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ネットワーク上の不正行為と 処罰の限界 ー ウィルスの作成・配布を例とした 構築主義的アプローチ - 近藤 佐保子 南雲 浩二 1 All Rights Reserved, Copyright© 2002, S.Kondo&K.Nagumo. はじめに(問題の所在) 社会状況の変化と法制度のタイムラグ 法制度が予期できなかった犯罪類型は欠落 ex.ウィルスの作成・配布自体 刑法の構成要件に掲げられていない 現行刑法上の構成要件に該当する範囲で処罰 • • 電子計算機損壊等業務妨害(刑法第234条の2) 公用文書等毀棄(第258条)/私用文書等毀棄(第259条) • 社会通念にあった当罰性判断が可能 • 刑法解釈上の問題点 All Rights Reserved, Copyright© 2002, S.Kondo&K.Nagumo. 2 刑法解釈論上の問題点 - 犯罪の成立要件と故意 - 犯罪の成立: 三段階 構成要件該当性 違法性 × × 有責性 犯罪 × × 犯罪がリストアップ 犯罪とそうでないものの振り分け =人権保障 故意 過失 殺人罪 過失致死 正当防衛・緊急避難など ウイルス作成・配布に 文書毀棄・業務妨害の故意? 子供や精神病者など (責任能力) 故意の認定は 可能か? 3 All Rights Reserved, Copyright© 2002, S.Kondo&K.Nagumo. 故意を認定する技術と方針 法の制定時に構成要件にない行為類型 →既存の構成要件の故意を認定 ★一定の刑法解釈上の技術・方針が必要 錯 誤: 事実の錯誤→抽象的符号説の採用 禁止の錯誤 不確定的故意:概括的故意(どの対象に発生するか) 未必の故意 (確実に発生するか) 故意を広く認定 •認識と異なった客体に結果が発生した場合 •具体的客体・客体の個数の不確実な場合 •結果発生の表象が不確実な場合 ★構築主義の採用(刑法解釈上の技術での限界) All Rights Reserved, Copyright© 2002, S.Kondo&K.Nagumo. 4 刑法における錯誤の概要 錯誤:行為者の主観的認識と客観的に生じた事実の不一致 錯誤 事実の錯誤 (構成要件の錯誤) 客体の錯誤 (人違い) 法律の錯誤 (違法性の錯誤 禁止の錯誤) 打撃の錯誤 (方法の錯誤) 5 All Rights Reserved, Copyright© 2002, S.Kondo&K.Nagumo. Aを殺害したつもりがBであった (人違い) =A ↓ B 客体の錯誤 6 All Rights Reserved, Copyright© 2002, S.Kondo&K.Nagumo. 刑法における錯誤の概要 錯誤:行為者の主観的認識と客観的に生じた事実の不一致 錯誤 事実の錯誤 (構成要件の錯誤) 客体の錯誤 (人違い) 法律の錯誤 (違法性の錯誤 禁止の錯誤) 打撃の錯誤 (方法の錯誤) 同一構成要件内の錯誤 異なった構成要件にまたがる錯誤 7 All Rights Reserved, Copyright© 2002, S.Kondo&K.Nagumo. Aを狙って撃ったがBに当たった (撃ち損ない) =A A B 打撃の錯誤 (同一構成要件内) 8 All Rights Reserved, Copyright© 2002, S.Kondo&K.Nagumo. Aを狙って撃ったが愛犬に当たった (撃ち損ない) =A A 打撃の錯誤 愛犬 (異なった構成要件) 9 All Rights Reserved, Copyright© 2002, S.Kondo&K.Nagumo. 打撃の錯誤に関する学説 • 具体的符号説 – 認識と事実が具体的に一致していなければ故意を 認めない • 法定的符号説 – 認識と事実が構成要件の範囲で一致していれば 故意を認める • 抽象的符号説 – 認識と事実が異なった構成要件にまたがってしまっ ても、軽い方の罪の限度で故意を認める 10 All Rights Reserved, Copyright© 2002, S.Kondo&K.Nagumo. 打撃の錯誤(同一構成要件内) =A A B 具体的符号説:Aに対する殺人未遂 Bに対する過失致死 法定的符号説:Bに対する殺人既遂一罪 11 All Rights Reserved, Copyright© 2002, S.Kondo&K.Nagumo. 打撃の錯誤(異なった構成要 件) =A A 具体的符号説 法定的符号説 愛犬 Aに対する殺人未遂 抽象的符号説:器物損壊既遂一罪 12 All Rights Reserved, Copyright© 2002, S.Kondo&K.Nagumo. 