの国・地域ごと
に異なったニーズ・テイストが存在していることである。こう
したニーズ・テイストは、単にそれぞれの地域における使
用環境や感性的な好みによって決定されるのではなく、法
的・制度的規制、自動車を社会としての発展段階や社会
構造その他多くの要因によって決定される。それゆえ、極
端に言えばそれぞれの国・地域ごとに異なったニーズ・テ
イストが存在しているのであり、さらにいえば同じ国・地域
内でも、所得階層別に異なった構造がある。日系メーカー
はこのような新興国における的確な製品投入戦略を構築
する必要があろう。以上は問題意識であるが、本報告で
8
は、この問題に全面的に答えることはできない。
表1
2013年における地域別・メーカー別自動車販売台数
全世界
中国(%)
ロシア(%)
アジア・太平洋(%)
GM
9,311,072 3,143,108(33.8)
318,412(3.4)
449,140(4.8)
トヨタ
8,815,275 862,101(9.8)
170,580(1.9)
VW
8,857,993 3,037,895(34.3)
299,143(3.4)
現代グループ
6,565,234 1,594,573(24.3)
380,381(5.8)
Ford
5,768,753 678,951(11.8)
115,354(2.0)
日産
4,354,755 875,879(20.1)
154,996(3.6)
Fiat Chrysler
4,324,014
ホンダ
4,234,781 780,986(18.4)
PSA
2,670,131 552,559(20.7)
スズキ
2,508,863 147,508(5.9)
Renault
2,301,301
Daimler
BMW
長安
1,375,619 1,360,760(98.9)
マツダ
1,266,810 204,840(16.2)
東風
1,150,582 1,135,348(98.7)
三菱
1,025,252 159,094(15.5)
吉利
1,000,703 597,944(60.0)
76,383(1.8)
ヨーロッパ(%)
北米(%)
南米(%)
1,432,550(15.4)
3,222,626(34.6)
959,023(10.3)
4,193,981(47.6)
792,067(9.0)
2,502,492(28.4)
291,741(3.3)
256,200(2.9)
3,711,054(41.9)
838,153(9.5)
868,430(9.8)
1,723,890(26.3)
1,239,774(18.9)
1,465,511(22.3)
372,866(5.7)
1,326,979(23.0)
2,864,993(49.7)
520,790(9.0)
1,026,467(23.6)
651,242(15.0)
1,604,437(36.8)
131,997(3.0)
14,832(0.3)
52,601(1.2)
1,077,965(24.9)
2,147,689(49.7)
944,826(21.9)
25,741(0.6)
1,341,300(31.7)
182,239(4.3)
1,750,495(41.3)
159,106(3.8)
62,823(2.4)
17,730(0.7)
1,776,702(66.5)
6,941(0.3)
294,091(11.0)
2,095,838(83.5)
183,461(7.3)
20,210(0.8)
36,294(1.4)
210,099(8.7)
130,912(5.7)
1,684,685(73.2)
21,187(0.9)
433,765(18.8)
2,060,164 145,362(7.1)
56,086(2.7)
226,104(11.0)
1,011,687(49.1)
528,670(25.7)
13,258(0.6)
1,660,366 207,430(12.5)
44,871(2.7)
110,465(6.7)
859,009(51.7)
427,497(25.7)
23,087(1.4)
―
27,724(1.1)
134(0.0)
―
226(0.0)
13(0.0)
442,550(34.9)
189,420(15.0)
1,929(0.2)
47(0.0)
―
13,258(1.2)
78,747(7.7)
493,779(48.2)
182,148(17.8)
92,328(9.0)
79,780(7.8)
42,280(4.2)
15,998(1.6)
295,305(29.5)
67,474(6.7)
9,647(1.0)
22,740(2.5)
611,780(68.4)
177,999(19.9)
74,861(8.4)
12,382(1.4)
43,179(3.4)
―
―
389,151(30.7)
12,508(0.9)
24,323(1.9)
タタ
894,047
長城
801,861 754,242(94.1)
19,954(2.5)
7,410(0.9)
22,960(2.9)
―
10,199(1.3)
第一汽車
783,996 770,940(98.3)
5,239(0.7)
428(0.1)
5,329(0.7)
―
6,713(0.9)
富士重工
762,529
16,831(2.2)
234,772(30.8)
55,243(7.2)
461,976(60.6)
6,416(0.8)
中華
576,568 569,949(98.9)
―
286(0.0)
―
2,289(0.4)
福田
560,287 557,820(99.6)
6(0.0)
134(0.0)
―
1,641(0.3)
江准
542,356 514,282(94.8)
奇瑞
526,203 469,390(89.2)
BYD
513,455 506,624(98.7)
Avto Vaz
467,375
全メーカー
―
―
―
81,006,032 21,984,079(27.1)
―
19,855(3.8)
106(0.0)
456,309(97.6)
2,912,217(3.6)
207(0.0)
2,067(0.4)
―
―
15,514,493(19.2)
―
6(0.0)
―
27,761(5.1)
22,353(4.2)
―
―
24,043(4.6)
2,005(0.4)
―
4,826(0.9)
465,375(100)
―
18,091,829(22.6)
18,762,736(23.5)
―
5,582,748(7.0)
(注)括弧内の比率はメーカー毎の地域(国)別構成。アジア・太平洋は中国を除く。
(出所)WARD‘S, World Motor Vehicle Data 2014.
