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February 21st, 2014
安評センター第21回学術講演会
コクヨホール(東京)
HQでリスク評価ができるのか?
中西準子
産総研フェロー・横浜国大名誉教授
今日の内容
1
レギュラトリーサイエンスの質的変化
2
HQで何を判断しているか
3
しきい値なしの場合どうするか?
4
放射線のリスク管理原則
5
新しい動き
2
1.レギュラトリーサイエンスの質的変化
3
レギュラトリーサイエンスの現状
レギュラトリーサイエンスとは、規制の科学であると考えている人
が多いのではないか
規制の科学であってはおかしい
現状は、規制の科学でもなく、規制の手続き論になっている
今回、化学物質のリスク評価や規制との関連で述べるが、薬事の分野
ではレギュラトリーサイエンスは、力を持っていて、規制のお作法に
なっているとの指摘あり(東京大学薬学系大学院 小野俊介准教授)
内山充の提案とその後の変化
1987年に内山充がレギュラトリーサイエンスを提唱したとき
とは、事情と時代が全く異なる。内山自身も、その解釈を広
げていっているように見える。
規制の科学、行政科学というような位置づけがされている
が、内山自身も、最近は、科学技術と人間との調和を図る
科学、調整する(regulate)だと言っている。
「評価科学」と呼んでほしい。個人的には、regulatoryという
言葉がまずかったかもしれない、日本人は、regulatoryとい
うと、直ぐに“上からの規制”と解釈するとも言っている。
この変化の過程では、社会環境の変化、必要とされていた
関係の変化があるだろう
時代の変化
1980年代の状況
有害な食品添加物
新規化学物質
薬害
→有害性評価が弱いという認識。新薬や新規技術に伴うリス
クが制御されていない
→規制の必要性が強く認識された
→レギュラトリーサイエンスとかリスク論の登場
現状
一歩も二歩も進んだが、規制の方法がお作法になっていっ
た(形式的なリスクベネフィット)
化学物質の(リスク)管理の分野では
リスクという言葉が入ってきた
ハザードベース管理は、化審法とEUのRoHs指令などで、
大きな影響があった。それは、今でも続いている。
ハザードベース管理からリスクベース管理へと大きな流れ
ができた(しかし、REACHを見ても、まだ、ハザードベース
の傾向が強い)
リスクベースと言うが、今のリスク評価の方法では、本当
の意味のリスク管理はできない
リスク管理とは、調整の枠組だから(リスクトレードオフは
必然的なものであり、その調整なしにはリスク管理はでき
ない)
2.HQで何を判断しているか
8
HQ法の原理:
「閾値あり」のメカニズムの場合
ハザード比(HQ) =
一日用量
一日許容用量(ADI)
・・・・・・これが、HQ法の原理・・・・・・・
判定:HQ≧ 1 リスクあり
HQ< 1 リスクなし
用量は、暴露量とか摂取量とかよばれることもある
9
中西準子
HQで何を判断しているのだろう?(1)
評価対象のエンドポイントについて、有害影響がでない用量範
囲であることを保証
有害影響が出ない=例えば、1%以下とか10%以下という意味
だが、リスクゼロだと仮定されている。
HQ=1.2というような場合、「リスクがあるからいけない」
HQ=0.1とHQ=0.9はどちらもOK
HQ(A)=1.2とHQ(B)=0.5があったとき、Aが使われていたが、B
に変えるべきである。AとBのどちらが有用かとか、温暖化への
影響がどうであるとかいうことは考慮されない。
HQ<1ならリスクはゼロ。リスクゼロを判断するため
にHQは使われている。
HQ法は、何を判断しているのだろうか(2)?