事実の錯誤とウィルスの作成・配布 ウイルスの作成・配布者: 動作の熟知、漠然とした損害の予測 業務妨害や電磁的記録毀棄の具体的対象の認識は例外 実際にどこにどれだけの被害が発生するか 行為の時点では構成要件が特定不可能 発生した結果に該当する構成要件的故意を認める 抽象的符号説が有効 •構成要件の枠組みを超えた法益侵害の故意の同質化 (量の大小への還元) •行為時の認識と異なった結果発生の場合の故意認定の範囲 の可能性を拡大 13 All Rights Reserved, Copyright© 2002, S.Kondo&K.Nagumo. 概括的故意 具体的な被害の対象と数を認識していない、知り得ない 刑法上の故意 = 通常は確定的故意 漠然とした認識だけでは確定的故意は認められない。 不確定的故意 •概括的故意 •未必の故意 •結果の発生は確定的 •個数や具体的客体に関して は不確実 ex.満員のコンサート会場に 爆弾を投げ込む行為 •ウイルスの作成配布 概括的故意の適用により行為者の故意の認定が可能 14 All Rights Reserved, Copyright© 2002, S.Kondo&K.Nagumo. 未必の故意 不確定的故意 •概括的故意 •未必の故意 •結果の発生自体が不確実 •発生する蓋然性を認識・認容 した場合 「結果は発生するかもしれないが、 発生してもよい。」 ウイルス作成配布者は被害を確実には認識していない (業務妨害や文書毀棄の結果発生を確実には表象していない) しかし •「確実ではないが結果は発生するかもしれない」と認識 •「発生してもよい」と認容 未必の故意により処理が可能 All Rights Reserved, Copyright© 2002, S.Kondo&K.Nagumo. 15 事実の錯誤と概括的故意による 解決の問題点 - 故意をプリミティブな実在とする立場から - 事実の錯誤・不確定的故意の応用 既存の構成要件的故意の認定は一定範囲で可能 問題点: 1. 結果発生についての認識が確実な概括的故意と不確実な未 必の故意の両立が困難。 2. 概括的故意や未必の故意の錯誤を想定しにくい。 3. 仮に「概括的・未必の故意の錯誤」といった場合を想定しても、 網羅し切れないケースが存在。 4. 錯誤における抽象的符号説が罪刑法定主義からの批判も多く 16 通説判例の立場を得ていない。 All Rights Reserved, Copyright© 2002, S.Kondo&K.Nagumo. 禁止の錯誤による処理 禁止の錯誤(自己の行為の法的評価に対する誤信) 通説判例は法の不知の場合であっても故意の存在を肯定 行 為 者 の 考 え ( 誤 信 ) •不特定多数のネットワークにダメージを与えるかもしれない •特定の企業に対する業務妨害や、特定の公文書の毀棄を 狙ったものではない したがって 業務妨害や公文書毀棄にはあたらないので 現行法上、許されている 自己の行為が許されていると誤信=禁止の錯誤 当該構成要件によって処罰される 17 All Rights Reserved, Copyright© 2002, S.Kondo&K.Nagumo. 禁止の錯誤による処理の問題点 刑法上の類推禁止との関係 構成要件的故意→具体的な結果の実現に向けられている {典型的な業務妨害や文書の毀棄} 一定の企業の業務を意図的に妨害 特定の公文書や私文書を意図的に毀棄 {ウィルスの作成配布} 漠然と不特定多数のネットワークやコンピュータシステム に対して損害を与えることを認識・認容 「業務妨害」「文書毀棄」といった概念の「可能な語義」の 範囲と捉えられてよいのか? 解釈学上の技術の限界 18 → ★構築主義的アプローチの有効性 All Rights Reserved, Copyright© 2002, S.Kondo&K.Nagumo. 構築主義の定義と特徴 構築主義(Constructivism) • 社会心理学の分野で登場・発展 • 世界を理解するときの理解の仕方・自明とされる知識に 対して批判的スタンスをとることを求める • 実証主義・経験主義の見方を疑う • 区分・カテゴリーは実在のものではない ex. 男性・女性, クラシック・ポップス • 概念は歴史的・文化的に相対的なもの(時代の所産) (その時代の支配的な社会的・経済的制度に依拠する) 世界の理解の仕方は人々が互いに協力して構築 =人々の相互作用の所産 19 All Rights Reserved, Copyright© 2002, S.Kondo&K.Nagumo. 