9
1 新興国を含むグローバル市場における自動車メーカーの状況
はじめに、表1を手がかりとして、この間の新興国自動車産業と日
系を含む外資の対応をおさらいしておこう。この表は2013年におけるメ
ーカー別、地域別自動車販売台数を示したものである。メーカー毎に
見てみよう。
・ GMは北米と中国の比率が高いが、アジアの比率が低く、北米比率
はかつてほど大きくない。
・ VW はヨーロッパと中国の比率が高く、アジア、北米比率は低い。
※この2社とも、中国の比率が圧倒的に高い。リスク要因ともなり得
る。
・ 現代は全体的に健闘しているが、圧倒的に強い市場はない(韓国
を除く)。
・フォードは北米、ヨーロッパの比率が高く、アジアは圧倒的に弱い。
・フィアット・クライスラーは北米、ヨーロッパ、南米に偏っている。
・プジョー・シトロエンはヨーロッパに偏っており、南米でやや高い。
10
1 新興国を含むグローバル市場における自動車メーカーの状況
その他、欧米系ではルノー(ヨーロッパと南米、但
しルノー日産でみると異なる)、ダイムラーやBMW(ヨ
ーロッパ、北米比率が高い)がランクインしている。
中国系は、中国の比率が圧倒的に高いが、ボルボ
の関係で吉利の中国依存の低さが目立つ。この構
造はインドのタタと似ている。それ以外では、奇瑞、
長城、JACのグローバル化への取り組みが目立つ。
奇瑞は、南米、ヨーロッパ(ロシア)、長城はヨーロッ
パ(ロシア)、南米、JACは南米が目立つ。このように
中国やインド系メーカーは、欧米メーカーを買収した
吉利、タタを除き、南米とロシアへの進出が中心であ
る。これに対し、Avto Vazは、圧倒的に国内市場を中
11
1 新興国を含むグローバル市場における自動車メーカーの状況
以上の外国メーカーに対して、日系はどのような状況であ
ろうか?
・トヨタはアジアと北米の比率が高い。しかし、他の地域では
存在感を十分に示していない。
・日産は北米が最も高いが、中国、ロシアでも高い。また、マ
ツダと並んで、ヨーロッパでは健闘している。しかし、日本を
含むアジアでは比率が低い。
・ホンダは、北米依存が強く、アジアも高い比率であるが、ヨ
ーロッパが弱い。
・スズキはインドを含めたアジアに圧倒的に依存している。
・富士重工は圧倒的に北米依存である。
・三菱は、アジアの比率が高いが、北米が低い。しかし、ロシ
ア、南米は相対的に高い。
12
1 新興国を含むグローバル市場における自動車メーカーの状況
このように日系、欧米系、中国、インド、ロシアメ
ーカーをみた結果、次のことがいえる。日系は、中
国を除くアジア(日本を含む)において、全体的に
は高い割合を占めている(但し日産は現代よりも
比率が低い)。また、北米においては、アメリカビッ
グスリーを除き、高い比率である。しかし、欧州で
は、アメリカビッグスリーや現代の後塵を拝してい
る。さらに、中国、ロシア、南米においては、比率は
低い。要するに、日系メーカーにとっては、今後の
最大の課題は、新興国における展開が重要である
ということになろう。それゆえ、新興国それぞれの
市場特性、自動車産業の構造に応じたきめ細かい
戦略を構築することが望まれる。
13
2 新興国自動車市場の多様性
以上のように、世界の各地域、各国の自動車市場は異
なった特性を有し、それぞれの新興国には多様な市場が
存在している。アメリカ市場、欧州市場(もっとも欧州は歴
史的、文化的に多様な国で構成されており、それぞれの
国毎に異なった市場特性があるが)、日本市場にはそれ
ぞれの市場特性がある。昔から、タイではピックアップが
売れ、マレーシアでは乗用車比率が高いなどといわれて
いたように、新興国それぞれに異なった市場特性があり、
しかも、歴史の流れとともに市場特性は変化する。それゆ
え、先進国メーカーにとって、そうした新興国市場全ての
市場特性を組み込んだ製品投入は不可能であろう。しか
し、VW、GM、現代と比較したときに(特に中国)、これまで
日系メーカーは新興国市場におけるユーザーのニーズ・
テイストを本格的に組み込んだ製品投入の努力を怠って
14
2 新興国自動車市場の多様性
それゆえ、既に日系車が優位な体制を築いている地域を
含めて、日系メーカーがシェアを維持し、向上させるために
は、徹底した現地ユーザーのニーズやテイストの研究と製
品への反映が望まれるといえよう。もちろん、長期的には新
興国の消費者の所得水準は上昇し、先進国と同じような性
能、品質のクルマを買うようになるのであるから、日系メーカ
ーは現状の戦略をそのまま続けていけばよいという見解も
ある。また、メーカーによっては、特定のセグメントにおいて
一定のシェアを獲得し、利益をしっかりと上げればそれで良
いと判断することも合理的でありうる。しかし、全体として、特
にボリュームの確保とフルライン化を指向する日系メーカー
にとっては、新興国市場におけるシェアの低さの原因を冷静
に分析し、戦略再構築することが望ましいといえよう。この点
を以下ロシアを中心に見てみよう。
15
表2 ロシアの自動車生産・販売台数
生産台数
販売台数
2005
1,354,504
1,806,625
2006
1,503,469
2,244,840
2007
1,660,120
2,898,032
2008
1,790,301
3,222,346
2009
725,012
1,597,457
