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音声言語とチンパンジー 小嶋祥三 第36回日本神経心理学会総会 学術集会講演 2012.09.15 音声言語とチンパンジー • 以下のスライドは第36回日本神経心理学会総会 (2012.09.15)における講演で使用したものである • 内容は変わらないが、追加したものや一部変更した ものもある • 紹介したデータの大部分は私が関係したものである が、約10年前までのものが中心になっている • なお、音声ではボノボの研究があるが、その評価は 保留しており、ここではふれないことにする • 内容は神経心理学第29巻2号に掲載予定です チンパンジーの聴覚と音声知覚 音声言語の受容に関わる能力をごく簡単に • チンパンジーの聴覚の基本特性 W字型聴感度、ヒトとサルの間の弁別閾 • チンパンジーの音声知覚 母音、子音の知覚、声道長正規化、範疇的知覚あり 種特異音声の知覚、基音、第1フォルマントに鋭敏 • チンパンジーの音のワーキング・メモリ 急激なdecay、維持が難しい チンパンジーとヒトの聴感度 チンパンジー * ヒト チンパンジーの 聴覚特性は サルに似て W字型 新世界ザルの聴感度 4種の新世界ザル Fay (1988)に基づく W字型 旧世界ザルの聴感度 5種の旧世界ザル Fay (1988)に基づく W字型 ニホンザル、チンパンジー、ヒトの弁別閾 △F (70 dB SPL) 1 kHz 70 dB で 10 Hz の差 △I (1kHz) チンパンジーの弁別閾のデータはこれしかない! 1 kHz 70 dB で 1 dB の差 合成日本語5母音の知覚 反応時間 [i]-[u], [e]-[o] を混同しがち 2頭のチンパンジー (F1を聴いている) ヒト 種特異的音声gruntの知覚 デジタル フィルター で成分除去 原刺激 2頭のチンパンジーの結果 成績がよいほど混同しない 低い周波数成分 (F0, F1, H2) が残っていると ORG刺激との 区別が悪い Auditory working memory 視覚-視覚 聴覚-視覚 維持が難しい 3 異種感覚間マッチング 音を聞いてそれがなんであるか 分るか 聴覚弁別のテスト法 • Go/No Go 法 • Yes/No 法 • A音→反応する(Go) • B音→反応しない(No Go) • A音→a反応 • B音→b反応 • Ex. 反応時間法 • Ex. 位置弁別 a:左、b:右 比較的容易に獲得 発展性がない • 聴覚-視覚マッチング 獲得が極めて難しい a:赤選択、b:緑選択 a:鈴選択、b:ラッパ選択 • 獲得は容易だが、発展性 に乏しい 聴覚-視覚マッチング • 獲得が難しかったので、聴きなれた音とその 音を出す見なれた物体を使用した • それでも容易でなかったが、最終的に獲得 • 一たび獲得されると他の物体に転移した • 音声による個体識別の能力は素晴らしい • すなわち聴覚-視覚マッチングの能力はある • 実験的に能力を引き出すのが難しい • なぜそのようなことが起きるのか? 音の出る物体と実験室 実験で使用した音の出る物体 実際音から録音した音へ移行した 実験室 モニターに物体の映像 聴覚-視覚マッチング 獲得 この前に数年の様々な試みがあった 正反応率 獲得直後の パーフォーマンス 横軸は音の出る物 体のペア 視聴覚(青) 視覚(黄緑) 聴覚(水色) 視聴覚、視覚は成 績がよく、反応時間が 早い 聴覚は成績がやや 悪く、反応時間が異様 に長い 反応時間(秒) マッチングの転移 • 様々な物体の組み合わせで訓練を続けた • 下の図で*は対の両方とも新しい音の出る物体 音声による個体識別 Pan pant hoothoot Pant Panの結果はexclusionによる 声-顔写真のマッチング 100 90 80 % correct 70 60 50 40 30 20 10 0 ai akira gon mari pan pen subjects subjects popo puchi reiko reo Pant hoot アイ アキラ ? これは筆者でも分る ゴン 音声による個体識別 Pan Panの結果はexclusionによる Pant grunt pant grunt 100 90 80 % correct 70 60 50 40 30 20 10 0 ai mari pan pen subjects subjects popo puchi reiko Pant grunt アイ レイコ プチ ? これは分りにくい 答えは次のスライド なぜ、聴覚-視覚マッチング能力が引き出せない • 聴覚-視覚マッチングの能力はあるが、実験 的に能力を引き出すのが難しいのはなぜ? 