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生物学
第6回 遺伝子はDNAという分子だった
和田 勝
遺伝子とDNA
これまではメンデルの要素と遺伝子
あるいはDNAを、あまり厳密に区別
をせずに使ってきました。また遺伝
子が染色体に載っているとも言って
きました。これは一体どういうことな
のでしょうか?
いよいよその謎解きに入ります。
遺伝子と染色体
減数分裂時の染色体の動きから、
染色体と遺伝子の関係が明確にな
った、お話をしました。
染色体上に遺伝子が並んでいる?
遺伝子と染色体
モーガンが、ショウジョウバエ
を実験材料に使って、実験を
開始します。
左が野生型、右が白眼
の突然変異体(伴性遺
伝)
ショウジョウバエは一
世代が短く、突然変異
体を比較的容易に作り
出すことができたから
です。
遺伝子と染色体
前のスライドの図は、白眼の突然変
異体ですが、ここでは二遺伝子雑種
の研究についてお話します。
体色が黒い突然変異体(b)と痕跡翅
(vg)となる突然変異体が得られまし
た。いずれも劣性です。体色の野生
型をb+とし、痕跡翅の野生型をvg+と
あらわすことにします。
モーガンの実験
メンデルの二遺伝子雑種と同じ実験
(優性ホモの個体と劣性ホモの個体
を掛け合わせ)をおこないました。
雑種第一代は、すべて優性の形質が
あらわれました。
ところが、雑種第二代では、2つの形
質の組み合わせが9:3:3:1になり
ませんでした。
二つの形質の場合(第4回)
これまでは一つの形質に注目してき
ましたが、二つの形質の雑種の場合
はどうなるでしょうか。花の色に加え
て種子の形をRとします。
FFRR x ffrrとすれば、
雑種第一代はすべて、FfRrとなりま
す。
雑種第二代は(第4回)
FfRr x FfRrで、FR、Fr、fR、frと
いう組み合わせの、花粉と卵が生
じます。これを掛け合わせると、
FR
Fr
fR
fr
FR
FFRR FFRr FfRR FfRr
Fr
FFRr
FFrr
FfRr
Ffrr
fR
FfRR FfRr
ffRR
ffRr
fr
FfRr
ffRr
ffrr
Ffrr
9:3:3:1になります。
モーガンの実験
そこで、雑種第一代のヘテロの個体と
劣性ホモの個体を掛け合わせ(戻し交
配)、雑種第一代の2遺伝子の組み合
わせを調べました。
もしも2つの遺伝子が別の染色体にあ
って、独立の法則に従うならば、メン
デルの実験の花の色と豆の形と同じく
b+vg+、 b+vg、 bvg+、bvgは1:1:1:1
となるはずです。
戻し交配(検定交配)とは
FfRr x ffrr(劣性ホモ)の掛け合
わせを行うことをいいます。
FR
Fr
fR
fr
fr
FfRr
Ffrr
ffRr
ffrr
fr
FfRr
Ffrr
ffRr
ffrr
fr
FfRr
Ffrr
ffRr
ffrr
fr
FfRr
Ffrr
ffRr
ffrr
FR、Fr、fr、frのが1:1:1:1になり
ます。
モーガンの実験
もしも同じ染色体上にあって、完全
連鎖をしているなら、 b+vg+とbvg
は、1:1のはずです。
実験の結果、b+vg+、 b+vg、 bvg+、
bvgは965:206:185:944でした。
この結果は、2つの遺伝子が同じ
染色体上にあり、遺伝子の組み換
えがおこったことを示しています。
生殖細胞が作られる時
2つの遺伝子は別の染色体
b+
b
vg+
vg
生殖細胞が作られる時
2つの遺伝子は同じ染色体で近接
(完全連鎖)
b+
vg+
b
vg
生殖細胞が作られる時
2つの遺伝子は同じ染色体で離れ
ている(不完全連鎖)
親と同じ組み合わせ
一定の割合で染色体の乗換え(
交差、交叉)によって、染色体の
組み換えが起こることがある
新しい組み合わせ
モーガンの実験
遺伝子の組み換え