2010
1,403,244
2,107,135
2011
1,990,155
2,901,612
2012
2,233,103
3,141,551
2013
2,175,311
2,950,483
(出所)OCIAのHPによる。
(注)単位、台。
16
3 ロシア自動車産業の現況―中国自動車産業と比較して
以上の議論を踏まえて、本報告では新興国のうちロシアに
焦点を当て、中国との比較を若干交えて考察してみよう。近
年のロシアの自動車市場は、1990年代後半には120万台前
後の規模であったが、2004年頃から自動車市場は拡大し、
2005年以降の生産台数と新車登録台数を示した表2にみら
れるように、2008年には新車登録台数は322万台にまでふく
らんだ後、リーマンショックの影響から2009年には大きく縮
小した。しかし、その後回復傾向となり2012年の新車登録台
数は314万台にまで回復を遂げた。
中国の場合は、リーマンショックは沿海部に多少の影響を
及ぼしたが、「汽車下郷」に象徴される政府の政策の結果、
2009年~10年にかけ爆発的に拡大し、現在まで成長を続け
ている。
17
3 ロシア自動車産業の現況―中国自動車産業と比較して
なお、注目されることは、ロシアにおける自動車生産台数
と販売台数に大きな差があることである。要するに、自動車
生産台数に対して、自動車販売台数がかなり大きな比率で
超過しており、つまり輸入車の規模が相当な台数に達してい
ることがわかる。ロシアでは、輸入乗用車にはWTO加盟前
には30%、加盟後には25%の関税が適用されているが、少
なからぬ高所得階層のなかにはその程度の価格差にもか
かわらず輸入車を購入する人々がいるということである。こ
のように輸入車と現地生産車が併存していることがロシア市
場の最大の特徴の一つであることを確認しておこう。
中国の場合は、国内生産台数と販売台数にそれほど大き
な差はない。
18
表3 2014年のロシアにおける主要グループ別乗用車および小型商用車新車販売台数
販売台数
シェア(%)
対前年比(%)
AVTOVAZ-RENAULT-NISSAN
764,245
30.7
AVTOVAZ
387,307
15.5
RENAULT
194,531
7.8
NISSAN
162,010
6.5
INFINITI
8,983
0.4
Datsun
11,414
0.5
VW Group
260,775
10.5
KIA
195,691
7.9
GM Group
189,484
7.6
TOYOTA Group
181,103
7.3
HYUNDAI
179,631
7.2
MITSUBISHI
80,134
3.2
GAZ LCV
69,388
2.8
FORD
65,966
2.6
MERCEDES-BENZ
60,553
2.4
MAZDA
50,716
2
UAZ
49,844
2
PSA PEUGEOT CITROЁN
41,177
1.7
DAEWOO
37,695
1.5
BMW Group
37,254
1.5
SSANGYONG
25,010
1
LIFAN
23,619
0.9
JAGUAR LAND ROVER
22,776
0.9
HONDA Group
21,761
0.9
合計
2,491,404
100
(注)販売台数2万台以上のブランドのみ。
-7
-15.1
-7.4
10.7
3.5
-12.8
-1.2
-26.4
6.2
-0.8
1.8
-15.8
-38.2
21.6
17.5
-3.4
-34.5
-38
-17
-26.6
-14
0.2
-15.5
-10.3
(出所)AEBのHPより(http://europe.autonews.com/assets/PDF/CA97979115.PDF)。
19
3 ロシア自動車産業の現況―中国自動車産業と比較して
ロシア自動車市場の直近の状況は、2014年の主要グル
ープ別乗用車および小型商用車新車販売台数を示した表3
に明らかである。2013年に前年よりやや冷え込んだロシア
自動車市場は、2014年にはマレーシア航空機撃墜事件、ル
ーブル安、原油価格下落の影響を受け、現在は大きく落ち
込んでいる。2014年の累計乗用車および小型商用車新車
販売台数は全体では対前年比10.3%のマイナスとなってい
る。落ち込みが特に目立つのはフォードやGMブランドという
アメリカ勢(大宇ブランドも現在はGMの子会社であるGMコリ
ヤである)であるが、この期間に販売台数が2万台以上を達
成したブランドのうち、日産、トヨタ、マツダの日系3社を除く
他のブランドは、多かれ少なかれ対前年比マイナスか横ば
いとなっている。
中国ではここ数年間日系はシェアを落としているが、ロシ
20
3 ロシア自動車産業の現況―中国自動車産業と比較して
この表3からさらに注目されることは、ロシアの自動車市場
における外資系メーカーの存在が目立つことである。もとも
とロシアにはAvtoVAZ、GAZ、UAZ、Kamaz、Izhmash-Avto、Zil
など民族系メーカーが存在しており、21世紀初頭には民族
系メーカーのシェアは9割を超えていたといわれる。そのな
かで圧倒的なシェアを有していたのがAvtoVAZである。しか
し、輸入車との競争や2002年のフォードによるロシア現地生
産以降、外資系メーカーがロシアにおいて続々と開始した外