構築主義とデフォルト推論 デフォルト推論 • • • • 典型的な規定値(デフォルト値)によって暫定的結果を 導出する推論形式 日常生活は古典論理学的な確実性の論理に依拠しない 「一応」の推論に依拠して現実に即したものになっている 「完全な知識」「例外」ゆえの推論の中断を回避 典型的なケースを想定し暫定的な結論を導き出す 結論は暫定的で、常に正しいものとは限らない 新たな状況が得られたときに結果を修正する デフォルト値とは異なった事実の判明 •先の暫定的結論は反駁 •規定値から得られた仮説自体の取り下げ All Rights Reserved, Copyright© 2002, S.Kondo&K.Nagumo. 20 刑事裁判とデフォルト推論 事例: Bの車が追い越し禁止区域でAの車を追い越した際に 接触事故が発生してAが負傷 道路交通法違反が存在する場合 Bには過失があるという規則が定立 Bには業務上過失致死傷罪の 過失があったと推定 デフォルト推論 新しい事実が判明 •Bは接触事故を回避するために適切な措置を講じた •Aが追い越されまいと、自分の車のスピードを上げた •Bの車に嫌がらせに幅寄せした 接触事故は起きなかったであろう 仮説の取り下げ 過失の否定 21 All Rights Reserved, Copyright© 2002, S.Kondo&K.Nagumo. スクリプトによる事実認定 スクリプト 日常的な経験に基づいて獲得され、一定のコンテクストを 背景に展開される物語的知識の枠組み (刑事裁判の事実認定では重要な機能) • 一定の状況に置かれた者は構造化されたシナリオの中 で「それらしく」振舞っている • 見る側もそのシナリオに依拠して他者の行動を理解する ex.詐欺師は詐欺師らしく被害者は被害者らしく振舞う 見る側もその振る舞いから詐欺師・被害者と理解する •スクリプトは標準的・プロトタイプ的事例を出発点とする - 標準的・典型的事例に沿って一応書き上げた「草稿」 •可変的・ダイナミックであり固定的ではない - 具体的状況の新たな入力により書き換えていく 22 All Rights Reserved, Copyright© 2002, S.Kondo&K.Nagumo. 刑事裁判におけるスクリプト 典型例 -デフォルト値の入力- 事例 多額の債務を抱えた甲が、たびたび自己に借金 の返済を迫りに来る債権者Aを、ある日、取り立 てに来た折りに、用意しておいた包丁でめった刺 しにして死亡させた。 甲の殺意を認める事情 • • • • • 甲が多額の債務をAに対して負っていた Aの強行で執拗な取り立てから逃れたいと思っていた またAに憎悪の念を抱いていた 犯行直前に包丁を購入した 包丁でめった刺しにした 23 All Rights Reserved, Copyright© 2002, S.Kondo&K.Nagumo. デフォルト値の入力による故意の認定 甲の殺意を認める多くの事情 社会的コンベンションに照らして甲の行為に 殺意を帰属させることが相当 (甲が殺意がなかったと主張した場合も含 む) 行為者の殺意の認定 • 行為者の内心に心的実態が実在したかではない • 物語の中に殺意がいかに整合的に組み込まれるか • 殺意が相互主観的に構築され得るかの検討 24 All Rights Reserved, Copyright© 2002, S.Kondo&K.Nagumo. 刑事裁判におけるスクリプト 非典型的事例 -スクリプトの書き換え- 事例(陽の当たる場所) 貧しい境遇から身を興し、富豪の娘との結婚話 がもちあがった主人公は、それまで交際していた 恋人の存在が邪魔になり、殺害を企てる。 恋人を湖に突き落として溺死させようと考えた 主人公は、恋人をボートに乗せ、沖に向けて漕ぎ 出すが、別れ話を切り出されることを察知した恋 人は、激昂してボートから立ち上がり、そのはず みでボートは転覆し、恋人は溺死する。 25 All Rights Reserved, Copyright© 2002, S.Kondo&K.Nagumo. スクリプトの書き換えによる故意の否定 恋人同士である男女がボートに乗 って漕ぎ出したところ、女性(乙)が ボートから転落して死亡した • 男性(甲)には富豪の娘との 結婚話が持ち上がっていた • 乙の存在が邪魔になっていた 逆上した乙が立ち上がったため、 ボートが転覆して乙は水中に転落 甲が突き落としたのではない 不幸な事故 甲には殺意が存在 恐らく甲は乙を突き 落とした 殺人の構成要件 的故意は否定 26 All Rights Reserved, Copyright© 2002, S.Kondo&K.Nagumo. 