そこで組み換え率を計算してみました。
206+185
組換え体
x100=17%
全体の数
965+206+185+944
2つの遺伝子座が、近ければ組み換
えは起こりにくく、遠ければ起こり易
いと考えられます。
染色体地図
そこで組み換え率は距離に比例すると
仮定し、3つの遺伝子の2つづつを組
み合わせて組み換え率を求め、3つの
遺伝子の並び方を推定しました。
新しく同じ染色体上のcn(眼の色の突
然変異体)で実験したところ、bとcnの
組み換え率は9%、vgとcnは9.5%でし
た。
染色体地図
すでにbとvgは17%だと分かっている
ので、
17% 9.5%
9% 17%
cn
b
X
vg
b
vg cn
X
17%
b cn vg
9% 9.5%
染色体地図
こうして、いろいろな突然変異体を使
い遺伝子座の配列を調べていった
結果、4つの連鎖群(ショウジョウバ
エの染色体は8本)があることが分
かり、遺伝子座の相対的な配列が
明らかとなりました。
遺伝子は染色体上に、線状に配列
していることが確認されたことになり
ます。
染色体地図
遺伝子の本体
最初は、遺伝という現象は複雑な
ので、タンパク質が遺伝子の本体
であろうと漠然と考えていました。
遅れてDNA(はじめに述べたミーシ
ャーのヌクレイン)が遺伝情報を担っ
ているのではないかという研究があ
らわれます。
細菌やウイルスが使われました。
でもその前に分子とは?
分子は、物質の最小の構成単位であ
る原子で構成されています。
たとえば水はH2Oです。原子を表示す
るために、アルファベットを使います。
Hは水素( hydrogen)、Oは酸素(
oxygen)で、水は2個の水素と1個の
酸素から構成されています。
水分子
分子にも形があります。水分子は次
のような構造をしています。
水の性質
水はH2O
電荷の偏りがある
水の性質
そのため2個の水分子が近づくと
H+-O----H+-O--H+
このような
結合を水素
結合といい
ます。
水分子同士の水素結合のために、分子量が小さいにもか
かわらず水はきわめて粘性が高く、また沸点も氷点も高い
という性質がうまれます。
水は
液体の水は、この分子の集まりです。
ものすごくたくさんの数です。1リットル
の水は、およそ3.4x1025個の分子の
集まりです。
水は
気体
(水蒸気)
液体
固体
(氷)
水は
たいていの場合、下のように書くのは
煩雑なので、水分子は省略されてい
ます。前回に出てきたサイトゾールは
本当はこん
な感じなの
です。
水の性質
タンパク質のような大きな分子も
水が周りを包んで(水和という)、
水は溶かすことがます。
水の性質
水に食塩の
結晶(上)、グ
ルコース(中
右)、タンパク
質(下)が溶け
ている模式図。
本当は水分子
はもっといっぱ
いだが。
生体を構成する主な元素
生体を構成する主な元素*は、
炭素(C)、酸素(O)、水素(H)、窒
素(N)、リン(P)、イオウ(S)
です。これらの原子から生体を構成す
る分子ができています。
*原子とほぼ同じ意味ですが、原子というのは実体の
ある粒子を意味し、元素は種類を区別するために使
う名称です
生体を構成する主な分子
生体を構成する主な分子は、
1)タンパク質
2)脂質
3)炭水化物
4)核酸
です。すべて(生体)高分子で、基本
的な単位がつなぎ合わさってできてい
ます。
生体を構成する主な分子
1)タンパク質=アミノ酸 X n個
4)核
酸=ヌクレオチド X n個
アミノ酸は20種類あります。
R
NH2-C-COOH
H
R(側鎖)が20種類あるということで、赤
い部分はすべてのアミノ酸で同じです。
アミノ酸は20種類
R O
NH2-C-C
H OH
一番、単純な
アミノ酸はグリ
シンで、RはH
です。
H O
NH2-C-C
H OH
アミノ酸は20種類
ロイシンは、次のような形をしていま