資系メーカーの現地生産車との競争で、民族系メーカーの
衰退が続いていった。2014年段階でも依然としてAvtoVAZが
トップシェアを辛うじて保っているものの、同社はルノー・日
産の傘下に入ったことに象徴されるように、民族系メーカー
はそのほとんどが外資に依存することなしに存続が困難な
状態にある。
21
3 ロシア自動車産業の現況―中国自動車産業と比較して
こうして現在のロシアにおける自動車産業は、基本的には
日米欧韓の外資が主導する構造が形成されている。こうし
た外資の参入は、2005年の工業アセンブリ措置および2011
年の改訂された措置(前者は旧工業アセンブリ措置、後者
は新工業アセンブリ措置といわれるが、新工業アセンブリ措
置が成立して以降も両者は併存)によって加速されたもので
ある。ロシア政府の意図としては、この措置を通じて、外資を
呼び込み、外資主導によるロシア自動車産業の近代化達成
を目指したものである。具体的には、旧工業アセンブリ措置
の場合は30%、新工業アセンブリ措置の場合は60%のロー
カルコンテントを義務づけることを通じて、ロシア自動車産業
の裾野産業を発展させ、ロシア自動車産業の強化を狙った
ものといえる。 中国の場合も、1990年代あたりには現地部
品メーカーのレベルは低かった。しかし、少しずつではある
22
3 ロシア自動車産業の現況―中国自動車産業と比較して
しかし、工業アセンブリ措置というこの政策は、外資を呼び
込むことには成功したが、必ずしもロシア自動車産業の強化
にはつながっていない。この工業アセンブリ措置は、この措
置を適用されたメーカーに対して、輸入部品関税率を0%か
ら5%という免除ないし減額するという優遇策と引き替えに、
一定期間後のローカルコンテントの上昇を義務づけるもので
ある。それゆえ、進出当初はSKD生産が可能となり、次の段
階ではCKD生産へと移行することを迫られるが、必ずしも本
格的現地生産への移行にはつながっていかない。
中国では、三大三小政策時代には部品の現地調達比率(
国産化率)の向上とともに、品質の低下がいわれたが、ロシ
アの政策はグローバル水準の品質確保を優先しているよう
に思われる。
23
3 ロシア自動車産業の現況―中国自動車産業と比較して
すなわち、新工業アセンブリ措置の場合ではローカルコ
ンテントは60%を義務づけられるが、その達成は5年以内
であり、エンジン、ギアボックスは生産台数の30%以上も
しくは100万台以上を生産する場合は20万台というのが条
件であり、旧工業アセンブリ措置の場合は生産開始後24
ヵ月までに10%、42ヵ月までに20%、54ヵ月までに30%と
いう猶予期間がある。しかも、この現地調達率の算定式(
新工業アセンブリ措置の場合)は、「現地調達率(%)=1
-(輸入部品の通関時の税関申告額/完成車・組立用部
品の販売額(付加価値税を除く)」となっているが、必ずしも
各社が等しい基準で算定されていないようであり、旧工業
アセンブリ措置の場合はさらに各社毎の算定式が異なる
ようである。さらに、現地調達部品としてカウントされるの
はロシアで調達した部品であり、そのカントリー・オブ・オリ
24
3 ロシア自動車産業の現況―中国自動車産業と比較して
それゆえ、近年、外資系メーカーが続々とロシアに
進出することに伴い、かなりの数の欧米系メガサプラ
イヤーがロシアに進出し、また韓国系、日系の自動
車部品メーカーも一定程度進出を果たしているが、
これらのほとんどはKD生産にとどまっていると推測さ
れる。その理由は、ロシア現地ではQCDを満足させ
るにたるTier2メーカーや素材メーカーを見いだすこと
が困難であるということによる。
中国では現地における部品調達を拡大することに
よってコストダウンを達成することが徹底的に追求さ
れている。ロシアでも、低価格車にはその傾向が強
まることになろう。日産さんは、日系部品メーカーの
25
3 ロシア自動車産業の現況―中国自動車産業と比較して
他方で、その対極に、従来の国営企業体質を残存させているロシア
現地系自動車メーカーの内製または関連企業から供給される部品が
存在している。今回のAvtoVAZへの訪問調査でも、国営企業的体質の
残存している部品生産企業を訪問したが、これらの部品メーカーの場
合はQCD全般にわたる体質強化が必要であろう。ロシア側からも、競
争力のない部品メーカーが潰れても、外資系メーカーによって雇用が
吸収されるのであるから、それでも構わないという見解を聞いたが、ロ
シアの自動車産業を強化するためには、Tier1からTier2以下の競争力
のある部品メーカーの育成が絶対的な条件となろう。そのためには、
単に外資系自動車組立メーカーのみではなく、外資系自動車部品メー
カーのさらなる進出と協力を促す措置をとることがその要件となろう。
その進出ないし協力形態としては、外資系部品メーカーの単独進出、
外資系とロシア系部品メーカーの合弁、外資系部品メーカーによるロ
シア系部品メーカーへの技術供与などがあるが、いずれにしても、ロ
シア自動車部品産業における競争をより一層刺激し、部品メーカーの
活性化を促すことが重要となる。 これらの部品メーカーには、「国営工
26
場」体質が根強い。中国でも1990年代にはその傾向が根強かった。
3 ロシア自動車産業の現況―中国自動車産業と比較して
このような重層的サプライヤーシステムの形成が、ロシ