重い病気を起こす物質の使用を促すことになる
ある物質MとNを二つのendpoint(目がちかちかする、胃
潰瘍)で評価した。
HQ(M;目)=1.5、 HQ(M;胃)=0.1
HQ(N;目)=0、 HQ(N;胃)=0.9
このとき、Mは目がちかちかするという理由で禁止、Nは使
用が許可される。
胃潰瘍の方が危ないと思うが、HQ<1なら、リスクはゼロ
だからOKとなる
リスクゼロを判断するために、HQは用いられている。
HQで何を判断しているか(3)
作業環境基準では、異種の物質によるHQの和を1以下にする
ようにという指示がある。
HQ(A)+HQ(B)+HQ(C)=0.5+0.4+0.6>1はダメ
これは、これまでのHQの定義と矛盾する
HQ(A)=0.5はリスクゼロの筈である。ゼロはいくつ足してもゼロで
はないのか。
機能が同じような物質については、HQの和をとるという考えが
ある。
例1:トリハロメタン
例2:ダイオキシン類
これ自体は、HQの定義から考えて合理的に見える。これも、HQ
の値にゼロ以外の意味があるとしている。
HQ<1でも、リスクはゼロではないという判断基準で
意思決定されている
HQはゼロリスク達成のための手段である
1.建前としての目標は
ハザード評価→ゼロリスク
リスク評価:HQでの評価→ゼロリスク
リスク評価:しきい値なし→禁止→リスクゼロ
2.HQは、ゼロリスクを目標に設計されているように見える
が、判断基準の(3)で示したように、HQで示される結果が、
実はゼロではないという考えに振れる。何故か?
3.しきい値なしのメカニズムを適用する場合(遺伝毒性あ
り)は、禁止することでゼロリスク政策の整合性をとってき
た。HQと目標が一致、互いに補完。
3.しきい値なしの場合にどうするか?
14
無機ヒ素の問題
しきい値なしの場合
ユニットリスク
1μg/kg/日
→10-3のがんリスク
日本人の摂取量
95%タイル値で
1 μg/kg/日
平均値で (大まかに)0.4 μg/kg/日
主たる摂取源は、米と海藻
今までの方針通りならば、日本中の米を使用禁止に
しなければならない
食品安全委員会の判断
食品中の無機ヒ素の健康影響について
~食品中のヒ素に係る食品健康影響評価(案)~
・・・・・・・・・・・・・・2013.11.22・・・・・・・・・・・・・・
食品安全委員会化学物質・汚染物質専門調査会での結論
ヒトではヒ素により染色体異常が誘発(遺伝毒性の関与)
無機ヒ素ばくろによる発がん
ヒ素の直接的なDNAへの影響の有無は
現在得られている知見からは判断できない
知見の不足
発がんばくろ量における閾値の有無について判断できる状況にない
いつまでも判断しない?
ベンゼンの規制(2013年現在)
規制対象
規制(推奨)値
がんのリスク
水道水質基準値(日本)
10 μg/L
生涯 1×10-5
水道水質基準値(米国)
5 μg/L
生涯 5×10-6
大気環境基準値(日本)
3 μg/m3
生涯 1×10-5
大気環境基準値(米国)
日本産業衛生学会作業環境許
容濃度(規制値ではない)
米国産業衛生専門家会議許容
限界値(TWA)(規制値ではない)
最も大きなリスクの一つだが、規
制できない。ガソリン中ベンゼン
の規制が始まったばかり。
40年暴露
3
3,200 μg/m
1×10-3
1,600 μg/m3
40年暴露
17
中西準子(2013)
4.放射線のリスク管理原則は?
18
公衆被ばくの管理基準の提案-ICRP(2007)
緊急被ばく状況
現存被ばく状況(自然要因
や事故の影響を受けて線
量が高い状態)
計画被ばく状況
公衆被ばく
年間線量
(mSv/年)
100~20
年間のがんによる
死亡確率*
(10-3/年)
5.5~1.1
1.1~0.055
20~1
1
0.055
職業被ばくは20mSv/年(50年で考えている)
*厳密には、死亡確率ではない。ICRPが定義したがんのリスク。死亡確率は、
100mSvで5.0×10-3と考えた方がいい。
19
中西準子(2013)
LNT 仮説
しきい値なし直線仮説の模式図
が
ん
に
よ
っ
て
死
亡
す
る
人
の
割
合
仮定
自然発生レベル
100
線量(mSv)
低線量域
20
中西準子(2013)
食品中の放射性物質に係る基準値
2011年12月22日
薬事・食品衛生審議会食品衛生部会
放射性物質対策部会報告書
規格基準値(2012.04.01より有効)
飲料水
乳幼児食品
放射性セシウムの基準値
(Bq/kg)
10
50
牛乳
一般食品
50
100
食品区分
21
中西準子(2012)
コーデックスに従う(厚労省の方針)
1.コーデックスの介入線量レベル 1 mSv/年を採用
2.水道水の 0.1 mSv(WHO)を除いた残りにつて、食品に割り
当てる
3.各国の基準値 (セシウム134、137)
コーデックス
乳児用
一般
1000
1000
米国
EU
日本
乳児用
200
-
-
乳児用
50
牛乳など
200
牛乳
200
牛乳
50
液状
200
飲料水
200
飲料水
10
一般
500
一般
500
一般
100
CODEX GENERAL STANDARD FOR CONTAMINANTS AND TOXINS IN FOOD AND
FEED (CODEX STAN 193-1995)
22
中西準子(2012)
CODEX(193-1955)の記述
この放射線のクライテリアは、約年間 1mSvとなっているが、
これは、多くの必需品、例えば食品などについての個人の
年間許容線量として、ICRPによって推奨されているレベルで
ある(正確に訳すと、介入免除基準である)。
Radiological criterion: The appropriate radiological criterion,
which has been used for comparison with the dose
assessment data below, is a generic intervention exemption
level of around 1 mSv for individual annual dose from
radionuclides in major commodities, e.g. food,
recommended by the International Commission on
Radiological Protection as safe for members of the public
(ICRP, 1999).