聴覚は重要性が低く、その可塑性が少ない 異種感覚間の脳内の結合が弱い 聴覚失認的:聞こえても、注意が向かない 失行症的:日常場面ではできても、検査場面では できない Patterson et al. (2007)の意味記憶の総説:taskの 要因 答え-Pant hoot: アイ、Pant grunt: レイコ Patterson et al. (2007) taskの要因が、その 場で何を求められて いるのか、という点に 関わるならば、チンパ ンジーはその理解が 悪い? しかし、視覚では問 題が少ないので、や はり聴覚は苦手? すべての要因が関 係すると思われる Patterson et al. NRNS2007 17 異種感覚マッチング チンパンジーはヒトの言葉を 理解するか チンパンジーの言葉の理解 • 以上の実験では、言語と異なり、音とその対 象(もの)との間の関係は任意でない • そこで、チンパンジーが音とものの任意の関 係を理解できるか検討 • かれらは名前を呼べば来るので、理解してい るはず • いろいろなもので試みたが、名前を含め、結 果は否定的だった • 名前の結果を示す 言葉の理解:名前 正反応率(%) 名前による個体の同定 100 90 80 70 60 50 40 30 20 10 0 写真 視覚 聴覚 名前 自分を含む 含 自分を含まない 不含 被験体を含む、含まない オノマトペの導入 • そこで、実際の音と名称(名詞)の中間に位 置するオノマトペ(擬音語)を導入した • オノマトペはしばしば幼児が名称を獲得する 前段階に獲得される • また、脳機能画像でも実際音と名詞を橋渡し するかのような活性がみられる(PET研究) • 使用した刺激例 鈴の実際音、「スズ(鈴)」、 「チリンチリン」 擬音語 A-V matching to sample in the chimpanzee Sound Name Onomatopoeia yes no ? 約90% 約50% chance 結果は、多少の改善(75%)はみられたが、 実際音のレベルには届かない 100 名詞よりは成績がよいが、不安定で 実際音のレベルには達しない % CORRECT 80 60 40 20 0 名称(名詞) のレベル real onomatop STIMULI PETの実験 sound 実際音 onomatopoeia 擬音語 「チリンチリン」 name 「スズ(鈴)」 この実験では道具や乗り物 などの人工物の音を利用 課題は音が乗りものだったら 反応する pMTG aSTG fMRIの実験:動物の声 擬声語 Hashimoto, T. et al. Neuroimage, 2006 • 動物の鳴き声を利用した オノマトペ:「ホーホケキョ」 実際音:鳴き声 動物名:「ウグイス」 • 課題は鳥か否かの判断 • 結果 実際音:STS, IFG 動物名:STG オノマトペ:STG, STS, IFG なぜ、言語理解能力が引き出せない • オノマトペを利用しても、75%の正答率より上 がることはなかった • 名詞はほぼ50%のチャンスレベルだった • 前の一連の実験よりさらに獲得は困難だった • では、なぜ彼らは名前を呼べば来るのか? • この以前と類似の問いには類似の答えが • ただし、taskの要因は大きいかもしれない • 聴いた音を出すものを見出そうとしている? なぜ、言語理解能力が引き出せない • 「アイ」という音声刺激は他のチンパンジーの 名称だが、被験体はその音を出している人間 を探すことが課題だと思っている? • いずれにせよ、これらの結果はチンパンジー が音声言語を理解することが容易でないこと を示す • また、音声を出している個体を同定すること に優れており、かれらの生活に社会的要因は 特別に重要である 25 チンパンジーの音声とその可塑性 チンパンジーは音声言語を 話すことができるだろうか 音声のレパートリーと音声条件づけ • 母音的音声gruntのレパートリー • Vikiの失敗とこれまでのサルの研究 6年間の訓練で4語 • 既存の声の頻度を変更させることは可能 • 外部刺激の制御下におくことは可能 Go/No Go • とくに音声反応を分化させることが難しい Yes/No A刺激にx音声、B刺激にy音声 • チンパンジーの音声の分化の実験 チンパンジー幼児の母音的音声のレパトリー grunt F1-F2図 grunt 実線:ヒト 破線:チンパンジー チンパンジーの音声分化条件づけ バナナに[a] ミルクに[o] 音声レパートリーと音声条件づけ • チンパンジーの母音的音声のレパートリーは [u], [o], [a]で[i], [e]はないーF2の変化が小さい • かれらの声道は前後方向が短いことが理由 • 音声知覚と整合的-F2に感受性がない • 音声の分化条件づけは前のスライドで示した 結果が得られたのみだった • 電気喉頭を用いるなどしたが、気管が共鳴腔 に含まれ、きれいな音にならなかった 30 チンパンジーの音声とその可塑性 チンパンジーの音声発達 ヒトとチンパンジー乳幼児の音声発達 ヒト乳幼児の5段階の音声発達 発声期 (0-1 mo) QRN 共鳴が不十分な母音的音声 グー期 (2-3 mo) GOO, 音声模倣 チンパンジーと共通 拡張期 (4-6 mo) ヒト的 vocal playの時期, FRN レパートリー、音声の自発性↑ 喃語期 (7-10 mo) CB 標準的な喃語「バーバー」 非重複性喃語期 (11-12 mo) VB「バーブー」 拡張期:音声言語の基盤、喃語期:音声言語への特殊化 Ollerより チンパンジー乳幼児 の非情動的音声 Aの音声は生後24時 間以内にだされた これらの音声は成 体も持っている これらの音声は誘 発される Dの音声では母音的 な音声の前に破裂子 音的な音声がある Eの音声は声帯振動 の周波数変調がみら れる pant staccato grunt Goo期的 QRN syllable FM チンパンジー乳幼児の音声模倣 Goo期的 1 kHz おもちゃのキュッという音3回 チンパンジーの声 チンパンジー乳幼児の音声の特徴 • • • • • 高い周波数成分が弱い QRN 音声のFM性が増してくる 音節性が増してくる 訓練したgruntではかすれ声化 訓練の効果は限定的だが、一生持続 する(後出) チンパンジー乳幼児の音声発達 staccato pant 10週齢 grunt 左:ヒトが育てた 音声の訓練あり 右:チンパンジーが育てた 音声の訓練なし チンパンジー幼幼児の音声発達の特徴 • 誕生直後から、成体がだす一部の音声をだす • 音声の自発性が一貫して少なく、誘発性が高 い • 生後60日前後から誘発性が高まる • 誘発には意識レベル、誘発者への注意が重要 • 事態に慣れると音声の誘発は減少する • チンパンジーはグー期を越えることは難しい 35 チンパンジーの音声とその可塑性 音声の訓練を受けた チンパンジーのその後 音声の訓練を受けた母親Panと子のPal Infant-Mother vocal interaction チンパンジー母子の音声交換 30 25 % 20 IM A/NA MI NA 15 10 5 0 1 2 3 4 5 6 7 8 Block of 4 weeks 9 10 11 IM:子が先行,母が続く,MI:その逆 A:不快な声,NA:不快でない声 チンパンジー母子の音声交換 • 乳児が不快な情動に関連した音声を出し、母親 が穏やかなpant, pant grunt 的音声で応えること が多い。「泣く子と地頭には」? • この音声交換は次第に減少し、母親が幼児をみ ながらpant, pant gruntを出す傾向が増す • 朝の実験前よりも、夕方の就寝前のほうが交換 は多い • 母子が同期して音声をだす傾向は生後一月頃 から増加する 音声訓練を受けた母親のみが 母子間の音声交換の頻度 音声の訓練を受けた母親 のみで母子間の音声交換が みられた Pan Ai Kuroe 40 話し言葉のたどった道 チンパンジーとの共通祖先からの 分岐以後 ラテラリティの視点からの仮説 言語の起源と進化 • 二足歩行の獲得 脳容積の増大を可能にする基盤 • 上肢の移動からの解放 チンパンジーはナックル・ウォーク • 両手使用の増大と左右上肢の機能分化 • 特に右上肢手指の巧緻性の獲得 道具や利き手の問題になるが、チンパンジーも含め、 操作には右手を使用する傾向が報告されている 言語の起源と進化 • 既存の左右半球の機能分化の進展 利き手と同じように、大型類人猿ではヒト的な脳の左右 差(左半球優位)が報告されることがある • ジェスチュアによる伝達 巧緻かつ自由に動く上肢(特に右)はものの操作ととも にジェスチュアによる伝達を発達させた • 声による伝達 恐らく、ジェスチュアと音声の併用を経て、音声中心の 伝達になったと思われる 表情から身振りへ • 表情-閉鎖系 レパートリーは少ない 固定的 伝達は1対1になり勝ち • 身振り-開放系 組み合わせでレパートリー増大 表現可能な情報量が増大 伝達は対多数に 身振りから声へ-音声系の利点 • 短時間に大量の情報を身体のごく一部を 利用して少ないエネルギーで生成 • 速度は比較的早い • 距離、遮蔽物にはある程度、暗闇には非常 に強い • 対象に注意を向ける必要なし ただし • 熟練と高速の継時的処理システムが必要 チンパンジーの聴覚と音声言語の研究 ヘイズ夫妻とViki Pan 京大出版会 45