ア自動車産業の競争力強化には必要不可欠である。か
つて中国でも、国営工場時代には、基本的には国営自動
車工場が自動車部品を内製していた。しかし、1990年代
から21世紀にかけて、進出した外資系自動車部品メーカ
ーと新規参入を含む民族系自動車部品メーカーの競争が
激化するプロセスが進行していった。但し、中国の場合に
は、民族系自動車メーカーが一定程度のシェアを保って
おり、民族系メーカーが徐々に外資に発注を変更している
高度な技術が必要な機能部品を除くと、低コストを武器と
する民族系部品メーカーにも受注の機会は十分にある。
また、外資系自動車メーカーが低価格領域へと参入して
いる近年には、現地調達力向上がその最も有力な手段で
あり、実力のある民族系部品メーカーの発掘をしており、
27
3 ロシア自動車産業の現況―中国自動車産業と比較して
ロシアにおいては、今回の訪問で、一部ではあるが、新規に自動
車部品分野に参入した一定の能力を構築したとみなせる部品メー
カーも訪問することができた。それゆえ、従来の国営企業的体質を
残存させている部品メーカーの改革を強力に推し進めるとともに、
他産業における優良企業の自動車部品分野への参入を促す措置
も必要であろう。その際、以下の韓国の事例が参考になろう。現代・
起亜は、2002年から、従来しばしば賄賂や人間関係を利用して部
品メーカーを選定するということがなされていたことに変わり、「そう
した不正をやめて、『品質』『納期』『技術』と『価格』『経営』の各項目
において、客観的基準を設けて得点化し、その総合点で部品メーカ
ーを選定する購買部の改革から始まった」と(塩地洋「グローバルト
ップ5へと成長した韓国自動車メーカー―『Five Star制度』による品
質改善が原動力に―」、日本自動車工業会「JAMAGAZINE」2010年
8月号)とされるFive Star制度が実施されていき、中小企業庁が認
定するシングルPPM品質認証と合わさって、部品メーカーの実力向
上が図られたことが、現代・起亜のグローバルなシェア向上につな
28
がったのである。
3 ロシア自動車産業の現況―中国自動車産業と比較して
以上のように、ロシアの自動車市場においてはこの間、
民族系メーカーが圧倒的な存在であった段階から外資系
メーカーの参入、シェア拡大という状況への変化が続いて
おり、自動車産業の構造に大きく変貌を遂げている。その
ことは、当然、自動車部品産業における構造にも大きなイ
ンパクトを与えることになる。
現在の状況では、外資系自動車メーカーは、ロシアにお
いてグローバルな品質基準に従って自動車を生産してお
り、ロシアの顧客も、かつてはロシア基準に従った自動車
を購入していたが、ますますグローバル品質の自動車を
好むようになってきている。
中国の場合は、政府が民族系メーカーの生き残りに強い
意思をもっており、外資系メーカーに対する対応にロシア
29
とは違いがある。
3 ロシア自動車産業の現況―事例1 AvtoVAZ
これまでロシア最大の自動車メーカーであったAvtoVAZ
は、サマラ州、トリヤッチに立地している。AvtoVAZは1966
年にイタリアのフィアットの協力に依りヴォルガ自動車工
場が設立され、1970年代初頭に自動車生産を開始して以
降、ソ連・ロシア最大の自動車企業として発展してきた。し
かし、近年は、その停滞ぶりが顕著である。OICAの統計
によると(グローバル生産台数)、AvtoVAZの生産台数は、
2000年代初頭には70万台以上の生産台数であったが、リ
ーマンショック後の2009年には29万4737台へと大きく生産
を縮小させ、それ以降もリーマンショック以前の水準には
回復していない。その理由は、外資系自動車メーカーがロ
シアで現地生産を強化している中でAvtoVAZの製品(主力
製品はLadaブランド)の競争力が失われつつあることによ
るもので、技術力の向上とブランド力の強化なしに同社の
30
表3 AvtoVAZ自動車生産台数推移
1998
600,000
1999
718,000
2000
755,997
2001
786,008
2002
703,040
2003
699,888
2004
717,985
2005
721,492
2006
765,627
2007
735,897
2008
801,563
2009
294,737
2010
545,767
2011
562,347
2012
553,951
2013
507,242
(出所)OICAホームページ。
(注)2001年はAvtovaz-Seazとの表示。
31
3 ロシア自動車産業の現況―事例1 AvtoVAZ
そこで、AvtoVAZは、2008年にAvtoVAZの25%の株式を取得して
いたルノーとの協力関係を深めることにより、競争力の強化を図る
こととした。2012年「5月3日、ロシアの自動車最大手AvtoVAZの主要
株主であるルノー、国営複合企業ロステフノロギー、大手銀ズベル
バンク傘下の投資会社トロイカ・ダイアローグは、AvtoVAZの経営権
をルノー・日産連合に移譲するための合弁会社設立の条件に関し
基本合意に達したことを発表した。この条件によると、ルノーが既に
保有するAvtoVAZ 株式25%の持ち分が、新合弁企業へのルノー・
日産の出資で50%+1株に拡大することになる。うち日産の保有比