23
中西準子(2012)
ICRP(1990)での、
介入線量レベル 1 mSv/年の根拠は何か?
二つの考え方がある
1. 職業暴露と同様に、リスクの容認性から決める方法
2. 自然放射線被ばくの変動に基づく考え方
自然起源の放射線強度は、健康に影響を与えていない。
ラドンの影響を除くとそのレベルは1mSV/年程度である。さら
に、場所による変動も1mSV/年以上ある。この程度の値 1
mSv/年は受け入れられるであろう
24
中西準子(2012)
職業ばくろの線量拘束値の根拠
ICRP(2007)では、職業被ばくに関する線量拘束値として、
年間20ミリシーベルト以下というレベルを出している。がん
のリスクとしては年間約10-3(千分の1)である。この数値は
どこからでてきたか。
ICRP(1990)には、以下の説明がある。「1977年委員会は、
職業上の年致死確率10-3を線量限度の基準となるリスクと
して採用できるかもしれないと考えた。これは、放射線と係
わりのない“安全”な職種においては、平均の年致死率は
作業者百万人あたり100人(10-4)であり、その中の高リスク
の亜集団では平均の10倍のリスクに曝されるという仮定に
基づいてのことであった。」
何故10-5か?
1億人(108)×R÷100=1人/年
R 個人の生涯リスク
R=10-6/lifespan(10-4~10-6)
受容リスクの個人の最大生涯リスク(MIR)
1
10-1
1 Cancer Case Per Year
個
-2
人 10
リ
ス 10-3
ク
MIR = 10-4
10-4
10-5
MIR = 10-6
10-6
1
影響を受ける人口
101 102 103 104 105 106 107
27
中西準子
Travisのまとめ
132種の発がん性化学物質の規制において、公衆に対す
る生涯死亡確率がおよそ 4×10-3以上のすべての物質は
費用に関係なく規制されている(Line A)
規制されないリスクの限界は、Line Bである
この二つの直線の間のリスクが、規制されるか否かは、コ
ストなどの他の要因で決まる
この二つの線の間でも、救済される人命当たりの規制費
用が 2 百万米ドル以上の物質は 一つの例外を除いて規
制されていなかった
28
中西準子(2012)
規制しなかった理由(EPAの文書)
1.個人のリスクが 3×10-3と 1×10-3の場合:個人のリスクは
大きいが、全体のリスクは小さい(喫煙や食事と比べて)
(費用と比べて)(公衆リスク 0.06, 0.07, 0.1, 6)
2.公衆のりスクは小さい(0.07)
3.公衆に与える影響は規制するほど大きくはない
4.米国での集団リスク( 1 case/年)は規制するほどではない
29
中西準子(2012)
5.新しい動き
30
環境リスク学へ
二つのいい目的がぶつかってしまう
どうしたらいいか?