す。Rは-CH2-CH(CH3)2です。
CH3 CH3
CH
HCH O
NH2-C-C
H OH
アミノ酸は20種類
アルギニンは、次のような形をしてい
ます。Rは-CH2-CH2-CH2-NH-C(
NH) -(NH2)です。
H N NH
2
C
NH
HCH
HCH
HCH O
NH2-C-C
H OH
アミノ酸は20種類
Rの部分は、大きさと、水となじみが
あるか(水素結合を作れるか、親水性
といいます)、水とはなじみが悪いか(
なるべく水から遠ざかろうとする、疎
水性)の性質の組み合わさったもの
が20種類あるということです。
20種類のビーズに糸を通したものが
タンパク質だと考えてみてもいいでし
ょう。
アミノ酸は20種類
これが
20種類
のビー
ズ
タンパク質
タンパク質はたくさんのアミノ酸が
つながったもの(ポリマー)
アミノ酸は脱水縮合で鎖のように
つながる。まずは2つを例に。
ペプチド結合といい
ます。
H2O
これをジペプチドと呼びます。
タンパク質(アミノ酸4つ)
N末端
C末端
これはテトラペプチドの場合。タンパク質はたくさんのアミノ酸。
タンパク質(アミノ酸たくさん)
NH2N末端
-COOH
C末端
水色系=親水性
緑 系=疎水性
タンパク質
アミノ酸の並び方(配列)をタンパク質
の一次構造といいます。
それでは二次構造は?
ペプチド結合を作っている>C=Oと
>NHの間に水素結合ができ、部分
的に規則的な繰り返し構造が生じま
す。これを二次構造といいます。
タンパク質の二次構造
αヘリックス構造
タンパク質の二次構造
βシート構造
タンパク質の高次構造
タンパク質は、この2つの二次構造の
組み合わせで構成されています。
たとえば、酵素タンパク質であるリゾ
チームは、次のような構造をしていま
す。
タンパク質の高次構造
Bean and stick模型
α-helix and
β-sheet模型
空間充填模型
卵白リゾチーム
タンパク質のはたらき
タンパク質の表面にある、このよう
な凹凸が、様々な機能を生み出す
のです。
生体の機能は、基本的にすべて、
タンパク質分子が担っています。
遺伝子の本体
さて、ようやく遺伝子の本体です。
これまで述べてきたタンパク質の形を
決めているのは遺伝子です。遺伝子
の本体はDNAなのですが、DNAそ
のものの発見は意外にもメンデルの
晩年と同時代なのです。
DNAの発見
DNAが発見されたのは1869年です。
ただし、このときは物質としてのDNA
が発見されたのであって、機能はまっ
たく不明でした。
ミーシャーが、膿(白血球の
死んだもの)から抽出した
のです。
DNAの発見
包帯を病院からもらう受けて、ここか
ら細胞成分を洗い出し、これにアル
カリ溶液を加えて核を集めました。
集めた核からリンが豊富
な物質を得て、これにヌ
クレインという名前を付
けましたが、しばらく日の
目を見ませんでした。
遺伝子の本体
詳しいことは省略しますが、遺伝子は
タンパク質ではなく、ミーシャーが発見
したヌクレイン(DNA)であることが明
らかになります。
それでは、DNAというのはどんな分
子なのでしょうか。
DNAの構造
ヌクレインとして発見されたDNAは、4
種類のヌクレオチドのポリマーです。
+
=ヌクレオシド
ヌクレオシドにリン酸がついたものがヌクレオチド
DNAの構造
シャルガフはDNAの塩基の
組成を調べ、4種の塩基の比
は等しくないが、AとTおよびG
とCの量が等しいという関係が
あることを見つけます。
したがってプリン塩基(A+G)=ピリミ
ジン塩基(T+C)という関係があること
を明確にしました。
DNAの構造
ワトソンとクリックの二人
はめぐり逢ったのです、イ
ギリスで。
DNAの構造を解くことが生命の謎に
肉薄できることをお互いに考えていた
ことで意気投合し、DNAの構造模型
を組み立て始めます。
あるとき、塩基が相補的に水素結合を