率は事実上15%に」達するという。同年12月には、ルノー・日産アラ
イアンスとロシアン・テクノロジ-車は合弁会社を設立してAvtoVAZ
の経営権を獲得するとの発表が成されている。このようにして、
AvtoVAZの再建はルノー・日産アライアンスが引き受けることになっ
た。その舵取りを託されたのがボー・アンダーソン氏である。同氏は
GMで購買担当副社長であったが、GAZの社長を経て、2014年1月
に外国人としてはじめてAvtoVAZの社長に就任し、現在、AvtoVAZ
32
改革を推進中である。
3 ロシア自動車産業の現況―事例1 AvtoVAZ
AvtoVAZはもともとはソ連最大の国営自動車工
場としてスタートした会社であるから、部品調達も
基本的には内製で行っており、全長4500メートル
×1500メートルという巨大な建屋とその周辺の工
場で、多くの部品が作られてきた。今回視察したの
は鋳造工場、プレス工場、最終組立ラインの一部
であったが、詳細は割愛するが、7台の溶解炉(ア
ーク炉と誘導炉)を持つ鋳造工場、29ラインが並ぶ
プレス工場など、規模の大きさには圧倒される感じ
であった。なお、最終組立ラインは1時間45分のタ
クトで動いているが、直行率は60台後半から70台
前半の間にあるということであった。
33
3 ロシア自動車産業の現況―事例1 AvtoVAZ
日産自動車は、サンクトペテルブルクで2009年に
稼働を開始した日産ロシア製造会社(ロシア)でテ
ィアナ、ムラーノ、X-Trailを生産しているが、このトリ
ヤッチのAvtoVAZ工場でも2012年12月からアルメ
ーラの生産を開始しており、2014年7月にはダット
サンブランドの「on-DO」の生産を開始し、2015年に
は 「mi-DO」の生産も開始する予定である。さらに、
セントラをAvtoVAZのIzhevsk工場で生産することが
予定されている。このように、ロシアにおいて日産
はグローバルな「日産パワー88」に歩調を合わせ
た積極的な拡大戦略に乗り出している。
34
3 ロシア自動車産業の現況―事例2 PSA三菱
三菱自動車とフランスPSAは、2008年5月19
日にロシアにおいてプジョー、シトロエン、三
菱ブランドの車両を生産するための合弁事
業に関する基本契約を締結した。車両組立
工場はモスクワ市南西180㎞にあるカルーガ
州となり、2008年6月10日には起工式が実施
され、生産能力年産16万台(後に12万5000
台に訂正)、初期投資額は4億7000万ユーロ
であることが発表された(後に5億5000万ユ
ーロに訂正)。敷地面積は約145ヘクタール
である。
35
3 ロシア自動車産業の現況―事例2 PSA三菱
2010年4月23日には工場の竣工式が行われ、同
月からプジョー308のSKD生産が開始、同年7月に
シトロエンC4、同年10月に三菱アウトランダー、プ
ジョー4007、シトロエンCクロッサーの生産が開始さ
れた。これらの車種の生産はいずれもSKD生産で
あったが、2012年7月からプジョー408がCKD生産
へと移行し、同年11月に三菱の新型SUVアウトラン
ダー導入に伴いCKD生産へと切り替えて以降、順
次、他のPSAの車種もCKD生産への移行が進めら
れていった。2013年には三菱は中型SUVパジェロ
スポーツを導入し、CKD生産を開始している。タクト
は調査時点で1時間に10.2台のスピードであり、従
業員数は2497人である(2014年3月時点)。
36
3 ロシア自動車産業の現況―事例2 PSA三菱
この三菱自動車がPSAとの合弁で設立したPCMA Rus社の出資比
率はPSA70%、三菱自動車30%である。設立時の販売台数は、三
菱のロシア内販売台数が約8万台であり、その半分の4万台を現地
生産すればよいと考えていたが、PSAは8万5000台欲しいと主張し、
能力に比例した出資比率としたという説明であった。この説明はや
や数字的に齟齬があるが、リーマンショック以前の三菱車は、ロシ
ア市場で順調に拡大を続けており、それが現地生産を決定した要
因であることは間違いがないであろう。その後、2009年の縮小を経
て、2012年には8万台規模まで販売は回復しているが、輸入車の
方が圧倒的に多い。2014年に入り、ロシア自動車市況の低迷の影
響を受けて、三菱車も当初は影響がなく、その後のマレーシア航空
機撃墜やルーブル安の影響で苦戦している状況ではあったが、
2014年は前年を大きく上回る3万6000台を生産する予定であるとい
う。しかし、プジョー・シトロエンの方は、かつては7万台売っていた
ものが現代自動車に顧客を奪われ、落ち込み幅が大きく、工場運
営にも支障があるという。
37
表4 三菱自動車ロシア販売台数および生産台数
販売台数
生産台数
―
2003
19,324
2004
37,342
―
2005
57,160
―
2006
69,731
―
2007
107,160
―
2008
96,313
―
2009
38,783
―
2010
55,426
7,491
2011
72,715
15,059
2012
80,368
10,308
2013
81,449
25,319
(出所)三菱自動車「ファクトブック」、「FACT & FIGURES」各年版。
38
3 ロシア自動車産業の現況―事例2 PSA三菱
工場には溶接ラインと最終組立ラインは2本、