どちらが重要かを知るためにも、影響の大きさ(リスク)を
定量的に評価しなればならない
異種のリスクを、共通の尺度で評価しなければならない
その評価方法を開発したい
評価結果の使い方を示したい
31
中西準子(2013)
我々が直面している問題
◆
地球温暖化と原子力
◆
農薬と耕地の開発
◆
水道水の消毒による発がん性物質と感染症
◆
発電所の温排水のリスクと発電をやめた時のリスク
◆
ダムの生態系リスクと洪水等のリスク
◆
化学物質の毒性をどこまで規制すべきか
◆
開発による影響をどこまで規制すべきか
◆
二酸化炭素排出削減にどこまで費用をかけるべきか
32
中西準子
我々にとって、一番大きな使命は、異種のリスクの大小
を比較できる評価尺度の開発であった
そうでなければリスク管理はできない
化学物質 A(発がん性)
の使用
発がん
リスク
化学物質 B(神経毒)
の使用
中枢神経障害
のリスク
33
中西準子
シロアリ防除剤
Cl
クロルデン
Cl
Cl
Cl
CCl2
Cl
Cl
クロルピリフォス
C2H5O
C2H5O
N
P O
S
Cl
Cl
Cl
34
中西準子
HQを確率に直す
ポイントは、個人個人には閾値のある病気でも、集
団には閾値の分布があり、閾値はなくなる
シロアリ防除剤によるリスクの10-5の
発がんリスクに対する比
比
0.1
1
10
100
1000
非処理家屋住人
処理家屋住人
防除作業者
クロルデン
クロルピリフォス
発がん物質は即禁止になるが、
禁止によってリスクが増加することもある
蒲生昌志・岡 敏弘・中西
36
米国でリスク比較が行われている対象
1.直線近似のできる発がん性物質
2.病気
3.感染症
4. 死亡率のでる事象(交通事故、職業に関する事
故や病気)
5.疫学での環境影響
最近の異なる二つの動き
1.Science and Decision (NRC, 2009)
できるだけ、確率評価にして、比較ができるようにしよう
個人の閾値はあるが、集団では必ずしも存在しない
バックグラウンドがあり、閾値が現実的に意味を持たない
2.Discussion in JECFA
確率表記は、理解されにくい。むしろ、MOEで表現し、何が問
題かを知らせよう
MOE=Exposure/RfD (不確実性係数は含まない)
JECFA: FAO/WHO合同食品添加物専門家会議「FAO/WHO Joint Expert
Committee on Food Additives (JECFA)」
用量反応関係を決める新しい統一的プロセス
データの収集
エンドポイントの同定
MOA評価
感受性の高い集
団の評価
バックグラウンド
ばくろ量の評価
・内因性の寄
与にも注意
概念モデルの選択
・線形かなど
用量反応関係モデルの選択
・概念モデル、・データ依存、・管理の立場
用量反応モデル
39
LNTモデルの新しい説明図
response
疫学調査から検討さ
れる用量反応関係
LNTの妥当性が一定
程度示された部分
LNTの妥当性が
不明な部分
slope = α
a
BG
BGによる被
ばくがある
D
dose (mSv)
100
BG: バックグラウンド値(ここでは累積量)
40
蒲生昌志・中西準子
MOE アプローチ(ILSI,JECFA)
MOE =
BMDL10
Exposure
MOE:Margin of Exposure(ばくろマージン)
BMDL:ベンチマークドース信頼下限値
BMDL10:反応率が10%のばくろ量
MOEの値が大きけれ
ば、より安全と考える
HQの逆数のような関係だが、思想的には相当異なる。
①UFが含まれていない、②つまり、動物試験の結果のままである。
③UFの決め方が、有害性評価者の手から離れる、④リスクの大きさ
についての判断基準が入らない(必ずしもゼロリスクとはならない)、
連続的になる。⑤恣意的になる面も。
遺伝毒性のある発がん性物質のMOE*
食品に含まれる
物質
BMDL10
(mg/kgbw/d)
ばくろ量
(mg/kgbw/d)
アクリルアミド(乳
がん)
0.16
0.001
40~200
250~50
アフラトキシンB1
0.00025
0.0000004
600~100
17~100
7.9
0.01
800
1.0
0.001
300~1,000
フラン
1.28
0.0003
4,000
BAP in PAHs
0.12
0.000008
20,000
エチルカーバメイト
0.25
0.000015
20,000
PhIP-前立腺
0.48
0.00006
80,000
PHIP-乳がん
0.74
0.000006
100,000
メチルオイゲノール
アクリルアミド(精
巣周囲の中皮腫)
MOE=BMD/ばくろ量
MOE (BMDL10 生涯発がんリス
と平均ばくろ量 ク(10-5)中西に
を基準)
よる計算
10~33
(一部省略)
*Benford (2010), ILSI(2010) 42
他のリスクと比較できる形に進化するのが
歴史の必然だと思う
では、HQはどうすればいいか
endpointの重み付けが必要
HQの値の大きさを評価に反映
ハザードの段階で禁止する、やめるというのを
やめる
より詳細な解析による異議申し立てを認める
ご清聴感謝します