作ることができることに気が付きます。
塩基の相補性
A
T
C
G
DNAの構造
フランクリンの撮影したX線回折像とシ
ャルガフの通則にピッタリかなう構造
をくみ上げることに成功。
二重ラセン構造模型を提出(1953年)
DNAの構造
DNAの構造
DNAの構造をChimeを使ってみてみ
ましょう。
http://molvis.sdsc.edu/dna/fs_pair
s.htm
上記のWebSiteにアクセスすれば見
ることができますが、ここでは、ダウン
ロードしたファイルを開いて見ることに
します。
DNAの構造
このDNAモデルによって、片方が決ま
れば塩基の相補性によって、もう一方
も自動的に決まるので、体細胞分裂
のときにDNAが誤りなく、2つの娘細
胞に伝えられることが説明できたので
す。
DNAからタンパク質へ
それでは、4種類しかない塩基でどう
やって20種類のアミノ酸を決めている
のでしょうか。
3つの塩基が1つのアミノ酸を指定して
いると考えれば、説明がつきます。
実際にこの仮説が正しいことが証明さ
れます。塩基の3つ組をコドンといいま
す。
DNAからタンパク質へ
セントラルドグマ
DNAは核から外
に出ないので、
DNAとタンパク合
成の間を取り持つ
メッセンジャーが
必要だと予言され
ました。これが
mRNAです。
DNAからタンパク質へ
実際に人工合成したmRNAを使って
タンパク質を試験管の中で合成させ、
これを分析して暗号を解読しました。
最初にUUUがフェニルアラニンをコー
ドしていることがわかります。
こうしてコドンとアミノ酸の対応表が解
明されました。
DNAからタンパク質へ
T
1
番
目
の
塩
基
C
A
G
T
Phe
2番目の塩基
C
A
Ser
Tyr
G
Cys
Phe
Ser
Tyr
Cys
Leu
Ser
Stop
Stop
Leu
Ser
Stop
Leu
Pro
His
Trp
Arg
Leu
Pro
His
Arg
Leu
Pro
Gln
Arg
Leu
Pro
Gln
Arg
Ile
Thr
Asn
Ser
Ile
Thr
Asn
Ser
Ile
Thr
Lys
Arg
Met
Val
Thr
Lys
Arg
Ala
Asp
Gly
Val
Ala
Asp
Gly
Val
Ala
Glu
Gly
Val
Ala
Glu
Gly
T
C
A
G
T
C
A
G
T
C
A
G
T
C
A
G
3
番
目
の
塩
基
要素、遺伝子、DNA
こうして、メンデルが「要素」と呼び、
後に遺伝子と呼ばれ、染色体上
に載っていると考えられたものの
本体はDNA分子だということが明
らかになります。
ワトソン(左)とクリックがDNA
の構造(二重ラセン)を解明し、
遺伝情報が間違いなく受け渡
される仕組みが説明できたの
です。
遺伝の本体
遺伝子型
(genotype)
DNA
→
表現型
(phenotype)
→
タンパク質
DNAからタンパク質へ
DNAの5’→3’の並び方
アミノ酸のN末端からC末端への並び方
《ただし3つの塩基(コドン)が
1つのアミノ酸を指定》
DNAからタンパク質へ
こうして、染色体を構成しているタンパ
ク質とDNAのうち、DNAに遺伝情報が
書き込まれていることが明かになりま
す。
3つの塩基の組み合わせ(コドン)がア
ミノ酸を指定(コード)しているのです。
塩基が変わればコードするアミノ酸が
変わり、タンパク質が機能を失うことが
あります。これが突然変異です。
小さい世界過ぎたので
分子の世界はとても小さな世界です。
想像するのが難しいとおもうので、もう
一度復習をしてみましょう。
次のスライドは、指先を例に、10分の
一ずつ、拡大していったときの様子で
す。
サイズの感覚
DNAからタンパク質へ
DNAの遺伝情報をもとに、タンパク質
がどのように作られるか、もう少し詳し
いお話は、次週に続きます。