PSAと三菱自動車が別々のラインを使用している
が、塗装ラインと検査ラインは1本で、共用してい
るという。工場の管理はPSAのシステムが採用され
ているといい、ITシステムもPSAのシステムであると
いう。しかし、部品調達は両社別々に実施している
ようである。海外からの輸入部品は、三菱はパリに
集めて海運で輸送してくる。SKDでスタートしたとき
には、完成車をフランスに運び、上物と下物をバラ
して部品として送られてきたという。これは三菱の
みではなく、他の各社も共通の方式であるという。
PSAの部品はラトビアから運ばれてくるといい、一
部は中国やアルゼンチンからのものもあるという。
39
3 ロシア自動車産業の現況―事例2 PSA三菱
この部品調達について、三菱自動車は、一般に
2005年に導入された政令166号といわれる旧工業
アセンブリ措置を独自に取得しているが、この
PCMA RusにおいてはPSAが取得した政令166号が
使用されている。独自に取得した政令166はまだ有
効であり、他の工場でそれを使うことも可能である
とのことである。この制度によって、三菱は、通常
ならば自動車組立部品に対して5%~20%の輸入
関税がかかるところを、8年間にわたり部品を関税
ゼロで輸入する権利を得ている。しかし、それには
条件がついていて、本格生産開始から24ヵ月以内
に現地調達率を10%に、42ヵ月以内に20%に、54
ヵ月までに30%に高めることが必要であるという。
40
3 ロシア自動車産業の現況―事例2 PSA三菱
そこで、三菱自動車は本格生産開始から54ヵ月以内に現地調達率
を30%以上に高める必要がある。それが達成できない場合は、未達
成分に対する関税が徴収されることになる。それゆえ、部品現地調達
率を高める努力がなされている。その際、この現地調達率とは、
現調品のKD部品価格に相当する分/部品の日本出し価格の資材費
(しかし、ボルトやサイレンサーなどは分母から除外する)
とのことである。訪問時点では、部品現地調達率は17.6%とのことであ
り、それを向上させるために立てられた計画が実行中であった。
アウトランダーに対する部品現調化計画では、政令166の要求する
現調率を、期限は2017年1月であるが、2015年中に達成するというプ
ロセスが進行中であった。その現調Phaseは6段階からなっている。
41
3 ロシア自動車産業の現況―事例2 PSA三菱
こうした計画に沿って現地調達率を高めつつあるが、ロ
シアの部品メーカーにはTier1レベルのメーカーがほとん
どなく、日系サプライヤーとグローバルサプライヤーから
の調達が中心である。サプライヤー数は調査時点で19社
で日系サプライヤーは旭硝子、カルソニックカンセイ、ミツ
バ、横浜ゴム、三桜工業、矢崎総業を含む7社であると思
われる。グローバルサプライヤーとしては、Magna,
Faurecia, Continental, Gestampの社名がでた。GestampSeverstal-KalugaからはボディパネルでKD部品より安くな
るものを調達する予定で、調査時点で本社に送り検査中
であった。その部品について、Gestamp-Severstal-Kaluga
の工場内でトライ中であった。このように、政令166の期限
が切れる2018年を睨みつつ、リスク回避策としても、現地
調達率を向上させる努力中であるのが三菱自動車の合
42
3 ロシア自動車産業の現況―事例3 トヨタ
トヨタ自動車は2001年7月にモスクワ市に販売マーケテ
ィング会社「ロシアトヨタ有限会社」(以下、TMR)を設立し
ている。TMRは2002年4月に営業を開始し、2004年には
TMR保有の22ディーラーおよび4サービスステーション等
を通じて、カムリ、カローラ、アベンシス、RAV4、ランドクル
ーザー100、レクサスなどを販売し、トヨタ車合計のロシア
販売台数は4万7000台に達した。このような販売の好調さ
を背景として、ロシア現地生産を検討した結果、ロシア政
府、サンクトペテルブルク市との基本合意に達し、2005年
4月26日には、サンクトペテルブルク市に新工場を建設す
るという記者会見が、ロシア経済発展貿易省の大臣、サ
ンクトペテルブルク市長の出席の下、実施された。サンク
トペテルブルクの立地選定は、物流の利便性、市場への
良好なアクセス、豊富な労働人口、政府の前向きな誘致
43
3 ロシア自動車産業の現況―事例3 トヨタ
2005年5月には会社設立、同年6月14日には工場起工
式が実施された。この起工式には、プーチン大統領はじめ
ロシア政府の要人が出席し、実施された。2007年12月21
日にはこのTOYOTA MOTOR MANUFACTURING RUSSIA(以
下、TMMR)で、工場のラインオフ式が開催され、カムリの
生産が開始された。式典終了後にはプーチン大統領が視
察に訪れたという。生産開始時点の総投資額は約50億ル
ーブルであり、敷地面積224ha、生産開始時点の従業員
数は約600名である。このTMMRの生産能力は、生産開
始時点では当面年産2万台程度を生産するとされていた
が、2012年9月に2直化が実施され、現在は5万台である
。従業員数は2014年9月1日現在、1740名(駐在員19名)
である。2014年内にはプレスおよび樹脂成形の工程が追
加されることとなり、2016年に第2モデルを導入する時に、