構築主義的故意の認定 殺意 • • • • 殺意という心的実体が実在していたからではない 殺意も他の諸々の事情から切り離しては捉えられない 行為がいかなるコンテクストのもとで遂行されたかに依拠 故意も相互主観的に共有されたスキーマに従って構築さ れるコンヴェンショナルな事実 (スキーマ:蓄積された知識の枠組み) - 行為者本人にとって - • • • • • スキーマに基づき意味的統一体として自らの故意を把握 自己の内観による判断ではない 自己の判断が他者の判断よりも優越するとは言い難い 行為者本人が自らの内心状態を同定することは困難 本人のみが特権的にアクセスできるかは極めて疑わしい 27 All Rights Reserved, Copyright© 2002, S.Kondo&K.Nagumo. ウィルス作成者のプロファイル 典型的なウィルス作成者の人物像がない → 一つのパターンへのカテゴライズは不可能 幾つかのタイプの存在: (1) 暇つぶしや自分の楽しみのため (2) 自分の名声のため (3) 高度な技術を持つウィルスライター (4) 破壊的なウィルス作成者 (5) 趣味として作るタイプ (6) ウィルス・コレクター 28 All Rights Reserved, Copyright© 2002, S.Kondo&K.Nagumo. ウィルス作成者たちの目的 一次的な意図がシステムの破壊とは限らない 具体例: (a) 自己宣伝がしたい (b) 世の中の人間関係を壊したい (c) 職を探したい (d) 自己のウィルスの著作権が主張したい (e) ウィルス対策ソフトの落とし穴をつきたい ユーザの意識の甘さをつきたい (f) PC代金などネット通販の支払いを逃れたい 29 All Rights Reserved, Copyright© 2002, S.Kondo&K.Nagumo. ウィルスの作成・配布と構築主義 ネットワークにウィルスを配布する行為 cf. 多数の人が集合している場に爆弾を投げ込む行為 ネットワーク上のいかなるファイルが毀損され、 接続しているいかなる企業の営業が妨害されようとも 不自然ではない行為 = コンヴェンショナルな判断 業務妨害者あるいは文書毀棄犯のように振る舞っている デフォルト値によるスクリプトの処理 発生した業務妨害や文書毀棄についての故意が、 コンヴェンショナルな事実として行為に帰属 非典型的な具体的事情の付加 → スクリプトの書き換えによる故意の否定 All Rights Reserved, Copyright© 2002, S.Kondo&K.Nagumo. 30 新しいネットワーク犯罪と構築主義 ネットワークの発達 → ウィルスの問題だけではない 犯罪構成要件に列挙されていない新しい不正行為の結果 他のすでにリストアップされている構成要件的結果に該当 次々に新しい態様が出現 構築主義的アプローチ: 既存の構成要件の故意を適切に認定する可能性を開く 構成要件的故意を内的実在と捉える立場: 「たまたま該当した構成要件的結果の故意」の認定は困難 構築主義: 観察者にも行為者本人にも行動は心身の統一体と把握 リストに挙げられた一定の構成要件的故意の帰属 → 可能 31 All Rights Reserved, Copyright© 2002, S.Kondo&K.Nagumo. 構築主義の問題点(1) 人の内心にいたるまですべてを構築 – 殺意の作成・殺人の作成/歴史・過去の作成 – 構築されざるものは? 刑法上の類推禁止の問題に抵触? – 犯罪の成立範囲の拡張・不明確化 – 構成要件の限界付け機能の形骸化 ex.ウィルスを作成・配布する意図をコンベンショナル に業務妨害や文書毀棄の意図と評価 ★業務妨害や文書毀棄の可能な語義の範囲か? •既存の構成要件の故意の可能な語義の範囲か •態様ごとの慎重な吟味が必要 All Rights Reserved, Copyright© 2002, S.Kondo&K.Nagumo. 32 構築主義の問題点(2) 構築主義は権力的・支配的・抑圧的 刑事裁判における事実認定にも、権力・支配の 要素が不可避的に混入する危険 ・現実の刑事裁判が構築主義的であるがゆえに起 きている現状 構築主義は両刃の剣 •当罰的なものを当罰的と評価できる便利な道具 •権力・支配と結びつきやすい 33 All Rights Reserved, Copyright© 2002, S.Kondo&K.Nagumo. まとめ •ウィルスの作成・配布は全法システム的に当罰的 •社会の現実とのタイムラグによる構成要件からの漏れ •立法化されるまでは既存の構成要件の範囲内で処理 •刑法解釈論上の技術とその限界 •構築主義的な故意の認定の有効性 現状の処罰を無制限に正当化するのではない •構築主義という新しい理論上の判断基準の導入 •現行法システムのなかで処罰できるものとできない ものとの分水嶺を明確化 故意の構築主義的認定 すべての新しい態様の不正行為が出現するたびに、 現行法上の構成要件的故意の認定を可能にし、 当罰的であるという正当な評価を裏づける 34 All Rights Reserved, Copyright© 2002, S.Kondo&K.Nagumo.