44
3 ロシア自動車産業の現況―事例3 トヨタ
こうして、当面のところ、トヨタのロシアオペレーションは
無理して台数を取りに行くということをせず、需要に合わ
せて拡大するという傾向が顕著である。この間、ロシア自
動車市況は冷え込んでいるが、昨年のブランド別乗用車・
小型商用車販売台数ランキングを示した前掲表3をみて
みよう。この表に示されているのは輸入車を含めたブラン
ド合計の販売台数であるが、昨年市場全体が冷え込んで
いる中で、日産と並び、トヨタは大きく前年比を上回ってい
る。しかも、トヨタが販売している車種は、他メーカーと比
べて高価格車であることから、ロシアにおけるブランド別
販売売上高はトップであるといわれているように、販売額
ではさらにトヨタの好調さが明らかとなろう。
45
3 ロシア自動車産業の現況―事例3 トヨタ
トヨタのロシア市場における販売車種は、TMMR
で生産されているカムリ、三井物産とソラーズとの
折半出資で設立したSollers-Bussan社のウラジオス
トク新工場で2013年1月に生産開始したランドクル
ーザープラド、および輸入車から構成されている。
ロシアにおけるトヨタブランド販売車種は、現地生
産車種を含めて、86、RAV4、ハイラックスヴィーゴ
、カローラ、プリウス、ランドクルーザー、ランドクル
ーザープラド、カムリ、オーリス、ラクティス、ハイエ
ース、アベンシス、アルファード、ハイランダーの14
車種、レクサスブランド販売車種はRX、GS、IS、CT
、ISC、LS、ISF、LX、ES、GXの10車種に上る。
46
3 ロシア自動車産業の現況―事例3 トヨタ
このように輸入車として多数の車種を導入しながら、トヨタのロシ
ア戦略は、強いオンリーワン志向、低いリピート率、車を資産として
みなす傾向、消費者の「大きさ」へのこだわり、ディーゼル車の存在
感の薄さ、SUV人気の高さ、現地生産の外国車への警戒心などと特
徴付けられている現在のロシア自動車市場の個性を睨みつつ、現
地生産と輸入車との最適な配分を指向しているように見える。既に
SUVのRAV4の現地生産車種としての導入は発表されているが、そ
の後にどの車種を現地生産していくのかについては、ロシア市場動
向の変化を見極めて決定されることになろう。要するに、現在のトヨ
タは、ロシア市場では相対的に利幅の大きい高額な車種を導入し
て、利益を優先するというビジネスモデルを採用しているのであり、
それは現段階のロシア戦略としてはそれなりの整合性を持つと評
価できよう。より台数を稼ぐ可能性のある低価格車は、現在のロシ
アにおける厳しい競争条件や、品質やコストを満足させる現地部品
調達の困難さなどに鑑みると、得策とはいえないという判断が成り
立つといえよう。
47
3 ロシア自動車産業の現況―事例3 トヨタ
現在、TMMRにおける部品の現地調達率は約20%である。PCMA
Rusと同じく、TMMRは政令166による輸入関税減免制度の適用を受
けており、現地調達率を引き上げざるを得ない。既に述べたプレス
および樹脂成形工程の追加はそのための手段であろう。現地調達
部品は、立ち上げ当初はシート、ガラス、バッテリー、タイヤの4品
目に特化したが、現在はシートベルト、ワイヤーハーネス、ドアアー
ムの一部、ケーブル等に拡大している。今後は、ロシアで作った方
が安いものは現調を増やすという方針であるが、なかなかローカル
メーカーでは要求品質を満たすことが困難であるという。日系の系
列サプライヤーのいくつかからは、数年前に、ロシアへの進出を本
気で検討したが、現在の生産台数では利益が出せないので、進出
は断念したとのことであり、現在の規模の小ささがその最大の問題
点であろう。このように、トヨタのロシア現地生産は、デンソーも進出
していない形で実行されていることが他の国と比べて大きな特徴と
なろう。今後、ロシア政府がどこまで部品産業の育成に本腰を入れ
るかどうかは未知数であるが、その時にトヨタのロシア戦略のビジ
48
ネスモデルがどのように変化するかという点は、極めて興味深い。
おわりに
以上みてきたように、アセアンなどを除き、新興国において日系メ
ーカーが苦戦しているが、本報告はロシアを中心に、その自動車産
業・市場の特徴を述べてきた。強調すべきことは、ロシアにはロシア
独特の自動車産業や市場の特質があることであり、新興国一般に
共通する対応策では極めて不十分であり、各市場ごとに即応した
戦略構築の重要性である。リーマンショック後の東日本大震災やリ
コール騒動、タイの洪水などの困難さを経験して、日本自動車企業
も全体として各新興国市場に対する緻密な戦略再構築を果たしつ
つある。その方向は、各新興国における現地のニーズやテイストを
徹底的に研究し、現地のニーズ・テーストを組み込んだ製品投入が
進めることである。その際に、それぞれの新興国におけるボリュー
ムゾーンにどこまで本格的に取り組むかということが、各社の戦略
を異にすることとなろう。これまで新興国戦略としては、いち早く戦
略を転換した日産に対し、トヨタとホンダの転換は2011年とやや遅
れた。既にその方向に向けて、着々と進行しつつあるが、今後はこ
うした転換を徹底するとともに、次世代自動車の開発競争に先行し
49
続けること、モノ造り革新を推進することが必要である。
ご静聴
ありがとう
ございました
50